シナリオⅣ 3 後章 第2話
シナリオⅣ 3.12〈私が変わったときに変わり、私が頷いたときに頷くような友は必要ない。そんなものは、私の影がずっとうまくやる〉
I don’t need a friend who changes when I change and who nods when I nod; my shadow does that much better
草創歴0449年9月(9/5)
静謐なる都市、カルムヴィル。
旧議会都市の一つであるラルムヴィル(悲涙の都市)が都市移設と共に市号を改め、冬歴4428年に再設計された都市である。
カルムヴィルは戦災に見舞われておらずも、隣接する姉妹都市「星見台」は復興ままならぬ状況にあった。
「黄金宮」に代わり、その代行としての立場にある「金眼の社」は、この都市に移されている。
カルムヴィル市民は、ラルムヴィルを由来としてラルワ(女性形はラルワーズ )と呼ばれ、繊維工業によって隆盛を誇り、カルム市国立交響楽団の設立など文化改革に努めた。
草創歴48年、ソルティア公国から公国領文化首都に選ばれ、同年に歴史文化都市の称号を「レイアーン公王国」から贈られている。
鐘楼塔を始めとしてオペラ座などの文化建築物が連なり、旧市街を除けば伝統あるロマネスク様式を今に残す、雰囲気ある街並みである。
…この街並みを駆け抜ける人影があった。
その者は黄金色のマントを風にたなびかせ、軽やかな足取りで走り抜ける。
何とも美しく、幻想的か…。
人前に姿を現す事さえも稀な妖精族の容姿は、一際人目を引いた。
だが、それもお構いなし。
立ち塞がる人垣を華麗にくぐり抜け、追っ手の追跡を振り切らんとする。
そもそも、妖精族が「金眼の社」に依頼を持ち込むなど前代未聞の事であった。
なれば、事はそう単純な意味合いを持たない。
「妖精族」と言えば、「銀の種族」(アエテルニタス)と敵対する種族であるは周知の事実。
「金眼の社」はカルムヴィルに駐留する第肆(四)帝国総軍揮下、「鉄鎖騎士団」に捕縛の要請を求めた。
対して、当の妖精族は事情も分からず逃げ出すばかり。
人類種は論理的では無いとは理解しているが、自らの身は自身で守る事を若き「境界石柱の護り手」は憶えた。
「…しつこい人達ですね。」
さすがの妖精族も顔を顰める。
追っ手は人垣を押し崩し、問答無用の体で騎馬を走らせた。
騎馬の総数は5。
旧市街地の路地に逃げ込めば、足取りを消す事も出来よう…。
若葉のごとき深緑の髪を背に束ね、男装にて装ってはいたが、女性特有の容姿は隠せない。
アーモンド型の瞳と合間って、より一層に妖しさ漂わせる。
「エメヲラ・ヴィ・ドゥ」は路地に入り込む寸前、身に羽織るマントを翻し、金粉舞う剥離現象を引き起こした。
これが目くらましとなり、騎馬を混乱させる。
その一瞬の隙を突き、エメヲラは壁を駆け上った。重力を感じさせぬ、まさに神業と言ったところか。
このまま屋根伝い、脱兎のごとく走り抜けるも、前方にはだかる者があり。
対峙せずに切り抜けられれば申し分なきも、エメヲラは踏み止まった。
離れていても感ずる、強靭な霊質を見定める。
「……。」
ましてや、彼女の行動の先読みをせねば待ち伏せできぬ理屈。
剣を交えねば突破口を開けまい。
身に纏うマントは半幽体金属鋼にて織られており、霊刃「光神」を瞬時に形成し、右掌中に握る。
かなりの大振りな長剣であるが、苦もなく正眼に構えた。
これに帯剣、マンドグロワール(栄光の手)を抜き放ちて対峙するは、カルムヴィル駐留騎兵長、タッキーノ・アルジェントムニツィオーネ。
「北極の学問の塔」(コネサンストゥール)を守護する「魔法戦士」の長にして、今更、戻る事も儘ならぬ裏切り者だ。
「…無駄な抵抗は辞め、おとなしく捕らわれて欲しいものだが。」
だが、捕らえたところで「電子の監獄」(センテンスト)行き。
それどころか妖精族となれば、「覇光核管理中枢」の連中は良い献体とばかりに喜ぶであろう。後味が悪い。
キィィィ…ン!!
激しく刃が交差する。
予想以上に強靭な一撃に、タッキーノは「第三の目」(アージュニャー)を額に生じさせた。
未来の事象を読み解く魔性の力。
エメヲラの剣の動きを先読みし、徐々に圧倒し始める。
「無駄だ。妖精族よ、貴様の動きは手に取るように見える!」
だが、この妖精族は諦める気配を見せない。
私に勝つ自信が、奥の手があるのやも知れない…。
自らの見る未来だけを信じてきたタッキーノであったが、未来視という事象そのものに不確定要素がある事を知って以来、信念はあやふやとなっていた。
「くっ…。」
エメヲラの剣先がタッキーノの頬を掠め、一筋の血潮が流れた。
私としたことが、戦いの最中に我を失うなどと自嘲してしまう。
それを察したか、エメヲラは身を翻し逃げ出した。
だが、みすみす逃すわけにはいかない。
私にも立場と言うものがある。
止む無く逃してしまった、と言う理由があらぬ限りは、な。
しかし、その理由は思いの他、早くに訪れていた。
路地に降り立つ寸前、予期せぬ逃走支援の攻撃をタッキーノは先読みし、これを躱す。
「仲間がいたのかっ!?」
空を切り裂く偃月輪。
ヒューーーーン!!
それは所持者が血印契約せし「精霊」が宿どり、術者の精神に感応し、自在に操る「カーテル(刃の党派)」の秘技。
円を描いて急襲する偃月輪と同時に、フードを目深に被りし、薄汚れた麻のマントに身を包む者が踊り出してた。
「何者かっ!?」
中央大陸では珍しい半月刀が暗闇を引き裂く。
キィィィ…ン! ガキィ…ン!!
実に静かなる無音の暗闘。
その者の間合いの詰め方一つ取っても、暗殺者のそれとも違う、まさしく天賦の才を感じさせうる。
だが、相手は「北極の学問の塔」(コネサンストゥール)のタッキーノ・アルジェントムニツィオーネ。
その未来を読む力を侮るべからず。
一糸の距離にて両撃をすり抜け、間隙を縫い、マンドグロワール(栄光の手)を撃ち込む。
「っ!?」
よもやの反撃に、だが動じる事なく踵を返し、この斬撃を避ける。見事な体技であった。
…視線が合う。
麻のフードから覗く素顔は、凛と引き締まるも、まだ歳若い少年と見紛う。
だが、刹那に脳髄が焼き切れるかのような、そんな眩い瑠璃色の輝きがタッキーノの「第三の目」(アージュニャー)を埋め尽くす…。
「まさに、未来を変える不確定要素そのもの…なのか?」
対峙する、その麻マントの少年から感ずる直感にも等しい感想。
これこそが、私の真に待ち望んでいた未来であったのか?
さりとて、いつの間にか妖精族にも背後を固められ、2対1の様相。
「どうか…引いてもらえませんか?」
その声も若く瑞々(みずみず)しい。
あらゆる意味で、このタッキーノ・アルジェントムニツィオーネの運の尽きが訪れたようだ…。
「…私としたことが、やられましたね。あなた達の目的は、北極の学問の塔 (コネサンストゥール)への案内役を探しているとか?」
…少年は動揺した。
「ならば、この私がご案内しましょう。今は帝国に在籍してはおりますが、元は塔の学者の端くれです。」
タッキーノは帯剣を鞘に納め、そう告げた。
しかして鉄鎖騎士団に身を置く者の言葉を信じろと言うのも無理な話か…。
対して、妖精族は大剣を納める気は毛頭無いようだ。
論理的に考えるのならば、ここで斬っておくが無難であろうな。
「…待って下さい、エメヲラさん。僕に任せてもらえませんか?」
少年はそう言うと、躊躇いもなく刃を納めた。
「僕はあなたを信じます。あなたが僕の仲間に危害を与えない限り、僕はあなたの言葉を信じようと思います。」
「…君は一体?」
麻のフードから覗く、その憂いを帯びた相貌。
どれだけの血と涙を乗り越えてきたものか、タッキーノには知る由もない。
だが彼の秘めたる何かを、タッキーノは感じ取っていた。
「…以後、あなたと行動を共にしましょう。私のことは、タッキーとお呼び下さい。」
それは帝国からの訣別を意味していた。
だが元より、帝国と言う個に仕えていたわけでは無い。
己の未来に仕えていたのだ。
故あって苦難の未来が垣間見えるも、もはや迷いは消えた。
希望に満ちた十の光に導かれるかの如く…。
刻を同じくして、「銀の種族」(アエテルニタス)の首都ベネヴォランス。
中空に静止する驚く程に巨大な球体状物質の都市。
若き王太子レヲン・ギ・ルは、ここで総員を鼓舞した。
『永らく我々は耐え難きを耐え偲び、この夢の狭間に潜伏してきた。だが、今こそ変革の刻が至れりっ!!』
鳴り響く歓喜の声。
『我々、銀の種族 (アエテルニタス)はこれより、第弍帝国総軍となりて、我らが一族の悲願を叶えるべく帝国の参列に加わるものとするっ。異議がある者はこの場で申せ。』
だが、意義を唱える者などいよう筈もない…。
人影に身を潜めながら、ユウラーレ・ル・ドゥスは歯ぎしりをして耐えた。
何故、この道を選んでしまったのか…?
置き手紙を見付け、すぐに後を追ったものの、刻すでに遅し。
死したガープ・ヒューに成り代わり、新たに三眷士に選ばれたのは、あろうことか我が弟の姿。
樫の木の化身たる、ドルイド(自然崇拝者)ユーキ・オンベリーコの姿が壇上に上がった。
…兄さんの為に、僕に出来ることをする。それは道を違えようとも、きっといつか分かり合える日が来る筈だから。
この日、正式に第弍帝国総軍として編成された「銀の種族」(アエテルニタス)の軍勢は、死した肆(四)大総統の一人「ポ・チダムー」から、帝国軍第弐階位を引き継ぎ、レヲン・ギ・ルがその座に就いたと公表した。
引き裂かれた兄弟の絆がもたらす未来とは…。




