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第1章 幼稚園時代
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第124話 はい、大きく息を吸ってー

 最上寛司だ。双子の弟だ。

 ジェラルドが攻撃型エー・トゥールに覆われていない右手をぐるぐる振って、今やる気になってて困ってる。そもそもそんな準備運動もいらないだろうに、飽きてたげんこつをお見舞いする気満々なのはどうにか出来んのだろうか。

 首を左右に捻って首回りの筋肉もほぐしている。


「通さねーってんなら仕方ねーよな」


 心底楽しそうな笑顔でオレに笑いかけて来た。

 清々しいほどにオレに同意を求めている。

 紫色の煙に巻かれて語りかけるような話ではないとオレは思うんだが──。


「そんな禍々しい色の中をよく平気で歩けるな」


 試しに撒いた毒で、その中を物ともせずに歩いている。オレはてっきりプリンターで自分の周囲の構造を変えて安全圏を確保したものだとばかりに思ってたのだが、どうやらそれは違ったようだ。

 毒がジェラルドによって一歩あゆむたびに左右に流れて行く。

 そしてオレの言ったことが通じてないのか、不思議そうな顔をしてオレを眺めてくる。


「いや、だから毒があんたの廻りに漂いまくってるだろうが」


 すると準備運動をしながらジェラルドが呆れたようにオレに言った。


「自分の毒にかかるバカがどこにいる」


 どっちなんだ。

 あんたバカじゃなかったのか。


 毒にかかってないからバカじゃないと言いたいのか? でもそれおかしいだろ。バカだからわからないのか。


 いや、そう自信満々に頷かれてもな。

 毒を撒いたバカが、毒を物ともせずに毒を掻き分けてバカみたいに近寄って来てるんだぞ。そんなバカなことをしといて、自分の毒にかかるバカがどこにいる、なんて言われた日には、バカがバカなことを言いつつバカな論理でバカげた事を口をしてるのに、バカの言ってる事が正しいのかと己の正気を疑いつつ、こっちまでバカを理解せざるを得なくなって──。


 こっちの身にもなれ。


 と思う間に我が道を行くジェラルドが猛攻しかけて来た。

 本当に扱いに困る奴だ。そのくせオレはこいつに嫌悪感がない。

 とりあえず今展開してるのは煌子力の刀だろうか、毒も気にせずいつものように斬りつけてきた。その刀が風壁に当たって消える。銃弾も消える。衝撃波も音波も振動波も防がれる。それでも手持ちのエー・トゥールに搭載してる対人兵器を色々と試して、いちいち歓喜の声を上げている。


 毒の風壁のなかに熱波を放って、毒の色が紫から赤紫に変わった際には、おもしれーと口走りながら、やたらと風壁の中に熱波を放ってきて困った物だった。


 そこへオレの身体に(あに)さまの状態固定と状態回復が飛んでくる。


 ナイスだ兄さま。


「ふむ。もうちょい時間がほしいな」

「何ですか、それ」

「親父にゃ関係ねーよ」

「そうですか。でもげんこつの時間は終わったんですか。薬を使ってましたけど」

「そうだな。気まぐれで試してみたくなっちまってな。バカだから思い立ったらすぐやらないと気がすまねーんだよ」

「はぁ」

「猿でもいるだろ。所かまわず発情するようなのが」

「それはどういう意味ですかね。あなたのとこのホースがよく我らのことを猿と言ってましたがね」

「ホースは馬だろ。馬のちんこの言うことなんか俺とは関係ねー。俺は俺が毒を撒きたくなったから撒いた。そんだけのことだ」

「また都合の良いことを」

「本気だぜ。ホースとアミックと俺は同格だ。何でホースの言うことを俺さまがいちいち気にかけてやらなきゃならねーんだ。お前、他のくるる人が同盟違反だから俺と戦うなと言ったら戦うのやめるか? やめてもいーが俺は遠慮なくお前をぶっ殺すぜ?」

「なるほど。ホースの言うことなど、確かに関係なさそうだ」

「だろ。わかってくれてうれしいぜ」


 ニカッと白い歯を見せてジェラルドが笑った。本当に健康そうな笑顔だ。


「バカの言うことなど、わからない方が良いんですけどね」

「つれねーこと言うなよ。殺し合ってる仲じゃねーか」

「いや、それを(たの)しんでるのはあなただけですよ。オレは降りかかる火の粉を払ってるだけで。それより恐ろしさを見せてくれるんじゃなかったんですか? まだ見てませんよ」

「なんだ、やっぱりバカか。もう散々見せてるじゃねーか」

「え?」

「お前もバカならばバカなりに楽しめよ」


 うーん、やはり、てっきり細工をしてると思ってたのだが、細工はしていないようだ。

 というか毒の中で大きく息を吸っていた。


「おいおい、あんたが撒いた毒だろうが」


 それじゃ解毒剤を飲んでいても解毒が追いつかないんじゃないか?

 そこに無防備にも深く呼吸をして、そのうえその状態で突っ込んで来るなんて正気の沙汰じゃないぞ。

 何と言うか、それはもう──。

 毒の中で生きているよね。それも全力で生きてるよね。

 しかも右腕は兄さまに攻撃型エー・トゥールを壊されたままだ。剥き身の状態で換装もしていない。なのに何の影響も受けていない。


「確かに、恐ろしい物を見せられてますね。どうなってるんです」

「お前バカか。手の内を晒すかよ」


 大真面目な表情で答えられた。


「笑うところですか? 笑いそうになりましたよ」


 攻撃の手が止まない。信じられないことに毒と知りつつ毒を吸って無酸素運動を行っている。こんなの人間業じゃない。


「それとも毒じゃないんですか」

「お前がそっから出て確かめれば済むこった」

「辛辣ですね」

「バカだからな」


 ここに来て自分のことをバカと言ってるのか?

 いや、理解できないオレがバカなのか?

 そんなダブル・ミーニングなど考えそうもないところがまた健康優良児のようなのだが…………。

 悩みなどないんだろうな、こういう人は。そこに大人も子供も関係ない。迷わず進めるというのは、オレからすれば心底羨ましい限りだ。


「バカなら出来るんですか?」

「ん? 大概のことなら出来ると思うぞ。バカならな」


 言い切っちゃったよ、この人。言い切っちゃう人なんだろうな。


「じゃあ後学のために見せて下さいよ。はい、大きく口を開けてー」


 そうしてオレがラジオ体操第一のような気軽さで言ったら、本当にジェラルドが大きく口を開けた。


「はい、大きく息を吸ってー」


 ぎょっとするほど大きく息を吸い、それ以上の気軽さでラジオ体操第一のノリを実践してくれていた。まさか毒が吸い込まれて行くのをまざまざと見ることになるとは。

 もちろんそんな経験など今までのオレにはない。

 それをこんな間近で見てしまった。しかも尚健康そうだぞ、この人。


「一、二、三、四、」


 ただし掛け声にあわせて実践してくれたのはラジオ体操第一ではなく、ぶん殴るという原初の運動だった。だが、気持のわるい赤紫の風が散々タコ殴りに殴りつけられている。

 こちらの数だけで済ます気がないところがまたバカなんだな。とっても好意的に言ってるのだが、やっぱりバカなんだな。


「五、六、七、八」


 右も左も万遍なくこなしてる。

 反応に困るオレに、ニカッと笑いかけて来る。残心の構えがげんこつでぶん殴った後というのが中々痛快だ。


「どうだ、わかったか?」

「わかりませんよ」


 即答したら不満そうな声を出した。


「なんだよ。お前のガキはもっと良く物が見えてたんだけどな」


 それはダブルの解析だな。それとも(もん)か。

 いずれにしろ敵側から観た兄さま評が聞けるというのは、貴重な体験だ。ジェラルドから観たら、兄さまは物がよく見えた子供という印象だったわけだ。


 しかし相変わらず話す前に殴りつけるのは何とかならないものか。別に肉体言語を否定するつもりはないが、枕詞が「ぶん殴る」では、季節感が出ないと思うのだ。

 年がら年中この手法なのだからジェラルド的には問題ないのだろうが、と思って、そういうえばセプトも会ったそばから殴りつけて来てるような物だと思い至った。唯一違ったのはアミック隊だけだったのか。


 そのアミックも兄さまのダブルにエー・トゥールを送還されまくったせいで装備が整わず、ティリオーダウンの陸戦隊に泣きついて、エー・トゥールを貸し出してもらったようだが、おかげで浸透戦略とは真逆の、拷問などという手段を陸戦隊から強いられたわけだ。


 ここらへんも兄さまが調べを進めてくれればいいのだが。

 いまアミック隊と合流しているようだし。そっちもどうなってることやら──。


 と思ったところでジェラルドから強烈な一撃が来た。


「おい、こっちを見ろよ。つれねーな」

「色々付き合ってもらって悪いなとは思ってますよ」

「そうかい。こっちは付き合ってもらってないんだけどな。ただただオレだけが殴りつけている。そろそろ出て来て白黒つけねーか?」

「だから忘れたんですか? 攻略出来てないあなたが悪いんですよ」

「そうそう、そう言う話だったな。わりーな。何せバカなんでな。すぐ忘れる」


 そしてまた強烈な一撃が来た。


 オレは顔色ひとつ変えない。


 だがジェラルドは今度こそ理解したように目尻を下げた。そしてご機嫌な声で尋ねてくる。


「通ったな、今」

「虫でも居ましたか?」

「ふひ」


 そしてジェラルドは嗤っていた。


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