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それから2時間。
深は徐々に空気が変わっていくのを感じていた。
視界がぼやける。
いや、空間全体が薄く光っている。
同時に、肌がざわつき始めた。
(……何かいる?)
しかし目の前には、離れた場所で様子を見守るサイ達しかいない。
だが、この気配には覚えがあった。
サイとも違う。
結界術士達とも違う。
地下で感じた霊粒子とも違う。
もっと別の――。
(どこだ……? どこで感じた……?)
呼吸が少しずつ乱れていく。
(サイさんと初めて会った時?
地下で倒れた時?
結界を結ばれた瞬間?
……違う。もっと前だ)
そして、深は気づく。
――夢だ。
夢の中で感じていた、あの気配。
その瞬間、呼吸が止まった。
深は胸を押さえ、苦しみ始める。
「始まったか! 恵子!」
「はい! でも急に……!?」
室内に緊張が走る。
「深君! 聞こえる!?」
塩田の声にも、深は答えられない。
だが不思議と理解していた。
この苦しさは知っている。
夢の中で、何度も味わった。
まだ耐えられる。
深は震える手で、かろうじて親指を立てた。
だが、その様子を見た長谷川が思わず駆け寄る。
「まなみちゃん、中へ入っちゃ駄目!」
塩田の鋭い声に、長谷川がはっと足を止めた。
「……すみません」
深は苦しみながらも小さく頷く。
――もう少し。
もう少しで。
その瞬間だった。
急に深の体が静止する。
異変を察した塩田が結界解除のため近づこうとした刹那、長谷川が彼女を突き飛ばした。
「塩田さん、危ない!」
「え……?」
次の瞬間。
深の体が宙に浮いた。
激しく回転する空気の渦が球体となって深を包み込み、暴風が室内を吹き荒れる。
机の上の書類が一斉に舞い上がり、部屋中を飛び回った。
「そんな……!」
結界術士達が呆然と立ち尽くす。
塩田は息を呑んだ。
(結界に……対抗してる……?)
深の霊粒子が、本能的に結界へ反発している。
しかも術者へ攻撃を仕掛けるほどに。
だが、それは同時に最悪の問題も意味していた。
(解除できない……!)
近づけば攻撃される。
しかし近づかなければ結界は解除できない。
焦りが広がる中、サイが突然立ち上がった。
「かっかっか! 見てみい!
こやつ、B級結界を食い破りおったぞ!」
場違いなくらい楽しそうな声だった。
「サイさん! 笑ってる場合じゃ――」
「安心せい! 風が弱まっとる!」
言われて見れば、確かに暴風は徐々に勢いを失っていた。
浮いていた深の体も、ゆっくり床へ降りていく。
やがて風は完全に止んだ。
静まり返った室内に、深の荒い呼吸だけが響く。
「深君!」
長谷川と塩田が駆け寄る。
「気分はどうじゃ?」
サイの問いに、深は息も絶え絶えに答えた。
「……最悪っす……」
その場に安堵の空気が広がる。
しばらくして呼吸が落ち着くと、深は申し訳なさそうに周囲を見回した。
「……すいません。部屋、めちゃくちゃにしちゃって」
「そんなことはどうでもええ!」
サイが豪快に笑う。
「それよりどうじゃ? 何か変化は?」
「……前より、はっきり感じます。
サイさん達の“気配”っていうか……今までは嫌な感じだったのが、普通に分かる感じで」
その言葉に、塩田と長谷川が顔を見合わせた。
「じゃあ式自体は成功……?」
「でも、まさかこんな結果になるなんて……」
塩田はまだ申し訳なさそうな顔をしている。
そんな空気を吹き飛ばすように、サイが笑った。
「気にするな。こやつは最初から例外じゃ」
すると深が、ふと思い出したように長谷川を見る。
「そうだ。長谷川さん、ありがとうございました。
あの時、止めてくれなかったら俺、多分……塩田さん傷つけてました」
「なんとなく危ないって分かったのよ。
深君の霊粒子、あの時かなり攻撃的だったから」
「ほんと助かったわ。ありがとう、まなみちゃん」
塩田が苦笑する。
そして深は、おそるおそる尋ねた。
「……ちなみに、結界って破っちゃ駄目なやつでした?」
一瞬の沈黙。
次の瞬間、部屋中に笑い声が広がった。




