第109話 痕跡反応 その二
艦橋は殺風景だった。
この冷え切った空気は、オレが討ち入りを宣言して殺伐とさせてしまったせいではないと思う。
オレの目の前には操縦席がある。艦橋の中央だ。それから左に航宙士の席。半透明の宇宙空間が立体地図の三次元で表示されている。宇宙の地図がこの球体にどう表示されてるのか、実物を見てみたいもんだと思う。
それから航宙士の席から七、八メートルほどの空間を経て、機関長の席がある。様々な数字と図で積層表示が立体的に浮かんでいるので、結構忙しく管理してるんだろうなと言うのがわかる。
さて中央の操縦席から右も見てみようか。
右には戦術長の席がある。ここには何も表示されてない。オレが来たから見られるのを防ぐために切ったのだろうか。それなら優秀だが、お調子者のジョルジオのことだから、粘水でもがくオレをからかうのに夢中で、仕事放棄をしていた物とオレは考える。
そしてその後ろにやはり七、八メートルの距離を置いて、副長席がある。その副長席から斜め後ろ、少しだけ真ん中寄りにこのティリオーダウンの艦長席がある。
今、艦橋にいるお歴々は階段を挟んだ中段に並び、艦長席の前に布陣している。オレはまた一歩艦橋の中に入ったわけだが、特に反撃されることもなかった。変わったことと言えば、オレが進んだことで足の裏についてた粘水が足跡を残した事だけ。
そして微妙に歩きづらい。足の裏がいちいち床にくっつくのだ。なので粘水を送還してただの素足にしてしまう。
操縦席の脇まで来たので、ひょいと操縦席を覗きこむ。
「あ」
お姉さんが嫌そうな声を上げた。けれども子供にそれは通じない。子供は興味を持ったら一直線だよ。
だがオレの期待に反してお姉さんの席は艦橋の空気と同じで殺風景だった。
写真を飾ってる様子もない。機能美だけで遊びがないのも相変わらず。お姉さんは女の人だから可愛い物でも何か仕掛けてるかと思ったら、全く何もなかった。
うちの爺ちゃんだって運転席には般若のお守りと交通安全のお守りを飾ってるし、駅ナカ支店のおねーさんなんか、うちの和菓子屋枡屋の和菓子の写真を気分で飾ってるのに。
まあそれはいい。
艦橋にオレが現れてから皆、警戒はしてるが、真剣味が足りなかった。時折押し殺した笑いが込み上げてくるようだが、その方向に目を配ると、戦術長のジョルジオなんかが必死で含み笑いをこえらえている様子だった。
それはやはりオレの格好のせいだろう。
見事なふるちんである。
おかげでオレが討ち入りに来たと言ったのに、いまいち理解されてない。それどころか気が削がれてるようだ。ここらへんでもアミック隊や陸戦隊より質が落ちるなぁとオレは思ったりした。
格好なんかで判断してるようじゃ軍人としてどうなのと思ってしまう。
そんなオレに艦長のホースが口を開き、
「バカだな。これだから猿は」
と窘め、左目に付けた片眼鏡のエー・トゥールをクイッと持ち上げた。
意味を持たせてるんだろうなぁ。解読すれば──、
オレが防具も身につけてないふるちんだからとか、攻撃するにも武器を携行してないふるちんだからとか、人としての衣服を着る文化も投げ捨ててるからとか、どうせそんなくだらない理由から猿扱いなのだろう。
オレは肩をすくめて指摘して上げた。
「バカだなぁ。ふるちんにならないと服濡れちゃうじゃん。オレが何処をとおって来たと思ってんだよ」
そう、粘水の中を攻略して、オレはこの隔離された艦橋に辿り着いてみせたのだ。
その意味がわからないわけではあるまい。
オレがニヤリと笑うとホースは失笑し、それから怒る姿勢を見せた。
どうやら怒り顔を見せれば子供はひるむものとでも思ってるらしい。そこらへんはそうだと思うが、討ち入りと表明した者に対してその応対は、なってないと思うぞ。
「どこを通ろうが、何をして来ようが、結局手ぶらだ。武器がなんにもない。おまえ、自分の状態わかってるのか?」
「じゃあオッサンも脱げよ」
オレはホースをふるちんにする。
「なっ」
椅子にふんぞり返ってたホースがようやく驚く。だがこの手口はすでに見せただろう。ダブルの送還だ。もっともお前の目には風の魔法に見えるかも知れないが、それはお前が猿より無知なだけだ。
そうだ、とオレか艦橋に居並ぶお歴々に声をかけた。
「ボス猿に倣う?」
艦橋全員から返事はなかった。
目が動く。
「モロバレだよ」
「何がだ」
返事をしたのは副長のボブだ。
ちなみにこの艦橋にいるクルーで何かしらのエー・トゥールを装着してたのは艦長のホースと副長のボブ、それから航宙士のフーリーだけだ。
あとはオレに笑い転げてて、戦いの準備を全く何もしていない。本当になってないと思う。これがセプトの強襲型惑星制圧艦の幹部かと思うと、その練度の低さにこの先が思いやられる。
そして副長のボブが艦長のホースに促されて、片眼鏡のエー・トゥールで陸戦隊に連絡を取ったのだ。
目を動かしたからわかる。
そしてその内容もオレはキャッチしていた。何度念入りに解析をかけたと思ってるんだ、という話だ。お前らが笑ってる間もオレは着々と準備を進めていた。
ふるちんだからと油断してるお前らが油断のしすぎなのだ。
「陸戦隊が間に合うといいね。慌てて呼び戻したんだろうけどさ。アンタがなってないから部下は無駄な指示が多くて大変だ」
と言いつつ指示を出したホースに視線を送る。
「ガキが……」
「やられてるのはアンタだよ。指示は多いはやられているは、いいとこないな。部下からきっとこう思われてるぜ。無能な上司の世話は大変だ。なぁみんな」
基本武装の片眼鏡のエー・トゥールを急いで嵌めた小父さん、機関長のトリガーに、にっこりと話しかけると、オレは撃たれた。
ふるちんのオレにもっとも効果の高そうな、熱波だ。
選択は良い。熱波は通常の生物ならそれだけで穴が空く。だがその熱波はオレに中ってはじけて消えた。その程度の火力じゃ状態固定の壁を抜けないよ。
この壁を抜きたいなら主砲以上の威力のある武器じゃないと抜けない。
「なっ」
「じゃあオレも撃つよ。風槍」
それだけでエー・トゥールを嵌めてた片眼鏡と左目がはじけ飛んだ。
(真司くんっ)
(記憶を消されるかも知れない。真理ちゃんも消されたらゴメンね。でももう決めてたんだ)
すると真理ちゃんの声が聞こえなくなった。気を遣わせてしまったようで申し訳ない。でもかわりにエー・トゥールをかざしてるお爺さんがオレに声をかけた。
最初から片眼鏡のエー・トゥールを左目に装着していたお爺さん、航宙士のフーリーだ。このお爺さんはオレが粘水の中で必死に足を伸ばして窓の縁をつかもうとしたら、意地悪して粘水の流れをオレにぶつけてきた人だ。
そしてフーリーに気が向いてるオレを、
「な、何をした」
と呼び戻した人がいた。
左目を弾き飛ばされた機関長のトリガーさんだ。この人は艦隊で開催されたエー・トゥールの煌子力弾のガン大会で三年連続優勝して殿堂入りしてる人だ。腕前は折り紙付き。だから準備こそ怠ってたが、最初に火蓋を切ったのだろう。
その小父さんに、オレは確認のため尋ねる。
「知りたいの?」
「ああ」
「じゃあダブル。状態回復」
「あ、左目が治ってる」
「風槍」
そしてまた左目が弾けた。
「ぐあああああ」
と痛みに身体をのたうち回らせながら、
「なんなんだ、これはっ」
とまた叫び倒す。
自らの気をそらせて痛みを消すためだろうかね。でもそれは悪手だよ。
「そんなに知りたいの? じゃあ状態回復」
再び治った左目に小父さんが茫然とする。
「もうよせ、トリガー」
「お爺さんがよせと言っても、知りたいと口走ったのは彼だからね。オレはきちんと教えて上げるよ。そのために来たんだから。
じゃあゆっくり言うよ」
オレは口を大きく開けて、幼稚園のお歌の時間のように手を後ろに組むと、しっかりと相手に伝わるよう、わかりやすく発声した。
「ふ、う、そ、う」
瞬間、トリガーの左目が内側からはじけ飛んでいた。目玉だった残滓がポタリと立っている副長の足下に転がる。
「何をした」
「お爺ちゃんもそれをオレに聞くの? 歴戦なんだしいい加減学習してよ。風槍」
と同時に老人の左目周辺が吹き飛んだ。
「わ、儂は何をしたと訊いただけだぞ」
「だから教えて上げたんじゃん」
「言葉で訊かれたら言葉で返すものだろうがっ」
「大きな声出して、何を当たり前のように言ってるの? 敵に手口を教えてくれとか、よっぽど無能なんだな」
「何を言うかっ。儂らの科学は地球を大きく凌駕する。そしてもちろん、くるるにだって追随を許さんわっ」
「じゃぁお得意の科学で、オレの風槍を再現すればいいじゃん。オレに訊かずに自分で突き止めろよ。そもそもアンタらは、オレたちには問答無用で星をも砕く煌子力のエネルギー塊をぶつけてきたくせにさ」
そこでオレは首を振った。
思い起こしたらそんな生易しい物ではなかった。
「いや、ぶつけたどころか延々と照射してたよね。皆殺しどころじゃないよね。塵一つ残さないつもりじゃなきゃ、あんなの撃てないし。
それを報復として同じ事をやり返さないんだからオレも優しいもんだ」
「ぐぐ。風魔法の使い手と言ったな」
「言ってないよ。風の魔法使いとそっちが勝手に言ってるだけじゃん。何でオレが言ったみたいになってるの」
「空気があれば操れると言うことか」
「お。正解だね。一部だけれど」
精素と精気のことには触れてないから十点と言ったところかな。
するとフーリーへの返答を聞き止めた艦橋にいる唯一の女の人が、オレの解に、おののいた。
この女の人は強襲型惑星制圧艦ティリオーダウンを自由自在に操縦する凄腕の操縦士、アミ・ストーンライトお姉さんだ。ティリオーダウンを操縦する時には、その大きなおっぱいが邪魔になるので、特製の台に乗せて胸の揺れを最小限に抑えているらしい。二十七歳、結婚適齢期な人。ちなみにこのおっぱいを支える台に手を置きたがる男は多いとか。
そのお姉さんが重大な事実におののきが止まらない。
「そんな。大気があるところ全てに有効な風魔法なんて、肺呼吸してる我々に勝ち目なんか無いじゃない」
「そうだね。肺の破裂を体験したい人がいるならさせて上げるよ」
オレはお姉さんににこにこ笑いかけた。
お姉さんもたくさん笑顔を向けてくれてたしね。そのお返しにお返ししてもいいかな。
でも心外なことに、お姉さんが操縦席の陰に身を隠して断固拒否の姿勢を示した。そしてつぶやく。
「何て凶悪な」
そうは言われてもな──。
オレも肩をすくめて教えて上げる。
「言っとくけど風槍って、風魔法の初歩の初歩らしいよ。オレみたいな子供が一番最初に覚える魔法だって聞いたよ。この程度で凶悪と言われても、レベルの低いこと言ってるな~としか思えないよ」
「そんな」「くるるはそこまで強いのか」「ご先祖様が勝てなかったわけだ」
「いや、ご先祖様とかどうでもいいから。あとそこの人、呻いてばかりでうるさいよ。我慢しろよ。恥ずかしくないの? オレは初めて見たよ。敵の前で痛いいたいと平気で口に出す人。こんな弱っちい人材が艦橋にいて、部下達に指示を出してるの?
相当弱いんだな。セプトの軍人は」
「貴様っ」
とさっきまで一番おちゃらけてたジョルジオが叫んだ。
人のことは馬鹿にするけど、自分が馬鹿にされると怒り出すのもどういう了見だと思う。
もっとも怒ったのは戦術長のジョルジオだけだったが。
このジョルジオ、艦橋にいる幹部の中でも一番若い、大抜擢されて鍛えられてる男だ。
「治して下さいとお願いしたら考えてもいいよ」
オレが謹んで解決法を教えて上げたら、
「誰がやるかっ」
とこの艦で一番の跳ねっ返りが豪語した。
「じゃあ実験」
ジョルジオの左目が内側から破裂した。
「ああああっ」
「押さえる両手が邪魔だよ。ちゃんと痛みを感じろよ」
オレが風槍を放つと、ジョルジオの左右の手から血肉が弾け飛んだ。オレのことを指差してゲラゲラ笑ってた両腕だ。オレの足の指が窓枠の縁から離れろとも煽ってもいたっけ。それが今では骨だけがそこに残って、手があった名残をとどめている。
「存分に指差して遊んでくれ。骨は残ってるから」
「どう? 順繰りに誰がやるかなんだろ。次の人どうぞ。見ての通りだし、ホースの指摘した通りだ。オレはふるちんだし隙だらけだぞ」
無事なのはお姉さんと副長、それから艦長だけだ。
だがお姉さんも自らは犠牲になろうとはせず、副長も押し黙り、艦長もふるちんのまま口を開こうとしない。
陸戦隊なんて、絶対に来るわけがないのに──。
読んでくれてありがとうございます。
さて明日は活動報告やあとがきでもお知らせしてきましたが、身内の手術の日なので投稿は出来ません。楽しみにしてる方には本当に申し訳ありませんがよろしくお願いします。いや本当に申し訳ありません。前回も書きましたが皆様の健康とご活躍、心からお祈りいたします。
こんな殺伐とした回でこの口上、心苦しいことこの上ないのですが……。




