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ダブル  作者: 茶の字
第1章 幼稚園時代
104/182

第104話 主砲発射 その三

昨日はお待たせしました。無事一回目の身内の手術を終えることが出来ました。活動報告の方にも書きましたが、今回は昨日の分も含めて一気に読んでいただこうと頑張ったので、読み応えがあります。堪能して頂けたら幸いです。

 ダブルで作った盾に隠れていたマークが、こちらに撤収しつつ叫んだ。


「来た来た来たーーーーっ」


 その意味はすぐにわかった。

 強襲型惑星制圧艦ティリオーダウンの砲門が更に開いてる。合計七門の主砲だ。

 煌子力が溜め込まれてる前兆がこちらにもわかる。時折七色の光彩が主砲から飛び散るのだ。その圧がドンドン高まっている。


「不思議だ」

「何が」

「やばいとは思っても、まずいとは思わない」


 心が敏感で鈍感にもなってるグレンが普段の生活のように平坦につぶやくと、フランス人のマークは鬼の形相でオレの後ろに避難してきた。


「こんなに速く来るとは思いませんでした。検証したんでしょうか」

 必死に走るマークをよそに、メアリー副隊長がオレの半歩後ろの隣でそんな事をつぶやいた。おそらく聞かせてくれてるのだろう。


「第二射が来るぞっ」


 マークが横をすり抜けながら叫んだ。

 でもマークさん、それはあなたのその慌て振りを見れば誰でもわかるよ。

 すると不思議なことに何故かブースト深度一も同じタイミングで来た。オレは深度一を展開しようとも思ってなかったから、なぜ攻撃されたのかがわからない。だがそのノーラからの攻撃は今回も四方に分かたれた。弟さまのおかげである。どうやらまた助かったようだ。弟さまの位相拒絶が効いている。


 オレは平々凡々と風壁を展開する。状態固定すらかけてない。自分たちの身体だけにかけとけば万が一にも対処できる目処が立ったからなのだが、メアリー副隊長の検証うんぬんの(くだり)がとても気にかかった。

 だがメアリー副隊長は落ち着いて、独り言を聞かせ続けてくれている。


「魔気と接触しても爆発をしない。風など蹴散らすはずの煌子力を、風だけで封殺してるというこの事実」

「連立相手としては物足りない?」

「いえ。恐ろしささえ感じてますよ」

「全然怖がってないじゃん」

「連立相手ですから」

「それはどうも。どうもどうも」


 オレはメアリー副隊長の独り言にも似たサービスを思い返していた。そしておそらくメアリー副隊長の言う通り、ティリオーダウンのお偉いさん達は今の主砲を止めたオレのことは、検証どころか頭の片隅に入れておくことさえしていないと思う。

 怠慢だと詰ってるのではない。

 それどころか主砲を発射した事態そのものを忘れてしまってるだろうとさえ思う。


 理由はオレがダブルを遣ったところを目撃してしまったから。


 超臨界水の手がティリオーダウン上層部に入ったとオレは考えていた。

 根拠としてはアミックがアミック隊の面々にダブルを伝えようとして伝えられなかったことがある。

 超臨界水はアミックにも手を出している。アミックは自分の隊にオレのダブルのことを伝えられなかった。能力も、そしてオレの本名もである。

 実験の成果が目の前に形となってようやく現れたのだ。

 そして当の超臨界水はティリオーダウンにも手を入れたが、メアリー副隊長達にはまだ手を入れてないのも確定した。だがそれも時間の問題だと思った。

 おそらくこの一連の事態が収束した後には、セプトの人間で、オレたちのダブルのことを覚えてる人間はいないと思う。下手をしたら真理ちゃんの精霊魔法に関しても忘れさせられてるかもしれない。

 現状オレたちのことを認識してるメアリー副隊長とグレンとハナダ、それからマークとワルテールが忘れてないのは連立として並び立ってるからだと思う。

 その先のことは例え連立してても保証はないとも思う。

 だからこれから先のことはもういい。ティリオーダウンに話を戻そう。


 というわけで、ティリオーダウンの上層部は、ここ数分の出来事は忘れてしまった上に、今はなぜか分厚い盾があると知って混乱してることと思う。それも自分の船と同じ外装の素材にも見えるだろうから、抵抗の姿勢を見せたことと併せて相当怒り心頭なのではないだろうか。


 そしてやはりと言うべきか、砲門に再び火が入った。しかもマークの言う通り、起動した砲門の数が増えている。


 七門か。


 やっぱり怒ってるようだった。

 怒られる筋合いもないのだが、ストーカーが上手くいかないからってエスカレートしてくのは何なんだろうね。とても理性のある生命体の行動とは思えない。


(真司くん)

(はい何、真理ちゃん)

(状態固定もかけてね)

(状態固定も?)

(超臨界水のことばかり頭にあったからだろうけど、真司くんが状態固定をかけないと地殻が抜かれて東京消滅しちゃうからね)

(あ。了解。すぐやる、ダブル。状態固定)


 これで地下五階の壁を抜かれることはない。そういえばオレが風壁とダブルで完封したために、主砲の余波が対流して地下五階の壁面が溶けたり消えたり大変なことになってたのを忘れてた。

 自分だけを守ればいい話ではなかったのだ。

 あぶねーあぶねー。風が吹いたら桶屋が儲かる。桶屋が儲かりゃ湯屋が儲かる。どんなもんだいおちんちん。

 ってぇこったな。

 意味は知らない。連鎖するってことだけは知ってる。

 いずれにせよ気づかせてくれて──。


(どうもありがとう)

(どいたしまして)



「黙られると、ちょっと恐いんだけど」

 グレンがまたすぐ後ろからぼやいた。真理ちゃんが真後ろ、メアリー副隊長が右後ろにいるからグレンが来たのは左側だ。

 真理ちゃんとメアリー副隊長がどんな顔をしてるのかは知らない。ただ快くは思っていないだろう。


 それでもオレは集中していた。また新たに煌子力の主砲が発射された感触がある。放っておけば地球を破壊できるほどの主砲、それが強襲惑星制圧艦ティリオーダウンの基本性能だ。

 封殺されてる状態で、魔気との混合を恐れてじき撃つのを止めると考えていたメアリー副隊長の予想はやはり外れたようだ。

 そしてオレも外れたようだ。

 開いた主砲の門数が増えているということは、前回の攻撃の結果を踏まえてオレが対処できないよう手数を増やしてみた、と云う事になる。

 それでもいずれ超臨界水に記憶を消されるのは間違いないと確信してるのだが、何かタイミングがあるのだろうか。あるのだろうな。

 それがなければもう少し早くから対処してほしいもんだ。出し惜しみなどせずに。


 しかしまさか、ティリオーダウンの上層部がここまで脳筋だとは思いもしなかった。

 いや、自分の我は何が何でも通したいというだけか?

 これまでセプトほどの科学文明を持ってたら負けることなんて無かったろうし。無かったからこの地球まで辿り着けてるわけだろうし。


「おい、聞いてるのか」


 肩を揺すられた。


「もしかしてオレに話かけてるのか」

「そうだよ」

「気になるなら盾の影から覗いてみろよ」


 主砲が押し込まれてる光景。唖然とする。


「お前おかしいぞ」

 なんて事をいきなり言われた。


「おかしいのはお前だ。生き死にの局面でぺらぺら話して、オレは恐いなんていう軍人さん初めて見たぞ」


 いや、軍人さん自体初めて見たんだけど。


「なっ。恐くなんかないぞ」

「黙ってたら死んじゃう病か」

「そう、それだ」

「グレン、お前、素のオレがこんな形で出会わなければ真っ先に友達にしたいぐらいの逸材だ」

「俺って逸材か」

「そうだ。いっそのことセプトから移民申請しちゃえよ」

「そんなにか」

「たぶんお前達がオレにそうしたいように、お偉いさんはお前にセプトのことやお前のことを根掘り葉掘り聞くだろうがな」

「うげ」

「でもって人体実験して、グレンが何言おうが聞く耳持たずに勝手にお前を思い通りにする」

「最低だな地球」


「バカ。それをこの子達に我々がしてたと言ってるんだ。批難されたんだよ、我々は」

 見かねたメアリー副隊長がグレンを引っ張って後ろに下げた。

 グレンがこてんと転がってる。

 オレはメアリー副隊長は見ずに、小声で話しかけた。


「それよりわかってる? 彼、躁鬱をくり返してるよ。多分だけど」


 煌子力が唸りを上げてるなか聞こえるかどうか不安だったが、彼女には聞こえたようだ。メアリー副隊長が小さく頷いて、下がって待つことも出来ないようです、と返事を返してくる。


「いや、現状確認だけでは困るんだけど」

「大丈夫です。手を打ちます」


 言ってメアリー副隊長がグレンに振り返っていた。そしていきなり窘めていた。


「彼が崩れたら我々は死にます。防いでるのはティリオーダウンの主砲なのです。桁違いの威力なんです。忘れないように」

「申し訳ありません」

「戻りなさい」

「は」


 すると真理ちゃんからいきなり連絡が入った。

(真司くん。グレンさんの状態固定を解いて)


 真理ちゃんに言われてオレは慌ててグレンの状態固定を解いた。チラと振り返ると、戻るグレンの背中にメアリー副隊長が手を当てていた。彼女の薬指には指輪がはまっている。

 そしてグレンは妹のハナダの胸にドサリと(くずお)れた。


「エー・トゥールです。麻痺させました」

「助かります」


 それだけ答えてオレはその後ずっと前を見た。


(どうもー)

 真理ちゃんにお礼を言うと、背中をポンと押されて返事が返ってきた。


 一門でも地球を破壊できる主砲。

 その主砲が七門も開いて、オレたち目掛けて集中攻撃をしてるのだ。しかも今回は継戦目的でずらしたりせず、単純に合力して主砲の威力そのものを高めている。


「あの」

「はい」

「耐えきれるの?」

「今のところ綻びはないです。魔力もまだまだ余裕があります」

「そうですか」


 そう言ってメアリー副隊長は口を噤んだ。

 やがて、発射可能な時間である最大一分の時間が過ぎ、主砲から煌子力の破壊光線は飛んでこなくなった。


 結果、七門による主砲攻撃でも、オレは風壁だけで真理ちゃんと連立相手を守りきったわけだ。

 ティリオーダウンが完全に主砲の発射する動きを止めたので、こちらも見解を伺うが、あちらも今の事象の分析に入るのだろうか。

 どのぐらいの猶予があるのかはわからない。だがこちらも状態固定と風壁を解き、ひと息入れる。特にグレンには休息が必要だ。

 味方から主砲による攻撃を受けたのだ。フレンドリーファイアなどという生易しい物ではない。明白な切り捨て行為だ。

 帰属する所から帰って来るなと実力行使をされたのだから、思うところは多々あるだろう。それによって心が押し潰れそうになってると言って、責めるつもりもない。

 むしろセプト人に人間らしい側面を見せてくれたグレンという人物に、好印象を持ってしまったぐらいだ。

 そのうえアミック隊と意思の疎通と共通認識を構築できた。これはオレたちにとっても良い点になったと思う。


 ふう。


 オレはひと仕事を終えた遂行感にひたりながら、ダブルの状態固定を解いた。するとその矢先に、煌子力が思わぬほど物凄い意勢いで吹き荒れてしまった。七色の光彩が余波となってバチバチと弾けては消えて行く。


「おっと、やべぇ。深度一」


 急いで位相をずらして事なきを得る。だが同時にまたブースト深度一が降り注いできた。しかしそれも毎度のごとく弟さまの位相の拒絶で四方に散って行く。


「まだかけててくれたんだな。だが助かった」


 弟さまは用意周到、初志貫徹だ。

 弟さまと分かれた時のようにこの階を埋め尽くしてたブースト深度一はもうない。それどころか塵風とティリオーダウンの主砲とで、すっかり更地の空間となってしまい、あの時とはもう条件が違うのだ。だからオレの方からも「位相の拒絶はもういいぞ」と魂の回廊で言い残して置いたのだが、弟さまはそれでも位相の拒絶をかけ続けてくれている。

 おかげで不意のブースト深度一にも困ることなく、ことごとくを跳ね返してもらっている。オレと真理ちゃんにとっては大変ありがたい話だった。おかげでオレは気分次第、いや、必要時に必要なだけダブルを遣えている。


(まだ繋がらないよね)

 真理ちゃんから不意に尋ねられた。本当は弟さまが返事しないよねと言いたいのだろう。なので頷いておく。

(うん──。

 そして間違いなく弟さまも忙しい。とりあえずまた状態回復と状態固定をかけとく)


 オレはお返しとばかりに上の階層にいる弟さまにダブルを贈った。


「さて」

 とオレはメアリー副隊長と共に現状確認と今後について話し合う。

 安定した守りが機能してる場所で話し合うのは当然だ。場所を移すにも場所がないというのもあるが、塵風でえぐられたこの地形は、実は地味に守りに適している。

 陸戦隊が仮に突撃して来ようにも、平らな足場が周りにないから崖を走破してくる必要がある。迎撃は迎え撃つどころか一方的な射的ゲームなるだろう。


「まずは状況確認しましょう。ここがどれぐらい持つのか知らないと」

「わかりました」


 オレは真理ちゃんと一緒に周囲を見渡す。


 辺りは恵風に憑かれた真理ちゃんによって、塵風で卵形にえぐられて土が剥き出しになっている。荷揚げ場の影も形も最早ないが、それはティリオーダウンからの主砲攻撃によって更に酷い惨状になっていた。

 オレがダブルを最初にかけなかったせいで、壁面がどろどろに溶けて固まっている。ちょっとでも遅れていたら、初撃で地殻を抜かれて地球は三日月みたいになってしまったことだろう。溶けた程度で済んでるのが(おん)の字だった。と誤用も含めて使うのがオレなので悪しからず。

 そして深度一を解いてしまうと、雨のように降り注いでいたブースト深度一も見計らったようになくなってしまった。また束の間の平穏が戻って来た。

 しかし平穏なのはいいが、遠慮ない攻撃のおかげで地下五階はセプトの文明の痕跡を頭上と足下に残すだけで、文明の証ともいえる光源さえ失われて、すっかり暗くなってしまった。ブースト深度一の青いキラメキは本当に周囲を明るくするので、それが収まったことも余計にそう感じさせるのかもしれない。


「暗いから灯りをつけたら(まと)になると思います?」

「軍務に就く者としては玄人とは思わないでしょうね」


 やはりそうか。付けても付けなくてもセプトの科学力なら同じ事だと思ったのだが、そう単純な話でもないらしい。

 しかし地肌が剥き出しとなった地下五階の施設跡地では、光源が全くないのだ。時折ポチャリと水の滴る音がする。音がするだけでその場所を見定めることも叶わない。もはや跡地と言うより廃墟の方があたってると思うが、折角作った物をこうも簡単に放棄するのか──。

 オレにとっては物作りはとても神聖な物だった。

 一分計だろうが和菓子だろうが、叡智を結集して組み上げた物だ。対してセプトのビルドアンドスクラップぶりはどうだ。


 無惨だった。



 そしてオレはティリオーダウンに鋭い眼を送った。


「しかし何であいつらこうも主砲を間断なく撃ち続けるんだろう」

「それは…………」


 とメアリー副隊長が言い淀んだ。


「はっきり言って上げて下さい」


 何故か真理ちゃんが許可を出した。なのでオレは謹んで拝聴する。


「あなたが壊さないと思ってるからですよ」


「オレが、壊さない?」


「エー・トゥールは壊しても命は獲らない。それがこれまでの醍醐くん」

「まぁ降りかかる火の粉を払ってただけですから」

「宇宙船を壊したら乗ってる人が多いから、ティリオーダウン搭乗員の大勢が死ぬ。そうした地球の考えであなたは動いている。だから壊しても大丈夫なところまでしか壊さない。そう分析されてるんです」

「そうだったのか」

「その分析が私たちにも回ってきています。あなたたちと共に殺すはずだった私たちに、です」

「それは……」

「それは一緒に殺すつもりだったから流したのか、こうして合流するのを見越して、またサンプルを取るために流したのか。そこは私もまだよくわからないですが」

「アミック隊のエー・トゥールは全部借り物でしたよね」


「そうなの?」

 珍しく真理ちゃんが横から尋ねた。


「オレと父とで壊したから」

「うん、何例かは見てる」


「そして借り物のエー・トゥールということは、貸した陸戦隊の都合が良いように操作されてる可能性もあるってことだよね。メアリー副隊長」

「はい。そうですね」

「しかしオレを知るためにそこまでやるかな」

「やりますよ。風魔法がここまですごいことさえ我々は知らなかった。今頃向こうでも焦っているでしょうね。しかも味方殺しまで試みたのですから」


 メアリー副隊長の眼がキラリと光った。


 その一瞬の間隙に、

「ちょっといいか。言わせてくれ」

 と向こうから声がかかった。マークが声をかけて来たのだ。

「その、すまなかった。サバットで攻撃を仕掛けて」

「いいですよ。ここで人類同士で揉めたら阿呆ですからね。このタイミングで謝ってくる卑劣さも感じるけどね」

「それも、済まん……。だが謝るタイミングを逃したくなかった」

「私からも謝ろう。まさか本当に我々を処理するためにセプトの施設に呼び出されていたとは全く考えていなかった。そして知らないままに殺されていただろう」


 ワルテールも頭を下げた。

 そしてマークとワルテールも周囲を見渡した。


「本当に抑え切ったのだな。強襲制圧艦の主砲だぞ。それが幾門も開いてたのに」

「我々は敵なのに」


 とマークが続くと、メアリー副隊長が首を振った。


「連立相手です」

「あ、はい。すみません」


 オレは主砲を見据える。

「あそこが主砲か」


 最初の二門は開閉口が閉まらず、今なお風壁で完全に抑え切られている。


「あれも一応動いていたのなら、合計九門で撃ってきてたのか」

「ゾッとするね」

 とハナダが言った。

「どういうこと?」

 とオレが問うと、メアリー副隊長が教えてくれた。

「あの主砲一門の攻撃でも、星は原型を失い、公転軌道から外れて暑くなったり寒くなったりし、ハビタブルゾーンから外れて生命体は絶滅するんです」

「げ」

「急激な環境変化についてけないからそうなるんだけど、地球は無事。私も初めて見たわ。ティリオーダウンの主砲が完封されるところを」

「それも七門。しかも下手したら九門」

 ハナダが指折り数えて、ありえないと首を振った。


「それをオレが攻撃できないと、セプトは分析してるんですね」

「言いにくいですが、そうです」

「ならメアリー副隊長がそう言うんだからそうなんでしょう。なら誤解は早い内に解いておかないといけないですね」


「え? え?」

 ハナダが慌てふためくその前で、オレは右手の人差し指を一本立てて、ひょいとその指を振った。


「風刃」


 オレが指を振ったその先で、九門の主砲が塵となって消えていった。格納スペースにあろうが意味はない。風刃は全てを切り刻む。

 オレが一番最初に当時のケーフから喰らった技だ。あの時は手加減されてたとは言え、普通に精素がある状況で放てば、これぐらいは簡単に出来る。

 オレは精霊魔法を舐めてない。

 セプトのように簡単に攻撃の刃を向けていい相手だとは、全く思っていないのだ。よくもまぁ自信満々に攻撃するものだとむしろ感心する。

 オレに出来ないことを平気でやる。

 そこに痺れぬ、憧れぬ~。ということで──。


「とりあえず、あちらの誤解も解けただろうし、こちらの安全も確保できた。出来たのかな? 他の攻撃手段もあったよな。普通に艦載砲とか」


 だがそれに対するメアリー副隊長からの返事はなかった。

 メアリー副隊長は、言葉を発しかけて、息を吸ったそのままの姿勢でティリオーダウンの主砲に目を向けながら固まっていた。



 ◇



「ね、ね、ノーラ」

「何」

「あの悪ガキの防いでる機械の魔法、あれがどんなものかちょっとゲートを繋いでみてよ」

「ええっ? あそこと」

「そうそう」

「あそこ、ケーフも出て来ないで遣り過ごしてるんだよ」

「おっ。となるとあの機械の魔法を止めれば私はケーフより格上という証明になるのね」

「別にならないわよ。悪ガキにやらせて弱体化を図ってるのかも知れないし」

「あのケーフが~? ないない。だってケーフだも~ん」

「あのさぁ、キューロは一体どうしたいの?」

「そりゃーさ、ケーフを助けたい」

「あんたの助けたいは、自分の都合の良い形で助けたいってしか聞こえてこないんだよね」

「いや、だって助けるのは確定事項じゃん。だったら出来るだけ恩を着せてさ」

「ほら。助けたいの下に下心があるじゃない」

「もーいいから繋いでよー、ゲートをさー、ねーねー」


 あまりに煩いのでノーラはゲートを繋げた。

 途端に吹き荒れる煌子力の残滓に、キューロが一瞬で風壁を張る。


「やばい。やばいじゃないこれ。死んじゃうよノーラも私も」

「あーもう。だから言ったじゃない。ケーフが動いてないんだよって」

「わかった。わかったからどうにかして」

「もう」


 ノーラは自分の周りにゲートを張り巡らせて、異界渡りの空間にポイッとした。


「あ、あんた」


 キューロは目を剥いて驚いた。


「何よ」

「いや。あんたあの悪ガキよりも強いかもね」

「そ~う? あの悪ガキは後ろにいる人質を庇ってるからね。より悪いことをするために」

「え? それって……」

「こんだけ手間暇かけて恩を着せてるんだもん。どんな悪いことをあの人達に求めるのやら」

「うっわー、ワルだねー、悪ガキだねー」

「だからさっきから言ってるでしょ」

「でもさ、ノーラはあの悪ガキや私とは何と言うか、人生経験が違ったわ」


 そこには珍しく尊崇の念があった。

 あの機械の魔法をポイッと捨てるだけで解決したのだ。年季が違った。



 ◇



「マジかよ。主砲が消えたぞ」


 どうやらグレンが気がついたらしい。それともメアリー副隊長が麻痺を解いたのかな。エー・トゥールならそこらへんは自在に出来そうだ。

 まさか固まってしまった際に思わず解除したわけではあるまい。


 つと、メアリー副隊長を見やるとスッと目を避けられた。


「お前か、やったのは」

 グレンが目を輝かせて聞くので、

「オレは一貫して降りかかる火の粉を振り払ってるだけだよ」

 と答えておいた。


 今は大事な作戦会議中なのだ。

 だが躁鬱をくり返すグレンを無碍にも出来ない。そのグレンがオレの何気ない言葉に心を動かしている。


「主砲を、煌子力の破壊光線を前にして火の粉……」


 そのまま固まられても困るので申し添えておく。


「払っても払っても振りかけてくるからな、本当に困る」

「いや。その気持わかるぞ」

「そうか。グレン、お兄さんは案外いい人なんだな」


 危なっかしい様子だったが、心が平常に戻りそうなら何よりだ。


「あー醍醐くんの言ってることと多分違うよ。兄はセプトのお偉い様の気持ちがわかると言ったんだよ」

「え?」

「醍醐くんは強力すぎる。それを手に入れて組み込みたいってなるんだよ。だいたい外宇宙を航行する宇宙船の外殻を無造作に切り崩せるって、人外の魔法使いもいい所だよ。セプトの魔法使いでそんな事が出来る人はいない。

 ていうか、この世にそんな魔法使いいないんじゃない?」


 オレは遺憾だったので、ハナダにもよく見えるよう盾を消し、主砲じゃなくて目の前にもっと広がってる消失した船体を指差した。


「そんなの、もうすでに見た光景だろう?」


 主砲の比ではない、ざっくりとえぐり取られた剥き出しの外殻が、惨劇のあった姿を今なおそのままに晒していた。

 それからオレが真理ちゃんを指差すと、全員が真理ちゃんからザザザッと距離を置いた。

 どうやらわかってくれたらしい。

 代わりに真理ちゃんの肩が小刻みに(ふる)えていた。


「そういえば外装どころか中の部屋まで剥き出しになってるよね」

「そういやそうだった。あれ、楽々と遊びながらやってたもんな」

「私も忘れない。隕石の中を飛び回ってたもんね」


 隕石と言うんだろうか、アレを。


「それから醍醐くんが言ってたダブルってやつも」


 きちんと聞き取ってたらしい。だがちょうどいい。今しか出来ない超臨界水対策だ。

 オレはアミック隊の面々に訊いた。


「オレの能力について、アミック隊長から聞いた?」


 メアリー副隊長も含めて、ここにいるアミック隊の全員が首を振った。

 と言うことはアミック隊がダブルのことは知らされてないことになる。


「そう言えばアミック隊長、途中でつっかえてたよね。何を言おうとしたんだろうと思ってたんだけど」


 そのハナダの言に、メアリー副隊長とグレンも頷いた。


「そうか。そういうことか」

「はい?」

「ごめん。ちょっと考えさせて」

「どうぞ」


 メアリー副隊長の許可ももらったので存分に思索に沈んだ。何かあったら呼ばれるだろうし、そこは安心だ。


 そしてオレはようやく超臨界水の狙いが見えてきた気がした。

 アミックがオレと連立を組んだ後、どこで隊員に連立のことを告げようとしたのかはわからないが、そのアミックがいよいよ言おうとしたその瞬間、オレの名前やダブルに関する事だけは記憶から消したようだ。


 そのことは間違いない。


 だがここにいるアミック隊の面々は、知らされなかったダブルのことを知った。その眼前でオレが今主砲から守る際に防御で遣ったからだ。そしてこのダブルの盾のことを覚えている。

 この事実から考えられることは、アミックが隊員達全員に通信をつなげた時、アミック隊の中にもダブルのことを知られてはいけない存在がいたと言うことだ。

 それはおそらくアッチのことだと思う。

 アッチからティリオーダウンの乗組員に洩れることを超臨界水は嫌ったのだ。もしアッチに話が通り、そこから本隊へと連絡でもされたら、ダブルのことは公になったも同然となり、最早秘密でもなんでもなくなってしまう。

 そしてそれを超臨界水はさせなかった、わけである、か…………。


 何が考えられるだろう。


 とりあえずオレも真理ちゃんも、超臨界水に教育された可能性がある。この先アミック隊と連立を組んでいても、ずっと一緒にいるわけではない。必ずどこかで分かれるのは確定だ。だが連立を組んだ実績はオレたちには記憶として残るはずだ。

 でなければアミックの記憶を消したことをオレたちに知らせる意味がない。アミックは連立は覚えていたが、オレに関する情報は丸ごと抜かれてるようだった。


 何だろう。


 せっかく組んだ連立相手の記憶をいじくるなど、オレからすれば敵対行為以外の何物でもないのだが、超臨界水はオレの敵のようでいて、まるで、オレが起こす失敗を未然に防いでいるかのような、そんな気もするのだ。だがそれだと記憶を消すという超臨界水の能力に疑義が生じる。


 記憶を消すだけで、絶対的な窮地を救えるだろうか。

 それに何故、そういう判断が出来るのかということもある。


 それから考えると、触れずにいたアミックの質問も、ここに来て意味を持ってきたように思う。真理ちゃん救出時に、アミックはファウと言っていた。

 それをオレに知っているかと尋ねた。

 アミックは何か重要な存在を知っていて、それをオレに確かめたかった節がある。

 もっともあの時はまだアミックとは敵対してたし、オレはまともな返答を返さなかったが、摺り合わせたらほぼ間違いなくオレの記憶は消されるだろうという直感もあった。超臨界水はこれまでも開示していい部分までしか残してくれてないのだ。

 その微妙な琴線に触れてくるというのは感覚でわかった。


 ふーむ。


 これらはアミック隊と接触したことでここまでわかったことだ。

 連立を組まねばわからなかったことだ、と思う。


 となると超臨界水はオレたちとアミック隊を接触させたかった?

 残留艦隊には蚊帳の外にいさせて?

 アミックの敗退はきっちり敗退させて組織的に追い込み、陸戦隊には帰れなくなるほどの破壊をオレにさせずにいた?


 真理ちゃんの左手を犠牲にしてでも?

 アミック隊のことをよく知ろうと努めさせるために?

 おっ。ちょっとぶん殴りたくなってきたぞ。


(そこまで真司くん。あとは寛司くんと合流した後でしよう。その方がいい)

(わかった)


 真理ちゃんが言うならやめておこう。

 それはこの話をアミック隊に振るなと言うことでもあるのだから。


 真理ちゃんは先を読む。今のオレよりよっぽど冷静に。



 それから頭を切り換えてオレはティリオーダウンに目をやった。

 黒い船体がとんでもない質量を感じさせる。

 この黒い涙が落ちて泣いた星はあるのだろうか。あるのだろうな。そう言った手口をやり慣れてる感があった。

 でもそんなティリオーダウンも無惨な外装を修理し終えるまでは、下手に動かすことは出来ないだろう。


「ティリオーダウンですか」

「ええ。これの修理がどれぐらいかかるのかな、と」

「しばらくは無理でしょうね。ティリオーダウンがこの格納庫を発進することは出来ないと思います。外宇宙にこの状態で出ることは地球人に隙を見せることになりますから」


 隙という言葉には、ただやられることだけでなく、情報を与えてしまうことも含まれてるだろうな。今のままでは外殻の厚さや中の様子まで丸見えだ。


「それを見せるわけにはいかないというのは、朗報だね。地球が破壊される確率が減るんだから」


 そのために組んだ連立でもある。

 この連立は、真理ちゃんに我慢してもらってまで組んだ連立なのだ。真理ちゃんが自分で消化してしまったから、オレはまだ謝ってさえいないけど…………。

 それが機能してくれたのなら、間違いだったとは言わずに済む。

 実際相当な情報をオレたちは得ている。アミック隊がいなかったら収集できなかった情報ばかりだ。


「メアリー副隊長、あなたには素直に感謝しますよ」


 だがメアリー副隊長はそんなオレに首を振って、遙かな崖の方を見上げた。


「結果的に集結したアミック隊を守ってくれたんです。こちらこそ感謝します」


 メアリー副隊長が頭を下げた。

 これには参った。

 この人は地球の文化ではなく、日本の文化を学んでこの星に営業をかけて来ている。でなければお辞儀など、セプトの人間ならば絶対にしないだろう。

 だってあいつら、いっつも自信満々なんだもん。


 そしてメアリー副隊長が見上げた崖から、こちらからも人影がはっきりと見えるようになった。

 崖にいるのにこちらに向かって手を振っている。するとガガッとノイズが走って、メアリー副隊長が指輪のエー・トゥールに手を添えた。

 耳に当てて何かを確かめている。


「無事で良かったですね」


 オレがそう労うとメアリー副隊長がニコリとした。


「色々と思う所はあるでしょうが、そこは穏便にして頂けたらと」

「もちろんです。それが連立ですから。

 隊員の人達にもメアリー副隊長の方から説明して上げて下さい。アミックは多分、彼らにも何も話してないのだろうから」

「そうね。私も聞いてなかったし」


 するとメアリー副隊長がエー・トゥールを音声機能をオンにしてくれたようだ。


「そうか。醍醐が守ってくれたのか」

「主砲が撃たれたのに無事だからおかしいとは皆で話してたんだ」


 メアリー副隊長のエー・トゥールから聞いた覚えのある声がした。そして──。


 オレは超臨界水のあからさまな情報操作に、いつからアミック隊のエー・トゥールは通信関係が整ったのだろうと疑問に思った。

 ほどなくしてアミック隊の面々が塵風の跡地に合流した。知ってる顔ばかりだ。


「よう」「ごきげんよう」


 ギグズとバルーンはそう言って手を挙げたが、その顔色は悪かった。

 それでオレも気になって暗がりの中凝視してみると、折角集まりはしたものの、他の面々も疲れの色が色濃く滲み出ており、中にはガタガタ震えている者までもいた。


二回目の手術は九日になります。その際にはまたご迷惑をおかけしますが、その間喜んでもらえるよう精進しますので、よろしくお願いします。

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