第110話 へし折りたいんだ。他では駄目だ。
艦橋の階段に血がぽたぽたと滴り落ちている。フーリーの血だ。エー・トゥールごとオレによって弾き飛ばされた左目のあった場所から止まることなく血がこぼれていた。
「何でこんな事をやるんだ」
フーリーが憎悪を込めながら訊いて来た。
やられた者の中から痛みを堪えて問いを発せるのはフーリーだけだったようだ。まだやられてない者もいる。それなのに既に傷を負ったフーリーに尋ねさせるとは、やはり周りの連中もなかなか根性が曲がってるようだ。なにせ自分は傷を負いたくないからフーリーを生け贄代わりに差し出して問わせてるわけだろう? 計算高いというか、酷い話だ。
「弱者の懇願作戦か。生憎その手の作戦にオレは過去痛い目に遭いそうになったことがあるんでね。
通用しないよ」
目を逸らす者、痛みに耐えてるとごまかす者、反応を返そうとしない者、憎悪に顔を歪ませてる者、色々な表情がそこにはあった。
そしてオレはあえて一番奥にいるホースに話しかけた。
「お前、強襲型惑星制圧艦、ティリオーダウンを預かる艦長だろう。
本当に卑怯だな、ホース」
だが悪びれずにホースは言った。
「何が卑怯だと言うんだ。フーリーの質問にも答えもせずに、こちらばかりを非難するお前の方がよっぽど卑怯だろう」
「それはオレは断固として否定しようかな。
そもそもオレは、いやオレたちは、ずっと追われ続けて…………。これまでずーっと我慢して火の粉を払い続けたんだぞ。イヤだイヤだって。
あんたらに捕まりたくないぞって。
もう帰ってくれって、撃退して、時には捕らえても解放して、こちらの意思をきちんと届けてくれるよう譲歩もしたのに、それでもずっとストーキングしてきたのはそっちじゃないか。
非難されるのはお前らであって、断じてオレたちではない。ましたや卑怯だなんて、犯罪集団がオレに説教か? 笑わせてくれる。
何でこんな事やったんだよ。お前らが何もしなきゃこんな事にはなってない」
「それはこちらの台詞だろう。見ろこの惨状を。目を失った者、目だけでなく両腕を失った者、これはすべてお前が風魔法でしたことだろうが」
「そこにある武器で攻撃しといて、威力でオレに負けたらオレが悪いとでも言うのか? それはアンタらの武器が弱かっただけの話でオレとは一切関係ないだろう」
「ガキのくせに正論ばかりで本当にむかつくガキだな」
「お前らがよくそんな事言えるな。むかついてるのはこっちなんだよ。オレたちに煌子力のエネルギー砲、主砲まで撃ってきたくせに」
「だからこの場に来て暴れ回るのか? 子供のくせに我らの秘密に顔を突っ込みすぎたんだよ」
「お前らがつきまとうから対応しただけだろうが」
左目周辺を失ったフーリーから滴る血が血溜まりとなっていた。
ジョルジオの両腕の骨がぷらぷらと揺れ、筋肉がないので持ち上げられずに、やはりエー・トゥールを嵌めてた左目の周辺から血が止めどなくこぼれていた。
トリガーは完全に左目周りが血の海で、何度も治ったり弾けたりしたもんだから自失している。時間が経ってからの方がこういうのは精神に効くようだ。
オレは初めて意図して人を傷つけた。だが後悔はない。
オレが足を踏み入れたのは、やられたままで泣き寝入りはしないという意思表示であり、不当な扱いには抵抗するよということを言いに来たのだ。
そこはセプトが何を言おうが関係ない。
セプトに主張があるようにオレにも主張がある。
お前らセプトの好戦派が仲間であったアミック隊を主砲で撃ち、骨の欠片も残す気がなかったように、オレたち双子の一番のお友達の真理ちゃんの左手を切り刻んだように、猿を相手にする気分で友人を傷つけるなら、オレもお前らを傷つけるのに吝かではないと言うことだ。
何よりホースはまだ全然堪えていない。
何故かわからんが、成り行きでこいつはまだ猿状態にしただけだからな。ふるちん程度じゃ痕跡反応にはまだ遠い。
「お前たちは、恐怖を知らない。だから想像力が働かない。科学だけで万能感にひたって相手がどう考えるかという余裕がない。自分だけで自己完結。自分のための実験で他人の物で実験し、自分のための気紛れで他人の物を賭け金にする。
ぜ~んぶ自分のための行動原理。
使うのはぜ~んぶ人の物。
要するに貧乏性なんだよ、あんたらの科学は」
「好き勝手言ってくれるな。地球の富など我々からすれば端金だ」
「あんた、自分だけ好き勝手言って、自分は好き勝手に言われないと思ってるの? どんな子供だよ」
「猿風情が」
「猿か。じゃあここにいるみんなも猿になろうか。同じ立場にならないと話すことも出来ないみたいだし」
「服を脱ごう。でないとホースに言うことを聞かせるよう、力で促していくよ。そちらのわかりやすい言葉はどうもそうみたいだから」
「チッ。これだから猿は」
「アンタからオレは猿に見えてもオレは自分を人間だと思ってる」
「それを決めるのは我々だ」
「その逆もまた然りでしょ。アンタが自分を優秀だと自負するのは結構だが評価するのはオレだ。そしてアンタが優秀だと思っててもオレからすればアンタは極悪人でしかない」
フーリーがすっかり押し黙ってしまった。時間の引き延ばしが主目的とはいえ、時間の引き延ばし方には色々な手段があるだろうが。
例えば相手の質問に返事を返すとか、さ。
「だから返事しろよ。ホースに殉じてふるちんになるか。素っ裸になるか」
答えて上げてるのはこちらばかりで、オレの質問にはいつまで経っても返事を返さない。でも忘れてやるほどオレは優しくないよ。ここらへんは超臨界水も同意してくれてるようだぞ、お歴々の皆様。
「どっちも裸じゃないか」
「ホースに付いてくかどうかを聞いてるんだ。運命の分かれ道だ」
オレはアミック隊の健気さに心が動いてここまで来たと言うのに。
好戦派にはそういうふうに心が動く者はいないのか…………。
いや、好戦派にしてみれば時間はかけてるんだからこいつらの狙い通りなのか。
絶対に陸戦隊の応援は来ないけど。
「おいボス猿のオッサン、部下はみんなあんたと同じ姿はいやだってさ。客でさえふるちんなのに」
「招いてない」
「地球もセプト人を招いた覚えのある人はいないと思うけどね。誰に招かれたの、アンタ?」
「小賢しいことを言うガキだな」
「いやいや。これだけの科学を持ってるセプトのあんたにそう言われると照れちゃうな。でもね、招かざる客も客だよ。対処の仕方が違ってくると言うだけで」
「わかってるじゃないか」
ホースが目の前でエー・トゥールを起動した。
ふるちんになった中で唯一残された片眼鏡だが、それを使った者は残らず左目を風槍で破裂させられただろうに。
「オレもあんたの手下に散々ストーキングされてさ。うんざりしてるんだ。だからその命令取り下げてよ。用件はそれだけ」
「オレを倒せたなら考えてやろう」
あっさりとした物だ。本気でないというのがよくわかる。
部下の目や肉体だって風槍で消し飛ばした。その姿も何度となく見せた。だがそれでも強気が崩れない。ついでに言えば恐怖も感じてない。
これはセプトの科学技術にサイボーグ化があるからだろうか。アミック隊にも陸戦隊にも参戦してないがサイボーグ化した人はいる。
「う~ん。あのさ、勘違いしてるようだから指摘するけど、オレはアンタを倒しに来たんじゃないんだよね。死ぬほどの恐怖を味わわせに来たんだよ」
「裸になろうが死ぬわけじゃない」
言ったな。
でも女の人には恐怖だろう。そう思って品が下る笑いでもってオレのふるちんを嗤ってた女の人に目を向けたら、その人は物凄いおっぱいをしてた。
うわって感じだ。
それはもう立派な物をお持ちだった。
そして目の合ったオレに対してイヤそうな目をしたので、このおっぱいを人前にさらすのは気の毒に思えてしまったんだからオレも結構なお人好しだ。
う~ん。身体一つで叩き伏せれば彼我の戦力差を知って目論見通りになるかと思ったのだが、痕跡反応を刻むのは難しい。
イヤなことと恐怖を感じることってのは、どうやら違うようだ。
そして物思いに沈むオレをホースが呼び戻した。
「どうした。魔気切れか?
魔気の補充も出来ないから魔法ももう使えまい。ガキが、もともと体内の魔気の残存量も少ないくせに粘水を突破する無茶をしやがって、そのうえ風の大魔法を連発したのが運の尽きだったな」
「そんなのいらないよ」
オレはとりあえず風槍で艦長席から追い出した。頭から天井にぶつかって首がめり込んでる。
「ガハッ」
落ちて来たのでとりあえず風を舞わせて逆さまにする。たぶんこれがウインドという状態の精霊魔法だろう。
初めて恵風に会った時に、自然と恵風が宙に浮かんでる状態におどろいたのも懐かしい思い出だが、これが精霊の通常状態だという話を恵風から聞いている。生まれながらにして精霊が自然と身にまとう風。
この風のおかげで精霊は自然と宙に浮かぶのだ。
それを何となくでオレは今、ホースにかけている。
「うーん、そこの元気な副長くん」
返事はなかったが睨まれた。
でも睨んでも無駄。何のためにオレがアンタを傷つけずにそのままにしておいたと思ってるんだ。
「この映像を艦全体に流してくれ」
「それは無理だ。今この艦は映像関係がつながらない」
あー、超臨界水関係か。やっぱ手が回ってるんだな。
でもオレが情報を握ってると言うことは、そのくせ解析はさせてくれたというわけになる。
「ならひとつ頼みがある。映像関係を今だけつなげてくれないか」
副長のボブが不快な顔をした。たった今説明したばかりだろうと。
だがオレはボブに話したわけじゃない。これをどこかで聞いてるはずの超臨界水にお願いしたのだ。
そしてボブが副長席のコンソールをいじる。
「そんな馬鹿な」
映像関係がつながったようだ。
「あ、陸戦隊の部署には届けないでね。やって来られても面倒だから」
「何を勝手なことを」
と言いかけたボブが絶句した。
「おまえ。お前がコントロールしてるのではないか?」
つまり陸戦隊にはつながってないらしい。
ありがとう超臨界水。
「馬鹿にしやがって」
「ボブ。下がれ。このままでは死ぬぞ」
ホースが座り込んでしまったフーリーやジョルジオを見やる。トリガーに関してはもう使い物にならないだろう。
ボブも気づいて改めてそのことを計算に置いたようだ。
艦橋の幹部クラス、その一角が崩れるのも近い。
だがそれでもホースは元気だ。この元気なホースをやっつけなければここまで来た意味がない。どうすれば心を折れるのだろう。
こいつらはやたらプライドが高いから、痛めつけただけでは恨みを募らせるだけで、心は折れそうにないのだ。
「最悪脳だけは必ず守ります」
「うむ。猿を躾けるのも偉大なる知的生命体の役割だ」
好き勝手言ってるが、そのことに関してはもう論破したし、いつでもオレの方は皆殺しに出来る。ダブルで送還すればそれで終わりだ。
だがそれでは駄目だ。
へし折りたいんだ。他では駄目なのだ。
それにしてもこちらがこれほどいかにして痕跡反応を刻もうか悩んでるのに、こいつらと来たら繰り返しくりかえし、よくもまぁ上に立ってられるもんだ。やられてもやられても自分が上にいるんだからな。
つと、心の折れたグレンのことを思い出す。
グレンや疲れ切ったアミック隊の姿を見て、オレは報復を決意したのだ。
あの時グレンは星をも砕く主砲を目の前に見ていた。グレンが躁鬱になったのはその過剰な攻撃を延々と目の当たりにし、殺されつづけたような物だったからだ。
対してオレのしたことと言えば、風槍で肉体の一部を弾いただけ。
痛みに叫いたり呻いたりはするが、心を崩すまでには至れない。腐っても軍人なのか。オレのやり口が悪いのか。
明らかにオレのやり口が悪い、いや、下手くそなのだろうな。
オレのした武道といえば柔道ぐらいなものだが、柔道は活人のための道だし、考えてみたらオレは殺人の王道という物を知らない。
繰り返し、くりかえし、これの質か。
オレは何かヒントを掴んだような気がした。
読んでくれてありがとうございます。
昨日はお休みを頂きましたが、病院に行ったら手術の直前になって手術の機械が故障し手術を終えることが出来ませんでした。明日も病院に行くのですが投稿はするつもりです。次回の手術の日程が確定したらまた活動報告とこちらの方でお知らせします。
それにしても疲れました。昨日は一日が徒労で本当に疲れました。
また出来たら投稿を続けますので、どうぞよろしくお願いします。




