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自席に戻ると、深の周りの席に春たち3人が座っていた。
「おっ、おはよ。どうだった?」
深の正面の席に座っていた瞬が、真っ先に深に気づいて声をかけてくる。
3人とも顔に少し汗を浮かべていたが、昨日の夕方に比べればずいぶん元気そうだった。
「おはようございます。うん。歴史と異敵生物について教えてもらってきました。あっ、あと多元ホールにも……」
深が答えると、春も席を立ちながら話に加わる。
「驚くこともいっぱいだったでしょ? 深君、お昼どうするの? 私たちこれから食堂行くけど。一緒に来る?」
「あっ、はい。いろいろ聞きたいこともあるし」
「よし。ごはんだぁ」
礼子が満面の笑みを浮かべる。
瞬も立ち上がり、4人はそのまま食堂へ向かうことになった。
◇
午後は地下訓練場での訓練だった。
深も着替えを済ませ、ひとまず春たち3人と一緒に訓練場で待機していた。
すでに20人近いメンバーが集まっており、全員がそろったところで、最後に長谷川が静かな足取りで姿を現す。
「はい、みんな集まって。あっ、深君はこれ」
長谷川はそう言って、1枚の紙を深に手渡した。
そこにはトレーニングメニューが細かく記されている。
「とりあえずこれ見ながら内容に沿って筋トレしてて。隣のウェイト室ね。内容は女の子用の初期段階メニューだから回数とか重さ増やしてもいいわよ。機器の使い方はわかるわね?」
「はい。大丈夫です。あっ、でもここでちょっと見学してていいですか?」
「うーん、今はまだやめたほうがいいわよ。隣の部屋行ってなさい。ガラス張りだからあそこからでも見えるし。理由は後でわかるわ」
「はぁ……」
深は怪訝そうな表情を浮かべながらも、素直に従うことにした。
ウェイト室へ入った後、しばらくはガラス越しに向こうの様子を眺めていたが、長谷川の話が続いているだけで、まだ何か始まる気配はない。
深は諦めて、先ほど渡されたメニューに目を落とした。
「ベンチプレス20kg 10回×2セット。確かに女の子のメニューだ」
思わず苦笑する。
普段から多少は体を鍛えていた深にとって、その内容はかなり軽いものだった。
そして、一通りメニューを確認し終え、実際にトレーニングを始めようとした――その瞬間。
急激な悪寒が深の全身を襲った。
全身の毛穴が一斉に開いたように鳥肌が立つ。
さらに、真冬の冷気を浴びせられたかのような異常な寒気。
それが体の芯を貫いた。
「……な……なんだ……?」
立っていることすら難しくなり、深はとっさに近くの壁へ手をつく。
荒くなる呼吸の中、ふと顔を上げると、ガラスの向こうでは20人近いメンバーたちが武器を手にし、一斉に長谷川へ向かって走り出していた。
「……始まった……これが……でも……この感じは……」
まともに立っていられない。
(なんだ……この感じは……)
ガラス越しに見える長谷川が、5人ほどを相手に木刀を振るう。
次の瞬間、そのうち4人が一気に吹き飛ばされ、5メートルほど先に着地した。
(これは……そう……昨日、サイとかいうばあさんから感じたあの気配……でも、もっと気持ち悪い……どこから? いや、何となくわかる。あのガラスからだ。ガラスの向こう……)
深は薄れゆく意識の中で理解する。
長谷川が、自分を隣の部屋へ追いやった理由を。
ガラスの向こう側……多分……
多分、俺にとっての……地獄だ……
◇
「深君……深君……」
肩を揺さぶられ、深はゆっくりと目を開けた。
まぶしさに思わず目を細める。
ぼやけた視界の中に、長谷川の顔があった。
「起きた。大丈夫?」
さらにその隣には礼子の顔もある。
「……はい……俺は……?」
どうやら気を失っていたらしい。
先ほどまでの気持ち悪さは消えていたが、深はまだ床に横になったままだった。
「ごめんね。早く気づいてあげられなくて」
長谷川が申し訳なさそうに言う。
だが深は、その言葉の別の部分に引っかかった。
「……早く……?」
深はぼんやりしたまま周囲を見回し、壁の時計へ視線を向ける。
時刻はすでに4時半を回っていた。
つまり、自分は3時間以上も気を失っていたことになる。
「まさか気を失うとはね。大丈夫? 気持ち悪くない?」
長谷川は本気で心配しているようだった。
「はい。大丈夫っす。でも……俺……」
「深君、私たちの霊粒子の影響で気持ち悪くなったのよ。ほんとうにごめんね。まさかここまで影響受けるとは……この部屋は結界術の呪符で守られているはずなのに……」
「敏感肌ってやつですかねぇ!」
礼子が笑いながら口を挟む。
しかし、そのさらに後ろから春の呆れた声が飛んだ。
「……礼子……笑えないわよ……」
深は体を起こしながら、ようやく春と瞬もそこにいることに気づいた。
2人とも、どこか心配そうな表情をしている。
「治療室行く?」
「いえ、大丈夫っす……」
深は首を振った。
まだ少し体は重かったが、徐々に感覚が戻ってきており、特に異常はなさそうだった。
「よかったわ。でも考えなきゃいけないわね……このままだと、ここでのトレーニングすらままならないわ」
「これって……あんまりよくないことなんですか?」
「いえ……逆に深君に能力があるってことは証明されたわ。普通の人には何も感じないものだから、むしろ喜ばしいことよ。あっちの部屋にいたら、多少つらいかなって思って……みんなが戦闘態勢入る前にこっち来させたの……でもまさか、ガラス越しでもここまで影響受けるなんて。本当にごめんね」
長谷川は何度も謝っていた。
本気で心配してくれているのが伝わってくる。
それに気づいた深は立ち上がり、自分の無事を示すように軽く肩を回してみせた。
「いえ、本当に大丈夫っす。こっちこそ心配かけてすみません」
「でもどういうことなんですか? 深君、霊力もほとんどないし。それなのに……」
春が首をかしげながら尋ねる。
だが、質問された長谷川も困ったように首を傾けるだけだった。
(あぁ……俺ってやっぱ特殊なんだ……)
そう思いながらも、深自身にも理由などわかるはずがない。
「うん。ちょっとサイさんに報告する必要あるわね。私もう部屋に戻るわ。深君? 何かわかったらメール入れとくわ」
「でも、俺まだアカウントもらってないですよ?」
「そうだったっけ。じゃあ、花南ちゃん経由で連絡するわ。それだったら大丈夫?」
「大丈夫っす」
「じゃあ、後よろしくね」
そう言うと、長谷川は振り返って出口へ向かった。
「お疲れ様です」
4人が声をそろえる。
ガラス越しに向こうの部屋にいたメンバーたちも、長谷川へ軽く頭を下げていた。
「でも、びっくりしました……トレーニング終ってこっちの部屋に来たら深さん倒れてるんだもん。まさか……死んじゃったかなって……」
長谷川の姿が見えなくなった途端、礼子がトレーニング器具に腰かけながら言った。
(勝手に殺すな……)
「俺もびっくりした。みんなが……戦い……なのかな……? あれ始めた途端、気持ち悪くなって」
「じゃあ、うちらが戦ってたのは見れなかったんだ」
瞬が汗を拭きながら聞いてくる。
「はい。多分……30秒も……あっ、そういえば今日はどうだったんですか?」
「昨日と大して変わらないわ。長谷川さんには全く敵わない」
春が髪をかき上げながら答えた。
「でも……なんとなく、チームプレーっていうか。誰がどう動こうとしてるかとかわかってきたような気がしない?」
「まぁ、確かに……攻撃のタイミングとかね……」
瞬が天井を見上げる。
しかし礼子は、ふてくされたように口を尖らせた。
「私はそんなの全然わかんないですぅ」
「礼子は突進型だからね。何も考えずに攻め続ければいいんじゃない? イノシシみたいに!」
「瞬さんひどいッ!」
さらに不満げな顔になる礼子。
その様子に、その場の3人が吹き出した。
笑い声が落ち着いた頃を見計らって、深が口を開く。
「今日はもう終わりなの?」
「はい。もう終わりですぅ。本来は自主トレってことになってる時間なんですけど、体がついて行かない今は休んでていいって長谷川さんが。あっちの部屋にいるみんなもそろそろこっちの部屋に来ますよ。こっちで一息ついてから、帰るんです」
礼子は、初めて会った時と同じように机へ突っ伏すようにうなだれた。
その向こうでは、隣の部屋から続々とメンバーたちが戻ってきている。
その後、一同はしばらく談笑し、5時半頃になると、メンバーたちは少しずつ帰宅していった。




