04 記録者と観察者
薄暗く狭隘な小屋の中に足を踏み入れたペローは、室内に充満する独特の空気感に思わず息を呑みました。天井からは乾燥させた薬草の束がいくつも吊り下げられ、炉端では薬草を煮る小鍋がことことと音を立て、灰と苦い薬湯の匂いが狭い室内にこもっております。土間に置かれた粗末な丸太の腰掛けに腰を下ろすと、ペローは身に纏った濡れた外套の裾を丁寧に整え、極めて洗練された礼儀正しさを保とうと努めました。
彼は懐から革装丁の小さな帳面を持つ紙葉を綴じた手帳を取り出し、細く削った羽ペンと小さなインク瓶を手際よく手元に並べます。その立ち振る舞いは、ヴェルサイユの宮廷やパリのサロンで日常的に見せている、知識人としての誇りと優雅さに満ちあふれたものでございました。
「不躾な訪問をお許しいただきたい、アニエス殿。私はパリから参りましたシャルル・ペローという者です。この土地に古くから語り継がれている素朴で興味深いお話や、昔から人々の口から口へと伝えられてきた物語を、正しく記録にとどめたいと考えております。どうか貴女の知る古い語りをお聞かせ願えないでしょうか」
ペローは言葉を選びながら、努めて穏やかで知識層らしい知的な響きを声音に込め、羽ペンの先をインク瓶の縁に軽く当てて準備を整えました。
しかし、炉端の暗がりの中に身を沈めていたアニエスは、微動だにせず彼の一連の動作を見つめておりました。その落ち窪んだ両眸には、ペローの着ている上質な羊毛のコート、繊細なレースの袖口、そして白く汚れを知らない指先に握られた羽ペンが、実にはっきりと映り込んでおります。
アニエスは深く刻まれた顔の皺をくしゃりと歪ませると、乾いた木の葉が擦れ合うような低い声で、短く鼻を鳴らしました。
「手帳に羽ペン……大層な道具をお持ちの文士様がお見えになったようだねぇ。わざわざそんな立派な身なりで、この肥溜めのような森の境目まで足を運んでまで手に入れたい代物かい?パリの立派な部屋で、お貴族様方が茶でも飲みながら笑えるような、甘くて可愛らしいおとぎ話でもお望みかね?それとも、田舎者が馬鹿を見た話でも欲しいのかい?」
アニエスの言葉には、都市の富裕層や知識人に対する容赦のない見透かしたような冷笑と、長年排除されてきた者だけが持つ鋭い刃のような皮肉が込められておりました。ペローは一瞬、言葉に詰まり、羽ペンを握る指先にふっと力を込めたまま、老女の底知れぬ瞳を見つめ返すばかりでございました。
「じゃあ、書きな。あんたが欲しがってる、この土地に伝わる古い昔話を聞かせてやるよ」
アニエスは深く刻まれた顔の皺をピクリとも動かさず、くべられた枝薪が爆ぜる音だけが響く静寂のなかで、ポツリポツリと語り始めました。その声音には、長い年月を経ても感情を失わない、奇妙な平坦さがございました。
「……昔々、ある村にひとりの少女がおった。母親はお使いを頼み、パンとワインを持たせて、森の境界の奥にあるおばあさんの家へ向かわせたのさ。少女が森の奥深くへ足を踏み入れ進んでいくと、道がふたつに分かれている辻に出くわした。
そこに大きなオオカミが立っていて、少女に問うたのだよ。『お前は針の道を行くのかい、それともピンの道を行くのかい』とな。少女はピンの道を選び、寄り道をしながらのんびりと進んだ。だが、その間にオオカミは針の道を先回りし、おばあさんの小屋へ取って返したのさ」
ペローは手帳に目を落とし、羽ペンを滑らせながら耳を傾けておりました。しかし、アニエスの口から紡ぎ出される次の言葉から、物語は彼の想像を絶する凄惨な領域へと落ち込んでまいりました。
「オオカミはおばあさんを殺すと、その肉を細かく引き裂いて肉棚の皿の上に並べ、その血を壺に注いで瓶に詰めたのさ。
そして、おばあさんの服を着込んでベッドに潜り込んだ。やがて少女が小屋に辿り着き、戸を叩いた。
オオカミはおばあさんの声を真似て言った。『お入り、肉棚の上に肉がある。壺の中に飲み物がある。お腹が空いているだろう、それを食べなさい』とね。少女は何も疑わず、その肉を口にし、その血を飲み乾かしたのさ。
小屋の隅にいた黒猫が『あの娘はおばあさんの肉を食べ、血を飲んでいるぞ』と鳴いたが、少女は気づきもしなかった」
ペローの走らせていた羽ペンが、紙の上でピタリと動きを止めました。インクの黒い滴が羊皮紙の上にしずかに滲み広がっていきます。ペローは絶句し、息をのんだままアニエスを見つめました。
ペローは一度、書きかけた文字を見下ろしました。これは記録すべき話なのか、それとも、書き残してはならない話なのか。文士としての手は、頭で考えるより先に止まっておりました。
しかし、老女の淡々とした語りは止まりません。
「満腹になった少女に向かって、ベッドの中のオオカミは命じたのさ。『さあ、服を脱いで私と一緒にベッドにお入り』と。
少女が『着ている物はどこへ置けばいいのですか』と尋ねると、オオカミは『火の中に投げ込みなさい、もう二度とそれはいらないのだから』と答えた。
少女は言われるままに、着ているものをひとつ、またひとつと脱ぎ捨て、そのすべてを炉の炎の中へと投じさせた。そうして、身につけていたものをすべて失った少女は、ベッドの中の異形のものへと寄り添っていったのだよ」
小屋の中に流れるのは、炉の火が薪を舐める音と、ペローの浅い息遣いだけでございます。都市の洗練されたサロンで語られるような可憐な物語の影などどこにもなく、ペローは、手帳の上に落ちた黒いインクを見つめておりました。
彼が求めていた「素朴な農民の昔話」とは、これほどまでに違うものだったのです。
そこには教訓も、可愛らしさも、都会人が安心して笑えるような牧歌的な趣味もありません。オオカミの狡猾な知恵と、捕食される恐怖だけがありました。




