エピローグ グリム
ペローが心血を注ぎ、その羊皮紙の片隅に密やかに仕込んだ「モラリテ」は、表向きには無垢な少女たちへ向けられた性的被害への警戒を装いながら、その実、足元の不条理に無知なまま肥え太る「逃げ場なき貴族たちへの容赦なき呪い」でございました。言葉の二重構造という鋭利な刃は、時代という深い闇の中で、静かに、しかし着実にその毒を保ち続けていたのです。
しかし、時が移り変わり、十九世紀という新たな時代の風が吹き抜ける頃——近代市民社会の台頭とともに現れたグリム兄弟の手にかかると、その洗練された鋭利な毒針はことごとく抜き取られてしまいました。
ペローが命を辞さず潜ませた「甘い言葉を吐き、民を喰らい尽くすオオカミという圧倒的な捕食者と支配構造への告発」は、近代の教育的な道徳観という無菌室の中に閉じ込められ、実におとなしく無害な言葉へと書き換えられてしまったのでございます。
「お母さんの言いつけをしっかり守って、森の途中で決して寄り道をしてはいけませんよ」
アニエスの暗い小屋で芽生え、ヴェルサイユの黄金のサロンで放たれた社会構造への冷徹な告発も、大人の世界の恐ろしい闇に対する静かな警鐘も、すべては歴史の彼方へと消え去っていきました。
残されたのは、親の顔色を伺い、その言いつけに従順に従うだけの「行儀の良い子供」を育てるための、単なるしつけの教材という小さく矮小化された姿ばかりでございました。
ペローが手帳の引き出しに封印したあの病と血の匂いは、清潔で整然とした近代の書棚の陰で、誰に気づかれることもなく静かに薄れていくのでございました。
ペローが「あなた方は決して逃げられない」という確信と呪詛を込めて、原稿から徹底的に削ぎ落とした少女の自力脱出劇。それに対し、グリム兄弟は物語の外部から「強力で絶対的な正義」を体現する猟師という存在を都合よく呼び込みました。
ペローが提示した暗黒の現実は、一度喰われたらそこですべてが終わりであり、己の無知と無警戒によって足元を掬われた者は、容赦なく骨の髄まで貪り尽くされるという不条理な世界の真理でございました。
しかし、グリムの手によって施された結末は、あまりにも劇的で無菌化された救済劇でございます。オオカミの腹を鋏で切り開くと、中で呑み込まれていた少女とおばあさんが奇跡的にも無傷のまま跳び出し、代わりに重い石ころを腹の中に詰め込んで悪者を退治するという、痛快で微笑ましい結末へと塗り替えられたのです。
どんなに軽率で致命的な過ちを犯そうとも、最後には都合よく外部から完璧な救い主が駆けつけ、すべてを元通りに修復してくれるという甘美で快適な物語への変貌。かつてペローがアニエスのあばら家で、全身の毛穴から冷や汗を吹き出させながら体感した「逃げ場のない現実の冷酷さ」と「不条理な支配構造の重み」は、こうして歴史の表舞台から跡形もなく消去されたのでございます。
さらに、ペローがアニエスの語る冷酷な真相から着想を得て、少女の頭の上にそっと載せた「赤い頭巾」の意味合いもまた、時代の変遷とともに完全に骨抜きにされてまいりました。
ペローの原稿において、その「赤」には、村人から忌み嫌われ差別される「疫病患者の家の子」という凄惨な烙印と、母親の切ない祈り、そして都市のサロンの連中を毒のように惹きつける「早熟で可憐な無知の少女」という、重層的で危険な意味が潜まれておりました。
しかし、グリムの時代にまで下ると、その重々しい背景はすべて剥ぎ取られ、単に「優しくて可愛いおばあちゃんからプレゼントされた、少女にとてもよく似合うお気に入りの頭巾」という、無害な装飾品へと変質してしまったのでございます。
赤という色に塗り込められていた虐げられた者たちの血の匂いも、親の切ない魔除けの祈りも、いまや誰の記憶にも留まらぬほど清らかに洗い流されてしまったのでございました。




