第107話 訪問返し その二
新しく読んでくれてる方が最近多いので、本作の用語のおさらいも少々入れておきました。なので、その説明は既に知ってるという方はそのブロックを飛ばして読んで頂けると幸いです。
艦橋には警報が鳴り響いていた。艦に致命的な損傷を受けると鳴り響くように設定されてるので、戦時体制を解かない限りこの警報が止まることはない。
「艦首、陸戦隊突入時待機所から侵入者のようです」
「映像は映らないのか」
「相変わらず映しません」
副長の報告にホースは首をひねった。
そもそも侵入者が入った程度で警報が鳴ることがおかしいのだ。特に船首は惑星突入時に惑星を砕くための強度が施されている。モトール合金の中でも特に固くて重い比重で構成されている。
その艦首から警報が鳴るわけだから、警報によれば艦首になにか致命的な損傷を受けていると云う事になる。
侵入者と言うからには人には違いない。だが映像が映らなくなってから周辺監視は人力に頼らざるを得ず、それなりの人数を非番の者以外あてたはずなのだ。
だがその人海戦術の担当からも一切報告が入ってこない。
入って来たのは侵入者という一報だけ。
この数瞬で対処されたのか?
だがそれは無理だとホースは考える。
ティリオーダウンの全長は九百メートルある。その基点ごとに人が配置されてるのだ。それの対処を数瞬で終えるなど、攻撃型エー・トゥールを装備してても無理だ。
しかも星をも砕く構造の、ティリオーダウンの最も頑丈な場所から壊されてるというのだから、それはどんな惑星並みの力を持った侵入者だという話になる。
正直眉唾物だと判じざるを得ない。
そもそも今ティリオーダウンは東京地下基地の格納庫に停泊中なのである。恒星や重力場など破壊される謂われもない。
警報自体が誤報だという可能性も多分にある。
しかしホースがそう想いを巡らせた時、船首から船体前部にかけて、警鐘を鳴らす警報の数が増えた。かと思えば船体前部から船体中央部も警報が鳴り始める。つぎつぎと警報は場所を移すが、鳴り止んだ場所は一つもなかった。
「ほぼ一瞬だな」
ホースが副長のボブに話しかけるとボブが頷いて、戦術長のジョルジオに艦内の即応態勢の強化と報告を指示した。
「応答がありません」
「では故障を調べろ」
「わかりません。指示を伝えても一切の返事が来ません」
「返事も来ないのはどういうことだ」
「わかりません」
何だ。
一体何が起きている。
副長のボブが躊躇いがちにこちらへ口を開きかけ、そして閉じた。
常にはない行動だ。
「どうした。言え」
「はい。あの、私の予想に過ぎませんが…………」
と口ごもったので目で先を促す。
「この警報の鳴り方からして、真っ直ぐにこちらへ向かってきてるような…………」
「こちらへとはこの艦橋のことか?」
「はい」
「それも真っ直ぐにと?」
「はい」
「それが何を意味してるかわからないわけではなかろうな」
「はい。ティリオーダウンはこの宇宙で一番頑丈なモトール合金でできた構造材です。ですが、そうとしか考えられないのです」
そしてホースは報告を思い出す。
「ジェラルドとやってる親父の方がモトール合金を凹ませたとか言ってたな」
「はい」
「ジェラルドは?」
「連絡が取れません」
「映像も通信も通らず、今度は艦内の連絡も途絶か」
「は」
「手は打っておけ」
「対流速度を上げます」
即答した副長に対し、ホースはちいさく頷いた。
副長は緊張してたようだが、副長に対して戯れ言を申すなと怒る気はなかった。ちょうど同じ事をホースも感じていたのだ。
だがモトール合金の塊とも言えるこの船を、艦内構造をも無視して真っ直ぐに進めるなどとは想像だにしたことがなかったのも事実だ。
そもそもくるる人でさえ全戦力を傾けて、煌子力と魔気を誘爆させてしまうことでしかセプトの艦隊を撃退出来なかったのだ。
だから今や伝説ともなってるセプトの侵攻を撃退したくるるの逸話は、セプトの巷間で言われてるほどの圧勝ではないことを、くるるの血も引く自分は知っている。
だからこそ今の状況はおかしい。
ホースはこの艦に乗艦してから二十年の時を経ている。それだけの時を経て、初めて、ティリオーダウンの現状を把握出来ずにいた。
◇
「ほい、状態固定」
オレは艦橋を除く艦内全域に、ダブルで状態固定を施した。
その中で特に注意してた陸戦隊の動きは、やはりメアリー副隊長の読み通りで侵略機動兵器の出撃準備に取りかかってるところだった。
(真司くん)
(なぁに、真理ちゃん。そういえば真理ちゃんそこに残して来ちゃったけど大丈夫? 駄目だったら恵風に頼んでこっち来てもいいよ)
(それは大丈夫。メアリー副隊長が皆を休ませてるし、私のこともそれとなく気を遣ってくれてるから)
(そう。ならよかった。一応因縁あるからね、アミック達とは。メアリー副隊長がそうなら本当に良かった)
(うん、平気。それより用件なんだけど)
(ほい)
(状態固定の弱点に気づいてる? 真司くん)
(え? 状態固定に弱点なんてあるの?)
(アッチさんの魔法は寛司くんと私の中に入って来たの。口とか耳とか鼻とか、人間には内部へ通じる穴があるでしょ)
(うん)
お臀もおちんちんも穴あるけど。
真理ちゃんが触れないのでツッコミは止めといた。
(だから身体の表面だけを固める状態固定は、精神系の魔法に相性が悪いの。穴を通して身体の中に入って来ちゃうから)
(外側でなく内側から魔法にかかっちゃうわけか。そうか。それで弟さまは一度やられたのか)
(ごめん。伝えるのが遅くなっちゃって)
(今教えてもらったからいいよ。特に真理ちゃんは教えてくれる間もなかったでしょ。だから全然気にしないで)
(わかりました。私が言いたかったのはそれだけだから)
(おっけ~。教えてもらった以上、ホース艦長のマインドバーストにはやられないから安心して)
(はい)
真理ちゃんが頷いて連絡を切った。
真理ちゃんはギグズの話をちゃんと聞いてて、ティリオーダウンの艦長であるホースが精神系の魔法使いで、アッチの上位互換だと教えられて気にかけててくれたらしい。そしてそれを早く教えなきゃと思ってくれてたのだろう。
だがそのタイミングがなかった。
忙しかったからな。お互いに。
「まあ、魔法には決定的な弱点がある。出来損ないと言われたオレの精霊魔法の方が、こういう場では案外にも役に立つようになるとは、不思議なこともあるんだな」
だがオレのやることに変わりはない。
もうすでに独立フローティング機構の艦橋に至るための道は拓いた。
ティリオーダウンの中にある一切の邪魔な物を、一直線にダブルの送還で消してしまったのだ。ちまちま消すより一気に消してしまった方が楽だしね。それに気分もいい。
一番槍で一本道。
素晴らしい響きである。オレは気分良くその一本道を歩き出した。
新たな道の途中、乗組員の個室なんかもあって便所に入って用を足してたり、女の人が裸になってベッドに寝ていたり、交代制で動いてる様子がよく見て取れた。
これはこれで生活の息吹だ。
強襲型惑星制圧艦といえども外洋宇宙を航海するわけだから、そこらへんの生活環境は必須なのだろう。
中には家族の家の区画もあるようでプロレスしてる若いお父さんとお母さんがいて、その脇をオレはこんにちはーと挨拶しながら通過したりもした。
状態固定はしているけれど、動けないだけでみんな状況の把握は出来てるからね。ご挨拶はきちんとしないといけません。
それも主旨だし。
そして迷うことなく一本道の終点にまで邪魔のひとつもなく至ると、オレの眼前に艦橋を守る最大の障壁がその姿を現した。
「よっし、始めるか」
オレは東京大地下空間の秘密基地上層にいるノーラを意識して、技を唱えた。
「深度一」
途端に世界が青くなった。輝くような青い世界。
これは現実との位相がずれたせいで時の流れが遅くなり、現実の物に触れることが出来なくなる状態のことだ。
オレの深度一は恵風による精霊世界準拠の深度一で、もとは精霊世界準拠で位相のずれと呼んでたのだが、セプトも科学でこの位相のずれをある程度解析していて、オレたちの深度一と比べれば出来損ないだが、赤い位相のずれを開発し、そしてそれを深度一と呼称して結構自在に操っていた。
前述した通り、精霊世界では深度一のことを位相のずれと呼んでいるが、敵対したセプトにこちらの情報を流したくないため、あえて位相のずれでなくセプトの呼び名と同じ名称を使用して、こちらも深度一で統一してる。
そしてオレはその深度一を艦橋全体にかけた。
いつもならもうすぐあれがやって来る。
恵風の上司にして精霊世界からやって来た人物、ノーラ。
そのノーラが放つオレの深度一の上位互換の技、ブースト深度一。
これに邪魔されてオレは本当に苦労したのだ。いつも一緒の弟さまと別行動してまで対策し、いま弟さまにはこのブースト深度一への対応でつきっきりになってもらっている。
このブースト深度一にかかったらオレは位相のずれに弾き出されて全く入れなくなり、入ったら入ったで全く動けなくなるのだ。だから弟さまの新たなダブル、位相の拒絶で対処してもらってるのだ。
ただアミック隊と連立して、好戦派としのぎを削るようになってからは、しばらくは必要ないからと弟さまに断っていたのだが、弟さまは返事もしないで律儀にずっとかけ続けてくれて本当に助かっている。
そのブースト深度一がオレの深度一に反応して上空から降り注いできた。オレの深度一より更に青くキラキラしている。
そのブースト深度一が、オレのいる一角を狙って物凄い勢いで通過して行く。これはオレの深度一を引っぺがすために行われてるのだ。位相のずれに隠れて時の流れをいじって回避することを阻止してきてるのだ。だがそのおかげでオレの狙い通りに艦橋にかかってる深度一とオレの深度一とが共に問答無用で引き剥がされて行く。
これがオレの作戦だった。
上位互換のブースト深度一が下位互換のオレとセプトの深度一を根こそぎ剥ぎ取って行く効能を、そのまま利用させてもらったのだ。
ノーラは最初はオレたちを入れまいという足止めの方針でブースト深度一を展開していたが、それを弟さまの位相拒絶で攻略されてから、こちらが深度一を展開したら引き剥がして行くという方向に方針転換したのだ。
おかげでセプト側の艦橋を守る深度一を労せずして引き剥がすことが出来た。
これで時の流れの偏差攻撃とか、その手のイヤらしい手札をつぶせるわけだ。
それに艦の司令部も、深度一を展開したらすぐに上層からブースト深度一が来ることを把握したことだろう。
あわよくばノーラがオレの仲間に見えるかも知れない。
今まで散々苦労させられたのだから、こういう時は利用させてもらわないと、というのもある。
こうして深度一を三方痛み分けで封じたので、次はいよいよ艦橋を守る丸い球状の外壁と、その中に粘水の攻略だ。
粘水は惑星破壊時の突貫攻撃に際して、より艦橋を守り抜く安全設計の元に満たされたとギグズから聞いているが、さて、いよいよその粘水の中に入る時が来た。
オレは自分の身体だけを深度一に入れて球状の外壁に飛び込む。外壁は透過してわかったが厚みが一メートルほどもあった。かなり頑丈だ。その金属の外壁を透過して粘水に入ったわけだが、入った瞬間に思ったのは、思った以上に粘水が粘っこいということだった。
おまけに水流がかなりある。そしてオレが水流を感じると言うことは、位相をずらしたオレに併せて、向こうもすぐに深度一を張り直したと言うことになる。
(やばいじゃん)
上から来ると思った時には青いキラメキが今にも降り注がんと、中枢空間の贅沢な作りによる吹き抜け構造の天井から溢れ出ようとしていた。
もう少し試せる時間はあると踏んでたのだが、オレは慌てて粘水を蹴って外壁の外へと脱出した。
するとそこをブースト深度一が鮮やかな青みをキラキラとさせて通過して行く。
「危なかったなー。あれにやられたら深度一を引っぺがされて粘水に身ぐるみ翻弄されちゃうぞ」
ノーラはほんのちょっとの確認も許さないつもりらしい。
となると粘水に入ったら深度一で一気に突っ切るというのが一番簡単なのだが、それを出来るからといって選ぶわけにも今回ばかりはいかなかった。
そもそも今回強襲型惑星制圧艦に討ち入りをかけたのは、その主たる目的が痕跡反応のお返しである。仲間に問答無用で殺されかけたアミック隊の無念を届けに来たのである。
(えっと、真司くん、自分がやられっ放しだからご挨拶に行くんだったよね)
真理ちゃんからいきなり連絡して来た。通信機を渡してしまった以上、弟さま同様オレの意識は真理ちゃんにも駄々洩れらしい。
(あ、うん。あの時は建前を先に言ってみました)
(そう。わかりました)
(ごめんね)
(いいよ。セプト史上、誰もやったことがないってのを聞いて盛り上がっちゃったのも知ってるから)
(…………一番槍、がんばります)
(はい)
真理ちゃんからの通信が切れた。
通信機はこういう風に使えるんだなと改めて思った。うちの両親は幼稚園児にスマートホンを持たせてくれないので、連絡手段があるとこれだけ便利なのだなぁとオレは思った。
しかし、となるとだ──。
「あっさり風味で終わらせるわけにはいかないんだよね」
う~ん、仕方ないか。
オレはいそいそと服を脱ぎだして、脇に畳んだ。
トレーナー、シャツ、靴、ズボン、靴下、それからパンツ。
粘水の中に入ると服が濡れちゃうから脱いだわけだが、ここに置いておくわけにもいかない。なのでとりあえずオレは衣類を送還した。着る時はまたダブルで創造すればいいし、あの粘水の中には絶対ふるちんで入った方がいい。
粘っこいから右に左に服が引っ張られて、泳ぎにくくなることこの上なくなることは目に見えていた。
しかし人に会うのにふるちんか。まーふるちんでも別にいっか。親しい仲というわけでもないし。海パン作って送還するのも面倒臭いし、そもそも幼稚園児だし。おちんちんの一個や二個どうってことはない。
とにかく、一番槍である。
「泳ぎもまぁ、弟さまのスイミングスクールでの成果を追体験させてもらったし、どうにかなるだろう」
よしっ。
オレは自分の頬をぺしっと叩いて気合いを入れた。
「ダブル、送還。それから状態固定」
オレは球状の外壁に穴を開けた。それからオレが入れるスペース分だけの粘水も送還しちゃう。
見事に通常の空間が出来た。
「さて中に入ってと」
オレはぴょんとその中にとびこんだ。そして後ろを振り返り、ダブル、じょうた~い回復っと気合いを入れて球状の外壁を元に戻した。
途端に粘水がオレの周りをまろび入る。うねりが凄い。オレは状態固定を自分にかけて体調管理だけはしっかり対策する。
粘水は特に身体に害はないが、粘っこいのは面倒臭い。
でもおそらくこの粘っこさが艦橋をあらゆる衝撃から守っているのだろう。
それから苦しくなったら口腔に空気を創造してと、そこまで思ったところでうねりがどんどんオレの周囲で加速し始めていた。
流れるプールとはこういうものなんだろうか。
この夏はお母さんに是非連れてってもらおう。
(あれ? てか、ちょっと速くね?)
そう体感として変化をおぼえた時には、うねりが大きくなって、オレを翻弄する力も大きくなった。うねりに回転が伴ってどんどんその速度を増して行く。オレのダブルで一度止められてた粘水が、状態固定を解かれたことで周りの水流と合流を繰り返し、それが大きなうねりとなって今また本来の流れに一体化したのだろう。
そしてオレはその大きな水の流に翻弄され、流された。




