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第1章 幼稚園時代
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第106話 訪問返し その一

 オレは艦橋攻略のレクチャーをギグズから受けることになった。とは言っても簡単な話を聞いただけだ。

 オレはもういつでも動ける。

 だがメアリー副隊長が合流組の報告をギグズ以外のメンバーから受けているので、話しかけるわけにはいかなかった。なのでオレはギグズに言伝を頼んだ。


「オレが行ってる間に体調を整えててよって伝えてもらえる?」

「それは構わぬが、それだけで済むかどうか」


 そう言ってギグズが辺りを見渡し、盾があった場所へ視線を向けていた。そこにはもう何もない、ただの空間があるだけだった。


「なに? どうしたの」

「いや、主砲のエネルギー弾がそこで食い止められてた痕があるのでな。ちょっと感心してた」


 そんなのあるのかと目を凝らして見たら、確かにそこに境界線があった。オレたちがいる盾があった場所の内側は土肌そのままの色だが、煌子力のエネルギー弾がはじかれてたところは熱せられてガラス質のように変わっていた。


「よくわかったね」

「まあな」


 そしてそんな所に目が行くということは──、


「守りが不安なの?」

「多少ね」

「了解。風壁。状態固定」


 それからオレはギグズの返事も聞かずに真理ちゃんにお願いした。


「もし主砲以外の攻撃が来たら、ここの一角を削って飛んじゃってよ。塵風の応用で」

「え? え?」


(できる恵風?)

(任せとけ)


「わ、わかりました」


「頼んだよ。向こうが大騒ぎになるから多分大丈夫だろうと思うけど」

「おいおい」

 とギグズが呼び止めてる

「じゃあちょっと行ってくる。すぐ戻って来るから」


 それからオレは宙へと飛び出した。


「うわ」「ばかっ、醍醐っ」「何やってるのっ」


 ギグズと、他はグレンとハナダだろうか。

 どうやらあの兄妹もオレが飛び出したことに気づいたようだ。

 でも慌ててるようだけど、やることは簡単なことだ。

 塵風によってえぐりとられた荷揚げ場跡地から、同じく塵風によって削り取られたティリオーダウンの剥き出しの部屋へと飛び移るだけのこと。

 大したことではない。


「足が痛いだろうがーーっ」「どうすんのよ着地ーーーっ」


 二人しておんなじ事を言っている。グレンとハナダ、さすが兄妹だ。

 しかし何をそんなにオレの気が触れたとばかりに喚き立てるのかと思ったので、アミックの基礎知識を解析してみたら、魔法使いは動く前に呪文を唱えとくのが基礎の基礎のようだった。

 なるほど。だから喚いたわけか。


 でもオレは忙しい。せっかく飛び出したんだ。周囲の観測もしておきたいし、出来れば音も立てずに忍者の真似をしてみたかったのだが、一生懸命諫めてくれてるグレンとハナダの二人を見て、どうやら隠密行動はもう無理なようだと悟った。


 だからせめて観測だけはキッチリしておく。


 オレの足下には真っ暗な空間がぽっかりとあった。地下五階の床までは三百メートルといったところだろうか。そもそも全高六百メートルある強襲型惑星制圧艦を楽々格納しておける格納庫なんだから、広くて当然、深くて当然だ。


「生身でやることじゃないだろうがーーー」「魔法使えーーーー。早くーーーー」


 オレは身体をひねってグレンとハナダの方を向く。そして安心してもらうためにやることを言っておく。


「痛くな~~~~い~~~~お(まじな)い~~~~っ」


「何だそれーーーーっ」「バカなのーーーーっ」「「落ちるーーーーっ」」


 グレンとハナダにはしっかり聞こえようだ。その元気な反応、躁鬱が治ったようで何よりだよグレン。でもこれがオレの魔法だとは信じてくれないみたいね。


(だって呪文に聞こえないよ、真司くん)

(でもダブル遣う時もこんな感じだからなぁ、オレ)


 実際、別にグレンとハナダが驚くほどのこともしていなかった。距離にして五十メートルぐらいの超至近距離なのだ。しかも水平移動ではなく斜めに下降していけばいいのだから、精霊魔法を使うまでもない。そもそもオレには靴に装備したエー・トゥールがある。このエー・トゥールで韋駄天を軽く発動すれば着地の衝撃など相殺してしまうことなんだよね。

 だからぴょんと跳び上がって真理ちゃんが塵風で破壊した跡地に着地すればお終い。


(真司くん。念のためにエー・トゥールは見せない方がいいよ。逃げる時に機動性があるとばれちゃう方が後々苦労することになるかも)


 そうか。その可能性はあるな。

 着地と同時に速度を上げて走り出したら当然エー・トゥールではないかと疑われる。手札を切るにはまだ早い。


(わかった真理ちゃん。じゃあいつものアレにする)

(わかりました。気をつけて)


 そしてオレは宙を飛びながら、また身体をひねって観測を再開した。

 アミック隊は着地地点を気にしてるようだが、オレはむしろ闇の底の方が気になっていた。

 今回は通過するだけだが、実はオレは闇は結構大好きだ。明るい所で眠るより、真っ暗闇で眠るほうが好きだからだ。精霊魔法じゃ光が癒しを司るみたいだけど、人間からすれば闇こそが休息を司る場所だ。


「明るい部屋でなんか眠りたくないもんなぁ」


 そして着地前に最後の観測をする。

 深い闇だ。落ちたら死ぬという意味では、とびっきりの闇なのかも知れない。

 死ぬ気はないんだけれど。

 アミックはどうしていることやら。


 ヒューヒューと風が(うろ)のような闇の底からから吹き抜けてくる。煌子力の主砲で格納庫の床も熱せられたのだろう。熱は高い所から低い所へ流れる。それが今回は床が熱せられたせいで上昇気流となっているのだろう。

 今ならこの風にも乗れそうだ。

 それはそれできっと楽しいだろう。


 だがオレの目的は違う。

 安全地帯にいると思ってる頭でっかちに、きっちり討ち入りして訪問返しをすることにある。

 実は砲門と訪問を掛けた掛詞だ。げふんげふん。


 ティリオーダウン艦長のホースに、ようこそ地球に訪問してくれてと、これまでこちらがされて来たことを、あちらにも味わってもらうのが今回の趣旨だ。

 しかしオレには砲門がないからこの返礼に関してはどうするかだな。


 やっぱダブルだよな。


 と思ったところで、塵風によって削り取られたティリオーダウンの剥き出しの部屋上空へと辿り着いたので、一瞬だけ深度一を発動した。

 時の流れが遅くなり、いつもの空中散歩で空気を蹴って無事着地する。

 そして同時に深度一を解く。

 これならどうかなと上空を警戒したが、オレの深度一すら消し飛ばす、本家本元の精霊世界のブースト深度一は降り注いでこなかった。


 一瞬なら大丈夫なようだな。


 すると崖からグレンとハナダの素っ頓狂な声がこだまして来た。


「あ、あれ?」「いつの間にか着地成功してる」


 オレは左手を床に添えながら、そのグレンとハナダに右手で手を振った。

 ついでにのそのそと様子を見に来た連立相手の皆さんにも手を振る。


「じゃあちょっと行ってくるね。すぐ戻って来るから英気を養っておくように。オホン」


「醍醐くん調子乗りすぎ」


 真理ちゃんに怒られてしまった。

 なので真理ちゃんにも手を振って、さっさと討ち入りを敢行することにした。

 そもそも討ち入りをするためにティリオーダウンの艦橋にオレは向かうのだ。心配してくれたグレンとハナダには申し訳ないが、それが何でもない、ただの移動空間を渡るためだけに、いちいち時間など掛けていられないというのが本音だった。


 オレはきっちりホースに痕跡反応を刻み込む。


 そうした方が今後のためになると信じて、討ち入りを決めたのだ。オレたちを逃がすためにアミック隊が犠牲になることも許せない。

 だから弟さまと合流することをわざわざ後回しにして向かってるのだ。


 ムクッと心が動いた。


 ホース艦長。

 強襲型惑星制圧艦ティリオーダウンを任された艦長。

 その容貌がどんな物なのかもオレは知らない。ギグズは教えてくれてたが、先祖にくるる人の血が入ってるということに気を取られて思わず聞き流してしまっていた。


 オレの目の前には道がない。半壊した部屋のドアは開くかもしれないが、ブロック毎隔離された気配もある。

 配下をオレの元に向かわせてるのだろうか。片方ではその仲間にも後ろから牙を剥いておいて、手駒だけを動かすのだろうか。

 有能なのかも知れないが、党が一緒で派閥が違う者を平気で殺してくるような奴だ。うちの爺ちゃんは都議会議員だけど違う派閥の人を殺したなんて話は聞かない。それどころかよその党の人とも話して議会運営に心を配っている。


 だから思う。

 ホ-スは爺ちゃんより小者だ。使える力は地球上で対抗出来る人などいないぐらいに大きいだろうが、そういう大きさはない男だ。


 真理ちゃんには調子に乗らないと窘められたが、本当に調子に乗ってるのは、実はホースだとオレは思っている。


 分析結果も得た。

 オレは閉ざされたブロックを一直線に突っ切るために、ティリオーダウンの壁にダブルの送還をかけた。


「あああ」「壁が消えた」「あれだって合金製だろ?」「そのはずだ」「あれが風魔法…………」


 グレンとハナダの元に集まって来た、メアリー副隊長への報告を終えたアミック隊の合流組が口々に何かを言っている。


「じゃあね~」


 オレは努めて明るく振る舞った。痕跡反応を刻まれた仲間のために。



 ◇



 そのセプトの先輩達を背に、グレンとハナダは名残を惜しむようにぼそりとつぶやいた。


「行っちまったね」「行っちゃったね」


 その声は(くら)い穴からわき上がっては熱風と寒風が互いに擦り合わせる重苦しい音に混ざり、虚の中に溶け込んで行った。

 グレンとハナダは醍醐の消えた先を覗きこむようにして、今にも崩れそうな塵風の削り痕へと身を乗り出している。その地肌が剥き出しの足場から先には、(くら)い虚無だけが在り、意識しなければそのまま吸い込まれていきそうな幽々たる陶酔があった。


 グレンとハナダは思わず動けなくなった。


「もうよしなさい」

「副隊長」

「彼がそうならないように剽げてたでしょ。自分から痕跡反応に落ち込んでどうするの」

「そんなつもりは」「はい。すみません」


 グレンは認めようとしなかったが、ハナダは素直に頭を下げた。

 ハナダが兄の手を取って皆のいるかつての盾の内側、避難場所に戻った。


「副隊長、あいつ、大丈夫ですかね」

「隣の部屋に遊びに行くような感覚だったよね」


 ハナダもグレンに同調した。やはりまだ気になってるようだとメアリーは思った。


「彼は姿こそ幼いけどちょっとした大物よ。そういう大きさが、彼が言ったりやったりしてることの中にちらっちらっと見えるのよね」


 ティリオーダウンの偉容は見えるが、ティリオーダウンに辿り着くためには大きな隔たりがある。そしてこれはセプトの問題であった。


「醍醐は、ここを飛び越えて行ったんだよな」

「そうね」

「副隊長の言ったこと、今ならよくわかります」


 そう、とメアリー軽く言った。それが彼の意に沿うことだから。


「とにかく、我々は休みましょう。せっかく彼が時間を稼いでくれると言ったのです」


「「はい」」


 虚の狭間で、在所を見つけたような落ち着いた返事がしっとりと風にまぎれた。


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