第115話 壁面登攀
弟さまがジェラルドの相手か。
それは盲点だった。全く考慮していなかった。
だが問題あるまいとも思った。仮にその戦闘の最中だとしても、弟さまはオレに位相の拒絶をバッチリかけ続けてくれていたのだ。それだけでジェラルドとの戦闘がどのように推移してるかはよくわかる。
さすがに連絡こそなくなったが、それでも弟さまには精霊魔法もある。
正直ジェラルド程度だったらどうとでも出来るという思いがあった。
オレは未だに隊の部下に捕まってるアミックを見やった。
アミック隊も子供のオレには寄りかかろうとはしなかったが、さすがに自分とこの隊長には寄りかかると言うことなのだろうか。大人気である。
寄らば大樹だな。
(それ違うよ)
真理ちゃんからきちんとツッコミが入った。
アミックがアミック隊に報告を受けて、真理ちゃんの方をチラと見、それからオレを意味ありげに見た。
おそらく自分なら木の魔法で真理ちゃんを楽に運べると、そう言いたいのだろう。
だがアミック隊を治めるためにお前に来てはもらったが、このことでお前の手は借りるつもりはない。
「お前の負い目を軽減するために世話になる気なんかないよ」
これは真理ちゃんにも知らせずに勝手に連立を組んだオレの意地でもある。するとアミックも真理ちゃんの左手を見て何も言わなかった。
ひょいと肩をすくめて見せただけだ。
「隊長、俺たちも」
「グレン、連立相手がこちらの落ち度で意地を通すのに、お前は自分の力以外で楽をしたいのか?」
グレンは首を捻った。やはり痕跡反応に陥ってからグレンの感情表現は子供のように直截になったと思う。
「笑われるだろうが、この程度かと」
アミックが更に窘めると、メアリー副隊長も続いた。
「つつしめグレン」
「お兄ちゃん恥ずかしすぎ」
うん、家族の会話は聞かなかったことにしよう。ここにいるのはプロフェッショナルな浸透派の部隊なのだ。いるのかいないのかも悟らせない他の隊員は極めて優秀だしね。
するとアミックが言った。
「それでは醍醐。俺は先に行く」
「また自分の部下をオレに押しつけるのか?」
「いや。こいつらはこいつらで登ってくるさ。醍醐への意地もあるだろう」
アミックは部下を見やりながら当然のように言い切った。
ふむ。
それにしてもこいつはまだオレのことを醍醐と呼ぶんだな。
もうオレの本名を知ってるというのに。
せっかく超臨界水への意趣返しに名乗りを挙げたのに、こいつがこれではオレ一人だけ空回りしてるような感じではないか。
ちゃんとオレの名を呼べ。最上真司だ。醍醐ではない。
それだと最早あだ名みたいではないか。いや、コードネームみたいなものか。それならそれで悪くない気もするな。うん…………ちょっと格好いいぞ。
「よし、ならオレに良い案がある」
「何だ」
「移動船だ」
「あ、それ駄目。それでさっき私は目的の場所に止まれず、一瞬で東京上空まで飛び出し、それから落下して地下六階まで逆戻りしました」
真理ちゃんの話を聞いたアミック隊が、オレの話は聞かなかったことにした。
「それで我々はどうする」
仕切りはお前か、ベイン。憎まれ役を買って出るのは信条か?
「ならば魔法だ。魔法でオレと彼女が運ぶ」
だがそれはアミック隊全員に却下される。真理ちゃんを関わらせたのがまずかったらしい。アミック隊は真理ちゃんのお世話にはこれ以上なってはならないという不文律が、アミックのひと言でもたらされてしまったようだ。是非もない。
一部、あのティリオーダウンの外殻をえぐり取った塵風の岩に乗るのだけは勘弁してくれと、命の危険を感じた者がいたようだが、それはギグズの名誉のために黙っておこう。
「おい、アミック」
「言ったろう。俺はもう行く。ではな」
アミックは木の魔法を発動して元の幹へと戻って行ってしまった。そして幹まで辿り着くと間髪入れずにジャックと豆の木を再開した。
「速いな。アミックの木の魔法」
そうですね、とメアリー副隊長が頷き、更に言った。
「隊長の魔気がすごい。あれだけ大規模発動して魔気の枯渇にならないなんて。ちょっと信じられないほどの魔力量ですね」
「それだけ醍醐くんのお父さんの安否が気にかかってるんでしょう」
「アミックが? どういうこと。バルーン小父さん」
オレが訊いた。
「陸戦隊を舐めてはいけません。彼ら一人で惑星の制圧だって出来るのです」
「それは侵略機動兵器に乗ってる場合でしょ」
「攻撃型エー・トゥールでもできますよ。この地球でモトール合金を攻略出来る素材はありません。むしろそのモトール合金を膝蹴り一つでへこませたあなたのお父さんや、ティリオーダウンをえぐった彼女の風魔法、それから一直線に艦橋まで討ち入りをかけた君が異常なんです」
「そうなのか?」
「しかも相手はジェラルド隊長です。彼は戦闘狂ですからね。何をしてくるかわかりません」
それは知っている。オレもジェラルドとはやり合った。馬鹿げたジャイアントスイングを楽しそうに回っていた。
おかげでオレも振り回されるたびに固そうな壁や家財道具を、オレの頭が削り取っていた。それはもう普通の人間なら死んじゃうほどの勢いでぶんぶん振り回された。
だがそれでも──、
それでも弟さまなら封殺できると思った。
なんたって弟さまもオレとおんなじダブルと精霊魔法の組み合わせである。その合金だって正直ダブルの前では紙と変わらない。
真理ちゃんに憑いた恵風の塵風だって、ほどよく手加減して、あのえぐりようだ。どれだけセプトがその合金に自信を持ってようが、その合金でもって恒星間航行を実現していようが、紙は紙だ。評価は変わらない。
さらに弟さまにはこれまで何度か状態固定と状態回復をお礼代わりに返礼している。まー、バルーン小父さんはそういう細かな所を知らないから心配もするんだろうが、正直弟さまは強いからな。運動神経もオレより良いし──。
(でも急ぎましょう。真司くん、一番槍取られちゃうよ、アミックさんに)
「あああっっっ」
「どうした醍醐」「そんな声出さないでよ」「醍醐がそんな声出すとやばいってなるでしょ」「何か問題が」
アミック隊の面々がそれぞれに反応したがそれどころではなかった。
「オレの一番槍がっ」
「一番槍?」
「こうしちゃいられん。オレ行くよ」
「ちょっと待って醍醐くん。彼女は置いてくの? 彼女が風魔法で行くのならそれはそれで構わないけど。我々もこの崖を登攀するとなると、彼女のことまで守る余裕はあんまりないんだけど」
オレは真理ちゃんを見た。
真理ちゃんなら心配ないけど、弟さまが離れて真理ちゃんはアミック隊の手に墜ちたという最悪の前例があった。そして結果、真理ちゃんは左手を失った。
うん。弟さまと合流するのに、一人で行ったら弟さまにぶっ飛ばされるな。
「よし、手つなぎで行こう」
「登るんだよ?」
「くーっ」
そうだった。真理ちゃんは左手がないから登れないのだ。それなのに手をつないでしまったら、残った右手も塞いでしまい、両手を使わずに登れと言うことになる。オレってバカだな~。
(落ち着いて、真司くん)
そうだ。こうしてる間にもアミックに一番槍をさらわれてしまう。
(真理ちゃん、背負うよ)
オレが背中に負ぶる格好をした。
「わかりました。よろしくお願いします」
するとギグズがオレに話しかけて来た。
「醍醐、登るのは斜めにおよそ八十メートルほどでいい。その先にはオレたちが下りて来た階段がある」
「お。それは朗報」
オレはてっきり上の階までひたすら真理ちゃんをおんぶして崖を登るものと思っていた。でもそれだと想定してたよりおんぶする距離は短そうだ。
オレは真理ちゃんを背負った。
その形で背負子をダブルで作成する。
「おっ、すごいな。それがダブルか」
「そうだよ」
オレはギグズに返事した。
「俺たちには必要なさそうなのが残念だが、いい物を見た。さすがはくるるだ」
「よろしく」
オレはギグズの差し出した手の平をパンと叩いてエールを交わし合った。
メアリー副隊長の命令が飛ぶ。
「ダン、先頭を行きなさい。醍醐くんはどうしますか」
「一番槍は無理だとわかったので、最後でいいです」
真理ちゃんを背負ったまま無茶は出来ない。これはそういう行軍ではないのだ。一番槍ではなく、着実に上に向かって結果を出す、そういう任務なのだ。
アミック隊の流儀に乗るのがオレと真理ちゃんにとっても良い選択なのだ。そしていい勉強にもなるだろう。
「なに心配するな。アミック隊長が先に向かったのだ。ジェラルド隊長にだって負けやしないさ」
オレの担当になったようなギグズに励まされた。オレも頷いて見せた。
そして登攀を開始したアミック隊について、オレも塵風の跡地から足場のない崖へと踏み出した。
辺りは相変わらずほぼ真っ暗闇だった。向かう先の上の方に光の筋がかすかに見える。おそらくあれが階段のある場所なのだろう。
ガラス質の焼け爛れた土肌が、ティリオーダウンの主砲の威力を物語っている。オレがダブルの状態固定で防がなかったら、おそらくこの壁は撃ち抜かれて、東京駅一帯も壊滅的な被害を受けていただろう。
星をも砕く主砲というのは、誇張もなくその通りなのだろうなとオレは思った。
(疲れない?)
(大丈夫さ)
心配してくれた真理ちゃんにオレは答えた。
ダブルで筋力を強化してるから崖の移動といえどもたいして負担ではなかった。時折ギグズが暗がりに目を凝らしてオレの方を確認するが、問題なくついて来てる姿を見て、それから確認することもなくなった。
ガラス状になった土肌に時折滑りそうになる。だがその時にとっさにダブルで取っ手を作り、事なきを得た後は、手足を伸ばす先々にダブルで取っ手と足場を作ることを思いついた。おかげで取っ手と足場をつくり始めてからは、崖の登攀という難事も難事でなくなり、それはもう楽な行軍となった。
むしろオレがこの行軍の先頭にたって、足場を作れば歩いて行けるような気がしないでもないのだが、もうすぐ着くというのにそれを提言するのはあまりに今さらだろう。
思いついて、次にやる時はこうしようと蓄積するわけだから、良い経験を積ませてもらったのだ。そしてオレは、これが経験を積むということなんだなと思わず頬が緩みそうになったりもした。
オレに足りないのは経験だと身に染みてわかっていたからね、尚更だ。
するとオレの後ろで背負子に座ってる真理ちゃんが、ゴメンねと謝ってきた。
(謝ることはないさ)
(うん。…………今、話しても大丈夫)
(大丈夫だよ)
(前にもちょっと言ったけど、これから戦闘になるなら言っておいた方がいいと思って)
(ん? なぁに)
(状態固定のこと)
(あー、あれか。とっても参考になったよ)
オレがティリオーダウンの艦橋に討ち入りをかけてる時に、真理ちゃんから状態固定の思わぬ弱点があるよってことを伝えられたのだ。
(風壁)
オレは虚のような地下空間に声が響かぬように風壁を張った。
「そうだね。良い機会だから今のうちにもう一回教えてよ」
オレはあえて声を出した。
前に教えてもらったときは通信機を通していたけど、こういう大事なことは口頭で確認した方が良いかと思ったのだ。
「寛司くんと私がアッチさんにやられた時に思ったんだけど」
「うん」
「状態固定は、状態固定を全身にかけてないとダメみたいだったの。身体の外側だけじゃなく、身体の内側にもね」
「うん」
「人間ってさ、実は身体の内部に至れる道は色々あるの。
例えば毛穴とか口とか耳とか鼻とか、表層を通らずとも身体の内部に通じてる穴がある。その空いてる部分の内部からも状態固定をかけないと、魔気は気体だから内側から食い破られて魔法にかかっちゃうようなの」
前に聞いた通りのお話だ。
でもその重みは痛恨の出来事からきてるから受け止め方がまるで違う。この魔気の特性に対処できていたら、今でも真理ちゃんの左手はそこにあったはずなのだ。
「それは真理ちゃんの言う通りだと思うよ。オレたちはダブルがあったから、魔法を行使する際には必ずその魔法の経路があるとか、そういう話にはピンと来なかったけど、真理ちゃんと弟さまがその手にかかった事で、ようやく実体験としてそういうことなのかとわかったんだ」
「うん」
「それを防ぐ手は正直色々あるんだけど、今のところ完全に封殺するとなると手段はひとつしかないかな」
「あるの?」
「うん。でも、あるけど使いこなせない」
失敗したら自分自身が宇宙空間に取り残される。それはすなわち自殺も同然だ。
「どんな技なの」
「存在固定。ちなみに弟さまには言わないでね。前に海上公園でオレが木下にやられた時、弟さまが逆上して木下にこれをかけかけて、あいつを宇宙空間に存在を固定しちゃいそうになっちゃったんだ」
「それは危ういところだったね。でもこのお話、メアリー副隊長とアミック隊のみんなに言ってた話だよね」
「うん」
「でもアミック隊は心配する必要ないかな。ここで心をひとつに出来たのは良かったと思うし。でも寛司くんには確かにまだ言っちゃ駄目だよね。木下くんにそんな危ないダブルをかけたのかと気落ちしそう」
「するかな?」
「するわよ」
「オレはあの時、弟さまおっかねーって思ったよ。あんな風に激怒するんだなーって。だから言わない方がいいかなって程度なんだけど」
「今となっては、でしょ」
「うん」
真理ちゃんが何か言いたそうだというのはわかった。でも何を言いたいのかはわからない。
「真司くん」
「なぁに」
「本当に心は動くね。私はそう思ったよ」
「えー? 何それ。教えてくれよ」
「忘れないでおくよ。仲良し双子の心の動きを」
そう言って真理ちゃんが虚空を見上げていた。
それでオレもあの時の自分の心持ちを思い出した。真理ちゃんと一緒になって虚空を見上げた。
はてさて、超臨界水はどこにいるのやら。
「あのさ」
「ほい」
「この地下空間での大冒険だけどさ、真司くんはとんでもないミスと思ってるけど、私は超臨界水がそう仕組んだんじゃないかなって思ってる」
いや、冒険って、真理ちゃんそれは豪傑すぎ。
一番の被害者は真理ちゃんなんだぜ?
「一番死にそうな目に遭った主砲での攻撃だって、ミランダさんがいたから、いきなり主砲で攻撃されることはなかったじゃない? その間私たちが準備を調えるのを稼いでくれたんじゃないかなって、そう思うの」
「だったらいいけどね」
真理ちゃんの超臨界水への信頼は厚い。
「それにミランダさんに仕込めたわけだし。あの人絶対なくさないよ、あの鉄のインゴット」
そうだった。彼女には魔気の塊と称して鉄のインゴットを持って行かせたのだ。あれでいつでもミランダさんから情報を抜けるのだが、そんな事を彼女は夢にも思うまい。
そのミランダさんが、オレたちへの主砲攻撃でその余波を受けて、何がなんでも鉄のインゴットをなくすまいと、後生大事に抱え込む姿がまぶたに思い浮かんだ。
たぶん、深度一にいても生きた心地はしなかっただろうなー。
「溜飲が下がった?」
「うん」
オレは少しだけ元気になった。ありがとう真理ちゃん。
前方でアミック隊が続々と階段に辿り着いていた。周辺確認とティリオーダウンに対して何か動きがないか注視している。
確かにティリオーダウンにこちらの動きはマークされててもおかしくないのだ。今頃エイミーが誰かに報告してるのだろうか。
(真司くん)
(はい)
(真司くんは魂の回廊を開きっぱなしでちょっとビックリするぐらい明け透けだけど、寛司くんはこうなるとキッチリ情報統制するんだね)
(弟さまはしっかりしてるからね)
(真司くんは私が見てなかったことも説明してくれるし、私を記憶媒体代わりにしてるとこもあるよね)
(そうかな。真理ちゃん視点のお話が聞きたいから、そうしてるだけなんだけど)
(そうなの? それもお高いわよ)
(え?)
金沢財閥直系の娘である真理ちゃんからそう言われると、ちょっとびびっちゃう。どのぐらいお高いんだろう。
(でもここまでおんぶしてくれたからご破算で良いです。どうもありがとう)
それならこちらこそありがとうだ。
真理ちゃんから請求されたら、オレはとんでもないほどの借りを今日一日で積み重ねている。
いや、そっちの方は今も積み上がってるのか? どうなんだ?
「醍醐。どうした」
「いや。大丈夫」
「しかしとんでもない裏技だな。それもダブルか」
「ん? ああ、そうだよ」
崖に創造された、取っ手と足場のことを言ってるのだろう。
「ギグズも欲しかった?」
「いらねーよ。醍醐の手足にあわせた足場なんて、俺たちには邪魔なだけだ」
「そりゃそうだね」
オレたちはハハと笑いあって、ギグズが伸ばしてくれた手を掴み、階段に引っ張り上げてもらった。
「行きます」
メアリー副隊長がオレたちの姿を確認すると、間髪入れずに出立の合図を出した。
プロフェッショナルである。
階段の移動は楽だった。今は光源があって、足下どころかすべてを照らしてくれてるのだ。文明の利器がありがたかった。
だが三階分ほどのぼったところでその階段が途切れていた。
「階段がもうないから、これはまた壁を上らざるをえないかな」
先頭を行くダンが状況を報告した。
すると中段にいるアミック隊のメンバーが反応した。
「クーリエかな」
「だろうな。オレたちとすれ違って、後々俺たちが追えないようにしたようだ」
最初に思いついたのはメルだ。そのメルにコリンが答えたのだ。
アミック隊での常識なのだろうか。何気に分析はコリンに任せてる空気がある。無駄口は叩かないプロフェッショナルな人だとオレは思ってるので、会話はまだひと言も交わしてないが、オレが見てるのに気づくとコリンは微かに笑んで目礼をしてきた。
なのでこちらも目礼を返す。
なんか、大人のやりとりだと思った。
(真司くん。陸戦隊が細工した可能性もあるよ)
(あ)
(それだったらやばい、のかな?)
真理ちゃんにあわせてやばいという状況を連想しようとしたが、どうしても苦戦する弟さまの姿が思い浮かばない。
「エー・トゥールを使いましょう」
真理ちゃんが進言した。
「どういうことだ」「エー・トゥール持ってるの」「俺たちのエー・トゥールは壊されてたよな」「何度もな」
わりと真剣にベインが自嘲した。
「韋駄天を。韋駄天で向かいましょう」
それをしたらアミック隊は置いて行くことになる。何人かは攻撃型エー・トゥール装備のようだが、アミック隊が持ってるのは基本貸し出されたエー・トゥールであって、攻撃には強力だが機動力には欠ける。あくまでエー・トゥールは補助具である。
先程まで使ってなかったように、今この場でも崖登りができる機能が都合よくついてるとは思わない。
「私はお父さんが本当に危ない気がする。私たちだけでも」
「わかった」
すると先に行けと手を振ってアミック隊が再び登攀に入る構えを見せた。道も開けてくれている。壁を登るのだから道は開くけど、そういう開け方ではなかった。
なんというか、オレたちを送り出してくれるために開けてくれた道だった。
オレも言葉でなく手を振り返して返事をかえす。後ろで真理ちゃんがアミック隊にペコリと頭を下げると、再びオレの背中に負ぶさった。
すぐにダブルで背負子を作り、真理ちゃんをガッチリと支える。
そしてオレはひと息に韋駄天で壁を駆け上がった。
三角蹴りの応用で階段だった壁を、タンタンタンと軽やかに駆け抜けて行く。
真理ちゃんが韋駄天を進言したわけだが、この靴にダブルで作ったエー・トゥールは韋駄天ゆるやかバージョンである。
さっきまで装備してた単なる韋駄天は、真理ちゃんを背負ったままじゃ加速が強すぎると思ったのだ。
ダブルの状態固定をかけてるから、壁や土肌にぶつかろうがオレも真理ちゃんも傷一つ負わないけれど、例えば背負子にせおわれてる真理ちゃんが壁をぞりぞり削りながら駆け上がる羽目になったりしたら、それはもう申し訳ないでは済まない話になる。
オレなら有り得るからゆるくしたのだ。時代はゆるさである。文明にもゆるさが必要なのである。
それにしても──。
アミックのアミック隊の意地があるという話を間近で聞いてたから、あえてダブルで彼らにエー・トゥールを授けなかったわけでもあるのだが、彼らも誰一人ほしいとは言わなかった。
痕跡反応の色濃いグレンでさえもである。
オレはそれが何だかわからないけど嬉しかった。
「前を向こう、真司くん」
「わかった」
オレはかなりの速度で壁を三角蹴りで駆け抜け、おそらく三階分ほどの高さを走破したと思う。だがこの地下五階は全高六百メートルあるティリオーダウンが余裕で入る高さをもつ格納庫だ。どこで地下四階に入れるのか、その感触は単調なうごきの連続でわからなかった。
わからないといえばもうどこで弟さまと別れたのか、その場所もわからないかった。そもそもオレは地下四階から地下五階へは中空をダイブして階段を使わなかったのだ。
そして進むにつれて階段はぐちゃぐちゃもまっていた。主砲の威力がオレから遠くなるにつけ、状態固定が数コンマ何秒遅れてこの被害の差となっているのだろう。
とにかく走る。
上にあるはずの建造物をとにかく目指す。それだけだった。
ここ三日ほど、一気に読んで頂きたくて、二日分の分量を一日にまとめて書いてるので正直休息が必要な感じです。手術もあるし所用もあるので、今のうちに出来る限り待ってくれてる皆さんにお届けしようと、力の限りがんばりましたが明日は休むかもしれません。その時は温かい目でお待ち下さい。よろしくお願いします。




