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ダブル  作者: 茶の字
第1章 幼稚園時代
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第114話 アミックの木

 エイミーを見送って、次は何をするかという感じになったのだが、せっかくエイミーからアミックが地下五階のどこぞにいるという話を聞いたのだから、そこにアミックを探しに行こうというのが趨勢となった。

 アミックを捜せ、である。

 そうしたら真理ちゃんが手を挙げて立候補した。


「私もアミック隊長を捜したい」


 途端にアミック隊はざわついた。

 まさか真理ちゃん自ら率先して名乗りを挙げるとは思っていなかったのだ。

 その真理ちゃんからオレだけに連絡が入った。もちろん魂の回廊の浅いところを使った通信機の御利用である。

 真理ちゃんが言う。


(たぶん超臨界水が手を出す前に、今なら間に合う)

(どういうこと? 真理ちゃん)

(超臨界水の狙いは真司くんに人殺しをさせないことだと思うの)

(へ?)

(だって真司くん。人を殺すことに躊躇いも持てなくなってるでしょ。私の左手のせいで)

(それを真理ちゃんが言う?)

(真司くん、よく心は揺れるって言うじゃない)

(うん)

(ダブルは生む力。そして消す力でもある)

(うん)

(それが今は消す方にばかり捕らわれてる気がしない? 超臨界水はその役目をアミックさんに担わせたいんだよ。だから私の左手の時もあえて介入しなかったんだと思う。

 たぶん、アミックさんに業を認識させるために)


 難しいことを言う。

 しかし否定する材料もない。それよりも真理ちゃんが業と言ったのが気になる。


(もしかして気づいてたの? アミックとアミック隊が真理ちゃんの左手に謝らないこと?)

(うん。だってこれだけ気遣われてたら気づくと思うよ。真司くんが彼らの目的の開示というか、情報をこれだけ与えちゃったから、彼らはもう目的が基本ないんだし)

(うん)


 全部知っちゃったからな。

 アミック隊はダブルの一部だけど。それでも相当色んなことを、もう知っている。ただし精霊魔法に関しては全く情報を与えてない。好戦派と同じく、くるるの風魔法と云う事になっている。


(それでね、彼らに私の左手の業が生まれたのが一つ、そして仲間からもお前たちは死ねと突き付けられたのも一つ。それに生き残れたのは真司くんのおかげというのも一つ。

 超臨界水はこのどれにも手を出さなかった。

 記憶を消された印象が私にはないの)

(そうだね。オレにもない)

(それはこの場、この条件に誘導されたからだと思うの。消したばかりの魔気の話をすぐに再発見したりしたけど、それは咄嗟の使い方に超臨界水の気に入らない使い方があったからだと思うの)

(それは……、どんな?)

(魔気と煌子力の大爆発。もしくは魔気を認識が甘いまま使わせること。ここらへんを重視してたんじゃないかなと私は思ってる。だからね、真司くんが揺れてる間は、きっと人を殺させないと思うよ。四歳で考えるような事じゃないもの)

(何て言うか、凄いね、真理ちゃん)

(いっぱい見せたよね)

(そうだね。同じぐらい迷惑かけてやれって感じで裸になった)


 真理ちゃんがクスリと笑った。

 ここでも裸かと言った思いがあるのだろう。


(裸一貫は好きな言葉です)

(わかりました)


 でもね、と真理ちゃんが言った。


(だからもう彼らが私たちから離れたら記憶をなくすのは確定だと思う。なので今の内にアミックさんと合流して、アミックさんに入った超臨界水の手をもう一度なかった事にしたいの)

(もしかしてアミックをオレのストッパーにしたいの)

(うん)


 アミック・スゥ。

 地球への浸透戦略の指揮を執っていたアミック隊の隊長。


 真理ちゃんにとっては因縁の相手である。ティリオーダウン艦長のホースの差し金とはいえ、真理ちゃんから左手を奪ったのは間違いなくアミックなのである。

 だがそのアミック隊をオレはもう殺せない。連立したという事実だけでなく、隊の面々に情が移ってしまったのだ。

 こいつらが派閥の違いというだけで味方に裏切られて殺されかけた時、オレはその痕跡反応を目の当たりにして、侵入するのも無理だと思われた恒星間航行をも可能にする宇宙船の外殻同様の素材の内壁を一直線にぶち抜き、幹部のいる艦橋にまで思わず討ち入りにまで行っちゃったぐらいだ。


 重ねて言うが、オレはもうここに残されてるアミック隊の面々にはもう牙を向けられない。そしてそれはおそらくアミック隊の隊員達も同じ気持だろうと思う。

 そしてここまで育まれてしまった繋がりを、そこまでの記憶を、真理ちゃんとしては一度でもいいからアミックと共有したいのだろう。


 もしそれが為された時には、ダブルで殺す力を鍛えるのではなく、ダブルで難事を切り抜ける力を鍛えたいと云う事になるわけ、か。


 思い出すのはまだ左手が健在だった、真理ちゃんの昨日までの姿だ。

 妹か弟が生まれるからと、真理ちゃんは母親のお腹を何度も触っていたのだ。そんな姿をここしばらく毎日のようにオレは見ていた。

 そんなふうに命を見続けていた真理ちゃんだからこそ、命を絶つ方向でオレのダブルを進ませたくないと思うのは、実に真理ちゃんらしい心のありようだと思った。


 真理ちゃんは、兄弟が生まれるのを本当に楽しみにしてたから。


 その上で真理ちゃんは、超臨界水が記憶を消したのには、オレが殺す方向に走るのを未然に防いでいたためと考えているようだ。

 オレは超臨界水には邪魔ばかりされてるように感じてたけど、真理ちゃんはと言えば、自分の左手の件を含めて、オレのダブルの方向性を導こうとしてたと、そんな風に感じてたというわけらしかった。


 オレとしてみれば、真理ちゃんの左手がないのは、オレと弟さまの失態のせいだと思ってる。それなのに真理ちゃんはここまで一度もオレたちを怒ったり詰ったりしてないんだよな。

 そんな真理ちゃんが今直面してる物事を、オレが殺戮衝動に塗り潰されないためと考えて、初めてオレに物申してるのである。


(…………)

(…………)


 オレが黙ると真理ちゃんも無言を返してくる。

 いやー、参った。


 これは聞かざるを得ないよなー。

 何せオレは真理ちゃんの仇であるアミック隊と勝手に連立を組んでしまった前科がある。

 好戦派と対抗するためにとはいえ、真理ちゃんに何の説明もなしにオレの考えを押しつけといて、真理ちゃんの見通した考察を説明してもらった上で、そこは無視するのはちょっとなー、人として論外だろう。


 何せ説明もせずに敵を味方にしといて、説明してもらって真理ちゃんの意見は却下だとするのだから。


「うん。オレは彼女の意見に賛成だ」


 その答えにアミック隊がどよっと(どよ)めいた。



 ◇



 アミックは地下五階の原形も留めていない準備室の跡地にいた。辺りはがらんとして何もない。主砲の余波を受けた一種の廃墟である。

 だがその廃墟にいて、今も何かがおかしいと感じている。得も言われぬ葛藤がある。何をしようかと云うことではない。それ以前の準備においてである。

 その原因は陸戦隊から持って来てもらった、今左目に嵌めている農耕用のエー・トゥールだった。


 このエー・トゥールをこのまま付けておくべきか、外すべきか。

 そのことである。


 この農耕用のエー・トゥールは間違いなく自分の物であり、自分専用のエー・トゥールだった。人前でつけるにはあまりにゴテゴテとしていて、不細工なエー・トゥールなのだが、使い慣れた品でもあるのでそのまま左目に付けていた。


 だがどうにもしっくり来ない。動かそうとすると、わずかなずれが生じるのだ。使い慣れた自分の道具の動きではない。

 エー・トゥールに仕掛けが施されてる。

 アミックはそう感じていた。

 左の片眼鏡に触れて連絡を試みてみた。


「アミックだ。全員エー・トゥールを外せ。操られるぞ」


 だがやはり返事はなかった。

 誰一人に届いた感触がない。それは傍受してるであろうティリオーダウンにもいえた。あの宇宙船にも自分の通信を受信した形跡がない。

 他にはどうかと地球人や、幼馴染みのバルーンあたりにも連絡してみたが、やはり連絡はつながらなかった。今日一連の通信障害の影響なのか、それとも好戦派の手を介したせいで手を加えられたのか、そこのところはハッキリしないが、やはり通信できないのは間違いなかった。


 この農耕用エー・トゥールの煌子力はまだたっぷり入ってる。一年や二年は余裕で使えることだろう。

 だが機械の信頼性の問題で使用したくない。


 つと自分の胸にアミックは手を触れた。

 身体の中を魔気が流れている。


 だがこの魔気も、そして魔法もできれば温存しておきたい。敵対してた頃の醍醐と戦った際に魔法でしのいだわけだが、あの時魔気を消費してから補給もしておらず、正直いま魔気はほとんど体内に残っていない。


「仕方ない。自力で登って合流するしかない、か」


 アミックは覚悟を決めて軽く屈伸をすると、足を崖の土肌にかけようとして持ち上げた。


「ん?」


 ポケットに違和感を覚えた。

 自分のポケットを見やると何かが入っている。

 こんなところに物を入れる趣味はない。

 ひっかかりを感じてポケットからその不審物を取り出してみると、それは無骨な鉄のインゴットだった。



 ◇



 オレが賛成票を投じたことで、何故か議論が始まった。今アミック隊はオレと真理ちゃんから少し距離を取ってこそっと話し合っている。

 大方真理ちゃんの左手の件で、良識のある人たちがいいのかそれでと押し問答を繰り返してるのだろう。だがそれも困ったものだ。

 オレは正直動けるならすぐにでも動きたい。


 すると暗がりの向こうに何かが伸びてるのが見えた。暗がりに向かって目を凝らすと、煌子力の主砲で焼け爛れた東京大深度に、無機質な地下空間に、なぜか巨大な木があった。惑星を制圧するような主砲の蹂躙を受けてガラス質の土肌になった壁面を嘲笑うかのように、その木はぐんぐんと伸びている。

 アミックの木だ。

 アミックの木魔法だ。


(おい、聞こえるか)

(醍醐か)

(そうだ)

(今忙しいんだが)

(ちょっとぐらい付き合え。それより持ってたのか)


 オレはもう忘れたと同時に捨てたものと思っていた。これまで何度呼びかけてもうんともすんとも言わなかったし。


(ミランダと同じ物がオレのポケットにも入ってたんでな。もしやと思ったのだ)


 その話を聞いて、わかってたことだがやはりアミックは記憶を消されてるとオレは思った。通信機も消されてたようにも受け取れる。

 もしそれが復活してたのなら真理ちゃんのお手柄だな。


 ん? 通信機が復活?


 超臨界水の能力は記憶を消すんじゃないのか?


(もう上に行く。急ぐぞ。上で合流だ)


「よし。じゃあ上に行こう」


 すると上に向かうと決断したオレの耳に、グレンと鋭く呼ぶハナダの声が聞こえた。どうやらグレンがエー・トゥールを構えてオレの背中に狙いをつけたようだ。

 なのでグレンにオレは呼びかける。


「アミックと連絡がついたぞ」

「なに」

「今、上に向かってるそうだ」

「嘘をつくな。信じていたのに」


 やばげな気配が色濃くなったのをオレは感じた。ハナダも黙りこんでしまってる。おい、唇を噛むな。おっかなくなるじゃないか。そして目を逸らされた。


 あ、これは駄目だと思った。


 裏切られた癖がグレンにはついている。一度でも自分の納得できないことを目にしたら、それだけで信頼は容易く崩れてしまう、そんな状態だ。

 まだ痕跡反応は重く残っているのだ。こればかりは時間が経たないと治らないとも思う。すぐに治るようならそれは痕跡反応などとは呼ばない。

 ただの心の傷だ。


 ふ~む。しかしどうしたらいいものか。

 状態固定はかかってるから問題はないのだが…………。




(そういや報告がまだだったな。ミランダとアッチには逃げられた)


 のんきにアミックから報告が来た。


(そうか)

(俺は俺だけが深度一から外に出されてしまってな。幸い主砲発射後だったので無事だったが、主砲を撃ってる間に外に出されてたら死んでたな)

(そうか)

(おい。おざなりにしないでちゃんと返事しろ。お前から付き合えと言ったんだろうが)

(あ~、それなんだが、今グレンにエー・トゥールを突き付けられている。お前を探しに行くというのに、オレが上に行くと言ったら切れた)


 ちょっと間が空いて返事がなかった。

 やがて聞こえて来たのはやれやれという声と、向こうで伸びてた木の動きが緩やかに止まったことだった。


(戻って来てもらわないと収拾がつかない。頼む。グレンに説明してくれ)

(やれやれ)


 アミックが横に枝葉を伸ばして来た。その先端にはアミックがいる


(おいアミック、お前の魔法はジャックと豆の木みたいだな)


 今度こそ深い溜息がかえって来た。そして木がわさわさと葉擦れの音を立ててどんどん近づいて来る。その速度は植物の成長速度とは一線を画す速度だった。オレはこんなふうに自在に成長速度と成長方向を決められる植物を見たことがない。

 もしかしたら明るいところで見たら木のうねりとかで気持ち悪いと思ったかもしれない。


 その気配に真っ先に気づいたのはメアリー副隊長だった。


「構え」


 と、エイミーの時同様に隊に指示を出して、アミック隊がそのひと言でその場に展開した。その展開力は素早くて力強く、オレは感激した。


「俺だ。アミックだ」


 その声を聞いて、待機、とメアリー副隊長が改めて指示を出した。木のわさわさした動きがもうこれでもかとよく見える。そしてアミックの姿も一目瞭然だった。


「お元気そうで、隊長」

「ああ。お前たちも無事で何よりだ」


 そしてアミックが周囲に眼を配った。塵風で削られた後に唯一土肌が土のまま露出してる一帯を見て、ここがどのような攻撃を受けたのか悟ったようだ。

 オレに向けて口の端だけを上げてニヒルに笑った。


「守られたようだな。部下も。そして俺も」

「は? アミックを?」

「そうだ。お前がここで粘ってたから、好戦派は俺を深度一の中から外に出すと言うことを思いつけなかった。おそらく奴等はお前の攻略で頭がいっぱいだったんだろうな」

「そういうことか。それはよくわからん」

「俺が勝手にそう解釈しただけだ。気にするな」


 改めて寄る辺ない惨状にアミックは眉を顰める。


「部下を守ってもらったわけだな」


 メアリー副隊長が大きく頷いた。

「彼には助けてもらいました。それで隊長はこれで合流と言うことでよろしいのですか」

「いや。行くところがある」


 そう言ってアミックが上を指差した。


「お前たちは知らんだろうが、そもそもの醍醐の望みは俺を上に行かせることだったんだ。いわば親父とのつなぎだな。

 だがそのはずだったのだが、醍醐には守られてばかりだ」

「隊長。そのことで報告が」

「何だ、メアリー」

「醍醐くんはティリオーダウンに単身突入。艦橋にいる幹部を全員マインドバーストにかけました。現在終わりのない精神攻撃に苛まれてるはずです」

「それは本当か」


 アミックがオレに尋ねたので、本当だと頷いておいた。


「ホース艦長の魔法を再現したのか」

「それがダブルだ。同じ物を、同じ魔法を、ドッペルゲンガーのように再現出来るさ。より強力にもね」

「よくそこまで鍛え上げたな」

「失敗も多いけどね」


 オレは肩をすくめてみせた。


「せめて醍醐より先に着いて報いなければならないな。我々と醍醐は連立相手なのだ」


「「「「「「「了解」」」」」」」


 暗闇の中にアミック隊の決意が轟いた。


「さて醍醐」

「なんだ?」

「気づいてないようだから言うが、副隊長のミランダはここに来た、と言うことはどういう事だと思う」


 交渉時のことを言ってるのだろう。

 だが今さらかと言った気もする。なのでオレにかと目で問うと、問いかけたアミックがオレに頷いた。


 ふむ。

 オレは顎下に手をやって考えた。


 ミランダさんは陸戦隊の副隊長である。副隊長がオレの元に来たのなら、隊長はどこに向かうかという話になるわけだよな。


「あっ」


 アミックがそうだと頷いた。


「お前の親父にはおそらく」

「ジェラルドか」


 そうか。そういうことだったのか。エイミーの記憶の中にもジェラルドがいない。ジェラルドは一度も陸戦隊に合流していないのだ。だから討ち入りでも動かなかった側面もある。


 弟さまは陸戦隊隊長ジェラルドとやり合っている。


 そのことに気がついた。


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