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ダブル  作者: 茶の字
第1章 幼稚園時代
111/182

第111話 痕跡反応 その三

 ティリオーダウン副長のボブが、艦内の通信態勢が陸戦隊以外と整ったと、迂闊にも表情に出したので、オレはダブルで通信機となる適当なインゴットを作り、艦内の回線に侵入した。


「あーあー」


 確かに通じてる。

 ボブが驚いた顔をしてオレを見た。だが通信回線がつながったことに驚いた顔ではないな。

 オレはエー・トゥールも何も持ってないもんな。ふるちんのままだ。不思議に思うのも無理はない。まーそこはくるるの魔法使いだからということで、御理解よろしく。

 そしてオレは艦内放送で基本、艦の隅々にまで呼びかける。


「あー、どうもどうも。こちらホース艦長のわるいお友達の醍醐、じゃなくてチンチンカイカイです。粘っこい水の中を通ったらおちんちんが痒くなっちゃったんで」


 オレはおちんちんを掻いた。本当に痒い。粘水はベトッとしてるから乾くとパリパリになっておちんちんの皮を引っ張るのだ。だからこうなるのか……。

 うん、痒い。


「あなた、思いつきで名前変えるの?」

「そうだよ。だから今はチンチンカイカイです。おっぱいの大きいおねーさん」

「アミ。アミ・ストーンライトよ」

「そうですか。チンチンカイカイです」


 ペコリと頭を下げた。

 ドヨッとした反応が艦内放送で返って来た。

 ん? 艦内放送だというのに返って来るのか? 地球じゃそういうのはわかるのだろうか。オレは聞いたことないから知らないが、セプトの宇宙船ではそういう物のようだ。


 そうオレが艦内の様子を窺っていると、解析してるのと違う反応が現れそちらを見やった。

 すると空気を(ふる)わせてる魔法の線が見えた。この線は魔気が伸びて来たその痕跡だな。

 どうやら誰かが何かをしたようだ。オレに向かって真っ直ぐ伸びてくる。

 オレはその魔気の流れを風壁で遮りつつ、そのまま風牢に移行して魔気を崩さぬようそっと流れを百八十度変える。するとその魔法がそのまんまホースに返却された。


 ホースには風向きが変わったようにしか思えなかっただろう。

 こいつには魔気の流れもろくに見えてないようだ。


「あっ」


 と声を上げた時にはもう全てが終わっていた。

 魔気を返され、風牢に囚われている。


「自分にかけたのわかったか? ほら言ってみろよ、アッパラパー」

「アッパラパー」


 本当に言った。



 オレがアミックと敵対してた頃のアミックから抜いた情報によると、このマインドバーストは、心が破裂するぐらいやばい魔法と言うことだったが、ホースのこの魔法をアミックは密かにマインドブラストと称していた。

 それは何やっても楽しくなるという事らしく、その楽しいに含まれる微妙なニュアンスというか、アミックの解析結果としてその揶揄を読み込めてはいたようなのだが、こういう楽しくなる系の魔法だったのね…………。

 やばいだろ。この楽しくなるなり方は。

 地球だったら麻薬系の魔法とかになるんだろうか。

 総じてセプトからの評価では精神系の魔法ということだったが、これはちょっとご免こうむりたい魔法だ。

 ホースはもう完全に自我が崩壊している。オレがちょっと覗きこむだけで楽しいらしく、品のない笑い声を「ぎゃはは」と立てている。さっきまでの不倶戴天の敵といった風情はどこに行ったんだ。


 副長のボブが諦めたようにつぶやいた。


「もう無理だ。艦長は全てを忘れてしまった。治す方法はない」


 そうなのか。詳しく見てみたら確かにマインドバーストはアミック隊を裏切ったアッチの精神系魔法みたいに自失するだけでなく、精神全てを壊す魔法のようだ。だがしかし、こんな壊し方をするのか…………。

 そんな物騒な物をオレに放って来てたのか。

 なるほど。ふるちんになっても余裕の態度を崩さなかったのはこれがあったからか。


「お仕置きだ。ふるちんダンス」


 おちんちんをぶらんぶらんさせながら、キレッキレのダンスを踊らせた。

 ついでに陸戦隊以外の艦内に放送もしましょうか。

 超臨界水、お願いだから今だけ映像つなげてね。


 するとまるでカジノでスリーセブンがそろったようなどよめきがオレのいる艦橋に伝わって来た。

 驚きと笑いと余裕あり過ぎるだろとか言う誤解と…………、だが総じて敵に攻め込まれているという受け止め方ではなかった。

 オレのことを見て誰の子だよとか、素っ裸で遊んでるのかとか、艦長にこんな一面があったのかとか、艦全体でもオレが望むような反応を得ることが出来なかった。


 くそ。


「観客の皆さんはよく見ておきましょう。片眼鏡だけかけたふるちんダンスなんて、今後観る機会はないよ~」


 艦内で映像は放送は出来たかどうかわかんないけど、そこはボブを通り越して超臨界水の方で善処してくれると信じて放送した。

 放送したわけなのだが、実際なんとも言えない感嘆が艦橋に声となってまたも届いたのだが、どんな加工してんだよとか、後で艦長に怒られるぞとか、その手の反応ばかりだった。

 ずれを感じる。もうどうしようもない、ずれだ。

 オレはこれでも痕跡反応にならないのかと頭をかかえ、艦橋にいるお歴々も誰一人として笑いもしなかった。


 ──痛みでそれどころじゃないか。


 負け惜しみを言ったら真理ちゃんから連絡が来た。


(真司くん)

(わっかりました。ここまでにしときます)


 すると真理ちゃんがオレの答えに納得せずに息を吸った気がしたので、わかってるからとも伝えておいた。今のはまるでお母さんに怒られる時のと同じ息の吸い方のような気がした。


 真理ちゃんおっかねー。


 そしてオレは真理ちゃんの言外の意も汲み取って、トリガー、フーリー、ジョルジオにもダブルで状態回復をかける。

 だが状態回復したことに艦橋にいる誰も気づかない。本人ですら治ったことに気づいてないようだから無理もないが、教える義理も必要もない。

 オレはサクサク先に進んだ。目の焦点が合ってないホースに話しかける。


「オレが解析してて良かったな。付与してやるよ。アッパラパー・ホース」


 だがホースはオレのことなど眼中にもなく、ぼけーっと聞き流していた。

 ちなみにこれから付与するホースの情報は、オレがこいつらにひたすら嗤われながら粘水の奔流に翻弄されながら解析してたホースの情報だ。この情報を抜いてる間、オレはひたすら道化に徹して嗤われ、バカにされつづけていた。


(それはお前もだ、ホース)


 お前が笑い物にしてた道化者のおかげで、お前はこれから記憶を取り戻すのだ。


(感謝しろよ。付与)


 するとホースが顔をぶるぶるんと振った。まるで水滴を飛ばす犬のようだとオレは思った。


「な、なんだ。意識が飛んだのか?」

 戻って来たんだよとホースに突っ込んだが、声には出さなかった。


 そしてそのホースの声を聞き、戻るはずのない艦長の精神が元に戻ったと副長のボブが驚いていた。だがオレはホースの疑問にもボブの驚きにもまったく返答せず、オレはホースをウインドで宙に浮かした。

 気持としては吊し上げたつもりだったのだが、風の精霊魔法でどうやればそれが出来るのかがわからなかったので、こんな形になってしまった。

 技術不足だ。

 まあいい──。


「ホースさぁ、魔法は直接オレに向けて撃っても意味ないでしょ。誰かに陽動してもらってオレの意識を別の方に向けろよ。こんなの基本だろ。

 集団戦のが得意な猿がたった一人で来てるのに、そのオレに吊し上げられてさ、あんた猿以下だぞ」


 艦内放送がザワッとした。

 ようやく様子が違うことに気づいたらしい。


「艦長はこの艦で一番偉い人よ。容赦ないのね」

 アミが言った。だがオレは首を振る。

「尊厳を踏みにじりに来たのはそっちだろ。何回主砲撃ってんだよ。その主砲のエネルギーを見せて上げようか」


 オレが視線を艦橋の破れた窓のむこうに向けると、窓が割れてるのに侵入してこない粘水に改めて気づいたようだ。


「そう。おかしいよね。でもダブル」


 オレがダブルを発動しただけで粘水が一瞬で蒸散した。あの場所に粘水が何十トンあったのかは知らない。だが惑星をも砕く質量攻撃の衝撃から艦橋のクルーを守るため、特別な制震装置として組み込まれてた緩衝地帯は、そこに粘水があったのかどうかもわからないほど痕跡をなくし、そもそも液体があったかと疑うほど乾燥していた。


「こ、煌子力?」

「さんざん主砲でオレに撃ってただろ?」

「ありえぬ」

「じゃぁ体験してみろ、アッパラパー」


 オレがダブルで頭の上を撫でるように出現させる。

 するとホースの頭の毛が一瞬で無くなった。ちょっと血が滲んでる。


「報復か。お前の連れの左手を切らせた」

「んん? ふるちんはげの指示だったの?」


 だがホースは返事をせずに不敵に嗤った。

 駄目だな。


「その煽りは一線を越えてるよ、ホース」


(ダメ、真司くん)

 真理ちゃんの声が聞こえたが、これは無理だよ。


「左手をもらう。ダブル」


 途端にホースの肩から左手が空気の中に吸い込まれるように消えて行った。

 ホースの左手を送還したのだ。ついでに宇宙で一番固いとか言っていたこの艦の外装の合金素材で結石を作り、それを無数にホースの血管にばらまく。

 数々のセプトの猛者を苦しめた結石攻撃だ。しかも結石合金による結石攻撃だ。エー・トゥールの振動波でもおそらく砕けまい。

 途端にホースが苦悶の声を出した。


「ほんと弱っちいな。痛みに弱いヤツが人を痛めつけるってどうなんだよ。普通に控えろよ。心が弱いからそんな事するんだろうな」

「お前だってしてるじゃないか」

「もう何回も言っただろ。降りかかる火の粉をオレは払うと。それにオレから始めた事じゃない。あんたが始めた事だ」

「猿に知恵を授けてやった恩を忘れやがって。随分なご挨拶だな」


 ふざけるなとオレは首を振った。


「あんた地球の、例えば日本の総理大臣にこんにちは、と挨拶したか? してないだろ? 始め方がそもそも猿呼ばわりして敬意もない。どんだけ高い所にいる気でいるんだよ」


 カチンと来たのかホースが()めつけて来た。


「ならばお前のが高いとでも?」

「心も、魔法もな。そして科学は追いついたよ」

「口だけだ」

「じゃあたまにはオレの技に追いついてくれ」


 体内の結石をグルグルかき回してみた。

 途端に身体を丸めて痛みから逃れようとする。だがウインドがかかってるから宙に浮いたまま何も出来やしない。ただただ苦悶の声が出る。


「声を出すな、アッパラパー」


 真理ちゃんは左手を拷問されても声を押し殺してたぞ。

 弱い姿を見せるわけにはいかないと、あんたが指示してやらせたアミックに対して、彼女は口を真一文字に結んで戦ってたぞ。

 それもたった四歳の女の子がだ。


 その指示を出してた四十三歳のあんたが結石程度で苦悶の声を出すとか。


「なってないぜ、ホント」


 オレはぐるぐると結石を猛スピードで回した。


「あああああっ、やめろっっっ」


「声を出すなって。本当弱っちいな、セプトの艦長は。

 セプトの人材はこの程度か。意地はないのか。

 四歳の女の子の左手を切り刻めと命じたその口が、今は痛いイタイと声に出して、やめて下さいと願うのかよ」

「やめ……ろと言っ……ただけだ」

「彼女は耐えたぞ。お前は耐えないのか。お前には左手がついてるだろうが。

 ただ宙に浮いてるだけだ。

 そのただ宙に浮いてるだけなのが恐いのか? そんな根性なら宇宙になんか出るな。宙に浮くのが恐いならセプトでジッと(ふる)えてろ」


 微妙に貶める方向で齟齬を生み出す。


 その成果はどうだろうかと艦内放送からこぼれる声を拾う。

「まじかよ」「演技?」「何なのこれ」「ふっ」


「お前らの艦長はくるるの風魔法でふるちんにされ、宙に浮いてる。そうしたらそれをやめろと身体を丸めて懇願するような男だった。

 なぁ、部下の皆さんはこの醜態をどう思う。

 本当にこいつはこれで艦長なのか?」


 オレは耳を澄ます。

 だが誰も押し黙って反応を返さなかった。そこにどういう心の動きがあるのか知りたいところだ。しかし優先すべきは真理ちゃんを引き合いに出して彼女を貶めたことだ。このケツはしっかり持ってもらう。

 容赦はしない。

 オレはホースの心臓の鼓動など無視して血流をどんどん回してく。酸素の補給など知ったことか。


 するとホースが、

「あっ」

 と叫んだ後、声にならない絶叫を叫んでいた。


「これを消したきゃ身体中の血を抜くしかないぞ、アッパラパー」


(真司くんっ)


 わかったよ真理ちゃん。

「命拾いしたね」


 オレは結石を送還して取り除いて上げた。


(それと艦長を解析して。お願い)

(いいけど何で? もう手に入れたよ。ティリオーダウンの情報は)

(クーリエさんのことでちょっと。これ以上は後で話すわ)

(了解)


 接触してきちんとした確定情報が真理ちゃんは欲しいのだろう。

 対人のダブルなら解析より(もん)のが早いけど、ここは真理ちゃんの要望通り。

 オレはホースのちんこを握った。なるほど。馬はでかい。

 ついでだ──。


「おいホース。クーリエはどこにいるか調べてくれ」


 返事がないのでぐるぐる回す。


「あああああっ」

 もう結石はないのに何を叫いているんだろうって感じだ。

 オレが冷ややかに見上げていると、副長のボブから報告が来た。


「地下六階、研究棟です」


 なのでピタッと回転を止めてやる。

 呻き声が洩れた。だが回転してるよりはマシだろうとオレは思う。遠心力で血管中を結石合金がチクチク刺しまくるからな。見えない結石が、な。


「それにしてもクーリエはこの艦に搭乗させてないのか」


 主砲を盛大に撃ってたくせに。

 同じセプトの仲間だろうが。アミック達と一緒にいるところを見たことがないので浸透派というわけでもあるまい。


 そう思いつつクーリエのことを解析してみたら、魔物船の船長で浸透戦略作戦の片棒だと言うぐらいしかわからなかった。

 というかクーリエ・モンドはホース達から忌み嫌われてた。聞くに耐えない罵詈雑言ばかりだ。


 あー、こいつ自分の派閥以外はとことん軽く扱うタイプなのね。



「なぜだ。なぜ陸戦隊が来ない」

 ホースがぼそぼそと疑問を口にして痛みを堪えていた。ダメージもないのに馬鹿かと思うが、答えては上げた。


「簡単だよ。オレが陸戦隊への情報をインターセプトしたからさ。彼らは何も知らないよ。情報が全く届いてないんだもん」


 ホースと、それから副長のボブが愕然とした。


(ダブル)


 オレは艦橋先の緩衝地帯を、粘水で再び満たした。だが誰もそのことに気づかなかった。

 もはやここにいる艦橋の幹部クラスは事態の正確な把握ができてない。完全に制圧下に入ってると思う。だがオレの目論んだ痕跡反応をおかえしするという状況にはほど遠いようだった。


 何でだろう。


「ということでホース艦長のちんちんに、あ、おねーさん水をそこのコップにすくって下さい」

「拒否したら?」

「アミおねーさんもふるちんになる?」


 すると艦内からやんやの喝采が起きた気がした。

 じゃあお前らも入れてあげよう。


 頷いてからオレはホースをジッと眺めた。出来るかどうかを考える。そして考えるまでもないことを思い出した。


 一番槍である。


 そして一番にもいろいろあって、一番の被害に遭った真理ちゃんがラインを示したのだ。オレがドッペルゲンガーを創造しないのを見破られたように、真理ちゃんには真理ちゃんなりの、おそらくは超臨界水の出方を含めた手筋が見えてるのだろう。

 本当は頭だけ残して身体を何度か送還でもしようかと思ってたのだが、そんな直截な痕跡反応はオレの為にならないと真理ちゃんが結論を出したようなので、手口を変更し、相手の手札を利用しようと思う。

 精霊魔法を使いこなすオレたちが、精素より薄い魔気で出来る魔法なら、どういう形になるだろうかということ。あるいは魔法にならずに失敗に終わるかも知れない。それすらも含めて諸々を試してみるつもりだ。

 ついでにその魔法をオレのダブル準拠で試すとどうなるだろうか、と言うこともある。


 アミおねーさんが自らの操縦席を通り過ぎて、艦橋の窓まで歩き、状態固定された粘水にオレが用意したコップを当てる。そのまま粘水を削り取ろうとしたので、その部分だけの状態固定を解いて普通の粘水にもどす。

 アミおねーさんはちょっとだけ驚いたようだが、すぐにオレの元に粘水を持って来てくれた。

 オレはそのコップを受け取る。そして宙に浮いてるホースのおちんちんをつまんで粘水をぶっかけた。

 ホースがビクリと反応する。だが痛みが来ないことにようやく気づいたようだ。自分の身体をゆっくりと触って確認を始めてる。

 だが粘水はかけた。

 これで痒くなるはずだ。


「あ、それとこれは必要なかったはずのアミックの分ね」


 ちんちんをぺちんと叩いておく。

 アミックはオレにやられて痛がっていたのだ。これは本来お前が受けるはずだった痛みだ。お前も痛みを刻み込め。


 そのホースが悶絶してるが、ぐるぐる回るとやはり痛がるので、手足を風牢で拘束して動きを止めてあげた。


「ぐううっ」

「また声が洩れてるぞ弱虫。動きが止まったら止まったで身動(みじろ)ぎすると高さが変わっておっかないもんなー」


 あえて誤解の追い打ちをかけた。

 これでホースの名誉が落ちればいいのだが、それはわからない。確実にわかってることは、いずれは結石合金がないと気づかれて、こいつなら後顧の憂いをなくすために身体中の血を入れ替えてしまうだろうと言うことだ。


 それでは手ぬるい。


 オレは討ち入りに来たのに何の意味も為さなくなってしまう。


「そうはいかないおちんちん」

「ん?」


 ついでだ。弱点を大きくしてやろう。オレはホースの黄金の(ぎょく)を信楽焼の狸のようにと思いつつ、だらしなく垂れさせた。

 信楽焼の狸はバランスが取れてるが、ホースにバランスを取る必要はない。弱点を大きくして今後の人生に苦労すればいいのだ。そうすれば少しは相手のことを考えるようにもなるだろう。ならなきゃ誰でも蹴っ飛ばせばホースは悶絶する。


 さて、と。


 オレはホースを解析して人となりも、魔法も、人生の後先も、すべて理解はした。理解はしたが、わかるのとやるのとでは全然違うこともこれまでの経験からよく知っている。

 それでもこれからすることに成功する確信はあった。

 何しろ対象はすべて解析済みの相手ばかりなのだから。

 とりあえず己の得意技で意趣返しを受けておけ。残念だがオレの用意した精一杯では痕跡反応までには至らない。オレの短い人生経験ではこの程度のことしか考えつかなかった。だから──。


「たぶん、本当の恐怖はこれからだよ」


 オレはそう言い残して最後の仕掛けをダブルで発動した。



 ◇



 水流が激しくうねり出す。物凄い勢いで渦を巻き出す。

 呼び水になった行動は一つしかなかった。

 今誰が水に触ったのかと言うことだ。


「え? 私じゃないわよ」


 チンチンカイカイにコップに粘水を掬えと命じられたアミが、掬おうとした途端に粘水が唸りを上げたので、これは自分の責任ではないと言い訳のように他のメンバーに言った。


 だがぐらぐらと艦橋は揺れ始めた。支えを失ったかのように上に下にと揺れ続け、時には重力を失ったかのようにフッと身体が浮く。

 粘水の圧力が強いのだ。

 粘水の圧力が強すぎて、今までは大丈夫だった艦橋が、異常事態に陥った粘水の水圧に耐えきれなくなってしまったのだ。


 艦橋の幹部クラスの顔色が変わった。ぞっとして青ざめていた。


 そしてバキバキと潰れ始める艦橋が自分たちの足元を割り、踏ん張ることも出来なくなり、と同時に頭上から天井が破裂するように圧し、破裂した合金の破断が鋭い尖りをみせて自分たちに殺到する。


 誰かの腕が千切れた。


 だが誰もそんなこと気にも留めない。粘水が唸りを上げてる。いつの間にか直ってる艦橋の窓にホットするも、それも破れて粘水がドッと押し寄せる。


 動けなくなったところに、潰れてくる天井、ひしゃげてく壁、鋭い合金の破裂口、それらが段々圧縮されて行く。

 身体に喰い込むのは針か、壁か、ドリルなのか、もう何が何だかわからない。


「お願いだ。粘水を流しこんでくれ」


 ジョルジオが誰ともなく祈りを捧げた。


「え? やだよ。何でオレがそんな事しなくちゃいけないの」


 不思議なことに子供の声が聞こえた。


「粘水が流れこめば水圧が対抗して潰れなくなるだろうが」


「へー、でも中に流れこんだら溺れるよ」


 その通りだった。

 服に引っ張られてぐるぐるシェイクされる。服が千切れてく。

 息が苦しい。

 だが全員が艦橋に押し込められる。天井の隅に空気がある空間を見つける。そこに浮かんで息をつく。そして艦橋がひしゃげてく。潰される。

 潰されて潰されて潰される。それは徹底的な圧死だった。


 そしてジョルジオはふと気づく。


「あれ? もう死ぬと思ったら、艦橋が元通りになってる?」

「て言うかもう死んでたよね」

「俺、両腕がある」

「何がどうなった。確かに艦橋に潰されたはずだが」

「床を見ろ。水一滴すらない」


 指摘したホースが艦長席の深くに腰を沈めて、人に見えぬよう何かをし始めた。ボリボリと掻く音がしたので、何をしてるのかは全員にわかったが、誰もがあえてそこには触れなかった。

 そこだけは治さなかったようだとわかったから。

 そして、この事態を尋ねようにも、もうここにチンチンカイカイの姿はなかった。


「マインドバースト?」


 幹部達の視線がホースに集まった。だが、それに答え得る答えを、ホースは持ち得ていなかった。

 しばらく呆然としていると、やがてまた、艦橋の周囲を粘水が激しくうねりだし、艦橋が潰れて逃げる(すべ)もなく圧し潰された。


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