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第1章 幼稚園時代
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第119話 ごまかしたら後々高くつく

「あ、ごめーん。アミック隊長(あた)っちゃったぁ?」


 オーキッドが木々の向こうで騒ぎ立ててるが(あた)ったどころではない。穴が空いてしまっている。

 アミックは心臓を突き破られ、呼吸をしようにも肺にも穴が空いて、空気を取り入れることさえ出来てない。それどころか心臓から血が溢れだした。

 取り入れるどころか溢れさせたら、それはもうどうしようもない。致命傷だ。

 熱波による攻撃だから、通常なら一瞬で皮膚が炭化して通ったところを火傷で塞いでしまうのだが、さすがに心臓と肺は駄目だったらしい。



(状態固定…………は。あ、疑われないためにかけてなかったのね)

(それもあるけど、このぐらい耐えてもらわないとね。真理ちゃんの左手の件がある)


 真理ちゃんが何故こうなったのか、その答えに至った。

 でもオレはすぐには治さない。

 真理ちゃんは未だ左手を治していないのだ。それなのにすぐ治してもらったらアミックにとっても甘やかしすぎだろう。

 アミックはきちんと陸戦隊が自分に何をしたのか覚えておくべきだ。

 その上で死にそうな今、アミックにどんな情念が渦巻いてるのかは知らないが、その情念をきちんと募らせてから治さないと、すぐ治ったから別にいいやで終わってしまう。


 それではこちらが困るのだ。


 あくまでオレが浸透戦略派と手を組んで連立したのは、アミック隊にはオレたちではどうしようもないセプト内部でのストッパーとなってほしかったからだ。知らない内に地球が破壊されてましたでは困るのだ。

 だからアミックにはきちんと好戦派を抑えるという理由を、個人としても持ち得てもらわないと困るのだ。


 だからしっかり怒りを溜め込むんだ、アミック。


 それにしても困ってばかりだぞ、オレ。

 まだ幼稚園児なのに。




「ノートン。止めを刺してやれ」

「了解」

「あ、駄目ダメ、待って下さいよ~。()てたのは俺なんだから最後の手柄だけを持ち逃げするようなマネは駄目ですよ~」

「お前が命中できたのは、ノートンの助けがあったからだ」

「それはそれ。これはこれですよ~。最後まで食べきるのが作法ってもんでしょ~」

「トム隊長。私は構いません。若い者には、これも経験かと」


 ノートンはトムのことを前職の敬称で呼んだ。現在はジェラルドが隊長だが、ジェラルドはトムの弟子でもあった。今この場において、そういうヒエラルキーが大事だとノートンは判断していた。


 つまりオレたちはもう猿どころか虫なのだ。

 飛んで火にいる夏の虫。

 ホースには猿扱いされたが、まさか陸戦隊の一般兵に虫扱いされるとは思わなかった。


 そしてオレは倒れ伏して血溜まりの中に沈みつつあるアミックに目をやる。


 ノートンから透けて見える陸戦隊の中の関係性に対し、同じセプト人であるアミックはあまりにも粗雑に扱われていた。浸透戦略派の首魁と好戦派の一般兵だが、アミックは好戦派の中では一般兵より立場が下回ってるらしい。

 ていうかアミックは邪魔なんだな。

 陸戦隊はその持てる能力を使いたくてしょうがない感じだな。


 トムがオーキッドに指示を出した。


「ならば早くやれ」

「りょーかーい」


 オーキッドが無造作に銃弾を放った。実体弾で止めを刺すのは、より文明度の低い武器で死に至らしめようとする悪意に感じた。


「風刃」


 オレはその実体弾を風刃で切り刻んだ。

 セプトの深度一ではオレの深度一の速度だと実体弾でさえ箸でつまめる程度の速さだ。風刃で迎撃するなど容易いことだった。


 実体弾から刃が乱れ飛ぶ。実体弾も破片が乱れ飛び、その最後の一欠片までもが中空に消えた。

 その光景を見てアミックが驚愕していた。だが風刃の、その刃は未だふわふわと宙に浮いている。

 あいつら陸戦隊の目にも認識できるようにするためだ。時間軸の遅いあいつらにはこのぐらい丁寧にやらないと、アミックの残した木の魔法の木々が視界を遮ってもいるし、理解が及ばない。


 アミックが息も絶え絶えに口を開いた。


″それは何の魔法だ″


 声にはなってないが読み取れた。

 敵に聞くなよと思ったが、裏切り者から守ったのもまた敵だったと、そういうことだろうか。まあ敵が守ったら敵にその理由を聞くと思うのだが、アミックはそういうところでは甘えないのだな。

 どういう男かよくわかる事案だ。

 でもどんな魔法かは聞くのね。魔法使いの(さが)だろうか。まあいいや。


「風の魔法だよ。ただし、並の風魔法とは一緒にするなよ」


 アミックには俯瞰記憶がある。また仲間に教えてもらえばいいさ。


「仲間を集めて上の階に行け。上で合流しよう」


 すると瞳孔が開いたので、何をバカなことを言ってるのかと驚いたようだ。

 それから唇の端がかすかに跳ね上がった。オレはアミック隊のつもりで言ったのだが、アミックは陸戦隊のことだと思ったらしい。

 仲間に裏切られた痕が、アミックの眼前にはまざまざとあった。

 だがお前の目の前には原初に帰ってく科学がある。科学の粋とまでは言わないが、セプトの通常兵器である実体弾が、風の精霊魔法の前に屈したのは見たはずだ。

 必ず攻撃が通じるのだ。

 おかげで真理ちゃんに憑いてる調子に乗った風の精霊を制御出来ないようだが、それはまあいい。真理ちゃんに期待しよう。


(だめでしょ恵風)


 誉められたもんだから地球の物も破壊しようとしたらしい。ていうか地球由来の物はセプトの秘密基地の中じゃ、地球の地殻ぐらいしかないのだが、そんな物を恵風は壊そうとしたのか。


 なんていうか、真理ちゃん、ゴメン。


 するとようやくあちらさんでも動きがあった。オーキッドが何のてらいもなく、目の前で起きた事象に驚きの声を上げたのだ。


「ああああーーーーっ」

「ほう。くるるの魔法か」

「これは、話で聞くより凄まじいですね。あの銃弾に対応されるとは」


 あちらさんが騒いでるがそんなのは無視。

 そこまでやってくれたらアミックも今、自分がどういう状況に置かれてるのかは、よくわかったことだろう。

 潮時だ。敵ごっこ一部終わり。


「状態固定」

 アミックの傷をとりあえずこれ以上悪化しないようにした。

 治すにはまだ早い。顛末を見てからの方がアミックにも連立を組んだその意義がわかるだろう。

 連立を裏切ってオレたち牙を向けた事実もあるしね。そこらへんは贖ってもらわないと。


 オレがそう思ってると、真理ちゃんが陸戦隊に話しかけてくれた。仲間を撃ったんだって自覚してるんですねとかなんとか。

 押し黙ってると必要以上に怯えてると勘違いされちゃうからね。恵風を黙らすのも大変だったろうに、こういう細かな所は本当にありがたい。さすがは金沢財閥の直系の一人娘。もうすぐ弟か妹が生まれるけど。


「え? どうだなのそこ。避けなきゃいけない連携を怠ってたアミックくんが悪いと思うよ~」

「ごまかしたら後々高くつくってお父さんが言ってましたよ」


 ふんと真理ちゃんが鼻で嗤われた。オーキッドがその凶暴な本性を剥き出しにする。


「そりゃお前の親父の遺訓だな」


 瞬間真理ちゃんが反応した。


(真司くん。魂の回廊は開ける?)


 オレも瞬時に魂の回廊を開こうとし、そして気づいた。

 何だこれは──。

 そうとしか言えなかった。意味がわからない。閉じてるのは探ればわかったのだ。それがわからない。完全に切れている。


「今、今なのか? 弟さまが完全に連絡を()った」


 その意味がじわっとオレたちに染み渡る。

 さっきまで暴れてた恵風も一瞬言葉に詰まった。それからそっと言う。


(動けないんだろ)


 そう言った。

 恵風の言った意味は、迂闊に気を反らせない状況だと、そういう意味だ。不吉な意味合いで言ってないことはオレにはわかってる。そのぐらいの付き合いにはなってる。だがオレの中では、その動けないと言う意味が、悪い意味合いがむくむくと頭をもたげてくる。


「位相拒絶を確かめて」

「…………オレへの位相拒絶は、途切れてない」

「なら大丈夫だよ。あの寛司くんだよ」

(とりあえず落ち着け、真司。敵の前だぞ)


「わかってる。だが言ったんだ。やばそうな時は隠れてろって、そう言ったのに」


 そのオレの声を聞いてオーキッドが楽しそうに嗤った。そしてそれを上回るような声で真理ちゃんが断言した。


「隠れるわけないじゃないっ」


 オレが真理ちゃんを見やると真理ちゃんが憤慨していた。


「やばい時は止めに入るんだよ、寛司くんはっ。今の真司くんみたいにっ。寛司くんだって絶対にそうするんだよっ」


(ああ。寛司なら迎え撃つ。お前の元に通さないためにな)


 オレは魂の回廊を、ほとほととノックした。

 広大な魂の回廊に、その訪いの音は遠く響いて行った。行ってしまった。


 迎え撃ってるのか、弟さまよ。

 魂の回廊を切るほど集中しなければいけない相手と対峙してるのか?



 ◇



 ひとしきり嗤うとオーキッドがオレたちを無視して、前隊長のトムに話しかけた。

「なぁ、トムさんや。ブラフじゃないか。こいつらが降下艇が下りて来てるみたいに言ってたのは?」

 オーキッドがそう言ったがトムが首を振った。

「上の方から微細な振動が面で届いて来てる。これは宇宙船のもたらす振動だ」


 そう言いつつトムがジロリと真理ちゃんと話してるオレを見た。


「それに連絡が途絶えて次の手を打つのは極めて自然なことだ。それが魔物回収船というのが解せないが、それは敵のもたらした情報だ。今は降下艇が来るとだけ認識してればいい」


 さすが前隊長、優秀だ。その見立ては正しい。オレとしてもアンタの言う降下艇は破壊したい。だが今は──。


「もういっちょ深度一」


 オレは重ね掛けして位相をさらにずらした。

 見えにくくなっただろう。これはお前たちから学んだ手口だ。

 トムはまるでオレが連絡手段の妨害をしてるかのように睨んでるが、それをしてるのはファ、じゃなくて超臨界水だ。

 時間軸をずらしたのはオレだが、それはお前らもしたことだしお互い様だ。それより今この時を有効に使わせてもらう。

 そしてオレは真理ちゃんに意見を求めた。


(真理ちゃんは超臨界水がここに持って来たいと言ったよね。そしてこの現状だ。向こうもダメージでかいけど、こっちは下手したらもっとでかい。何でそこまで奪うんだと思う)


 オレはあれが過度にアミックの記憶を奪ってるように思う。

 超臨界水ならそこらへんの加減などお茶の子さいさいのはずだ。


(陸戦隊に信用させるためでしょ。じゃないとアミックさんは殺されてたんじゃないかな。そしてたぶん、あの状態から助け出すのが真司くんの役目なんだよ)

(こんなに何度も、と言うか面倒臭いよね)

(面倒臭いことを何度もしなければいけない状況というのは、それだけ綱渡りだってことだってウチのお父さんが言ってたよ。力があって気の変わる取引相手ってのは厄介だって)

(孝介さんはそういう時どうするの)

(お父さんも急ぎたい時は力技だよ。今は本当に急ぎたい時だし)


 そうだ。弟さまを、弟さまに、力技を使わせて上げられるようにしないといけない。

 それにもう陸戦隊はアミックを見捨てている。


(了解。ちゃっちゃと行こう。付与)


 オレはこれまでのアミックの記憶を返した。二重になるかもしれないが、そこらへんは後で統合してくれ。そして失われた連立以降のオレ視点の記憶も受け渡す。ちょっと目を見開いて驚いてるが、俯瞰記憶はお前の得意とするところだろう? アミック。

 それから動顛して為すべき事を忘れてしまってたようだ。

 アミックもアミックだが、オレもオレだ。

 弟さまにこれをやっておかないと──。


「状態回復。状態固定」


 もう露骨にダブルを唱えた。

 既にオレの名前も弟さまの名前も、こいつらの前で晒してしまった。倒して記憶を奪うにしろ──、


 ──もう消した。


 それだけが聞こえて来た。


(ファ、超臨界水か?)


 だが返事は返って来なかった。

 真理ちゃんを見やると、特に真理ちゃんの変化もないようだった。オレがホッとすると同時に、弟さまから魂の回廊の脈動が届いた。

 それは確かな脈動だった。


「ははっ。何だよこれ」



(来るぞっ)

 前触れなしに恵風の警告が飛んだ。


 そしてブースト深度一が飛んでくる。オレたちは、ブースト深度一の放つ青いキラメキに翻弄されるままに、深度一と状態固定を根こそぎ剥ぎ取られていた。


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