06 赤い頭巾の少女
ペローは手帳に落としたインクの黒い染みを見つめたまま、しばらくの間、息を殺すようにして考えを巡らせておりました。アニエスの語る冷酷な現実の重みに押し潰されそうになりながらも、彼は文士としての理性を必死に手繰り寄せ、手帳の羊皮紙の上へ視線を落とします。
彼は震える手で羽ペンを持ち直すと、炉端の暗がりに佇む老女に向かって、かすれた声で静かに尋ねました。
「アニエス殿……その物語の中で、森へ向かった少女は一体どんな格好をしていたのですか。何か、特別な仕立ての衣類や、目を引くような特徴的なものを身につけてはいなかったのでしょうか」
それは、可憐な昔話としての断片を少しでも拾い集めようとする、ペローのささやかな足掻きでもございました。
アニエスは膝の上に置いた骨張った手を重々しく動かし、炉の炎を見つめたまま、感情の失せた声で答えました。
「特徴的なもの、ねぇ……。赤い布切れさ。頭にすっぽりと被せるか、あるいは腕の目立つ場所に固く巻きつけるのだよ。遠くから見ても、病人のいる小屋へ出入りしている家の子だと、誰の目にも一目でわかるようにね」
「病者の家の……目印、ですか」
ペローの呟きに、アニエスは深く刻まれた顔の皺を一層深く歪め、冷ややかな視線を彼へと向けました。
「そうさ、村人たちが勝手にそうするようになった、ただの不吉なシグナルだよ。村人たちが『あの家の子には近づくな』『病気がうつるぞ』と露骨に避け、石を投げて追い払うための忌み嫌われる目印さ。可憐な装飾などではない。人間社会から拒絶された家門の烙印なのだよ」
アニエスは一息つき、弱々しく爆ぜる炉の火の粉を落ち窪んだ目で見つめながら、ぽつりと言葉を付け加えました。
「だがね……それを最初に持たせた村人や母親の心底には、もうひとつの思いもあったのさ。真っ赤な布は、古くから血と命の象徴であり、魔を払う色とされてきただろう?
感染の危険がある恐ろしい森へ我が子を送り出さねばならない母親がね、『せめてこの子が病魔や森の不吉なものに魅入られませんように』と、縋るような思いで持たせた気休めの魔除けでもあったのだよ。悲しい気休めに過ぎないがね」
忌み嫌われる排除の目印と、子を想う親の切ない魔除けの祈り——その二重の重みが込められた「赤い布」の真相に、ペローは息を呑み、胸を強く締め付けられました。
ペローは手帳の白紙の領域に羽ペンの先を当てると、噛み締めるように低く呟きました。
「赤い……頭巾……」
彼は紙を破らんばかりの強い筆圧で、手帳の奥深くへとその言葉を刻み込みました。都市のサロンで退屈を持て余す貴族たちが喜びそうな「少女の可憐さを際立たせる赤い頭巾」という甘美な表皮の裏に、この地に流れた血と涙、そして排除された者たちの凄惨な記憶をそっと潜ませることを、心の中で静かに誓いながら。
病の残酷な描写と、赤い頭巾に隠された忌まわしい目印の真相——そのすべてが不気味な糸で繋がり合った瞬間、ペローの脳裏に恐ろしいまでの解像度で惨劇の全体像が浮かび上がってまいりました。
知的な好奇心は完全に吹き飛び、彼の白い額からは一筋の冷や汗がつつと頬を伝い、襟元へと落ちていきます。手帳を握りしめる指先は白く強張り、紙面を濡らす己の汗の冷たさすら感じ取れないほどでございました。
ペローは乾いた喉を鳴らし、掠れた声をどうにか振り絞ると、炉端の暗がりに佇む老女へ視線を向けました。それは、彼の中に残された最後の疑問であり、この凄惨な物語を締めくくるための最大の問いでございました。
「では……おばあさんを殺し、少女を騙してその命まで奪った、惨劇の元凶たる『オオカミ』とは……一体どんな恐ろしい獣なのですか?」
「獣?……獣、ねぇ」
ペローの問いかけに対し、アニエスはすぐには答えませんでした。小屋の中を支配したのは、重く息苦しい不気味な沈黙でございます。炉の中で弾ける薪の小さな音だけが時を刻み、老女の落ち窪んだ眼窩の奥に宿る暗い光が、揺らめく炎を映して不気味に揺らめいておりました。
やがて、アニエスの固く結ばれた薄い唇が、ゆっくりと横に裂けてまいります。歯の欠けた口元に深々と刻まれた皺が蠢き、嘲笑とも哀れみともつかぬ暗い笑みが、その老いた容貌を徐々に覆っていきました。
ペローはその不気味な微笑みに言いようのない威圧感を覚え、自らの動揺を覆い隠すように、理知的な文士としての思考を懸命に巡らせ始めました。彼は羽ペンを固く握り直し、手帳の余白に視線を落としながら、論理的に導き出し得る「実在の悪」についての推測を口にいたしました。
「……私の言葉をお聞きください、アニエス殿。おばあさんを無残に殺し、幼い少女を巧みな言葉で騙して食らった『オオカミ』とは……この暗い森や街道を荒らし回る無法な盗賊や、飢えた脱走兵、あるいは貧しい村から幼い娘たちを掠奪しに来る悪徳な人買いのことですね?
あるいは……過酷な冬の飢えや疫病といった、この地に生きる人々を脅かす厳しい自然そのものの脅威を、獣の姿に例えたものではありませんか」
手帳を抱えるペローの言葉には、都市の知識人として自負してきた理性と観察眼のすべてが込められておりました。貧困と暴力が渦巻く苛酷な農村地帯において、弱者を脅かす現実の暴力や脅威——それこそが民話の中に潜む「オオカミ」の真実なのだと信じ込むことが、この惨烈な物語を解釈するうえでの、ペローにとっての精一杯の到達点だったのでございます。




