シナリオⅣ 2 後章 第3話
シナリオⅣ 2.13〈愛は約束、愛は思い出の品。一度与えられると、忘れ去られることはない。決して愛を失くしてしまわぬように〉
Love is a promise, love is a souvenir, once given never forgotten,never let it disappear
草創歴0449年8月(8/17)
「北剣の末裔」シュン・セクレート・ラズルシェーニエは手勢を率い、「首都リトグラーフィヤストラナ(石碑の国)」からの脱出を余儀無くされていた。
黒馬を疾駆させ、彼の後続に続くのは僅かに500騎程度の「黒の兵団」(チョールヌィ・コルプス)か。
そして突破口たる二重構造の外壁開口部、裁きの門 (スゥート・ヴァロータ)はもう目前であった。
だが、彼等がそこに辿り着く前に、扉は自ら軋みを立てて開かれる…。
「…何だっ!?」
…壁外より雪崩れ込む異形の群れ。
腐敗せし肉片を身に纏わせたものや、白骨化した甲冑姿の剣士、その他諸々、死せる者の群れが「大ハルゴニア王国」(バリショーイ・ハルゴニア・ツァールストヴォ)に踏み入ってきたのである。
だが、悍ましくも、突破口たる門は一つしかない。
「怯むなっ!突撃ぃぃぃ!!」
白髪獅子の相貌を鬼に変え、シュンは黒刀「勢子餓鬼」を騎馬上にて縦横無尽に振るう。
1人でも多くの同胞を逃すべく、矢面に立つしかなかったのだ。
「脱出後はライラへ向かえっ!対帝国同盟「カイト」に合流しろっ!!」
だが果たして、何人が辿り着けるものかと思慮した瞬間、シュンの有する「絶対防御遮断結界」の因子が激しく共鳴する。
「…これはっ!?」
見定める標的は、今まさに裁きの門 (スゥート・ヴァロータ)を潜り抜け、我が前に立ち塞がった。
…それは肖像画でしか見た事の無い、我らが始祖。
北剣の王者「シリウス王国」(シーリウストラナー)の栄誉ある「騎士王」デュークライト・ラズルシェーニエ。よもや、その身に死臭と瘴気を覆い、死骸の騎馬に跨りて進み来る…。
同様に、騎士王と轡を並べ進む男は、第弍帝国総軍総統麾下「八蓮門」が「月のユウト・ラ・ラセン」である。
不死者の一族の末裔にて、死人を操りし異能者であった。
「なっ、何という…神をも恐れぬ行為をっ!?」
シュンは運命に唾棄した。
しかし、これは避けては通れぬ交戦でもあった。
やむなく、「騎士王」デュークライト・ラズルシェーニエと激しく刃を交えるシュン。
ガキィィィーーーン!!
互いの「絶対防御遮断結界」が反発しあい、数合交えても、どこにも隙を見出せぬ。
シュンの額に汗が流れた。
…事は二刻前、ソウマ・ヴァストック・キアが対帝国同盟「カイト」の代表として、南部内陸リア域を表敬訪問したと刻を同じくして、第弍帝国総軍はリトグラーフィヤストラナ(石碑の国)の襲撃を開始したのだ。
これまでの沈黙は何であったのか?
ひとえに、その男の気紛れに過ぎなかったのか。
突如に飛来した兵装輸送装甲庫は十二機…。
本来であれば、帝国の兵士を輸送する為の強靭な防壁装甲に囲まれた、防壁兼移動砲台として機能する輸送機である。
これを以って戦線を構成し、包囲殲滅戦が常套であるが、「鑫のテクノ・ミュラー・ウェストエイト」は、これに炭素形成による生体動力炉「ゾイマー(簡易型)」を積み込み、自律行動を可能とした。
ゴゴゴゴゴ…ゴゴゴ…キリキリキリキリッ…。
それは展開すると、「黒曜石の城」(クリェーポチス)に張り付き、外壁を容易に破壊して浸入を果たすと、城内を蹂躙。
その姿は機械仕掛けの十二の獣。
獅子、牛のみならず、それは人型の物もある。言わんや、十二星座を象った冒涜の彫像である。
この巨大な機械獣を止める手立てが騎士達には無かった。
すぐ様、カーミェンシチクの間にて座す、「王者」たるローディアス・リュッセンの元に悲報がもたらされる。
「…第一宗家イラリオン・ラシジェーニエ卿、戦死されましたっ!」
「そうか…イラリオンの奴が。」
騒めきが広間を占める。
もはや苦渋の選択を択ぶ他無きか…。
ローディアスは応戦する「黒の兵団」(チョールヌィ・コルプス)の半数を選別し、国外への退避を指示。
速やかに、これを率いる者として、「第二宗家」シュン・セクレート・ラズルシェーニエを指名する。
例え、どのような結果になろうとも「ハルゴニア」の血は残さねばならない…。
不遜の誹り残ろうとも、同族同士で相争う事になろうともだ。
「…すまんな。戻って来たばかりと言うのに、我と運命を共にしてくれ。」
「御意。」
傍らに控える青年には微塵も躊躇いは無い。
即座に王の意志を肯定する。
「第三宗家」タケ・ディーカヤ・コーシカは先日、学園都市「ウィラ」の留学を引き揚げ、急遽、帰国したばかりであった。
とても穏やかな人相で、恰幅の良い青年である。
教皇会司教位の修得を予定していたものの、これを取り止め、対帝国同盟「カイト」に於ける「大ハルゴニア王国」(バリショーイ・ハルゴニア・ツァールストヴォ)王者代理として派遣される予定であった。
「私はローディアス様と共に、この国を最期まで護りましょう…。」
あのイラリオン卿が亡くなったとなれば、王家の血を色濃く引くのは、我が「青き血のディーカヤコーシカ(山猫)家」のみ。
とは言え、元より覚悟の上である…。
と、その時、シャンシャンッと天から響く輪舞の軽やかな鈴の音が聞こえた。
…何かの聞き間違いか?タケ・ディーカヤ・コーシカは首をかしげる。
だが、豊かな芳醇の香りが空間に満ち始め、彼等を心穏やかに惚けさせる。
これは何だ?と思った瞬間、思考が鈍らされていたのだ。
幻覚の内にか、カーミェンシチクの間の中座、ローディアスとタケ・ディーカヤ・コーシカの眼前に、舞いを続ける妖艶な美女の姿が浮かび上がる。
全身をあり得ぬ神々しい輝きが包み込み、薄布だけの半裸の女性は、その舞いで両者の視線を奪い続ける。
まるで金縛りにあったかの如く、身動き一つ出来ない…。
「…まさか…これは伝承にある…アプサラス(天女)の舞?」
タケ・ディーカヤ・コーシカは慄く。
一方のローディアスは半ば魂を奪われ、恍惚の状態に浸っている。思考停止状態だ。
このままではマズいと、心で抵抗はすれども、激しい頭痛に苛まれ、指先も動かない。理性だけが拒絶するのみだ。
『あれっ?母さん、コイツ完全に取り込まれてないみたいだヨ?』
子供特有の悪意を超越した残虐な微笑みで、その少年はタケ・ディーカヤ・コーシカの顔をのぞき込んだ。思わず、ギョッとする。
『あ〜、何か魔界族の血が少し入ってるみたいだヨ、コイツ?殺しちゃっていいかナー?』
少年の顔が狂気に歪む。
尋常ならざる悪寒がタケ・ディーカヤ・コーシカを襲った。
「ダメよ…時間をかければ、私の生命の樹 (セフィロト)に取り込める筈…手駒が必要と言われたでしょう?」
『うんっ、母さんがそう言うなラっ!』
母の慈愛に諫めらたかのごとく、少年は女に駆け寄った。
先程の狂気は影を潜め、駄々っ子のように抱擁を求めるその姿は、ありふれた児童そのもの。
だが彼こそ「八蓮門」にして「杢のフレウレッティ・ガーランド」。
それを抱き上げる踊り子もまた「陽のファーサイト・ローレライ」である。
無論、実の母子では無い。だが慈しむ母の愛情に偽りは無く、幼子はそれを享受する。
その慈愛の情にタケ・ディーカヤ・コーシカさえも飲み込まれていく。
ああ、まるで底の無い沼に沈んでいくかのように…。
この日、大ハルゴニア王国 (バリショーイ・ハルゴニア・ツァールストヴォ)は第弍帝国総軍の軍門に降った…。
対帝国同盟「カイト」も対応出来ぬ、まさに電光石火の侵略行為である。
キカートリックス(傷痕)の荒野を越えたソウマ・ヴァストック・キア。
並びにストラティギスト(軍師)タマウガード・スパエラ。
そうとも知らず、この2名はゾンシン・リア(追放王の中央集権国家)へと向う道すがら、アジール(オアシス)を眺めやった。
蜃気楼かと見誤る揺らめきが浮き上がる…。
そこから一斉放射される水の針。
「っ!?」
咄嗟に、「獣気」を帯びた拳撃を、地へと突き立てるタマウガード。
ガシュッ!!!
その振動が地を這い、前方へと衝撃による砂岩障壁を隆起させた。
ガガガッッッ…!!
幾百もの飛来針は、これに跳ね返され、水滴に戻り散った。
「ふぅ…また君ですか?」
飽きれ顔でタマウガードが言う。
「ねえ。君、もう辞めようよ。話しがあるなら聞くよ?」
ソウマの呼びかけに、その蜃気楼は凝縮し、人の形を成す。
荒野渡行の当初より、この少年は隙あらばと攻撃を仕掛けてくるも、ことごとく失敗を繰り返していた。
その度にソウマは問い掛け続け、その結果、少年が幾分警戒心を解きつつあったのは皮肉なことだ。
まあ、それもソウマらしいと言えばソウマらしいとタマウガードは思う。
「君は何て名前なの?」
「僕は…八蓮門の瑞のフュリエル…。」
皮肉なことに、彼が命じられた暗殺、その対象者であるレグルス(王太子)の言葉によって心を開く事になろうとは、だ…。




