シナリオⅣ 3 後章 第6話〈後編〉
シナリオⅣ 3.16〈私が変わったときに変わり、私が頷いたときに頷くような友は必要ない。そんなものは、私の影がずっとうまくやる〉
I don’t need a friend who changes when I change and who nods when I nod; my shadow does that much better
草創歴0449年9月(9/16)〈後編〉
…日も傾き始めている。
誰もがそう思った瞬間、西の山地側よりメデューズ海峡を越え、その軍勢が粉塵を上げて現れた。
開戦の警笛が鳴り響く…。
それはキルクルス・ウルブス(円座の都市)を発った十二使の一つ、「カエルム・キルクルス(天宝輪)」の軍勢であった。
帝国と教皇会が同盟を結んだ情報はまことであったのか?
その軍勢600騎。
構成員は白き重甲冑のエクスオルキスタ(魔祓士)である。
華美な白輪の紋様が刻まれ、絶大な「トレランティア(忍耐)」の高位術式が陽炎のように全身から発散されている。
統一された武具は騎槍。
これを率いるは、騎乗にて真紅の闘衣に身を包む「サン・アガスティア」であった。
かつて「クリシュナ派」に属し、突如に失踪した「赤蛇の破壊者」が何の因果でか、戦場にて相対する。
戦場の中腹を挟んで睨み合うは、ケイスケ・ソリッドシメール率いる「公国王位騎兵団」残存兵力400騎兵に満たない。
追撃戦に突入した「勝利の旗(ヴィクトワール=ドラポォウ)」の帰参は期待出来まい。
「むう。このタイミングを狙っていたと言うのか…。」
鉄鎖騎士団を捨て石にしてまでの陽動とは非道この上無い。
だが、それこそがサン・アガスティアと轡を並べ立つ者の魂胆であるとも知れた…。
それは「次期帝位継承者」たるヤーマンターカ・エクナスに他ならない。
その漆黒の甲冑姿がサン・アガスティアと並び立ち、動揺がクリシュナ派の戦士に広がってゆく。
「ヤマさん…。」
だが、アターを含めて、既にその事実はガチャトーレ・クリシュナ・ラ・ウルの口から聞き及んでいるし、覚悟も出来ていた。
もとい、魂魄の方のガチャトーレではあるが…。
『…ヤマさんを元に戻す方法を、北極の学問の塔 (コネサンストゥール)の力を借りて究明している最中です。彼は必ず戻って来ます。私は信じています。』と。
ならば、今は眼前の脅威を払拭するべき刻だ。
ケイスケ・ソリッドシメールは急ぎ、後方首都「ルードマージュ(狼の傷)」に待機する王位騎士に、陣営後続の指示を飛ばす。
だが、これも間に合いそうもない。
密集陣形「ファランクス」にて突撃をかける「カエルム・キルクルス(天宝輪)」。まさしく弾丸のごとき。
陣形を転じる猶予も無く、後続合流の為の後退の糸間も与えぬ、電撃的な襲撃が始まった。
「…魚鱗のまま陣形を維持。我らに後は無い。初戦を耐えれば勝機はあるぞっ!!」
ケイスケ・ソリッドシメールが号令を打つ。
騎手の失われた騎馬を与えられ、アターがその傍らにつく。
「それにしても、この戦にクリシュナ派が加勢すると直前に聞いてはいたが、まさに一騎当千とはこの事だな。どうだ?我らが公王宮に就職してみる気はないか?」
「…有難いのですが、俺はクリシュナ派でもそんなに強い方じゃないです。俺達の中で一番強いのは、きっとヤマさんです。そんな気がします。」
どうやら、彼の言う「クリシュナ派」のヤマさんこと、ヤーマンターカ・ハヒキと、初代帝位ラシュア・エクナスの血を引きし「次期帝位継承者」たるヤーマンターカ・エクナスは、まことに同一人物のようだ。噂は本当か…。
なればこそ彼等の動揺も知れる。
「ふむ。信頼しているようだが、今や帝国の中枢人物であろう?手を合わせるとなれば、私は手加減せぬぞ?」
「大丈夫です。ヤマさんは少しぐらいの傷じゃ死にませんから。」
その信頼感はどうなのだろう?
ともあれ、何か事情があるのは勘ぐられる。
だが、一難去ってまた一難。
…陣形は押され始めていた。
「私が前線に出る。続け!」
ケイスケ・ソリッドシメールが怒涛の勢いで騎馬を疾走させた。
戦力比で言えば劣勢になるのも止む得ないが、所詮は教皇会お抱えのエクスオルキスタ(魔祓士)集団。
戦慣れせぬそのような者共を相手に、「公国王位騎兵団」が遅れを取るなどあってはならぬ事であった。
「何を手間取っている!?一気に押し返せっ!」
だが、陣頭指揮に加わって理解した。
「カエルム・キルクルス(天宝輪)」のエクスオルキスタ(魔祓士)は、異質な執念に取り憑かれたかの如く個が失われ、一心不乱に突撃してくる。
ケイスケ・ソリッドシメールもまた、攻め寄る軍勢に「魔胱剣」を用いて一刀両断に切り捨てる。
ザシュッッ!!
しかし、自我を失ったそれは、苦痛の表情を浮かべるどころか、血に染まった手足が千切れようとも、騎槍を振るう事をやめようとはしない。
「何だ、こいつらはっ!?正気が無いのかっ?」
赤い蛇に支配された者達…。
「赤き蛇の王」(オウロボス)たるサン・アガスティアによる「デースペーラーティオー(恐慌支配)」。
自我を奪い、意のままに従う兵奴と化していた…。
「下がって下さい。俺が止めます!」
アター・ラ・ラセンは駆け付けるや、再度、銀の種族 (アエテルニタス)たるガープ・ヒューを呼び覚ます。
発動する「照日月主」の禍紋。
ゴゴゴゴゴ…ゴゴゴ…ゴゴゴッ!!
光の鎖が縦横無尽にエクスオルキスタ(魔祓士)達の陣形に突き刺さる。
捕縛光鎖結界(タルタルクス系)が、サン・アガスティアの為す「デースペーラーティオー(恐慌支配)」を中和しようと輝きを増す…。
だが次の瞬間、全ての光鎖が順に断ち切られ、その効力を失った。
「!?」
何かが飛来し断ち切ったものの、それが何かは判別不能であり、もしくは目に見えぬ何かであったのか?
ともあれ、それを含めてもアターは驚愕した。
「そ、そんなっ…どうして、君がっ!?」
エクスオルキスタ(魔祓士)の先頭に立つ騎乗の者。
それはかつて、友として誓い合った「リュー・シュレンメイ」の姿であった…。
その姿は煌びやかな和装の衣を身に纏い、およそ戦場に似つかわしくない高貴さを漂わせている。
「リュー君、どうして?」
「…今の私は、御神座を補佐する左近の橘以外の何者でも無い。」
リュー・シュレンメイは、まるで人が変わったかのごとく冷徹な表情で告げた。
彼もまた操られているのか?
「アター・ラ・ラセンよ、その場を動くな。貴様の周囲は私の霊糸が取り囲んでいる。少しでも動けば、目に見えぬ我が霊糸が貴様を切り刻むことになる。」
「…なんだって!?」
「私も貴様を殺したくは無いのだ。貴様を殺せば、私の中で眠っている弟が悲しむからな…。」
守護沙門、第一位たる「左近の橘」こそが、今のリュー・シュレンメイである。
恐るべきことに、リュー・シュレンメイは二つの人格を持っていた。
俗に言う、二重人格と呼ばれるものだ。
だが、互いに兄、弟と認識し合う2人は、魂を同居させている可能性も否定できない。
現に、リュー・シュレンメイには死に別れた兄が確かに居たのだから…。
そして、「左近の橘」が使う奥義こそが、霊符を組み込まれ、霊子によって編まれた糸を用いた戦術。
言わば一本一本が極小の「奥の院」(エウブレウス)であり、霊符術を内包するそれは、いかなる障壁さえも断ち、物理的に「金剛石」と同質の硬度を有する。
それがリューの指先から放たれ、自由自在に空間を駆け巡り、ガープ・ヒューの光鎖を見事に絶つ妙技であった…。
「…そうか。だからと言って、この俺が戦う前に敗北を認めると?それは違う…それを教えてくれたのは君だよ、リュー君?」
「貴様の知っているリュー・シュレンメイと…私は別人だよ。」
目に見えぬも空間がざわつく。
確かに霊糸とやらに囲まれているようだ。
緊張感漂う中、罪剣「フェアラート・クリンゲ」を右上段、火の構えに保持するアター。
ケイスケ・ソリッドシメールも加勢に転じられるよう、状況を見守りつつ、王位騎士の統制を行なっていた。
「だが…死なせるには惜しい若者達だ。」
感ずるところがあるのか、ケイスケは思いを馳せる。
そもそも、「左近の橘」とは…懐かしい名を聞いた。
となれば、「戸隠の郷」(レクスサクリフィクルス)の次期、御神座がヤーマンターカ・エクナスと言うわけか…。
ややこしい話しになってきたものだな。
まあ、いざとなればこの老骨一つの命を代償に、彼等を救う気概くらいはある。
戦場はもはや、混戦となりつつあった…。
陣形は双方ともに形を成しておらず、消耗戦に雪崩込もうとしている。
もっとも、カエルム・キルクルス(天宝輪)の指揮を取るサン・アガスティアに至っては、それで不都合はあるまい。
人の生き死に興味は無さげであった。
だがこの時、加勢の雄叫びを上げ、騎馬の一群が北側外洋方面から戦場に到達した。
カエルム・キルクルス(天宝輪)の側面を突く形の、絶好のタイミングである。
騎兵数300。
この戦場で外洋に兵を配置出来るのは、クリシュナ派の人工島「アルキストラテゴス」のみ。
その騎兵を率いるのは、因果な経緯の果て、クリシュナ派に加わる事となった「タッキーノ・アルジェントムニツィオーネ」であった。
「北極の学問の塔」(コネサンストゥール)を守護する元 魔法戦士である。
「援軍かっ!?」
それはまさしく起死回生の快進撃と言えた。
クリシュナ派の本隊はこの時の為の伏兵として配されており、「銀の種族」(アエテルニタス)のユウラーレ・ル・ドゥスや、羅刹のナユタ・ゴブジョウもここに加わっている。
だが、タッキーノ・アルジェントムニツィオーネが目指すのは、今や立場が逆転したサン・アガスティアの元だった。
何故、こうなってしまったのか?
「目を覚ませっ、サン!!本当のお前は何処にいるんだ!?」
「…馴れ馴れしいぞ、小童めが。」
サン・アガスティアの眉間の「蛇の印」(エリクトニオス)が激しく明滅する。
紅蓮の鱗気が、タッキーノの帯剣マンドグロワール(栄光の手)を弾いた。
ガキィィィ…ン!!
以前とは比べ物にならない重厚な鱗気が、強靭な壁となって立ち塞がっている。
そして、彼はもはやタッキーノを認識さえしていない…。
それは「赤き蛇の王」(オウロボス)そのものであった。
刹那、レイアーン公王国の居城、スルスブロー宮殿を中心とし、「コントラエレクトローデ=アルス(対極陣)」が立ち上がった。
マイクロコスモス(小宇宙)の縮図が拡がり、白光が迸る円環の内側に彼等も閉じ込められていた。
「…ぐあああぁぁぁ…何だ…この光わあぁぁあ!?!?」
途端にサン・アガスティアが苦鳴を上げる。
「おいっ!!しっかりしろ、サン!俺だ、タッキーノだ!分かるかっ!?」
額の「蛇の印」(エリクトニオス)が燃えるように痛い。
居ても立ってもおられず、騎馬から転がり落ちる。
だが、この異変はヤーマンターカ・エクナスにも同様に起こっていた。
苦痛に顔を歪める。
「…お、俺はっ…?リンベル?リュー?どこだ…?俺は一体???」
予期せぬ戦いがスルスブロー宮殿内部で繰り広げられていたが、その余波が及ぼした奇跡か。
「ヤーマンターカっ!私はここだ…。」
騎馬を翻し、リュー・シュレンメイはアターとの対峙を反故にして駆けつけた。
傍らに騎馬を着け、ヤーマンターカを支え起こす。
「リュー…頭の中に誰かがいるんだ。そいつが俺を支配しようと…して…いる…ふふふ、小癪なまねをする…。」
ヤーマンターカの魂を縛る「イムペリウム(支配者)」の聖刻術式が、再び彼の素顔に邪悪な仮面を貼り付かせた。
そして、本人の意思に反し、陽家の血統「羅候の星辰」を開闢する。
するや、その霊子波動は無尽蔵にも一気に拡がり、虚無宇宙を以ってコントラエレクトローデ=アルス(対極陣)を相殺し、共に消滅させていた。
「ぐう…くっ…頭が割れそうだ…撤退するぞ…リュー。」
「…了解しました。」
それを尻目に、リュー・シュレンメイは「カエルム・キルクルス(天宝輪)」に撤退の指示を降す。
そして、これ以上の消耗戦は、「公国王位騎兵団」を率いるケイスケ・ソリッドシメールも望むところではなかった。
それよりも、敗走した鉄鎖騎士団と、それを追撃する「勝利の旗(ヴィクトワール=ドラポォウ)」が、「賢者の山」方面へと雪崩れ込んでいる事が気掛かりであった。
「…あのバカ弟子め。」
公王の寝所から逃げ出したそれも、追い掛けるかのごとく、「賢者の山」を目指して飛ぶ。
…夜の帳が降り、戦いは終結した。
戦場に帰還したハイランダー(貴戦士)K・アルザードキングは、その肩に意識消失せしマリティネーテを担いで戻った。
命を奪わなかったのか?と問われ、彼はこう応えた。
己の同胞たる剣、「銀剣ルクス」が彼女の身代わりになって砕け散ったのだと…。
それは彼女の婚約者でもあった、ファルコン・メーカーの遺せし剣であったと。
(^ー^)ノ主人公、ヤマさん登場(笑)。




