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第1章 幼稚園時代
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第108話 討ち入りでござる

 艦橋に報告が次から次へと上がってきた。

 航宙士のフーリーと副長のボブが一気にてんてこ舞いになる。そしてボブが報告は書類へと変更する。

 途端に通信がすべて切れた。

 これで通信しようと思った者は、エー・トゥールに通信不可と表示されるので通信機を使おうとはしないだろう。報告が自分とフーリーのエー・トゥールにスクロールされるはずである。

 そして報告からまとめて類推したフーリーが緩衝地帯にその存在を確認する。


「人がいるぞ」


 フーリーの信じられないと言った、そんな声が艦橋に響いた。


「おーおー、本当に来たのか?」

「いま水流は普段より速くなってるんでしょ?」

「そうだ」


 と戦術長のジョルジオと操縦士のアミに返事したのは、まさかのホース艦長だった。

 それにアミは身を固くする。まさか艦長から直接返事が返ってくるとは思っていなかったのだ。

 そのホースが指示を出した。


「モニターを収納しろ。どうせ映らないんだ。それから装甲シャッターも開け。ひとつ水族館と行こうではないか」


 その指示に次々と邪魔な物が収納され、取り払われて行く。モニターや装甲シャッターがしまうことが出来るというのは艦橋にいる全員が知っていたが、実際にその形態を取ることはブリッジクルーに配置されてから初めてのことだ。

 周囲は緩衝地帯で粘水に覆われているため、この形態でいる以上開けてもつまらない景色しかないので開ける必要性がなかったのだ。

 その装甲シャッターが開く。

 粘水に覆われてるせいか、装甲シャッターが開くスピードは遅い。ゆっくりゆっくりと開いて行く。そして半分ほど開くと、そこには子供が楽しそうに泳いでいた。それも素っ裸で、である。


「あら、かわいい」


 象が水に押し流されるまま、あっちにふらふらー、こっちにふらふらー、と小さな鼻を揺らしていた。


「どうやって入ったのか知らんが、溺れ死ぬぞ。誰の子供だ」

「は。ジェラルドが交戦してる相手の子供です」


 副長のボブが冗談にも真面目に返してきた。そこには冗談ごとではないというわずかな意が含まれてることをホースは感じた。

 だがそれも当然であった。

 ティリオーダウンの最大戦力である主砲で死ななかった子供なのである。


「こいつか」


 ホースはジッと子供を観察した。



 ◇



 粘水は思った以上に動きにくい。キビキビとした動作ができない。だが状態固定して送還して艦橋に入ると、初めからダブルに対して警戒されるから、せめて艦橋攻略ぐらいは手札を見せずに行けたらいいなという思いがあった。

 だが水流に翻弄される。流されるままにそのうち艦橋に辿り着けるかなとも思ったが、どうもその考えは甘かったらしく、水流の発生源は艦橋の上部と下部に設置されているようだった。

 だから基本中心から外に向けて水流は流れるわけで、壁に反射して流れが変わってもそれがまた本流にぶつかり、乱流となってオレを翻弄していた。


 しかもこの緩衝地帯のなかは真っ暗だ。物理的な衝撃を逃すための機構なのだから生活環境でないのはわかるが、それにしても灯りぐらい用意してくれてても良いと思う。

 どうにも効率一点張りでセプトの物作りは遊び心がない。


 こんちくしょー。


 なのでオレは水流で流されつつ、上の方に行ったり下の方に行ったりしてこの空間を体感してみた。するとしばらく翻弄されてたら柱にぶつかった。

 結構痛い。

 しかも粘水によってその柱に押しつけられて、思わぬ形で圧迫攻撃となって、その圧迫攻撃から逃れられない。粘水が左右にずれることを許してくれないのだ。

 ちょうどオレが中心にいて左右に流れが分かれてるらしい。

 なのでじわじわと移動し、ちょっと中心線からずれたら今度は勢いよく弾き出されて、またまた水流の流れるまま、どこぞに押し流された。

 ちなみに今ぶつかったのは、艦橋を支えるブリッジ部分らしかった。戦闘態勢に入るとブリッジが緩衝地帯の中央に押し出されるらしい。そしてその艦橋を安全地帯に運ぶ際に伸縮するアームが今の柱のようだった。


 オレは再び水流に乗って流れている。停止した作戦を再開して、ふたたび緩衝地帯のあらゆる所へ流れるままに流れてみる。

 一直線に向かうと宣言したわりに遊んでるように見えるかも知れないが、別に遊んでるわけではない。縦横無尽に観察しながら触れて、いじって、解析しまくっているのだ。

 そしてこの情報をついでに弟さまに送っておく。

 まだ魂の回廊を開いてくれてないが、暇になったらその時読んでくれたらいい。

 こうしておけば万一の際には情報の分散にもなる。万一など全く起こす気もないけど、予防するのは当たり前のことだとも思ってる。そもそもオレは、オレたちは、親からそういう躾をきちんと躾けられてるから、それが当然だった。


 流されながらどうすればいいのかコツも掴んできた。

 身体を少しだけ、くの字にしてみるのである。

 そうすると外からの流れには内側へ押し込まれ、内側からの水流には回流する流れになるのを発見したのだ。

 そしてオレは身体が小さいから、その回流する流れにも乗りやすい。反対側へ持ってこうとする流れは足とかにしか影響せず、おちんちんから上は回流に乗ってるので、回流の方が勝手に巻きこんでくれるのである。


 すると突然に艦橋が動いた。シャッターが開いて艦橋の中が見えるようになったのだ。これはありがたい。何より灯りがこぼれて明るくなったのが嬉しい。オレは感謝を込めてぐるぐる回る。

 女の人が笑ってるのが見えた。

 じゃあこれでお礼はお終い。


 オレは艦橋に近づく作業に戻る。

 粘水でも流れは流れだ。流れに乗れない時は無理矢理泳いで艦橋に向かおうとするが、真正面だと思い切り水流で押し戻される。やっぱり粘水の噴出口は艦橋の下にあるようだ。

 オレは明かりを頼りに実際はどんなものかと周りの様子も解析した。

 噴出口は上に四つ、下に四つ、それが艦橋の前後にあった。


 でもこれなら水流が噴出しない艦橋の横からなら、艦橋の前に回れるな。

 オレはそう思った。


 そう。前からだ。

 オレは前からにこだわっていた。

 一番槍が横から入ってどうするのだ、と言う話だ。

 なにしろそれだと横槍ではないか。

 それは矜持が許さぬ。オレは報復をしに来たのであって横からちょろっと痕跡反応を残すような姑息なことをしに来たのではない。そもそもそんな真似では痕跡反応とはならないだろう。それでは駄目だと思った。

 オレは真正面からぶちかまし、痕跡反応とするのだ。


 と思いつつ木の葉のように舞ながら、オレは艦橋の周りをぐるぐる回ってる。現実と思いとの差なんてこんなもんだ。でもくの字の態勢を取りながら、艦橋の周辺をぐるぐるとまわる周回軌道は段々と狭まってきていた。

 そして艦橋の真横に差しかかった瞬間ここだと思って、くの字を強めて艦橋へとオレは思い切りぶつかった。

 そして懸命に外装にへばりつく。

 おちんちんもちょっと痛いぞ。でも出来るだけ艦橋に身を寄せて一体化する。そうすることで水流をオレの後ろへと流して行くのだ。お腹周りに隙間をあけたら、そこから水流が流れこんでオレの身体など簡単に引き剥がされてしまう。


 だからオレは隙間を空けぬよう懸命にへばりついてるのだ。


 ヌメヌメとした粘水が固いんだか柔らかいんだかわからないような弾性をもってゴツンゴツンと当たって来ては、オレの身体を持っていこうとする。

 それでもオレは懸命に堪え、艦橋の脇にどうにかへばりついている。今はそういう状態だ。しかしオレの目指した場所はここではない。

 オレは艦橋の真正面に行きたいのだ。だから動く。


 おっと、その前に状況確認だ。


 辺りを見渡すと右手に明かりが見えた。つまりオレがへばりついたのは艦橋の右側だったのだ。この位置はあまりいい位置ではなかった。左側にへばりついてれば水流の流れで楽に移動できたが、この位置だと水流に逆らって艦橋の正面に行かなければならなくなるからだ。

 つるつるの金属が冷たい。粘水も冷たい。

 状態固定をかけてるから影響はないが、条件が悪いところにいつまでも留まるよりは早いとこ移動を始めた方がいい。

 とりあえず足をわさわさと動かしてみたら、足の指先が細い出っ張りを見つけた。


 手の内をばらすようなダブルでの力任せの移動はしたくないが、解析程度ならオーケーだろうと思い、オレは改めて艦橋外壁を分析してみた。

 なるほど。艦橋の構造上、一メートル毎にギザギザを付けて、ティリオーダウンに衝撃を受けても粘水が揺れを収斂し、揺れが小さく収まるようにしてあるのか。

 突起部分があればそれだけ揺れも早く収まるだろうし。


 これは大した知恵だ。


 でも出来るならもうちょっと大きく作ってくれれば良かったのに。

 これでは足場にならない。二センチメートルぐらいしか出っ張ってない。

 解析を分析すると、この縁は艦橋側面の真ん中辺りが二十センチメートルぐらいあり、それから艦橋側面の先に進むにつれてドンドン幅が狭くなってるようだ。

 そして最終的にはなくなると、そういうわけだ。


 ──これは駄目かな?


 このまま進んで仮に艦橋直前にたどりついても、掴む所がないのではどうしようもない。だがオレは窓周りを調べて、このまま行くことを決断する。


 ──内在系のダブルは解放しよう。どうせ泳ぐ時は使っていた。


(ダブル。全身強化)


 名前は適当だが、筋力も骨も腱も太くしてパワーアップした。

 弟さまみたいに大きくはなれないが、この程度のダブルならオレにも出来る。

 そしてオレは足の指で縁を掴むと、そこを基点にへばりついてた壁からわさわさと横向きに態勢を整えはじめた。

 その間もちろん足は縁を噛むように掴んでいる。お店でネリネリをやった時より更に力を入れて足場を噛んでいる。

 この縁が今、オレの生命線なのだ。

 そして横向きになると、手の指でも縁を掴む。それはもうがっちりだ。がっちり掴む。これでもう、ちょっとやそっとじゃオレを剥がすことは出来ないぞ。

 そのまま屈む姿勢へと移行する。そして小さくなってく縁を伝って、今度こそオレは前進を始めた。


 何ノットで流れてるのかもわからない粘水の中、オレはとうとう艦橋の窓枠の縁に手をかけた。窓の縁に出っ張りがあるのを解析で見つけたのだ。

 今度はここを基点にする。


 だが四つん這いでは行かぬ。

 こいつらの前に四つん這いで姿を現すのは業腹だ。オレは屈服した姿勢を見せに来たのではない。立って報復するために来たのだ。


 改めて足の親指で窓の縁を挟みこんで水流に対抗する。流されかけるも根性で耐える。その際根性と思った途端にダブルが発動したらしく、オレは足の指だけで歩いて見せることが出来た。

 そして艦橋の窓枠を足の指で挟み、離しては挟み、オレは粘水が猛り狂って流れるその中を、悠々と歩いて見せた。



 言葉をなくして艦橋が驚愕している。



 さて、何を話してるのやら。

 オレはダブルの解析を艦橋の全員に伸ばした。



「死んでないのはわかった。だがそれならば主砲はどうなってる。故障してたのか?」


「主砲が壊れてるそうです」

「なんだと」「バカな」


 艦長と副長が同時につぶやいていた。


「計九門、アミック隊と現地人へと撃った九門だけが壊れ、いえ、消えてるそうです」


 戦術長のジョルジオの報告に艦橋はしんと静まり返った。


 そんな声も聞こえてくる。

 結構今さらな情報がやっと届いてるんだなとオレは思った。


 オレは足の指で窓の縁を挟んで一歩ずつ進む。


「水流を子供に集中」


 ホースの指示でオレにドッと水流が集中した。指が縁から離れそうになる。

 というか離した。離すことにしたのだ。


 すると粘水に翻弄されてフラフラと今にも離れて飛んでいきそうなオレに、艦橋で見てたギャラリーが大喜びになった。


 指一本しか引っかかってないと思って、窓越しにその指を剥がそうと若い隊員が剥がしてポイする動作をしてる。それが周りに受けたので何度も何度も繰り返している。


 みんな大笑いだ。

 女の人は、やめてあげなよ、可哀相だよ、と言いつつ笑ってる。


 オレが指一本で懸命に耐えて、顔をぐぬぬとか、息が苦しそうな表情をすると、それだけでドッカンドッカン大受けする。


 足を伸ばして両足で縁を掴むような素振りを見せると、


「あとちょっとだ」「がんばれ小僧」


 なんて嗜虐の笑みを浮かべて、これまたオレを応援してる。


 それでもオレは水流に振り回される右足を懸命に伸ばしてがんばる姿を見せる。あとちょっとで縁に着きそうになると、水流がピンポイントでオレを狙い撃ちして、折角近づいた右足を闇の奥へと押し流す。


 それを指差してゲラゲラ笑うお兄さんが本当に楽しそうだ。


 それでもめげずにまたオレは挑戦する。ぷるぷると(ふる)えながら懸命に水流に抵抗するオレの右足を見て、手に汗握って応援してくれるお爺さんがいた。その期待に応えるように、親指と人差し指とでガシッと縁を挟み込んだ。これで両足だ。


 途端ワッと歓声が沸いた。


 すると水流がオレの上半身を物凄い勢いで襲って、押し流そうとした。お爺さんの合図だった。お爺さんが手をクイッとし、エー・トゥールで操作していた。

 オレはわっさわっさと平泳ぎをしてみるが、粘水の流れが抵抗するのでそれが精一杯。かいてもかいても前に進まない。なのでぶつかってくる粘水を流すようにしつつ、かく時はしっかりかく。もっと早く手でかく。かいてかいてかきまくる。


 そんな滑稽な姿に全員が心底愉快そうに笑った。指差してる人が、あれ見ろあれ、と囃し立てている。


 そしてオレはぺちりと窓に張り付いた。

 おちんちんがガラス窓に当たってつぶれてる。

 女の人がそれを見てまた大口を開けて笑っていた。

 といったところで宴もたけなわと言うことで──、


 それじゃあそろそろいいかな。


(粘水に状態固定)


 ピタリと水流が止まった。


 オレは縁を指で掴んだまま窓に立ち、腰に手を当て睥睨した。

 実際は大人のほうが背が高いので見上げてるんだけど。

 まあ気分だ。


(送還)


 一瞬で窓を消した。

 途端にブリッジクルーがザザッと後ろに下がる。さすがに窓が消えたのはわかったらしい。


 しんと静まり返って言葉を発する者はいない。

 その中に、艦橋の中に、ようやく辿り着いた報復の場に、オレはゆっくりと足を踏み入れた。


 誰かがゴクリと息を飲んだ。

 誰かが艦橋の窓がないのに目を奪われている。

 誰かがいつ粘水が流れこんで来るやらと気を揉んでいる。


 そして腰を落として警戒態勢を取る各々がたに、オレは声を張って布告した。


「討ち入りでござる」


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