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ダブル  作者: 茶の字
第1章 幼稚園時代
125/182

第125話 親父対ジェラルド

 最上寛司だ。双子の弟だ。

 たった今目の前でジェラルドが嗤った。

 楽しそうに嗤ったのだ。それはまるで隠れてたお宝が見つかったかのような嗤い方だった。


 ジェラルドにしたら大発見だったのだろう。オレも完全に気づかれたと思った。オレは嘘が下手くそだ。家族もお友達もみんな素直で嘘を吐く必要などないからだ。

 だがこういう場ではそれが裏目に出る。


 オレは幸せだったのだ。


 だが思考に耽る余裕はない。

 熱波が通る。熱だけ通るのだ。これまで完璧に防御していたと思っていた風壁に、思わぬ運用方法の不足分が顕れ、そこを一目で見抜かれたのだ。


 それは熱は風壁で散らしてても風の中に残るということだった。オレは風壁内で風を循環させてるので、排熱することが出来ずにどうしても熱が残ってしまうのだ。対策としては循環を外せばいいのだが、それをしたら毒をばらまくことになる。

 もうこの待合室、観覧室とか言ってたか、この部屋はすでに毒がばらまかれてしまっているわけだが、兄さまと真理ちゃんと合流することを考えたら、オレが状況を酷くするわけにもいかないだろう。何も知らない兄さまは一番槍で先駆けして来るからな。躊躇いなくドアを開け放って入ってくるだろう。


 魂の回廊をつなごうか。


 いや、今この状態のジェラルドから目を逸らすことは出来ない。

 ジェラルドはとっても楽しそうにオレを観察している。


「よけねーのか?」

「避ける必要がありますか?」

「熱かったらアチッとか、痛かったらイテッとか、そういう動物なら絶対に持つ本能みたいなもんがあるだろーが」

「それは人間でもですかね」

「あたりめーだろ。くるる人は魔法に特化しすぎて楽ばっかりして来たんじゃねーか。お前のガキの方がまだ可愛げのある反応してたぜ」


 親父役じゃなかったら飛びついてたかもしれない。


「でもそれ、嫌がってただけでしょ。あなたの相手が大変で」

「そうでもねーぜ。ジャイアントスイングぶちかましてやったんだが、壁を削りながらげらげら笑ってたぜ」


 そりゃ兄さまが笑ってたんじゃなくて、アンタが笑ってたんじゃないのか?

 てか壁を削るって、頭を壁にぶつけられて壁の方をえぐってたのか?


 (あに)さま、すげーな。


 もしかしたら笑ってたかもしれない、うん。


「まぁ楽しかったのなら楽しんだんでしょうね。でもね、そういうのは大人になったら卒業してるもんじゃないんですか?」

「くるるじゃ知らんがセプトでは普通のことだぞ」


 これもアンタにとって普通のことだけじゃないのか?


 セプトの文化文明を知ろうにも、どうもこの人はサンプルには適さないような気がする。でもこれで陸戦隊の隊長なのだ。セプトの隊長格がどういう思考で動くのか、後々(のちのち)のためにも疎かには出来ない。

 オレがこの場に残ったのは位相の拒絶をかけるだけではない。情報の収集も請け負ってこの場に残ったのだ。

 これは絶好の機会なのだ。逃すわけにもいかない。


 すると窓の向こうでまたブースト深度一が降りて行った。


「おーっ、派手に行くなーっ。お前のお仲間さん」


 また兄さまに向けて放ったのだろう。だがオレがダブルで位相の拒絶をかけている。兄さまには何の問題もないはずだ。


「それにしてもお前さんとこの待機戦力、こっちにゃ仕掛けてこねーな。どこもかしこも火がついたか? 大騒ぎだな」

「そんな楽しそうに言わないで下さいよ。迷惑千万なんですよね、我々としては」


 すると物凄い光量の光が窓から待合室に入ってきた。しかし不思議と目を閉じる必要がない。抑制されてるのがわかる。今届いてるのは煌子力の残滓のような物だ。七色に輝く残滓が壁や天井に当たって消えて行く。

 その滅する姿さえも美しかった。


「このキラメキは煌子力だ。それも尋常でない感じだな。だがこの待合室だか観覧室に何の影響も出てないところを見ると、何かしてんですか?」

「ん? お前じゃねーのか? 何かしてんのは」


 ジェラルドでもないようだ。騙す理由がない。ならば(あに)さまがダブルの状態固定でもかけているのだろう。


「まぁ綺麗なもんですね」

「そうか? お前さんの仲間がぶっ放す青いキラキラのがすげーだろ。あれのおかげで主砲が役立たずになってるんだろ?」

「主砲? 主砲なんか撃ってるのか?」

「そりゃ撃つさ。おまえらまだ生きてるじゃねーか」


 ということはさっきの煌子力の残滓は主砲の残滓だったのか。

 やはり位相拒絶は外せない。まだかけていて正解だった。でないと兄さまが動けない。

 いま兄さまは主砲の直撃を真正面から防いでるのだ。


「その顔、やはりどうやらお前のガキがやってるらしーな」

「否定はしませんよ」

「末恐ろしいガキだ。だがお前はそのガキの親父なんだよな。あのガキを育てたのがお前なんだ」


 ふひっとジェラルドが楽しそうに嗤った。


「楽しそうじゃねーか。お前のガキはえらい固かったが、お前の方は寄せ付けないって感じだな」

「そうなの? オレから言わせてもらえば、ただ単にそっちが攻略出来ないだけって話なんだけど」

「その話か。お前やっぱあのガキの親だな。あいつより賢いぞ。そう。ただ単に俺さまが攻略出来てないだけだ」


 オレのが賢いって──。

 それはたぶん、兄さまよりオレが賢いんじゃなくて、オレのがアンタに付き合って上げてるだけって事だと思うぞ。


「主砲も収まったようだし、こっちはこっちで再開すっか。横槍でぐだぐだにブッ倒すより、やっぱ真っ正面からブッ倒した方が面白れーからな」

「それで持てる全戦力を叩き込まれる身にもなって下さいよ」


 よくわかったな、みたいな顔をされた。だがそんなのバカでもわかるだろう。バカがやろうとしてるんだから。


「おい、お前はやっぱ楽しいな」

「それはどうも。お互い様です」


 こちらはこちらでセプトの好戦的なサンプルが手に入ってるのだ。これはこれで後々の利得になる。正直見てる分には面白い人だと思うし。

 そのジェラルドはこきこき腕を鳴らして攻撃型エー・トゥールに覆われてない右腕の調子を確かめてる。動きのバランスも悪くなるだろうに、それさえ愉しんでる節があるのはバカだからだろうか。

 これだけ欲望に忠実な人をバカで括るのっもったいない気がする。


「あー、セプトがこんな風に攻め込まなければ、こんな風にはならなかったのに」

「バカか。お前が俺たちの秘密基地に勝手に乗り込んで来たくせに。カチコミ相手を無事に帰すわけねーだろーが」

「なるほど。じゃあセプトの連中が勝手に地球に乗りこんで来たのに、我らが黙ってるわけもないだろ?」

「おおーーっ。頭いいな、お前。でもお前は地球人じゃない」

「あーーっそ。そう来るか」


 正直困った。くるる人という設定がここに来て足かせになった。


「でもまー、熱波は通ったんだよな。下のガキには主砲でさえ抜けてねーよーなのに、どうして親父のお前には通ったのかはわからねーが、何か条件が足りてねーよーだな」


 あー、バカって良いな。勝手に話を変えてくれる。

 思うまま。

 素晴らしい生き方だと思う。


「でも条件どうのと云うのは、それはお互い様じゃないのか。そっちだってプリンターももう機能してないだろ」


 外からこの部屋に細工をしてたのなら、主砲の影響でもうまともに動かないだろ。それどころかプリンターが存在してるかどうかも怪しい。

 ジェラルドが鼻を鳴らした。


「おっ。わかってたのかよ。折角ここまで黙っていたのに、ばれてたんなら出し惜しみは無しだな。行くぜ、親父」


 しまった。思わず展開する会話をしてしまった。

 そもそもダブルの解析で調べることが出来たなら、ジェラルドのことなんかアミック情報から簡単に抜けるのに、ダブルの並列起動をしようとして兄さまの位相の拒絶が万が一にも外れちゃいけないから試せないわけで。

 兄さまを行かせた際に試して、現状ではダブルの並列起動のやり方がわからないから他に選択肢がないのだが、あーっと、我ながらテンパってるな。

 つまりこちらにはジェラルドの情報がない。


 しかしジェラルドには細目こそわかってないが、本質はズバリと言い当てられてしまった。しかもやる気スイッチまで押してしまった。


 不本意だが、ジェラルドのペースに乗せられてしまっていたらしい。バカは話しやすいのだ。しかも悪意がないから尚悪い。出会い方さえ間違わなければお友達になってもおかしくないぐらいに興味深い奴なのだが、事ここに至っては仕方ない。


 ジェラルドはやはり隊長なのだ。思考は副隊長に任せて決断に特化した感じだろうか。だが一番の謎は毒の中で平気で呼吸してるその人体だな。結局会話からもその情報は引き出せなかった。


 まあいい。


 わからなければわからないで剥いてけば良いだけの話だ。

 バカのジェラルドと四歳児のオレ、知能的にはいい勝負になるはずだ。

 オレは左右に首を振って、ジェラルドと相対した。


「さて、もーいーよーだな。じゃー行くぞ。せーのっ」


 相変わらずのげんこつからだった。だが少し違うのはそこに熱を込められていたことだ。しかしそれをするなら左手だけで攻撃すればいいものを、素手の右手でもぶん殴ってくるのは、もうバカだからとしか云いようがない。

 右手を織り交ぜる必要などは全くないのだ。いかにもジェラルドらしい。

 だがそれでも確実に風壁に熱はこもる。しかも毒だって外周の風壁には回ってるのだ。

 段々と暑くなってくる。もうすぐ熱くなるだろう。熱波の焦点温度は煌子力だ。何処までも上げることが出来るだろう。今はバカなりの愉しみたいがための実験中だから、主題がずれててくれてるが、それもいつまでもは持つまい。

 バカは思いついたらすぐ行動に移す。

 それも今さっき()の当たりにした。


 さて──。


 風壁を文字通り壁に戻すか。このまま対流範囲を拡げてみるか。とっとと熱を逃がさないと蒸し殺されるぞ。


「行けいけ熱波ーっ、行け熱波ーっ」


 ジェラルドがゴキゲンに歌っていた。

 微妙に音程がずれてるその音痴もどうにか出来んものか。半音から更に半音ずれてるような。


「でも楽しそーだろ?」

「あなた、心が読めるんですか?」

「顔色ぐらいわかるんだよ」


 瞬間オレの足下から熱波が突き上げて来た。

 右腕を狙われてた。受けるか。避けるか。

 足が挫かれていた。熱波がわずかに足下分だけ盛り上がっていた。だがジェラルドはそんなオレを見ていなかった。


「来た来たーっ」


 騒ぎ立ててると思ったら、ブースト深度一が降り注いで来ていた。

 状態固定を持ってかれる。


 その足を煌子力の刀で持ってかれる? ブレードに煌子力を流し込んでるのだろうか? 痛みはないが、冴え冴えとした物が太股を通過していったのはわかった。だが風壁を通した覚えはないぞ。

 何だ? 何が起きた?

 するとジェラルドがそんなオレを観察してる。弱味は見せんよ。だがしかし──。


 機を見てその隙を見逃さないのは、やはり隊長だな。


「左足だけか。やっぱこの風の壁が厄介だな。完全に攻略しないと通してくれねー」


 そうか。やっぱりそうか。そうなのだ。

 風壁はまだ展開しているのだ。なのに足を切られたのは誤算だ。

 刃は届いていないはずなのだ。だが届いた感触がある。何か、からくりがあるはずだ。


 下を見やると、左足がすぐ下に落ちている。失血もしてるようだ。だが一番痛いのは剥がされた状態固定が痛い。

 ノーラめ。こちらがぶつかり合うタイミングでブースト深度一を放ってくるとは、本当にピーキーな異世界人だ。迷惑なことこの上ない。

 だが兄さまは無事なはずだ。位相の拒絶だけは絶対に外さぬ。


「おい、お前、痛くねーのか?」

「それをアンタが言いますか。ジェラルドがやったんだろうが」

「バカかよ。俺じゃねーよ。せっかくの俺さま対親父だ。止めぐらいは俺にやらせてくれよ」

「言いますねー。でも俺さま対親父じゃなくて、親父対ジェラルドなんですがね」

「あはははは。そうか。親父は最高だな」


 無防備に笑って結構なことだ。

 だがなぜジェラルドはブースト深度一が来ることがわかった。そこは侮れないことだった。


「…………プリンターか。上の階の状況を把握してるのか?」

「おっ、やっぱお前、あったまいいな。正解だ」


 動かそうとしてタイムラグが出たらそこにオレを持ってこうといしたわけか。そう。持って行けばいいわけか。

 だが人にそんな事が出来るのか?


「ジェラルド、お前、人なのか?」

「バカだな。攻略出来ないお前が悪いんだろ?」


 そっくりそのまま返されたな。だがその通りだ。

 ならば自分で試すのみ。

 オレは斬り落とされた左足を拾って、内側の風壁をコントロールして穴を開けると、持っていた左足を外周の風に触れさせてみた。途端に左足は青黒く変色する。


「おい、猛毒じゃねーか」

「すげーだろ?」

「いや、そういう話じゃねーだろ」

「え? そうか? 結論として俺さますげーって話になるじゃねーか」


 いや、それはそうなるが、尋ねたことに的確な答えが返ってこない。オレもジェラルドに甘えてるってことか。だがジェラルドは真正面からぶつかり合うのが趣味だと言っていた。当てれば開示するのも今さっきの問答で確認できた。

 オレは左足をそっと横たえると、改めてジェラルドと相対した。

 やることは変わらないのだ。ひとつひとつ手の内を剥いていけばいいのだ。


 焦ることはない。


 とりあえず毒は猛毒。触れたらいけない。それと風壁の展開は絶対。弱点も露呈したが、これを解除してはいけない。そして小技で位置取りを揺るがされないこと。プリンターでのこの部屋の改造は全て終わったわけではないのだ。兄さまのおかげで主砲が放たれ、プリンターも壊された今、これ以上の状況の悪化は基本ない。

 悪いことばかりではない。


 ここは通さない。それが先ず第一だ。


「右足だけで持つか? 血止めもしてないぞ?」

「そのうち止まりますよ」


 だが苦しんでたのを押し殺して強がりを言ったら、そこに兄さまから状態回復と状態固定が飛んで来た。オレの左足が治って元通りになる。そして状態固定もかかった。


「おいおい、何だそれ。そっちの左足はどうなってんだ。生えたのか?」


 毒にまみれた左足はそのままオレの足下にある。送還しなければ残ったままになるのは致し方ない。そしてそれを教えてやる必要もない。


「それもさて、どうなんでしょうね」

「お前、オレのお仲間か?」

「バカですか。あなたはセプト。オレはくるる。そして敵同士でしょうが」

「そうだったな。殺し合ってる最中だったな。ふひ。攻略しなきゃいけないことが、また増えたってだけのことか」

「そうですね。それはお互い、ですね」


 とりあえずジェラルドを通すわけには行かない。風壁も現状だと足下からの攻撃に対処できない。


「ちょっと手口を変えてみましょうか」


 オレは風壁を開放してこの待合室に残っている毒までをも一塊(ひとかたまり)に集めて、その毒をあえてジェラルドへと叩きつけた。だが相変わらずジェラルドはノーダメージだ。


「本当に凄いですね」


 誉め称えてそのまま窓ガラスを突き破ると、毒を外にポイと捨てた。


「器用なもんだな」

「ええ。それを今から見せますよ」


 そして新たに風壁を身体をまとわりつかせてみた。今、風がオレの周囲をさらさらと音もなく流れている。


「お、げんこつ同士の語らいに乗ってくる気か」

「いいですよ。たまにはお付き合いしますよ」


 ジェラルドが唇の端をニッと上げた。

 そして動かぬオレにあわせて近づいてくると、古代ボクシングのように立ち位置を決め、そこから痛快そうに笑ってげんこつを放って来た。


 言葉の前にげんこつが飛んで来るのは、本当、どうにかならないもんなのかね。


 どうにもならないのだろう。とりあえずフットワークを使わないのはまず第一に趣味だろう。そしてプリンターの罠がどこにあるのかをオレに探らせないためもあるんだろう、ではないかと思う。


「あー、行動の単純化、ですか」

「今までお預けを喰らってたんだ。付き合うって言ったんだから付き合えよ」

「まぁ、いいですよ。お好きにどうぞ」


 するとオレの返事にジェラルドは本当に嬉しそうにした。


「お前ぐらいだぜ。俺の趣味に付き合ってくれるのは」

「そいつはどーも」


 今まで付き合ってこなかったのはチャラになったらしい。やはりバカだ。

 だが存外に言ってることは本気なのかも知れないともオレは思った。ちょっと前に、自分について来れない副隊長が間抜けだ云々といってたが、あれは隊務のことだけでなく、日常でも本当に格闘バカのこのジェラルドのことを、隊の誰一人として相手をしてあげてないのではないかと思ったのだ。

 格闘訓練もあるだろうが、相手にされない。申し込んでも相手にされない。隊員も、副隊長も、もしかしたらよその隊にもそうやって申し込んできたかも知れない。いや、申し込んできただろうな。だってジェラルドだもん。バカは空気を読まずに自分の趣味を優先する。

 でも誰一人相手をしてくれなかった…………。


 なかなかのボッチだな。


 だからなのか?


 物凄い笑顔で楽しそうにオレをぶん殴ってくるのは。


「あはははは」


 ジェラルドは幸せいっぱいでオレにげんこつを雨あられと降らしてきた。

 オレはそのげんこつを時には迎え撃ち、時には避けて、そして空いたところをひたすら打って行く。

 いいのがジェラルドが右手で打ち込むたびに入って行く。

 それでも楽しいからか、ジェラルドはずーっとおんなじように古代ボクシング形式でピタッと足場を決め、その位置から一歩も動かずひたすらげんこつを振るってくる。


 まー楽しそうで何よりだ。


 オレも楽しい。お前の右脇にもう何発()てたか覚えてもいない。

 そう、右脇なのだ。

 当然だ。ジェラルドの生身の部分は右手と、その腋の下にしかないのだから。

 さすがに風壁を纏ってるとはいえ、攻撃型エー・トゥールの部分を殴りつけようとは思わなかった。()てるだけ。触るだけといっても良いかもしれない。

 なにせ殴ればジェラルドが死ぬ。風壁の下に潜めてる、ダブルの状態固定とはそういう物だ。膝蹴りで受け止めただけで、相手の攻撃型エー・トゥールの胸の部分が陥没したのを、オレはまだ忘れていない。


「すげーな。全部返してくるのかよ」

「足下だけ気をつければこれぐらいは出来ますよ」

「しかも俺の右手が生身だってのをこれでもかと利用してる」

「通るのをあきらめてくれたら、これも終わるんですがね」

「ふひ」


 ジェラルドが嗤った。

 そして右手を捨てて左手だけでの攻撃にジェラルドが戦闘を変えた。攻撃型エー・トゥールでの連撃である。オレはボコボコだった。状態固定がかかってるから当たってもダメージはないのだが、精霊魔法でかろうじて急所は守ってる状態になっていた。いわゆる手も足も出ない状態。亀だった。



 ◇



 キューロがウインドをほどくと、キューロ曰く臭い女の人は床から起き上がって、一目散にどこかに逃げた。


「ケーフに良いところを見せようかと息巻いてたが、そんな派手なことをする暇もないほど弱かったなー」


 などと捨て台詞を吐いていたが、私はそんな大技を出すまでもなくて良かったと思った。


 無茶しないでいい。それが私の本心だった。

 地表に降りてきてわかったが、この星には精素がないのだ。不思議なことに全くと言っていいほど精素がないのだ。こんな星で精素を使いつづけたら、精霊は衰弱して死んでしまう。

 そしてそれは私に重い事実を突き付けていた。


 もしかしたらケーフ以外はもう、この世に存在していないのかも知れない。

 そのことだ。


 もし私の仮説がその通りだったら、私たちは恒星レベルの大精霊を三人も失ってしまったことになる。おかしな位相のずれの調査だけだったはずなのに、いつの間にか事態がとんでもない事になっている可能性が出て来た。

 重大な局面だ。

 しかもそれとは別に神さままでもこの星にやって来ている。

 神託を受けるチャッターとしても、同じ日にこう何度も神託を受けたことはない。それぐらいのことが起きてるというのが段々わかってきた。


 あの子達は精素のない地でと、そう思ったらもうそれ以上考えるのが恐くなった。

 とりあえずケーフが無事だった。あの子は本当の意味での特殊な大精霊だから、ここまで生き延びてきたのかも知れない。

 そしてケーフも人間にやらせて、自身は精素を使わないようにしている。それが囚われの条件なのかもしれない。

 安全第一だ。

 できればキューロにもそんなに精霊魔法を使わないでもらいたいというのが、ノーラの願いだった。


「ノーラ?」

「うん。もどろう」


 だから私は黒い箱の中に入っていった女の人は放っといて、キューロと一緒にこれまでのように深度一の窓へと退避した。

 そして悪ガキを監視しつつ、神さまへ祈りを込める。

 いっぱいいっぱい祈りを込める。


 するとキューロが私の肩の上で身を縮めてた。もう見てられないと言った感じだ。

 やがてぽつりとつぶやいた。


「ねーノーラ。何か神様ボロボロなんだけどー」

 キューロが本当に不安そうだった。


「押されてるけど、でも、神様は見とけって言ったよね」


 私はそっと返事を返した。

 だがそれ以上会話は続かなかった。


 私たちふたりは、固唾を呑んで神さまを見守っていた。


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