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ダブル  作者: 茶の字
第1章 幼稚園時代
122/182

第122話 何と言う便利な言葉

 最上寛司だ。双子の弟だ。

 オレは今、人のいなくなった訓練層の待合室でぽつねんとしていた。モニターは何も映していない。だがオレは暇を持て余して、(あに)さまに位相の拒絶をかけながら、解析で訓練層から拾える情報を拾えるだけ拾っていた。

 兄さまからのリクエストにお応えしなくてはというのもあった。それについては良い暇具合でもあった。セプトの機材にあちこち触れながらダブルの解析をかけ、用途別に分けられた宇宙船や侵略機動兵器の運用から整備に至るまで、物を持つだけでは終わらないセプトの叡知をいろいろと掬い上げていた。


 退避命令が出たらしく、人っ子一人いなくなってから、大分時間も経過した。しかしこの待合室は白い床が煌子力による光源の灯りを柔らかく反射して、オレのいる待合室を落ち着いた空間にしている。

 この場所にだけは人の気配があるのだ。


 もっぱらオレのせいだけど──。


 さて、待合室の窓から兄さまが飛び降りた地下五階をのぞいてみると、ティリオーダウンの偉容と広大な闇がそこにはあった。向こうには別のドッグがあり、この秘密基地は本当に大規模な物だというのがわかる。

 兄さまがこの窓を飛び出してから、当然のことだが兄さまの気配はなくなったわけだが、今でこそ闇に覆われてるが、ちょっと前まではこの闇もブースト深度一が燦然と青いキラメキを放っていて、闇の気配はおろかこの地下五階から地下四階のこの待合室までをも明るく照らし尽くしていたのだ。

 そしてその一時期、ノーラの放つブースト深度一のせいでオレたちはその中に入ることが出来ず、その先にいる真理ちゃん奪還作戦を遂行できずにいたのだが、ダブルを試行錯誤し、位相の拒絶を発見して以来、入れなかったそのブースト深度一にも入れるようになっていた。

 だがその際に、今度はブースト深度一を攻撃に転用され、ブースト深度一に通用しなかったダブルの技が剥ぎ取られるようになってしまったのは、これもまた頭の痛い問題であった。


 そして何故か今、何をとち狂ったかノーラからプレゼントされたブースト深度一がオレにはかかってる。これはこれで大変有り難いのだが、ダブルの防御系を全て剥がされるのだけは改善されてない。

 ノーラの中で何が起きたのかはわからない。だが完全な敵視からは少しだけ状況が好転したのは確かなようだった。

 利便性の高いダブルの状態固定が剥がされるのだけはいただけないことであったが、出来ることで対応するしかない。

 精霊魔法もある。ただしオレ一人しかいないから、これは取り立てて利点ではない。

 なので今は時の流れが速いことだけが利点となっている。


 すると静寂を破る声がした。


「よかったぜ。観覧室まで来てやーっと人を見つけたぜ。全くホースの野郎もなってねーな。上がおたつきゃ下のもんは上の顔色を窺って無理にでも成果を出そうとするってのによ。それをやられちゃ折角捜し回ってる俺が無駄足になっちまうじゃねーか。

 そこんとこどう思う」

「特には」

「特にはかよ。無愛想なヤローだ。まーいーや。おい、小腹が減った。飯と、それから何か飲み物もくれ」


 そう言って待合室に入って来た人物の顔を見て、オレはあちゃーっと目を覆いたくなった。


「そのようなサービスは受け付けておりません」


 オレが返事をすると、あー、面倒くせーなとこぼしつつ、ジェラルドがこちらを見、いったん目を切ってからもう一度見、今度はマジマジとオレの顔に見入った。


「おいおいおいおい。いつの間に俺はこんな事が出来るようになったんだ」


 そして自分の手を見てはペチペチと頬を叩いて自分が自分であることを確かめている。


「なんてこった。俺がもう一人いやがるが、俺は俺だ。てこたぁ俺って天才なんじゃねーか」


 どこでそう思える要素があるんだろう。甚だ疑問だ。


「オレは別にあなたのダブルではありませんよ」

「かてーこと言うなよ、俺」


 そう言ってニコニコしながらジェラルドが近づいて来る。兄さまのダブルで作ったマスクに化けた当の本人が、ここ、訓練層の待合室にやってきたのだ。


 いきなり右ストレートが飛んで来た。

 オレは首を捻るだけで避ける。大振りをいきなり顔とは、


「飛んだご挨拶ですね」

「普通だろ。俺だぞ」

「あー、はいはい。上層部が影武者を作ったとか考えないんですか」

「んなこた知るかよ。俺は俺と一度戦ってみたかったんだ」

「はぁ?」

「その変身だって魔法だろ。くるるなら、そんぐれーやりそーだしな」


 バレてーら。


「どのぐらい俺に近づけてるか、お互い確認と行こーじゃねーか」

「かといっていきなり殴りつけるのはどうかと思いますがね」

「さっきはプロレスから始めたからな。今度はげんこつで行こうと思ってな」


 ジェラルドがニヤリと嗤った。


「付き合えよ」


 言った瞬間にはまた拳が飛んで来た。

 しかも馬鹿正直に本当にげんこつばかりだ。


「文明って普通じぶんたちはこれだけの格式と教養があると、あちこちに象徴を配置するよね。それでもって見る人の見識や審美眼を見極めてって、その中で友好を深めていくもんだと思うんだけど、お宅は随分と違うんですね」

「そりゃ違うさ。俺は俺だ。

 ん? アミックのことを言ってるのか?」

「まあ、有り体に言えばそうですけど」

「てこたぁ、ホースの横槍は見抜かれたわけだな。賢い振りしてバカなのは相変わらずか」

「いや、あなたも自称で自分のことをバカと言ってたそうじゃないですか」

「おう。お前のガキには一瞬で見抜かれたからな」

「嫌がってましたよ、あなたのこと。話が通じないって」

「それは俺がバカだからだろ?」

「まぁ有り体に言えば」


 うちの爺ちゃんなんかは、今日は小豆が水を欲しがってるだとか、煮る時間を長めにとってくれだとか、人ではない物にまで会話を交わすような人なのに、このジェラルドって人は人とすら会話を交わそうとしない。

 冗談抜きで会話を交わそうとしてないのだ。

 なにせ話しかける前に必ず拳が飛んでくる。それも連撃だったり単発だったり狙い所を変えたりと、色々としてるのだが結局はげんこつだった。


 ネリネリの日なんかは、今日は火との戦いだねとか(あに)さまがお約束のように爺ちゃんに話しかけたりしているが、そんなとき爺ちゃんは決まって戦いではない、小豆の話に耳を澄ますのだと言っていた。


 それが対話という名の戦いだった。


 爺ちゃんは確かに耳を澄ましてるのだろう。疲れた身体を鞭打ち、ひたすら美味いあんこを作るために江戸時代からの製法で餡を作るだけなのだろう。だが体力と気力を極限まで集中するこのお仕事は、オレたちには戦いにしか見えなかった。

 だから(あに)さまは懲りずに火との戦いだねと毎回話しかけるのだが、爺ちゃんは相変わらずそうではないと優しく兄さまを諭す。


 そして今だ。このジェラルドだ。

 物にさえ耳を澄ます大人がいるかと思えば、人にさえ耳を貸さない大人がいる。ジェラルドにしてみれば殴り合いながら言葉を交わしてるだろうと言うのかもしれないが、終着点は美味しい物や上手くまとめることではなく、あくまで目的は自分の性癖の充実というところなのだから、困ったものである。


 それはもう対話ではない。


 だから有り体に言ってるのだが、それが何だと言わんばかりに今も殴りつけてくる。こういう事態に陥った時、たとえば爺ちゃんならどうするのだろうと思う。

 今のオレは大人な状態なわけだから、思考は爺ちゃんに寄せた方がいいと思うのだが、これだという解答には至れない。

 かと言って兄さまのようにこねくり回して回答しても、ジェラルドはバカを自認してるぐらいだから何も考えずに、げんこつで返事を返してくるだけだろうし。

 兄さまがイヤだと言った意味がジワジワとオレの身にも染みてくる。


 戦いではなく、対話で。


 ジェラルドの拳を避けながらそう思う。

 銀河同盟を組んでるぐらいだからセプトの周辺に異星人が多くいるのもわかってる。でもセプトは、どうやって同盟を結んだのだろう。そういう他の異星人とはどういう出会いをしたのだろう。

 とりあえずくるるとは殴り合いから始まったことはわかってるが、毎回ずっとこれなんだろうか。

 この宇宙にどれだけの生命体が居るのかわかってもいないのに、よくもまぁ殴り合いから始めようと思うもんだ。

 正直呆れてる。

 オレのような子供だって、幼稚園やうちのお店で自分の思うところと相手の思うところをきちんと出し合って、折り合いをつけている。もしかしたら人間どころか動物だって人と共存するために言葉が通じずとも態度で示して親交をはかり、日々をそうやって過ごしている。

 それなのにジェラルドは…………、どうすればこんなネジが外れた大人になれて、しかも隊長になんてなれるのだろう。

 思った瞬間イラッと来て、頭を振り、ジェラルドのげんこつを風壁で弾き飛ばしていた。


「おっ、そんな事もできんのか」


 嬉しそうな声が聞こえて来た。

 まったく──。

 触診もせずに殴りつけてくるから手に負えない。触って確かめろよと言いたくなるが、ジェラルドは殴って確かめるのである。

 だが風壁でことごとく封殺できてるからオレもこれだけ余裕があるが、ジェラルドはジェラルドで風壁とブースト深度一に臆することもなく、深度一に潜って手数で押して来ている。二世代は性能の劣る深度一を攻撃型エー・トゥールで補完してる。むしろオレはそのげんこつの回転に時々追いつけないでいる。

 オレはハーッと溜息を()いた。


「うちの者に言ったそうですね。世の中を回してるのは頭がいい奴だけではないんだよ、と」

「そりゃいいこと言ったな。その通りだと思うぜ」


 兄さまが直感でバカだと思ったのだ。兄さまの野性がそう告げたのだから、そこは間違いないだろう。そして今はオレも兄さまの言わんとしてることがわかる。

 ジェラルドが本当に楽しそうに笑っていた。いい笑顔である。ほれぼれするような大人の笑顔だ。


 攻撃的でなければの話なのだが──。


 この人は何て言うのだろう、バカだからで話を押し通して、迷うところがないのだ。

 うん、とてつもない突進力だと思う。

 地球の文化を楽しむのではなく、効率を楽しむといった方向だろうか。本人は趣味に生き、周りがそれを許しているのだ。これが許されてるのは「どうせセプトに帰属するのだから、地球の物を嗜む必要はない。むしろ地球こそセプトの恩恵に平伏せよ」というセプトの基本思想に手早く合致するからだろうと思う。

 趣味と実益の完全な一致である。


 迷惑な話である。これを止めるには何が必要なのだろう。

 オレはハッとして尋ねた。


「ミランダとアーノルドは?」

「あいつらか。あいつらは俺についてこれないマヌケだからな。だからここにいないんだろ」


 その物言いは、俺は気にしちゃいねーけどお前は気にするのか、バカだな、といった感情が透けて見えて、バカにバカだと見られてるようで、ちょびっと屈辱なような気もする。

 紐付きになったら少しは対話が生まれるだろうかという淡い期待もこれで完全に消え失せた感がある。どうやら最後まで付き合わなければいけないようだ。


 オレが逃がせば今度は兄さまたちを追うだろうし──。


 そのうえこの答えからして、ジェラルドはここに個人としての強さで、その答えを求める嫌いもあるようだ。


 オレはまたワンツーからのスマッシュを避けながら、文明と文明が出会って、そこから互いの意思疎通が出来るようになるまでどれぐらいの時がかかるだろうかと思わず思いを馳せた。

 ジェラルドは身内同士でもこの調子のようなのだ。ましてや上官と部下の関係ではなく、上官とその補佐役の関係でこれである。


 オレたちは難儀な奴の目にとまったのだ。


 いや、地球が難儀な星に目をつけられたのか。


 それもあるなとオレは思った。

 比喩でも何でもなく、今の地球にはオレたち兄弟のダブルがある。だからセプトの先鞭に関しても、ある程度の抑制にはなるだろう。だが長い時のスパンで見ればそうはいかない。例えオレたちが天寿を全うして死んでも、セプトの文明は変わらず地球に、そして恒星系にあり続けることだろう。


 ストッパー不在になるのである。

 それがアミック達に兄さまが期待してるところなのかも知れないが、さて、他力本願はオレの趣味ではない。手を打つ分にはいいが、オレはそこまでアミック達に心を寄せることは出来ない。


 となるとオレたちが対峙した相手は、人間の寿命に比して雄大な時をもって対峙した相手は、それはあまりにも力を持ちすぎた文明であるわけだ。


 ここで幾らオレたちが立ち塞がってたって、そんなものは束の間の些事だろう。文明にすれば、オレたちが死んでからゆっくりと手を出せばいいだけの話である。そしておそらくダブル無き以後の地球はセプトの手を跳ね返せない。

 恵風だっていつまでこの世界にいるかはわからない。

 オレたち同様、恵風だって表立って正体がわかれば、実験材料として護ってる地球の人々から狙われるかもしれないのだ。


 ノーラは──。


 と思ってオレはノーラのことは考えるのをやめた。

 上にいるだろうノーラはとんでもない邪魔をしてくれたことを思い出したからだ。今はさっきまであったブースト深度一も張っていない。


「まったく……」


 オレから状態固定を剥ぎ取っておいて、突然にブースト深度一の提供もやめるとか、なんてピーキーな援助なんだろう。

 気まぐれすぎて運用に耐えない。とても地球を護るのに手伝ってくれとも言いたくない。


「何がまったくだよ。居ないマヌケより俺をちゃんと見ろ」

「あんたのその笑い顔が、オレの眼に入ってないとでも思ってるの?」


 その答えを気に入ったらしく、ジェラルドはふひと嗤った。


「お前もバカだな」

「どうも」

「これだけ科学が発達してるセプトにおいて、なぜ肉体をここまで鍛え上げた部隊があるのか、その意味に考えが及びもしない。賢いと思ってる奴は本当に賢いのか、オレは甚だ疑問に思うぜ。なぁ親父」


 呼びかけながらついでに殴るのはどうにかしてほしい。風壁が防いでるけどさ。


「んー、とりあえず、知見があるから暴力がより有効になるわけですかね」

「お? バカじゃないのか?」

「知ってただけですよ」

「そうか。くるる人だったな」


 いや、アミック情報なんだが、それは秘中の秘なので黙っておく。


「だがそれじゃあ半分だ」

「バカを理解してもしょうがないので半分で満足ですよ。自分よりバカを見ててもしょうがないってテレビを観ながらたまに祖母が言ってたんですよ」

「立派な家訓じゃねーか」


 そう言いながらジェラルドはまた踏鞴(たたら)を踏んでいる。

 風壁をぶん殴っては、すぐに撓むように押し返されてるのだ。この風壁、自分で作っといてなんだが、風と言うより空気圧で押し返してるような感じだ。まるで自転車のタイヤに空気を入れて、どれぐらい空気が入ったかを指で確認してたら、その指が押し返されるような、そんなジェラルドの様子を繰り返し見せられている。


「バカだから何度も確かめるのかとでも思ってるだろう?」

「何も言ってませんが?」

「陸戦隊隊長の恐ろしさを見せてやる」


 風に何かを混ぜようとした。

 避ける。これは風壁に触らせてはいけないと思った。


「よくわかったな」

「わかりますよ。目の前で薬の瓶を取り出してたじゃないですか。バカなんですか」

「だから何度も言ってるじゃねーか」

「度が過ぎますよ。何でそんな物を持ってるんですか」

「バカだからだよ」


 何と言う便利な言葉。少し感心した。


「持ってたら危ねーってこたー、相手にとってもやばいってこった。で、これを部屋中にばらまいてみる」


 本当にそのつもりだったのか。自爆覚悟である。


「バカなんですか?」

「とびっきりのな」


 そして薬品が部屋中に散布された。


「本当にやりますか?」

「バカか? 見たまんまだろーが」


 風壁を二重に展開せざるを得なかった。右回りと左回り。右回りに毒の風を流させつつ風壁を構築し、左回りで通常の風壁を構築する。

 混ぜたら危険だ。隔離して、危険な方をジェラルドに押しつける。

 そしてジェラルドはオレのした精霊魔法が見えたらしい。ダブルになった風壁をその眼が追いかけている。


「おいおい、すげーな。くるるの魔法使い」

「それはどうも」

「上方修正だな。あのガキの親父なだけのことはある」


 そんなことを言った。


 どうもありがとうございます。手術が無事終わりました。

 そしてブックマーク、ありがとうございます。手術前の気ぜわしい時に思わぬ形で応援され、大層励みになりました。おかげさまで予後の経過を待つばかりとなりました。このまま何事もなければと思っております。

 また本日から気持ちも新たに「出来たら投稿」をつづけようと思っておりますので、末永く楽しんで頂ければ幸いです。


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