第118話 上官への受け答えじゃないよね
「命中っ」
会心の叫びをトムが上げていた。だがオレはそれどころではない。避けきる動きを考える間もなく、その一撃を食らってしまった。
これがプロの技なのだろう。
オレは倒れたまま白い天井を見上げた。
弟さまがこんな攻撃を一人で受けてたら受けきれるのか。そのことがあった。
弟さまは未だオレに位相の拒絶をかけ続けているのだ。
これがあるからオレと真理ちゃんと恵風はブースト深度一に対抗出来たわけだが、オレたちに位相の拒絶をかけているばっかりに、弟さまは逃げ道を断たれたり、防御を根こそぎ剥がされてる可能性もあった。
ノーラのブースト深度一ならそれが出来る。
いやいや、でも、危なけきゃ逃げとけと言った覚えもある。あの賢い弟さまが引き際を誤るとも思えない。
うむ。杞憂だな。
だが鋭い攻撃だった。こんなのを何度も喰らいたいとは思わない。
(とりあえず状態回復。状態固定)
弟さまに届けと思う。
「見ましたか、俺のが命中したんですよ」
「さすがだな、ノートン」
「あっ、ひでー。贔屓だひいき。あんたの手がかかってない奴が活躍したら面子が立たないとか思ってんだろー」
「お前、クビだ、陸戦隊にバカはいらん」
「あ、ジェラルド隊長に言いつけてやるー」
「ノートン」
「は」
「ちゃんと全隊員の前で報告させろ。処置はミランダとアーノルドがする」
「わかりました」
とりあえず大騒ぎが聞こえた。
まるでオレを殺しきったかのような大騒ぎだ。
でも床に頭を打ちつけたが、それほど痛くはない。
銃弾も陸戦隊が喜んでるように心臓に中ってるので痛がる振りをしてみせてるが、実はまったく痛くない。何しろダブルの状態固定で防いである。
というところで改めて深度一を展開した。せっかくノーラが上の魔物回収船につきっきりになってるのである。この好機をきちんと活かさないといけない。
陸戦隊が勝利の余韻にひたって気を抜いたところを、オレたちだけ深度一に入る。
まずは記憶を失ったらしいアミックをどうするかだ。
(まずいつのアミックさんかを知らないと)
(そうだね)
(じゃあ私が話すよ)
と真理ちゃんが立候補してくれたので、真理ちゃんに任せることにする。とりあえずアミックに状態固定をかけてから、深度一へと引きずり込む。
まったく、世話のかかる連立相手だ。
それからアミックの世話は真理ちゃんに任せたオレは、撃たれた箇所と自分の身体のチェックに入る。弟さまと合流する最も速い方法は万全であることだと、今は思う。
何しろ攻撃方法がこれまでとは明らかに違っていた。
オレには軍事学なんてものはないが、それでもやられたやり口が初見だというのはわかる。
それがチームプレイだと云う事も。
これまでは、セプトの軍関係者の間の攻撃方法は、たとえ数が揃ってても単独で仕掛けて来たのが一般的だった。それが今まではそうだったのに、今回に限ってそう言ったごり押しが潜んで綺麗な連携で攻め立てられ、完全に封じられ、何を為すこともなくオレは対処されてしまった。
完敗である。
オレはまず自分の衣服を調べてみた。トレーナーも破れてないから大丈夫だとは思うけど、ぺろりとめくってみると身体にも傷ひとつ無かった。
今日撃たれたのはこれで二回目だ。
一回目は東京駅のビル街で、知らないうちに遠距離から狙撃されたけど、今回のように顔もわかる距離でやられたのは初めてだ。
やはり距離に関係なく、この程度の攻撃なら状態固定で防いでしまうようだということはわかった。これがどの程度の攻撃まで大丈夫なのかとか、それを確かめるために受ける攻撃の強度を上げていこうとは全く思わないけれど、それでもかなりの強度まで大丈夫じゃないかなとは思ってる。
それこそ超臨界水にやられるまでは大丈夫なんじゃないかな、と。
(真司くん、目が瞬きしてるから、またもうすぐ深度一に入ってくるよ)
(あ、陸戦隊のほうか)
(うん。こちらは終わりました)
とりあえずアミックを深度一から追い出す。陸戦隊も眼鏡型のエー・トゥールだから瞬き一つで深度一へ潜れるのだろう。眼鏡型はアクションが少なくて済むからやはり優秀な小道具だ。いや、補助具か。
(で、どうだったの、真理ちゃん)
(たぶんだけど、真司くんが消した記憶まで戻ってるよ)
(仲間から補った俯瞰記憶が普通の記憶になってると?)
(うん。真司くんから補助された記憶も)
(マジで?)
(うん。そのうえで私の左手のところまで覚えてるみたい)
(オレにやられたところは?)
(連立の記憶がないから。それと魔物を厩舎に入れるので忙しかったみたいだし)
(厩舎? 浸透戦略部隊の隊長がそんなことするの?)
(したと思ってるんだからしたんだと思う、たぶん。上に来てるノーラさんの相手が魔物回収船だったでしょ)
(そういえばそうだったね。う~ん。ちょっと考えるから。それと魂の回廊も閉じて洩らさないようにするから陸戦隊の方を警戒してもらえる?)
(わかりました。風壁を張っときます)
(お願いしまーす)
と、ばれないよう軽薄に振る舞ったが、これは必要な措置だった。
何しろこれは真理ちゃんに洩らしたらまずい話だったからだ。真理ちゃんにまで超臨界水の記憶操作の手が伸びるのを事前に防ぐためには仕方ないのである。
アミックがさっきもまた叫んでいたけど、ファウという名は「真理ちゃん奪還作戦」時にも尋ねられた名前だった。そしておそらくこのファウという呼称が超臨界水の名前なのだろう。オレもアミック同様ファウを知ったことになる。おそらく消された記憶をファウってのが戻した。では以降の連立の記憶のことを誰が消したのか、という話になる。
普通に考えたらファウなのだろうが、ファウは連立以後、オレたちにいろいろと補助してくれてたのに、今さらそのファウがアミックの記憶を消す必要があるのだろうか。ないであろう。
そのことである。
(真司くん、瞼が閉まった。もう戻って来るよ)
「了解」
高笑いしてたオーキッドの声が途中で消えた。すでにトムとノートンは腰を落として継戦状態に入っている。オーキッドがそれに続いた。
立ち直りが早い。
真理ちゃんとアミックを、それからオレを捕捉したようだ。
動きはオレたちの三分の一ほどの速度しか出てないが、位相のずれで気配が見えたとしてもぼんやりとしか見えてないだろうに、よくついて来る。
トムがエー・トゥールから何かを放った。
眼鏡から何かがアミックへと伸びている。だがそれを止める気はなかった。真理ちゃんもオレの意を汲んで風壁を解除してくれる。
そして未知の攻撃が中った瞬間、アミックが深度一に戻って来た。
オレたちが解除して引き上げた通常空間から、再びアミックをセプトの深度一に潜り込ませたのだ。
そしてアミックがオレに目を配って言った。
ただしオレたちの深度一ではなく、セプト由来の出来損ないの深度一だからゆるやかな話しぶりである。
「姉か妹か知らんが、よく恐れげもなく俺に話しかけられるものだ。そこだけは誉めてやる」
アミックがそう言った。
だがオレは驚いてた。アミックは連立を組んでからというもの、連立を組んだ以上こちらの気位を考え、自分が拷問したことにも触れず、謝ろうとももしなかったからである。
だからそんな事を考えてたのかという思いだった。
薄々察してはいたが、口に出されるまで、そんな事を考えていたとは全く知らなかったぞ。
アミックは連立を組んでからも秘していた、拷問相手の真理ちゃんから己がどう見えてるかを自問しながら真理ちゃんを拷問してたと、たった今白状したのだ。
そしてアミックがオレにエー・トゥールで切りつけてくる。
「それがお前という人間が感じた反応だ。きちんと死ね」
オレは陸戦隊にも聞こえるように大仰に言った。それというのもあの時のオレは殺意に溢れていたからだ。
だがオレの風魔法を放つ姿勢を見て、アミックが即座にキュンキュンと足を踏み換えて後退した。予想以上にアミックの動きが速かった。この深度一の性能差ではオレたちの速度の三分の一ぐらいになるだろうと思ってたのに、普通の動きよりちょっと遅いぐらいだ。
追撃を許さぬよう、キッチリ振動波も放っている。
オレは真理ちゃんの手を引いて、その攻撃を左にやり過ごした。
アミックが木の魔法で降り立った所定の位置へ戻る。振り返るがその速度は遅い。常時全速力では動く気はないと言ったところだろうか。
こっちはアミックの攻撃に結構驚いたのだが、本当に忘れてる今は、もうそんなことはわかりもしないんだろうな。
すると陸戦隊の方からアミックに声がかかった。前隊長のトムだ。
「アミック、お前舐められてるぞ。それとも子供に情がわいたか」
するとトムにつづいてノートンが、
「いつガキが起きたのか、アミック、お前は知ってるか」
と尋ねたが、アミックはその質問に答えなかった。
立場的にはアミックだけが隊長で、後は平だもんな。トムがいるけど、予備役の前隊長に兵を率いる権限はない。あるとしたらアミックだけだ。
そうオレが義憤に思ってると、事もあろうかアミックがオレに攻撃を再開した。アミックは陸戦隊に答えぬ代わりにオレへとその刃を振り抜いたことで答えとしたのだ。
この野郎。
オレはお前の立場を慮っていたのに、そっちは容赦無しかよ。
ヒュンヒュンと風を切る音が一撃の威力を物語っていた。
そのアミックがオレへと口を開く。
「舐められたものだ。エー・トゥールを破壊して、それだけで無力化した気でいる」
そう言われてもその道はもう通ったよ。随分と昔の話だ。それがお前がエー・トゥールを陸戦隊から借り受ける条件だっただろうが。
「うん。たぶんアミックの願いは叶ってると思うから」
「戯れ言を。しょせんは子供だ」
アミックがお得意の木の魔法で床に下草を生やした。その下草がオレの足に絡んで来る。オレの視線が一瞬足下に気を取られた隙をついて、アミックが接近する。そしてオレを殴りつけようとした瞬間にエー・トゥールを起動して刃を伸ばす。
その攻撃をオレはウインドで受け流して下草を引きちぎる。オレとしては深度一の速度差があるので追撃できるが、アミックはアミックでそれに気づいて横っ飛びに避けようと膝を沈める。
オレはあえてアミックを見逃した。連立相手だしね。そこへいきなり三叉攻撃が入った。
オレが先程撃たれた陸戦隊のチームプレイによる攻撃だ。
だがその熱波は見当違いのところで交点を結んで、アミックの背後で分かたれていった。
斜線の角度が広かったので、こちらには中りようがない。そういう攻撃だった。
「おい、今のはオレが退避してからやる攻撃だろうが」
「すまんな。お前らとは訓練した時間が少ないからな」
文句を言うアミックに、トムが豊かな低い声で詫びを入れた。
そしてトムの云う事も確かにその通りだった。前隊長で相談役であるトム・メイジャーは、息子の代わりに前線復帰した予備役の人材だったからだ。故にアミックとの訓練経験など一切ない。
アミックもそれが頭にあるのだろう。視線は一度もオレから切ることはなく、トムのその言に頷いていた。
「陸戦隊。狙いは正確にしろ」
「それは浸透戦略部隊としての正式な抗議か?」
「そうだ」
「了解した」
だがそんなのは嘘だ。攻撃した手段が熱波だったからだ。
熱波である。
植物系は熱に弱いからな。熱波の選択はそういうことだろう。アミックもわかってるはずだ。木の魔法を得意とするアミックなら何で避けようとするかを、それを見越した攻撃だったことを。
また熱波が放たれた。堪え性のないオーキッドからの物だった。後ろを見ていないアミックにはそれが放たれたこともわかるまい。だからオレがその攻撃を風壁で一掃する。一瞬しか風壁を飛ばさなかったから、何が起きたかもわかるまい。
ただ風の流れが熱波を散らしただけだ。
オレのダブル由来の風魔法は、現象をその場に出現させる。
その不可思議な結末を見て、陸戦隊が攻撃パターンを変えた。
ノートンとオーキッドが迷わず前に出た。
遠距離が駄目なら中距離、そういうことだろう。
「速い」
深度一の不利を全速力で動くことで、その差を埋めようとしてる。しかもオレに向かって深度一の偏差攻撃をランダムに放って来てもいる。こういう細かな技を省かないのが相手を苦しませるコツなのだろう。それも二人同時に細かく位置取りを変えてだ。
「考える間も奪ってるのか」
位置が変わるだけでまた作戦を変更する余地が生まれる。受け渡し、攻撃手段の伝達、接敵まで時間、状況の経過報告、でもそんなものを連絡し合う時間などない。
味方同士で別の動きをして足を引っ張り合うこともあるだろう。
でも真理ちゃんは大丈夫。オレの考えは駄々洩れだから常に拾ってくれている。
そして陸戦隊の手際にオレが見とれてるのもあるが、深度一がオレたちの方が深い分、時間に余裕はあった。
陸戦隊の動きは実際勉強になる動き方だった。ノートンが左から攻撃、右からはオーキッドが攻撃。そして交差して左右が入れ替わってオレへの追撃が入る。
ナイフによる挟撃だ。中距離ではなかったらしい。
トムによる遠距離からの攻撃を残しつつ、近接戦闘も織り交ぜてくことに切り替えたのだろう。だがどちらにも右手には銃を用意してるのも見て取れる。これは離れ際か? 注意が必要だと思った時にはもう離れていた。
「本当に速いな」
そこへトムからの退却時の援護が来た。
オレは位置取りを右にずらして風壁で受け流す。真理ちゃんに攻撃が流れないようにするためだ。
その入れ替わったノートンとオーキッドが、再びエー・トゥールからなにがしかの波を放った。
波状攻撃だ。息つく暇もない。
そして中央からトムの攻撃。
いや本当に息をもつかせぬ連続攻撃だぞ。オレがアップアップ気味に理解を進めていると、アミックの胸に穴が空いた。それはもうどうしようもないほどの穴が空いていた。向こうの陸戦隊の三人の姿がはっきりと認識できる。
ヒューヒューとアミックの胸から息が洩れていた。




