10 オオカミの宴
ヴェルサイユの一角に位置する絢爛豪華なサロンは、無数の蝋燭を戴いた金箔塗りの燭台が黄金の光を放ち、壁面に飾られた巨大な鏡にその煌めきが幾重にも反射して、目を眩ませるほどの眩爛さに満ちあふれておりました。室内には百花繚乱の濃厚な香水の薫りが立ち込め、テーブルの上には銀器に盛られた色鮮やかな高級菓子や、クリスタルグラスに注がれた深紅のワインが溢れんばかりに並べられております。
そこに集う公爵や伯爵、豪奢なドレスを身に纏った貴婦人たちは、まさに森の境界でアニエスが冷ややかに語った通り、派手に身を着飾り、腹いっぱい食らい、それでもなお飽き足らずに新たな刺激を追い求める者たちそのものでございました。彼らは優雅に扇子を揺らし、意味のない世間話に花を咲かせながら、今夜の催しを心待ちにしておりました。
ペローは中央の小さな朗読台の前に静かに立ち、手元に置かれた原稿の束へゆっくりと視線を落としました。胸の奥で高鳴る鼓動を静かに鎮め、あらかじめ練り上げた優雅な姿勢を保ちながら、深々とお辞儀をいたします。
「皆様、今夜は古く素朴な地方の語りを、皆様の教養に相応しいひとつの物語としてお届けいたしましょう」
ペローが滑らかな声音で朗読を始めると、貴族たちは退屈しのぎの新しい玩具を手に入れた子供のように、物珍しそうな目を向けて耳を傾け始めました。ペローの朗読が進むにつれ、サロンの空気は彼が紡ぎ出す言葉の魔術によって、ゆるやかに引き締められてまいります。
そして、物語がクライマックスを迎え、ベッドの暗がりに潜む異形と無垢な少女との問答に至ったとき、ペローはあえて声を落とし、低く凄みのある響きを秘めて語りかけました。
「おばあさん、どうしてそんなに大きなお口をしているの?」
ペローは一度言葉を切り、そこに集う貴族たちの満ち足りた顔、宝石に飾られた胸元、ワインを満たした手元をじっと見渡しました。そして、ゆっくりと口を開きます。
「それはね、お前を食べてしまうためだよ!」
物語の中で少女が骨まで貪り食われ、何の救いも、奇跡の救出も訪れぬまま、不条理な闇の中で物語が唐突に終わった瞬間、サロンの空間を埋め尽くしていたざわめきが嘘のように消え去り、一瞬の不気味な静寂が室内を支配いたしました。
しかし、その静寂はごく僅かな間に過ぎませんでした。次の瞬間、貴族たちの間から割れんばかりの大きな喝采と、楽しげで優雅な笑い声が爆発するように弾けたのでございます。
「まあ、なんて素晴らしいお仕置きでしょう!」「軽率な小娘にはお似合いの末路ですわね」「ペロー殿、実に滑稽で洗練された昔話だ!」
彼らは笑っていました。自分たちがまさに「喰らう側のオオカミ」であり、同時に誰一人として、自分自身が物語の中にいるとは思っていなかったのです。無自覚に手を叩いて喜ぶ者たちの姿を、ペローは静かな瞳で見つめておりました。
サロンの最前列に鎮座していたマルグリット公爵夫人が、金箔と白鷺の羽で彩られた豪華な扇子をパタパタと優雅にあおぎながら、絶品のお菓子でも味わうかのような優越感に満ちた笑みを浮かべました。
「まあ、なんて愚かで軽率な田舎娘でしょう! 怪しい男のあからさまな口車に簡単に乗ってしまうから、そんな無残な目に遭うのよ。ほほほ! 自分の身の程も知らずに森の奥へ足を踏み入れるから、自業自得というものですわ!」
夫人の甲高い高笑いに引きずられるようにして、周囲の男爵や子爵たちも次々と同調の声を上げ、グラスのワインを口へと運んでまいります。
「まったく、ペロー殿、誠に教訓に満ちた見事な娯楽作だ」「まったくその通り。わが家の世間知らずな娘にも、身持ちを正させるための素晴らしい手本として読ませることにしよう」「庶民の愚行をこれほど皮肉たっぷりに描くとは、流石はパリ一番の文士だ」
喝采を送り、手を叩いて興じる彼らの姿を、ペローは冷ややかな静寂の中でじっと見つめておりました。
貴族たちは、自分たちが民衆の肉と血を貪り食う恐ろしい「捕食者」そのものであることにも、そしてペローが物語の結末に忍ばせた「無自覚ゆえに逃げ場なく喰らい尽くされる未来の破滅の予兆」が、他ならぬ自分たちへ向けられた不気味な告発であることにも、何ひとつ気づいてはおりません。
目の前で繰り広げられる無邪気で残酷な狂宴は、ペローの設計した二重暗号が完璧に機能した証であり、同時に人間は自分を告発する物語すら、自分に都合のいい娯楽として消費できることを、静かに物語っていたのでございます。
ペローは朗読台の前で優雅に身をかがめ、深く深々と頭を下げました。その顔には、一筋の隙もない「完璧な宮廷人」としての滑らかな笑みが湛えられておりました。
拍手と歓声が鳴り響く黄金のサロンの熱気の中で、彼の心底には、あの湿った暗い森の小屋で耳にしたアニエスの不気味で乾いた笑い声が、冷やかに反芻されておりました。
(……ええ、まさにあなた方のことです、オオカミ様)
やがて夜が明け、パリの彼の静かな書斎へと戻ったペローは、重厚なデスクの鍵付きの引き出しをゆっくりと引き開けました。その暗がりの中には、二つの原稿が互いに寄り添うようにして、静かに並べて保管されております。
表向きの羊皮紙の束。
これはまもなく印刷所に回され、優雅な版画とともに全王国へ、さらには宮廷や都市の子供たちへ広く普及していくことになる『赤ずきん(被疑と教訓の物語)』。
その裏にあるのは汗とインクの混ざった手帳。
アニエスの粗末な掘っ立て小屋で、震える手で書き留めた、飢えと疫病、そして過酷な現実の中で「逃げ出す知恵を持って力強く生き残る農民たち」の、切実な生命の記録。
ペローはこの物語に施した緻密で致命的な二重の暗号について、自らの日記にも、友人への手紙にも、生涯ただの一字たりとも明文化して残すことはございませんでした。無粋な解説など野暮の極みであり、何よりその真意を公に明示することは、即座に死を意味していたからでございます。
ペローは鍵を回し、引き出しを静かに閉ざしました。カチリと鳴った小さな金属音は、歴史の表舞台に刻まれる可憐な童話と、その深層に永遠に封印された真実の境界を分かつ、冷たい結びの音でございました。




