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1-17



 それから2時間。



 深は徐々に空気が変わっていくのを感じていた。

 視界がぼやける。

 いや、空間全体が薄く光っている。

 同時に、肌がざわつき始めた。


(……何かいる?)


 しかし目の前には、離れた場所で様子を見守るサイ達しかいない。

 だが、この気配には覚えがあった。


 サイとも違う。

 結界術士達とも違う。

 地下で感じた霊粒子とも違う。



 もっと別の――。


(どこだ……? どこで感じた……?)


 呼吸が少しずつ乱れていく。


(サイさんと初めて会った時?

 地下で倒れた時?

 結界を結ばれた瞬間?

 ……違う。もっと前だ)


 そして、深は気づく。



 ――夢だ。



 夢の中で感じていた、あの気配。



 その瞬間、呼吸が止まった。

 深は胸を押さえ、苦しみ始める。


「始まったか! 恵子!」

「はい! でも急に……!?」


 室内に緊張が走る。


「深君! 聞こえる!?」


 塩田の声にも、深は答えられない。

 だが不思議と理解していた。


 この苦しさは知っている。

 夢の中で、何度も味わった。

 まだ耐えられる。



 深は震える手で、かろうじて親指を立てた。

 だが、その様子を見た長谷川が思わず駆け寄る。


「まなみちゃん、中へ入っちゃ駄目!」


 塩田の鋭い声に、長谷川がはっと足を止めた。


「……すみません」


 深は苦しみながらも小さく頷く。


 ――もう少し。

 もう少しで。



 その瞬間だった。

 急に深の体が静止する。

 異変を察した塩田が結界解除のため近づこうとした刹那、長谷川が彼女を突き飛ばした。


「塩田さん、危ない!」

「え……?」


 次の瞬間。

 深の体が宙に浮いた。

 激しく回転する空気の渦が球体となって深を包み込み、暴風が室内を吹き荒れる。

 机の上の書類が一斉に舞い上がり、部屋中を飛び回った。


「そんな……!」


 結界術士達が呆然と立ち尽くす。

 塩田は息を呑んだ。


(結界に……対抗してる……?)


 深の霊粒子が、本能的に結界へ反発している。

 しかも術者へ攻撃を仕掛けるほどに。

 だが、それは同時に最悪の問題も意味していた。


(解除できない……!)


 近づけば攻撃される。

 しかし近づかなければ結界は解除できない。

 焦りが広がる中、サイが突然立ち上がった。


「かっかっか! 見てみい!

 こやつ、B級結界を食い破りおったぞ!」


 場違いなくらい楽しそうな声だった。


「サイさん! 笑ってる場合じゃ――」

「安心せい! 風が弱まっとる!」


 言われて見れば、確かに暴風は徐々に勢いを失っていた。

 浮いていた深の体も、ゆっくり床へ降りていく。



 やがて風は完全に止んだ。



 静まり返った室内に、深の荒い呼吸だけが響く。


「深君!」


 長谷川と塩田が駆け寄る。


「気分はどうじゃ?」


 サイの問いに、深は息も絶え絶えに答えた。


「……最悪っす……」


 その場に安堵の空気が広がる。

 しばらくして呼吸が落ち着くと、深は申し訳なさそうに周囲を見回した。


「……すいません。部屋、めちゃくちゃにしちゃって」

「そんなことはどうでもええ!」


 サイが豪快に笑う。


「それよりどうじゃ? 何か変化は?」

「……前より、はっきり感じます。

 サイさん達の“気配”っていうか……今までは嫌な感じだったのが、普通に分かる感じで」


 その言葉に、塩田と長谷川が顔を見合わせた。


「じゃあ式自体は成功……?」

「でも、まさかこんな結果になるなんて……」


 塩田はまだ申し訳なさそうな顔をしている。

 そんな空気を吹き飛ばすように、サイが笑った。


「気にするな。こやつは最初から例外じゃ」


 すると深が、ふと思い出したように長谷川を見る。


「そうだ。長谷川さん、ありがとうございました。

 あの時、止めてくれなかったら俺、多分……塩田さん傷つけてました」

「なんとなく危ないって分かったのよ。

 深君の霊粒子、あの時かなり攻撃的だったから」

「ほんと助かったわ。ありがとう、まなみちゃん」


 塩田が苦笑する。

 そして深は、おそるおそる尋ねた。


「……ちなみに、結界って破っちゃ駄目なやつでした?」


 一瞬の沈黙。

 次の瞬間、部屋中に笑い声が広がった。




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