第112話 失敗したけど終わらせるのがもったいなくて
オレが元来た道をもどって、塵風によって削り取られた外殻の跡地まで辿り着いたのだが、そこまで来ても追っ手はかかっていなかった。
オレは塵風のえぐった外殻に触れてみる。宇宙で一番固いとセプトの連中が自負してるモトール合金が、まるでスプーンですくったアイスのように、滑らかな触り心地を残してキレイに削り取られていた。
そして剥がされたのはこれだけではないようだった。この宇宙船はまだ通常空間にいる。ティリオーダウンは剥がされた深度一からまだ深度一への復帰を果たしていなかった。
真理ちゃんと恵風に宇宙船の外殻を削られ、異世界から来てるノーラには深度一を削られ、大変だなと人事のように思って見てたら、それを復旧する頭脳をオレに削られていることにオレは気づいた。ごほんごほん。
「それにしても、こんなに暗かったっけな」
主砲の絶え間ない攻撃で、東京大深度地下のセプトの秘密基地の格納庫は、その原形を最早留めていなかった。おかげで煌々として明るかった照明も消え失せ、上層からこぼれるわずかな明かりと、下層から意図せずとも届く、まるで木洩れ日のようなわずかな残照とが光源となっていた。
「下層からの明かりは主砲で穴が空いたんだろうな」
オレは主砲の初撃は完全には防いでいない。初撃の最初の方は自分たちだけを守ってたので、この秘密基地のあちこちを貫いたはずだ。
(真司くん)
(了解。今戻る)
真理ちゃんに呼ばれたのですぐ返事した。あとはこのティリオーダウンの傷跡から塵風でえぐられた対岸の崖へと飛び移るだけなのだ。
しかも上昇しながらだから来る時よりも飛び越える距離は長い。
ティリオーダウンは全高が六百メートルあるから、地下五階の床までは三百メートルぐらいはあるだろうと思う。
落ちたら死ぬ。
でも行きは空中駆けっこで無茶をやったんだよな。帰りまでノーラに攻撃させる口実を与えることもあるまい。
オレは艦長のホースにやったように、自分にもウインドをかけてみた。
この精霊魔法を自分にかけるのは初めてだ。最初に浮かしたのはホースだから、図らずも実験としては成功していたが、それでも自分にかけてみるとかなり使える魔法だと知った。
「浮くな」
これが確認できれば充分だ。ちょっとウインドを弱めて足元が触れた瞬間軽くジャンプする。
するとふわりと宙に浮かんだ。
「これなら出来るな」
オレはティリオーダウンの傷跡へ再び降下すると、今度はティリオーダウンの床を蹴って大きく前に飛び出す。
ふわりと進んで往きは二十五メートルほどだと思ってた谷が、復路では上に向かって放物線を描くので遥かに長い四、五十メートルだろうか、それだけの距離を飛ぶ必要があった。
下は真っ暗でほとんど見えない。だが不思議と恐怖は感じない。むしろウインドで右からの風を強めたり、左からの風を強めたりと色々試してみることが出来、方向もかなり自由に選べることがわかって楽しいぐらいだった。
(なるほどね恵風はこうやって飛んでるのか)
(楽しそうだね)
(うん。でも空中駆けっこの方がやっぱオレは好きみたいだ)
そう言ってる間に崖の縁が目に入ってきた。真理ちゃんがいる。特に変わったところはないようだ。その周りにはアミック隊の面々が思い思いに膝を抱えて座っている。
「ただいまー」
「お疲れ様でした」
「無事帰って来たか」「怪我ひとつ無いね」
メアリー副隊長とハナダがオレを出迎えてくれた。男連中は手を挙げたり目礼をするだけで淡泊なものだ。
そしてこっちのが楽なものだからオレも男の子なのだろう。
(本当に怪我もしてないね)
(しようがなかった)
(超臨界水、どうだった?)
(その手が好戦派にも入ってることを確認できたのも収獲だったよね。思いっきりお願いもしたし、初めて超臨界水が手伝ってくれたよ)
(うん。あれで私は今回の一連の件、超臨界水の意思も相当働いてると見たわ。むしろここに繋げたかったのではないかなって)
オレは真理ちゃんに頷いた。
そして崖の縁へ着地して数歩歩いてウインドを解く。
そのまま連立相手のメアリー副隊長のもとに行った。
「メアリーさん。今いるここの場所、ここの深さはわかる?」
「それは地表からの深さかしら」
「うん」
「地下十二、三キロメートルといったところかしら」
「そうか。東京駅の地下に影響出てないといいが」
オレは主砲で思ったよりやられてるのを見てしまった。
初撃を完全に防げなかったのは、失敗ではなかったが落ち度にはなってしまったようだった。地下の研究階に穴が空いて明かりがこぼれて来てるのだ。上層にもどこまで影響を与えてしまったのか、やはりそこは気になってしまう。
できれば超臨界水が対応済みだといいのだが、もしそれが出来ておらず、東京駅界隈に煌子力の主砲が洩れてしまってたのなら、上は大惨事になってる可能性もある。
「東京駅に影響出てますかね」
「空が見えてないから無事だと思うわよ」
メアリー副隊長があっさりと言った。
だが言われてみればそうか。
貫通してたら空が見える。
「それより私の方こそ聞きたいんだけど、一体何をしてきたの?」
アミック隊の面々が真面目な顔をしてオレが何を言うのかと聞き耳を立てた。
そうか。真理ちゃんと恵風はわかっているけど、アミック隊の面々は知らないからな。ずっと休ませてたわけだし。
なので簡潔に教えておいた。
「討ち入りに行って帰ってきた」
あ、ダメなヤツだ。
そんな眼で見られた。
「えっと、ふるちんになってお灸を据えてきた。うん。それに関しては後で詳しく話をするけどさ、まずはやることをやらないとなって思ってる」
オレは焦りながらそう弁解した。実際急いでやらないといけないこともある。
オレはまず周囲を、というより上の階を解析してみた。すると思った通り弟さまからの位相拒絶もかかってるし、ノーラも妙な空間にいるようだった。
この恵風の上司にはまた後でお灸を据えてと思いつつ、先を話す。
「とりあえず喫緊の課題を今から試そうと思ってるんだ。とりあえずオレの死体を置いておこうかな、と」
「は?」
「設定はミランダ副隊長にやられた設定で」
「それは何でまた」「どういう意味だい?」
アミック隊の面々から質問が飛んだ。
「ティリオーダウンから確認に来るだろうってこと」
「なに? どういうこと」
「ティリオーダウンはほぼその機能を停止した」
「殺したの?」
「そんなことしないよ。オレは痕跡反応をどうにか残せないかって奮闘しただけさ」
「で、成果は」
「なきゃ戻ってこないだろ」「機能停止とも聞きましたしね」
急ぐハナダに、マークとバルーンが答えていた。
なかなかせっかちなようだ。
痕跡反応を受けるほどのダメージを受けてなかった人達からしたら、仲間のための休息時間でしかないからな。少々暇だったかもしれない。
なのでもうちょっと色を付けて報告することにした。
「オレの力では痕跡反応は残せなかった。だからやがて向こうも動き出します」
するとメアリー副隊長が微かに肩を落とした。
「そうか。好戦派とは、かえって話が難しくなったかもね」
「あ-、それはない。大丈夫だから最後まで話を聞いてください」
「そう。わかりました。聞かせてちょうだい」
オレはメアリー副隊長に頷いた。
「まずオレの死体を作るってのは、好戦派にオレが死んだと思わせるためだ。せっかく地上に戻っても、また追われちゃうんじゃ元の木阿弥だしね。だからきっちり諦めてもらうためにオレの死体がいるんだ。これならもとの生活に戻れと言ってくれたメアリー副隊長の意にも沿うでしょ」
「そうだな。納得した」
「そしていま艦橋にいる幹部クラスは、全員、繰り返しくりかえし悪夢を見ている。オレがやったことは、アミックの言うところのマインドブラスト、こいつを艦橋にいる全員にかけた」
すると皆がみな、言葉を失った。
あーとか、うーとか、言葉を探して言葉になってない。
それがどういう物か想像できるのだろう。
ホースのとは違って、もっとコントロール下における代物にしたけど、彼らにはそれがわからない。オレとしては薄い魔気で発動するよりは安定した魔法になったと思う。
なので捕捉もしておく。
「ちょっとアミック隊が知ってるのと違うのは、ホースの不完全な魔法みたいに心を壊すのではなく、心をコントロール下に置いてると言うことかな」
「そんなこと出来るの?」
「出来たよ」
ハナダに答えた。するとメアリー副隊長が尋ねた。
「じゃあ狂ってないの?」
「狂ってはいない。それも出来るけど、オレがしに行ったのはある意味グレンの敵討ちみたいなものだしね。グレンが苦しんだのと同じような症状になれと、オレは好戦派のお偉いさんに討ち入りをかけたんだもん」
「じゃあ充分成功してるじゃない。グレンも良かったわね」
「ああ。ありがとう、醍醐」
礼を言われてオレは気づく。
「そうだ。なんならどんな感じだったか映像で見る?」
「映像で?」
「うん。付与できるよ」
「それは後々我々に影響が出るようなことは?」
「たぶんない。映像を見たいと思ったら脳裏に呼び起こせるだけだから」
「そう。ならお願い。あなたたちは?」
全員が首肯した。
アミック隊はこれからも好戦派と対峙し続けるのだ。討ち入りの内情を知れるというのなら知っておいた方が良いとオレも思う。
「じゃあみんな手をつないで」
アミック隊の面々が手を繋いだ。マークとワルテールもそこに入っている。人類として知っててもらうことにオレも異論はないので何も言わない。そして付与した。
「すげー」「風魔法なのに」「ダブルってヤツだろ」
最初こそそんな口振りで驚いていたが、やがて全員その映像の中に入り込んでいった。
十秒後には全員目を瞑って完全に入り込んでいた。
なのでオレは魂の回廊に準じる通信機を通して真理ちゃんと、それから恵風に話しかけた。
(恵風。お前の要望だろ?)
オレはホースを責めてる際に、ホースの情報を抜いてくれと真理ちゃんから依頼されたのは、恵風が真理ちゃんに頼んだものだと思っている。それを確認したかった。
突然の質問だが、恵風にはわかったらしい。すぐに返事が来た。
(すまんな。忙しいのはわかっていたが、どうしても頼みたくてな)
自分で頼まず、真理ちゃんに頼ませたのは素晴らしい判断だったと思う。もしも恵風からの頼みだったら、オレはスルーしてたかも知れない。
あの時はそれほど痕跡反応にこだわっていた。失敗に終わったけど──。
なので今は面倒なことはせず、必要な物を早々に恵風に提示することにした。
(ひとつ、判明したことがある。艦長のホースは精霊を知らない。セドリックメロディ病を知ってたのはクーリエ・モンドだったよ)
(クーリエさんか。ちょくちょく名前だけは聞く人だね)
(そうだね。弟さまに深度一の発生装置をぶっ壊されて、うがーってなったらしいけど、その後とんと見かけないね。でもまぁまずは話の聞けるバルーン小父さんからだろ。それとももう聞いたの?)
(うん聞いた。真司くんが向こうに行ってから、バルーンさんに話を聞いたの。恵風がバルーンさんが精霊のことを知ってるはずだって言うもんだから)
なるほどね。恵風としたら折角連立で関係が良好になったわけだから、アームのことを知ってる可能性がある人物と接触できるなら、それは聞いておきたいところだよな。
で真理ちゃんにお願いして、真理ちゃんが訊いてみたら、思わせぶりなことを言ってた以上のことは知らなかったと、そういうわけか。
(まぁそうでもなきゃホースの情報がほしいなんて思わないか)
(うん。それでその、バルーンさんのことなんだけど)
(そうだね。それは真理ちゃんにはまだ言ってなかったね。実はオレ、一人で逃げてる時というか囮作戦やってる時にビルでね、バルーンさんとは一戦やったんだ)
(そうだったんだ)
(その時精霊の話を少ししてね。もっと詳しいことを知ってるんじゃないかと恵風が考えたんだと思うよ)
(じゃあ)
(バルーンさん同様、ホースも知らなかった。むしろ精霊の存在を知ってると思しきクーリエさんを虫けらのごとく扱ってた)
真理ちゃんが絶句した。
(どうしたの?)
(そんな人と戦ってきたの?)
(戦いってほど戦いにはならなかったよ)
(味方を味方として見ないで虫けらって)
(成功体験しかないから偏っちゃうんじゃないかな。本当の意味での優秀な人材ではないよね。ほら、そもそも味方を簡単に殺す決断しちゃうような人だし)
それでオレたちは地球をも容易く砕く主砲を撃たれたりもした。
苦労させられたのだ。ある意味難しい人を相手にしてたと思う。
(仲間なのに仲間じゃないのね。組織を壊してく人だわ)
真理ちゃんがぷんぷんしてた。
金沢財閥の直系たる真理ちゃんには英才教育が施されている。その真理ちゃんの組織運営の常識からしても、ホースはやっぱり相当おかしいのだろう。オレも枡屋にホースみたいなのがいたら、枡屋はすぐ潰れちゃうなと思ってたところだ。
(でもそれだと、精霊の情報じゃないのね。艦長なら精霊の情報を把握してるかもと思ったんだけど)
(それは今から確かめよう)
そしてオレはアミック隊の面々を見渡した。
(彼らとは今、連立してるのだから。質問外にもヒントは転がってるかも知れないでしょ)
真理ちゃんがハッとした。
(そうだね。バルーンさんもそんなによく知らなくて、それで艦長ならと思ったんだけど、そうか、私のした質問は、小さな生き物を知らないか、見てないかってことなの。
でも質問したこと以外にも、何か手がかりはあるのかもしれないわけだし)
そう。直截な答えだけが答えじゃない。
もっと大きくて広い物の見方もある。報告書ばかりが答えではないのだ。
報告書でこの話はお終いと決めつけてしまったら話はそこで終わる。でもそういう人の目を通さない、自分たちの目でそこに何があったかを尋ねて、改めて拾い上げてく情報という物もある。
目から鱗とか発想の転換とか新しい事業形態は、そういう広くて大きい所から視点を変えたことで新たに思いつき、新しいサービスや事業として生まれた物も多い。
学術的には──、
実験の途中で失敗したけど、このまま終わらせるのはもったいないからそのまま実験を続けてたら予想外にうまく行って、ノーベル賞まで取っちゃったって人もいた。
事業的にも──、
携帯電話なんかがある。
携帯電話はもともと日本が完全に世界をリードしていた市場だった。機能もどんどん追加して行き、これでもかと性能は上げ、それを触った外国人なんかは自分だと手が大きくて、小さい物にこれだけ打ち込むなんて面倒臭い、難しいと、肩をすくめてしまうほどの高性能だった。
そして日本としては、これを売らんとインフラごと世界に売り込みをかけようとしていた。
でもスマホが生まれ、日本のように独自のインフラ投資が要らず、規格にこだわる必要もなくなると、そっちが世界では爆発的に普及した。
日本にもスマホを作る技術はあった。でも日本ではスマホを思いつくことが出来なかった。
最先端は何も科学だけではないのだ。使い方にも最先端があるのだ。
ある意味失敗したけど、それだけでくじけたりもしない。これまであった既存のインフラを使うことが出来、アプリを入れることで使い手が選択し、他の情報機器とも連携できるその波にも、日本はすんなりと手を伸ばした。
そして文明は進み、文化も進んでいる。
(オレは出先で痕跡反応を残すのには失敗した。真理ちゃんと恵風もここでアームのことを探るのに失敗した。でもそれだけで終わらせるのはもったいないぞ)
(まだ調べられるってことね。状況を教えてもらうことで)
そして真理ちゃんとオレは、真理ちゃんに憑いてる恵風を見やった。
真理ちゃんの失われた左手に、視線が静かに集まる。
(そうか。そういう可能性もあるのか)
恵風が安堵の吐息を洩らしていた。
アームのことは、ずっと心に引っかかってるのだろう。
日本がある面では機能性よりも利便性と、そういう時代に入ったように、アームにだって精霊魔法で何が出来るという発想ではなく、どうやったら生き抜けるかと、そういう変化に対応した可能性がある。
それも極めて高い可能性だとオレは思う。
それを拾うには、起きた事象を細かく見ないとアームには追いつけないとオレは思うんだ。
(そうだな。その通りだと思う)
(よかったな、恵風。まだ終わりじゃないぞ)
(ああ。本当にありがとう。俺はお前らと知り合えて良かったよ)
それは恵風の適応のことだろうか。素直なお礼なのだろうか。
あの恵風が?
むずむずと小っ恥ずかしい気もするので真意を聞いてみたかったけれど、真理ちゃんがにこにこしてるので、オレはそれを聞くに聞けなかった。




