シナリオⅣ 3 後章 第6話〈前編〉
シナリオⅣ 3.16〈私が変わったときに変わり、私が頷いたときに頷くような友は必要ない。そんなものは、私の影がずっとうまくやる〉
I don’t need a friend who changes when I change and who nods when I nod; my shadow does that much better
草創歴0449年9月(9/16)〈前編〉
…日が傾こうとしていた。
首都「ルードマージュ(狼の傷)」は西を海峡と山地に、東をカルスト地帯に、黒狼山脈や蛇領山脈、鎖状にブリュイヤール(霧)山地やガルラバン山地に囲まれ、円形競技場のようなかたちをしている。
レイアーン公王国の居城、スルスブロー宮殿はその中央に座し、かつての王の狩猟場(スルスブローの森)跡を見下ろすように発展してきた。
宮殿の内装や庭は、マニエリスム様式を導入し「レイ・アン風」に解釈しなおしたものである。
これは彫刻、金工、絵画、漆喰装飾、木工を組み合わせ、屋外庭園には図案化した花壇のパルテアなどを取り入れたものである。
スルスブロー様式では寓意的な絵が漆喰のモールドに使われている。
アラベスクやグロテスクも取り入れられ、縁取りはまるで皮か紙であるかのように、切り口が巻き上がった形に仕上げられていた。
そんな回廊に雪崩れ込む、渦巻く黒雲。それは狂気に彩られた黒き鳥類の群れ。
悍ましき気配を先頭に、内部への侵入を果たした「永劫種の従属者達」。
その数10人。
影の内側から這い出す。
老若男女様々の風体ではあるが、いずれも衰弱しきった白蝋のごとき肌色に、燃え滾る血色の双眸を闇に浮かび上がらせていた。
見た目とは裏腹に、凄まじい脚力で床のみならず、壁までも縦横無尽に駆け巡る。
その標的はただ一つ。
病床に耽っているレイアーン公王国の「公王」、ソヴァール・ハウ・レイアーンの身柄か。
瘴気に当てられたのか、公王の呼吸が激しく乱れた…。
公王の寝所に奇声が轟き、その毒牙が突き刺さる。
突き刺さったかに見えたが、寸前で白光が迸り、マイクロコスモス(小宇宙)の縮図が拡がった。
「コントラエレクトローデ=アルス(対極陣)」
大神官位階の聖刻術式究極奥義。
正なる気の流れと、負なる気の流れの正常なるマイクロコスモス(小宇宙)の具現化。
この円環の中では、不浄なる力は朽ちるが道理。
半径200メートルにも及ぶ結界から逃れる術なく囚われ、永劫種の従属者達は硬直していた…。
指先一つ動かす事もままならず、徐々に全身が白炭化しつつある。
それは即ち、自然の摂理に反した生き物である証拠か。
「朽ち果てよ…汚れし者共よ。」
燦然と現れし、麻のマントに身を包む少年は、さも当然の如く断罪する。
その眉間より立ち昇るのは瑠璃色の光。
するや、柱の陰から躍り出る妖精族の剣士。
金の粉舞う軌跡を残し、霊刃「光神」が閃光となって宙空に閃く。
それはまさに光の刃…。
この「半幽体金属鋼」に蓄積された「光の陽子」が、人ならざる者を打ち砕く。即ち、それを振るうエメヲラ・ヴィ・ドゥの技量によるところも多い。
10体の砂柱は瞬時にして砕け散った…。
『…ここまで強力な結界をたった一人で…小僧、何者だ?』
流石と言うべきか。
マイクロコスモス(小宇宙)の渦中にありながら、黒き鳥類の群れは半ば朽ちながらも、一箇所に集まりて蠢いている。
だが、肆(四)大総統の一人、マスター・エイヴィスは動揺を隠せずにいた。
いや、その内側に寄生せし「ヴィンター・パトリオティス」が、と言うべきであろう。
その狂気に歪んだ血色の瞳が、敵対者の正体を見極めんと欲する。
『お前は…誰だ?』
「ヴァンジャンス(王立洗礼騎士団)」に於いて、ユルティムソルダ(極致兵)6名による「対 永劫種封印術式」(プルガシヲン)に匹敵、もしくはそれを上回る結界。
これをただ1人で成し遂げるとは、脅威以外の何者でも無い。
だが、見極めんと欲していたのは、ソウマ・ヴァストック・キアも同様であった。
帝国軍第肆(四)階位、第肆(四)帝国総軍総統。肆(四)大総統の一人、マスター・エイヴィスの正体を見極めんとする瞳に「原始回帰」が宿った。
…少し刻を遡る。
ガチャトーレ・クリシュナ・ラ・ウル率いる「クリシュナ派」の介入によって、戦場の流れはレイアーン公王国側に傾いた。
だが、統制を敷く立場にある「ラミナ=プロクルサトール(剣聖)」マリティネーテ・ディギトゥスメディウスは、ハイランダー(貴戦士)K・アルザードキングの猛攻を受け、戦場中央に足止めされていた。
それ程にKの斬撃に隙は無い。
マリティネーテの「宝ナル槍」を以ってしても、7つの「剣の英霊」(スピリトゥース)の連撃を防ぐのに精一杯であった。
とは言え、騎乗の騎士と歩兵。
距離さえ開ければ、引き離すのは容易であろう。
「逃がすと思うかっ!」
英霊を活性化するKの「アタラクシア(英霊同調化魔道)回路」が臨界点を越え、7つの「剣の英霊」(スピリトゥース)が高速で飛来し、二人の戦場を包み込む。
細剣キープセイク。
朱剣カリエンテ・フェゴ。
魔刀ウルフズベイン。
覇剣モルゲンレーテ。
小剣ディナイアル。
銀剣ルクス。
壊刀メティオール・ヴェーチェル。
それはまるで、空間から削り取られた、逃れる場所無き決闘場の様相であった。
外側からも同様、二人は忽然と姿を消したように見えた。
呆気に取られて見ていたハル・ロン・タオだったが、九死に一生を得て、陣形隊列を整える。
「よしっ、今こそ一気に決着をつける時。僕に続けっ!」
ガルラバン山地まで追い詰めれば、第肆(四)帝国総軍は総崩れとなろう。
ハルの号令に勢いを得て、勝利の旗(ヴィクトワール=ドラポォウ)の士気は再び燃え上がった。
公子の右翼が攻勢に転じる。
一方、異空間に隔離されし決闘場にて、傍目には騎乗の騎士の有利さは揺るがぬように見えた。
「卿…とは言え、この状況はそなたにとって不都合では無いか?」
ましてや、Kの手元に握られているのは自らの聖剣「イスマイール」のみ。
強みとも言える7つの「剣の英霊」(スピリトゥース)が失われている…。
「剣聖ともあろう者が、私を見くびるか?この剣の領域が如何なるものか、その身で味わうがいいっ!!」
ハイランダー(貴戦士)の儀式剣技。
胸前で聖剣「イスマイール」を構え、刃の先を地に差し示し、地平を切るK。
するや空間を成す壁から、マリティネーテの死角を狙いて、魔刀ウルフズベインが襲いかかった。
「…これはっ!?」
寸前のところでマリティネーテは手綱を返したものの、騎馬の頸髄が貫かれ昏倒し、思いもせず、地面に投げ出されていた。
「クッ…!?」
「これこそが剣の領域の真髄。如何なる場所からも、我が七つの剣があなたを狙っていると思われよ!!」
体勢を立て直しつつ、マリティネーテは聖剣「クルクスメーンス(十字の心臓)」を構える。
肋骨が幾つか折れたようだが、不退転こそが「宝槍家」の遺伝子に刻まれた力の源。
ましてや、彼は私を討つまで許すことは無いだろう。
同じハイランダー(貴戦士)だからこそ分かる。
それは立場が逆であれば、己れもそうしたであろうと。
故に、この決闘場から生きて出られる者は1人だけだった。
「…覚悟が出来たようだな?ならば、始めよう。我らがハイランダー(貴戦士)の名誉を護る為の決闘を。」
「私は、ラミナ=プロクルサトール(剣聖)として負けるわけにはいかない!」
互いの立場ゆえに半目し、互いの聖剣が交わり火花を上げる。
ガキィィィ…ン!!
誰が見ることも無き決闘場にて、二人の闘いは人知れず終焉の刻へと向かいつつあった…。
その頃には既に、第肆(四)帝国総軍の陣形は崩壊し、一部は撤退を余儀無くされていた。
これを口実に踵を返し、「宝剣家」のサスティン・インデックスは離脱し、陣形指揮に取って返すも、取り残されたカンタルテ・ミセリコルディアは憮然とした。
元より、素性を明かした時点で、サスティン・インデックスを信頼する者など「鉄鎖騎士団」には誰1人もいない。
奴は教皇会の間者である。
それを逆手に取ったのであろうが、この窮地に独断専行とは恐れ入る。戦況を鑑みて脱出する気なのだろう…。
「…だから男など信用出来ぬのだ。」
とは言え、自らも女を捨てた身。
「さあ、どちらから来る?二人同時でも私は構わぬぞ?」
右手に「公国王位騎兵団」を率いる閣僚ケイスケ・ソリッドシメール。
左手には「クリシュナ派」に属するアター・ラ・ラセン。
彼の手には罪剣「フェアラート・クリンゲ」が携えられている。
彼女は、その少年とは一度、相対した記憶があった。
死人を操る血統か…。
だが、私と戦うには相性が悪かろう。
我が大鎌は生命を奪うばかりか、真なる死を与える「フラウロズの大鎌」。
それは仮初めの命を与えられた死人にあっては効果覿面となる。
「残念ですが、俺は同じ轍は踏みませんよ。」
アター・ラ・ラセンは言い放つや、冥府の穴「韻律の梯子」(スーカーラ)を通じて、無念の鎖に縛られし者を召喚する。
瘴気が噴き出し、その現し身として凝縮してゆく。
現れたと共に、「七隠者の印」の禍紋が発動し、捕縛光鎖結界(タルタルクス系)がカンタルテの騎乗する騎馬を捕獲し、容易に引き裂いた。
グシャ…ッッッツ!!
それは「銀の種族」(アエテルニタス)の首都ベネヴォランスで非業の死を遂げたガープ・ヒュー。
今、アター・ラ・ラセンによって蘇りて、その手駒となった。
「照日月主」の禍紋を有し、拘束魔道に秀でるガープ・ヒューなれば、剣を交える必要も無く、カンタルテの死精の刃に妨げられる可能性も低い。
「…さあ、決着をつけましょう。」
その光鎖は次の標的をカンタルテに見定めた。
「この私がやすやすと捕まると思うてか?その前に、私の大鎌が貴様の心臓を貫くであろう。」
足を失ったものの、対峙距離にして5メートル。
十分に初撃で一命を奪えよう。
ましてや、相手は騎士では無い。
カンタルテは刹那に距離を詰める。
光鎖をすり抜け、大鎌の軌跡と渾然一体と化す。
閃く「フラウロズの大鎌」。
バキンィィィ…ィィィン。
衝撃音が戦場に響き渡り、ケイスケ・ソリッドシメールは目を見張った。
魔道障壁を無効化する術式が織り込まれた罪剣「フェアラート・クリンゲ」ではあったが、その効果を最大限に活用しているとは言え、見事に初撃を受け止めたアターの姿がそこにあった。
「あの大鎌を受け切るとは…見事だ。我がヴァンジャンス(王立洗礼騎士団)に欲しい逸材だな。」
アターとて、あれから無為に過ごした訳では無い。
その罪剣「フェアラート・クリンゲ」を自在に使いこなせるよう、縁深きダン・ラーフアングリフに剣技の手解きを懇願したのだ。
それは、再びカンタルテや強敵と相対した時、もう諦める事をしないと誓った意思表明でもあった。
…そう、友に誓ったのだ。
それにつけても、ダンさんの特訓は手加減無しで、身体中が毎日、痣だらけである。
普段はクールなのに、そういう時だけは熱くなる。
我知らず頬を赤らめるアターであった…。
そんな事を回想するのも、初撃を防いだ時点で、勝敗が決したからに他ならない。
既にカンタルテ・ミセリコルディアの四肢は光鎖によって束縛され、身動きを封じられていた。
ガープ・ヒューの捕縛光鎖結界(タルタルクス系)である。
もはや大鎌も地に落ちた。
「…どうした、私を討て。」
「命を奪うつもりはありません。死人使いの俺が言うのはおかしいかも知れませんが、命は儚いからこそ、尊いのだと思うのです。」
それがアターが出した結論であった。
カンタルテが率いていた遊撃部隊は蜘蛛の子を散らすように逃げ去り、戦場の中腹はもはや閑散となりつつある。
「どうやら、この戦は我が方の勝利となりそうだな…。」
カンタルテ・ミセリコルディアの捕縛を王位騎士に命じ、ケイスケ・ソリッドシメールは独り言ちるのであった…。




