第117話 チームプレイ
「お前、上に行ったんじゃなかったのか? だが助かるぜ」
しかしアミックは眉間に皺を寄せるばかりだった。
「ん?」
何があったのだろう。アミックがオレに返事を返さなかった。
さすがにこれは様子がおかしい。ポーズはポーズで崩しはしなかったが、それでもアミックはオレたちに返事はしてたのだ。むしろオレが何かに没入して返事がおざなりになったりすると、それに対して返事をしろと苦言を呈してたぐらいだ。
(深度一)
オレはアミックのいる位置までを範囲として、深度一へ潜った。
アミックは陸戦隊の前では連立の立場をまだ隠しておきたいのかもしれないと思ったからだ。
その隠しておきたい陸戦隊にしても、陸戦隊の持つ通信系が未だ壊れてるようなら、アミックがオレたちと連立したこともエイミーから報告を受けてないだろうことが考えられた。
これは迂闊に態度を表明して向こうにこの情報を与えてしまった場合、その損失は作戦立案時に広がりを持った系統樹のような選択肢が、その片方の枝葉が根こそぎ失われるような事態になりかねない情報だった。
だが深度一に潜ることで、時の流れが通常空間の陸戦隊と、時の流れが光速にも似たこちらとでは、やれることに格段の差が出る。こちらは十全な準備が出来るのだ。
それに深度一の範囲を多少拡げておけば、たとえ上にいるノーラからブースト深度一攻撃を受けたとしても、セプトの連中諸共おなじ攻撃を受けることになる。ならばそれはそれでイーブンになるだけのことだ。
そういう目論見もあった。
いずれにせよまずは状況の確認だ。
オレはアミックの木の魔法の木陰にまで移動し、陸戦隊の様子を窺った。
間違いない。オレたちだけ深度一で、あいつらは通常空間にいる。エー・トゥールも作動させてないようだ。
全く動きが止まっている。
──前隊長もいるというのに随分と警戒してないのだな。そういう怠慢は命取りになるよ。
すると後ろから息を飲む気配がした。
真理ちゃんかと思ったらアミックだった。アミックがオレに農耕用のエー・トゥールを向けて、基本機能の熱波あたりを放ったようだった。
熱波が中っても人の身体など簡単に穴が空く。そして穴が空いた部分は火傷となって傷が固定されるのだ。そしてその場所は治療の施しようがない欠損部分となる。
エー・トゥールの基本性能だからとバカにしてると、なかなかにえげつない傷跡を身体に残すことになる無慈悲な攻撃だった。
だがその攻撃は真理ちゃんの風壁で防がれたらしい。
真理ちゃんも知っての通り、オレたちにはダブルの状態固定がかかってるから攻撃が中ったとしても問題はないのだが、真理ちゃんは防いでくれたらしい。実際後ろから撃たれて気持の良いものでもない。
何が起きたのかは恵風が教えてくれた。
(無防備な真司の背中をアミックが撃ちたくなったようなのだ)
オレはポリポリと頬を掻いた。
どうやら怠慢はオレの方だったようだ。
陸戦隊は知ってたのか?
知ってたな。
知ってたからわざと無防備を装ってこちらの警戒度を下げさせようとしたのだ。
(引っかかったのは真司だけだけどな)
恵風に容赦なく指摘された。
「これもまた痕跡か……」
オレは顎に手をやって、はーどぼいるどにつぶやいたが、あー、はいはいと恵風に流された。
そこへ真理ちゃんの真面目な声がした。
(でも本当、さっき別れたばかりなのに何でアミックさんが)
確かに何度も体験していなければ真理ちゃんみたいな感想になるだろう。でもオレはこれは普通に有り得ると思った。
何しろ超臨界水がこちらの事情お構いなしに記憶を消すのは、オレは今まで何度となく経験した事実だからだ。真理ちゃんだって、離れた瞬間にいずれ記憶は消されると予想はしていたはず。
ただそれが別れてすぐ次に出会って、こんな感じだったから違和感を覚えるだけで、オレは魔気のことでこの体験をしてるから、こいつならやると、そうとしか言えなかった。
ちなみにそこから導き出される解釈としては──。
(隊に連絡しようとしたら盗聴されてて、オレたちのことを話そうとして記憶を消された、かな。たぶん)
(盗聴じゃなくて直接聞かれそうになったんじゃないかな。通信関係はつながってないみたいだよ。閃光弾で私たちが来たって合図を送ったってのもあるし)
(でもあいつら動かないよね。本来なら今一緒に攻め立てられてたら、かなり苦しいもん)
(うん。だから連立してること知らないと思うよ)
オレは真理ちゃんに頷いた。
これを利用しない手はない。おそらくあいつらはアミックを使い捨てにする気だ。
その考えを保証する状況証拠として、主砲の一撃がここらへんに影響を与えてないことがある。星をも砕く主砲の一撃を防いだのは、オレが防いだのではなく、初めから艦長であるホースからの指示があったと考えるべきだ。でなければこの階はあまりにも綺麗すぎる。そして安心して迎え撃つ準備など出来るはずもない。
うん。討ち入り時の解析を確認したら、ホースの指示だった。だが深い理由はなく、ジェラルドがここにいるからという、それだけの理由のようだ。
これで弟さまと戦ってることも確認できたわけか。
しかし妙だな。何で弟さまがジェラルドごときを瞬殺できてないんだろう。精霊魔法だけでも瞬殺できるはずだ。
(真司、上を見ろ)
(上?)
恵風からいきなり警告を発された。
(ノーラが騒いでる。深度一を上に向かって撃ってるぞ)
オレたちにではなく? だからブースト深度一が来てないのか。
だが見えない。天井しかない。
すると恵風が叫んだ。
(真理)
手を握る真理ちゃんがビクンと顫えた。
(あ、見える。何あれ、もしかしてまた宇宙船?)
(何なんだアレは。気持ち悪いぞ)
真理ちゃんに憑いた恵風が身を顫わせたらしく、その顫えが真理ちゃんに連動して、手を繋いでたオレまでぶるっとした。
それにしても恵風が気持ち悪がる? 何だそれは。純粋に興味がわいた。
オレもダブルの解析で手を繋いだ真理ちゃん越しに情報をもらう。
途端に酔ってしまいそうな映像が届いた。
ぐにゃぐにゃと揺れるブースト深度一と巨大な宇宙船。その輪郭が伸びたり縮んだりして気持ち悪いことこの上ない。
だが確かに真っ黒な宇宙船があった。大きさは比較対象がないのでわからない。しかしセプトが新たな宇宙船が地球に落とそうとしてるのはわかった。
深度一を通って尋常ではない速度で突っ込もうとしてる。
それをノーラが防いでる感じか。
ノーラが防ぐとなると、何か相当やばそうな物が積まれてるようにしか思えない。
くそ。業腹だが陸戦隊の三人にまで深度一を拡げた。
「おい、お前ら、また宇宙船を落とすのかっ」
オレの問いに、木々の向こうからオーキッドが腹立たしげに答えた。
「何だとっ」
「また落ちて来てるぞっ」
オレは事実だけを告げた。オーキッドで時間を無駄にしてる暇はない。
「また黒い大きな船だ」
そのオレの言葉に向こうの三人が色めき立った。
「まさかレリオーバーンまで投入したのか?」
「そんなバカな。我々まで死ぬぞっ」
「確認。駄目だ。相変わらず繋がらん」
どうやらあちらも不測の事態のようだ。
オレは騒ぎ立てる陸戦隊の上席を尻目に、深度一を自分たちだけの範囲に戻すと、アミック情報を脳裏に呼び出した。
レリオーバーン。その名を急いで検索する。
そしてその立体図が浮かんできただけでオレは戦慄する。
「おいおいおいおい。こんなの地球が滅ぶぞ。オレたちが地上にいないんだぞ」
レリオーバーン。正式名称UAS-12レット・イット・オール・バーン、俗称レリオーバーン。
また輪をかけて物騒な名前の二隻目の強襲型惑星制圧艦。
ティリオーダウンと対を為す制圧艦で、その姿はティリオーダウンのティアドロップ型の形に対して、燃え盛る炎が三つほど伸びた形をしている船尾がファイア・バーン型になっている降下艇である。
正直展開図を見ただけで格好いい。
だがこんな物で地球を撃ち抜かれたら、仮に直撃を避けられたとしても、かすっただけでマントルが地表に噴出して地球上を覆うだろう。そしてそれは裏と表がひっくり返るような対流になるはずだ。
このマグマの対流に巻きこまれ、今まで地表にあった文明が地球の内部へと沈むように対流し、代わりに地球の内部にあったマグマが地表に出てくるのだ。そういうシェイクを地球が冷めるまで繰り返すことになる。
いわば地球の脈動だ。安定するまでは年単位の時がかかることだろう。
そしてそんな環境の地球で、これまでの地球上の生き物が対流のやむまで生存していられるかと言ったら、それはおそらく無理だろうと思う。
最初の対流でマグマの水圧と上から降り注いでくるマグマの流れに翻弄され、どんな文明を持っていようと、あっという間にマグマの燃え盛る養分となるだろう。
つまり生物は全滅することになる。
レリオーバーン。
まことに物騒な艦名である。
(ちがう。これじゃないよ)
真理ちゃんが叫んだ。
「大きいけどこの船じゃない。何と言うかもっと古い、老朽船みたいな感じ。だってエンジンが煌子力じゃないもん」
真理ちゃんが見えない上空を睨んでいる。だがその目は鮮明に宇宙空間にいる宇宙船の姿を捕らえていた。
そしてオレはこの形を検索する。
「タキオンエンジン。魔物回収船かっ」
オレが突き止めて諸元の確認に入ろうとすると、アミックの歯ぎしりするような声が聞こえた。
「ファウ。本当にいるならば私の記憶を消せ。私は、いや、俺は、俺はこんな与えられた形でこいつに勝ちたくない」
アミックが農作業用のエー・トゥールを、その鎌のような刃をオレへと振り下ろそうとしていた。
と同時に陸戦隊の三人がオレ目がけて振動波を同時に三方向から放った。
いつの間にか深度一に潜っていたらしい。しかもこれは──。
「チームプレイかよ」
これは困った。
真理ちゃんがアミックを風壁で止めてくれてるが、陸戦隊はフリーだ。恵風は超臨界水との約束があるから単独では動かせない。
単純に手数が足りない。数の力は偉大だ。
その振動波があたる瞬間、オレは避けるのも面倒臭くなった。
ていうか、右、左、中央、オレが避けたとして万遍なく通過しても、右から左後方へ、左からのは右後方へ、そして中央のは中央のままどれだけ逃げても追いかけてくる。
直撃は避けても擦りはする。
そしてそれが積み重なれば人間は死ぬ。
そういう攻撃手段だ。
きっちり研究されて来ている。
(深度一解除)
あいつらに深度一をぶつけて根こそぎ解除する。オレがノーラにブースト深度一で散々やられた手口だ。
だが下位互換のセプトの深度一では絶対にあらがえない対策法だ。単純に性能が足りなくて対策にならないのだ。
これで避ければいいと思った瞬間、偏差攻撃が来た。深度一の深さを微妙に変えた、あの偏差攻撃だ。
オレの胴体の時の流れを遅くし、右手を速くし、左足が遅くなった。
身体を動かそうにも時軸がずれて思うように動かせない。
それでもセプトの深度一を解除する、オレの深度一を放とうとした瞬間──、
陸戦隊の三人から実弾銃が放たれた。
今回はエー・トゥールだけじゃないのね。
そう思った時にはオレは振動波でグズグズに振るわされた所を撃ち抜かれていた。
連絡を取る暇もないのか…………。
考えてみたら弟さまと連絡を取らなくなってから、それがどれぐらい続いてるのだろうかと思った。おそらくだけど、オレが主砲の攻撃を受けるもっと前からだろうと思う。
その間、ずっとこんなのを対処してるのか。
対処できるのか。
オレは真理ちゃんの急いでる理由をやっと身に染みて理解することが出来た気がした。仰向けに倒れながら、七色の煌子と魔物の暗い影を天の奥に見たような気がした。
床に頭を打ちつけながら、それでもオレは弟さまに思いを馳せつづけた。




