03 魔女の森
ぎぎいと不快な音を立てて戸が閉まり、ギヨームの気配が完全に消え去った後も、ペローの耳底には彼の残した最後の捨て台詞が冷ややかにへばりついておりました。
「村じゃ、あそこを『病人と魔女の生き埋め場』って呼んでる。俺は命が惜しいから絶対に一緒には行かねえぞ。あんたも死にたくなけりゃ、泥道に沿って森の境界まで行き、引き返してくるこったな」
わずかな猶予も与えぬ頑なな拒絶と、薄汚れた指先が指し示した東の森への道順だけを残し、農夫は闇の中に立ち去っていたのでございます。
明くる朝、夜半過ぎまで降り続いていた雨は鬱陶しい霧雨へと変わっておりましたが、濡れた大気はどこまでも重く、ペローの肺を冷たく圧迫してまいりました。ペローは一人、泥で重くなった裾を引きずるようにして、村外れのぬかるんだ一本道を歩み進めておりました。
靴底が湿った粘土質の土を捉えるたび、グチャリと不気味な水音が響き渡ります。道の両脇に佇む歪んだ家々は固く戸を閉ざし、人影ひとつ存在いたしません。時折、雨戸の隙間から覗く濡れた眼光を感じるものの、ペローがそちらへ視線を向けると、気配は息を潜めるようにして闇の奥へと消えていくのでした。
歩みを進めるにつれ、足元の泥はさらに深まり、人間の生活が描く日常の痕跡は急速に薄れてまいりました。立ち枯れた樹木が不気味に枝を伸ばし、空を覆い尽くす鬱蒼とした森の入り口が視界に迫ってまいります。
その森の手前、草むらの中にひっそりと佇んでいたのは、二本の腐った杭へ板切れを打ち付けただけの粗末な看板でございました。
それは、村人たちが森へ入ることを禁じる粗末な文字が刻まれた、境界の印でございました。雨風に晒されて表面の文字はほとんど判別不能となっておりましたが、黒ずんだ木肌に刻まれた深い傷跡は、ここから先が死と排除の領域であることを無言のうちに雄弁に物語っておりました。
ペローは足を止め、濡れたコートの衿を固くかき寄せながら、深く息を吐き出しました。喉の奥が乾き、心臓が鼓動を早めていくのをはっきりと自覚いたします。彼は意を決してその木製の看板を通り過ぎ、足を踏み入れました。
鬱蒼とした木々が陽の光を完全に遮る森の入り口に、今にも崩れ落ちそうな小さな掘っ立て小屋がぽつんと佇んでおりました。湿気で苔むした粗末な屋根からは、細く途切れがちな煙が一本、灰色の空に向かって弱々しく立ち上っております。
そして、ペローの視線がその小屋の庭先へと向かった瞬間、彼の足は氷のように固まりました。
湿った黒土の中に、あきらかにここ数日のうちに掘り返されたばかりの不自然な盛土が横たわっていたのです。雨を含んで黒々と光るその盛土は、生々しく異質な存在感を放っておりました。村人たちから見捨てられ、隔離された病人の誰かが、ここ数日のうちにその短い命を終えたのだという凄惨な事実が、言葉もなく突かれてまいります。
その盛土の頂点には、森から拾ってきた枝を粗末な蔦で固く縛り合わせただけの、歪んだ木の十字架が一本、ぽつりと刺さっておりました。
風が吹き抜けるたび、湿った黒土の匂いと、どこか焦げた薬草の匂いが混ざり合い、ペローの鼻腔を強く突いてまいります。ペローはその真新しい小さな墓を見つめたまま、手帳を抱える手に力を込め、息をのんで佇むばかりでございました。
黒く湿った土の塊と、そこに突き刺さった歪んだ十字架をじっと見つめるペローの胸中に、重く冷たい確信が静かに広がっていきました。
村人たちから「魔女」と忌み嫌われ、苛酷な疫病の全責任を背負わされてこの森の境界へ追いやられた老女アニエス。彼女はこの孤独な隔離の地で、村から見捨てられ、死を待つばかりとなった病者たちの最後の喘ぎを看取り、冷たくなった身体をその手で抱え、こうして一人黙々と固い土を掘り返して埋葬していたのでございます。
誰からの感謝も受けず、温かな祈りすら捧げられることのない死者たちに、せめてもの安らぎを与えるかのように立てられた粗末な木の十字架。ペローは、自らがこれから対峙しようとしている存在が、単なる奇談や滑稽な昔話を蓄えた老人などではないことを、身体の芯で理解いたしました。
ペローは湿った外套の裾を整え、意を決して踏み出します。濡れた手帳をしっかりと懐に収め、今にも崩れそうな小屋の粗末な木戸へとゆっくり手を伸ばしました。
彼がその指先で戸を叩こうと意を決した、まさにその瞬間でございます。
ギシと、湿気で歪んだ木枠が不快な摩擦音を立て、外圧もなしに扉がわずかに隙間を開けました。
暗く沈んだ小屋の奥から、煮詰めた薬草の苦い匂いと、湿った薪、古い灰、そして長く閉ざされていた部屋特有の黴臭さが流れ出してまいります。そして、隙間の奥に潜む漆黒の闇の中から、爛々と光るふたつの鋭い眼光が射し込み、ペローの全身を根こそぎ貫くかのように射抜いたのでございます。
「……パリの綺麗な服を着たお方が、こんな死人の匂いのする穴ぐらに、何の御用かね」
暗闇の深みから響いてきたのは、まるで乾燥した木の枝が擦れ合うかのような、低くしわがれた老女の声でございました。その声には、拒絶とも嘲笑ともつかない、諦観の響きが満ち満ちておりました。




