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1-16



 深はマンションに戻ると、シャワーを浴びてジャージに着替えた。

 適当にテレビをつけ、ソファにだらりと身を沈める。流れているのは、どの局も似たり寄ったりの特番ばかりだった。

 ぼんやりと画面を眺めながら夕食を済ませると、深は部屋の明かりを消し、ベッドへ横になった。

 まだ夜の十時。

 眠気はない。だが、なんとなく静かな空気に浸っていたかった。



 ここ数日で、あまりにも色々なことが起きた。

 知りたくもなかった世界を知り、巻き込まれるように日常が変わっていく。

 濃すぎる一週間だった。



 ――いや、まだ一週間すら経っていない。



 これから自分は、どんなことに巻き込まれていくのだろう。

 ゆっくり考えられる場所が欲しかった。

 できれば、あの河川敷みたいな場所が。



 そんな風に物思いに沈んでいた時、不意に携帯電話が鳴った。

 せっかくの静かな時間を邪魔された気がして、深は少し苛立ちながら体を起こす。

 画面を見ると、花南からのメールだった。


『おつかれ! 長谷川さんから聞いたよ。倒れたんだって? 大丈夫?』


 その文面を見た瞬間、深の口元が少し緩む。


『俺もびっくりしたけど、今はもう大丈夫。花南さん、まだ仕事か?』


 数分後、返信が返ってきた。


『うん、もうちょっと仕事!

 でも深君が無事なら安心した!

 それでね、長谷川さんから連絡来たんだけど、この前話してた深君の儀式(?)、今週中にできそうなんだって。結界術班の人たちと予定合わせてくれたらしいよ。

 急いでも金曜になるみたいだけど! というわけでヨロ!』


 昨日、長谷川の部屋でサイと話していた内容を思い出す。

 あの時は「来週以降になる」と言っていたはずだ。

 儀式の内容は結局よく分からないままだが、今日みたいなことが起きなくなるなら、それに越したことはない。

 少し肩の力が抜ける。


 その後もしばらく花南と他愛のないやり取りを続け、深は眠りについた。

 気づけば、さっきまで胸に溜まっていた重苦しさも、少しだけ薄れていた。



 そして、その日が来た。

 朝九時。深は霊能局六階にあるサイの部屋へ呼び出されていた。

 エレベーターの中で長谷川と一緒になる。

 彼女は相変わらず綺麗な笑みを浮かべながら、軽い調子で話しかけてきた。


「どう? 緊張してる? 昨日ちゃんと眠れた?」


 深は階数表示を眺めたまま肩をすくめる。


「いや、緊張はしてないっす。何するのかよく分かってないですし。昨夜も普通に爆睡でした」

「そう。まあ、ちょっと大変かもしれないけど頑張ってね」


(またそれだよ……。みんな“大変”って言うだけで、誰も説明してくれねぇ……)


 しかも長谷川の笑顔が妙に意味深で、不安だけが増していく。

 そんなことを考えているうちに、エレベーターは六階へ到着した。


「失礼します」


 長谷川に続いて部屋へ入ると、そこにはサイの他に四人の女性がいた。

 三十代くらいから六十代くらいまで、年齢はばらばらだ。


「おう、来たな」

「あら、まなみちゃん。久しぶりねぇ。元気してた?」

「お久しぶりです、塩田さん。今日は無理言ってすみません」


 どうやら顔見知りらしい。

 話の流れからすると、長谷川は教官としてかなり評判がいいようだった。


「いいのよ。こっちも久々に東京へ戻れて嬉しいしね。

 ……それで、この子が中川君?」

「はい。中川深です」

「へぇ……ほんとに男の子なのねぇ」


 またその反応か――と、深は内心で苦笑した。

 もう何度目かも分からない。


「一応、男っす。今日はよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね」


 挨拶が一段落したところで、サイが口を開く。


「さて、始めるかの。恵子、どうすればいい?」

「じゃあ中川君――」

「深でいいです。みんなそう呼ぶんで」

「そう? じゃあ深君、こっちへ」


 促され、深は部屋の奥へ向かう。

 サイの個室はかなり広い。

 二十畳はありそうな空間の中央、応接テーブルと執務机の間に通された。


「ここに座って」


 言われるまま床に座る。

 すると四人の結界術士が、深を囲むように立った。

 その光景を見上げた瞬間、深の背筋に嫌なものが走る。


(……これ、完全に儀式じゃねぇか)


 囲まれた自分は、どう考えても生贄側だ。

 しかも詳しい説明は未だゼロ。

 不安だけがどんどん膨らんでいく。


「じゃあ始めるわね。

 少し息苦しくなるかもしれないけど、動き回っちゃ駄目よ。

 四人の作る正方形の外には出ないこと。もし出たら最初からやり直しだから」


「はぁ……。ちなみに、その“息苦しい”ってのは?」


 地下のウェイト室で倒れた時の感覚が脳裏をよぎる。


「あなたの霊力を目覚めさせる過程のひとつよ。

 この中はあなた自身の霊粒子で満たされるわ。それを認識して制御できるようになるまで、少し苦しくなるかもしれない」

「……なるほど。全然わかんねぇ」


 思わず本音が漏れた。

 長谷川が離れた場所から苦笑混じりに声をかける。


「大丈夫よ」


 その直後、サイが塩田へ尋ねた。


「どれくらいかかりそうじゃ?」

「個人差があります。早ければ十五分、長い人だと一時間以上。

 ただ、それ以上は体が持たないので途中で止めます」

「うむ。頼むぞ」

「式自体は簡単な結式継続型です。一度結べば維持は自動なので、解除もすぐできます」


 説明を聞き終えたサイが椅子へ腰を下ろす。

 同時に、四人の結界術士が深へ向けて手をかざした。


「――それじゃ、いくわね」


 深は周囲を見回す。

 結界というからには、SF映画みたいに光ったり爆音が鳴ったりするものだと思っていた。

 だが実際には、四人が静かに手を向けているだけだ。



 いや。

 よく見ると、全員の唇が小さく動いている。

 呪文――だろうか。


 それから一分ほど経った頃。

 四人がゆっくりと手を下ろした瞬間、深の全身に嫌な感覚がまとわりついた。


(……この感じ)


 地下のウェイト室で味わったものに似ている。

 だが今回は違った。

 あの時のような暴力的な不快感ではない。

 ただ“何かが存在している”感覚だけが、じわじわと肌にまとわりついてくる。


 数分後、塩田がふうと息を吐いた。


「これで結び終わりました」


 他の三人も汗を拭いながら緊張を解く。


「どうじゃ、深?」

「なんか……周りに何かいる感じはします。でも気分悪くはないっす」


 その返答に、塩田が首を傾げた。


「あら? 自分の霊粒子放出はないのに、結界は感じられるの?」

「この前も妙な反応をしておったしの。不思議な小僧じゃ」


 サイと塩田が顔を見合わせる。

 すると長谷川がふと思いついたように言った。


「微量すぎて、私達が感知できないだけじゃないですか?」

「……あり得るわね」


 塩田は納得したように頷き、再び深を見る。


「どう? 苦しくない?」

「今んとこは平気っす」

「なら長期戦ねぇ」




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