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1-15



 自席に戻ると、深の周りの席に春たち3人が座っていた。


「おっ、おはよ。どうだった?」


 深の正面の席に座っていた瞬が、真っ先に深に気づいて声をかけてくる。

 3人とも顔に少し汗を浮かべていたが、昨日の夕方に比べればずいぶん元気そうだった。


「おはようございます。うん。歴史と異敵生物について教えてもらってきました。あっ、あと多元ホールにも……」


 深が答えると、春も席を立ちながら話に加わる。


「驚くこともいっぱいだったでしょ? 深君、お昼どうするの? 私たちこれから食堂行くけど。一緒に来る?」

「あっ、はい。いろいろ聞きたいこともあるし」

「よし。ごはんだぁ」


 礼子が満面の笑みを浮かべる。

 瞬も立ち上がり、4人はそのまま食堂へ向かうことになった。



     ◇



 午後は地下訓練場での訓練だった。


 深も着替えを済ませ、ひとまず春たち3人と一緒に訓練場で待機していた。

 すでに20人近いメンバーが集まっており、全員がそろったところで、最後に長谷川が静かな足取りで姿を現す。


「はい、みんな集まって。あっ、深君はこれ」


 長谷川はそう言って、1枚の紙を深に手渡した。

 そこにはトレーニングメニューが細かく記されている。


「とりあえずこれ見ながら内容に沿って筋トレしてて。隣のウェイト室ね。内容は女の子用の初期段階メニューだから回数とか重さ増やしてもいいわよ。機器の使い方はわかるわね?」

「はい。大丈夫です。あっ、でもここでちょっと見学してていいですか?」

「うーん、今はまだやめたほうがいいわよ。隣の部屋行ってなさい。ガラス張りだからあそこからでも見えるし。理由は後でわかるわ」

「はぁ……」


 深は怪訝そうな表情を浮かべながらも、素直に従うことにした。

 ウェイト室へ入った後、しばらくはガラス越しに向こうの様子を眺めていたが、長谷川の話が続いているだけで、まだ何か始まる気配はない。


 深は諦めて、先ほど渡されたメニューに目を落とした。


「ベンチプレス20kg 10回×2セット。確かに女の子のメニューだ」


 思わず苦笑する。

 普段から多少は体を鍛えていた深にとって、その内容はかなり軽いものだった。


 そして、一通りメニューを確認し終え、実際にトレーニングを始めようとした――その瞬間。



 急激な悪寒が深の全身を襲った。



 全身の毛穴が一斉に開いたように鳥肌が立つ。



 さらに、真冬の冷気を浴びせられたかのような異常な寒気。



 それが体の芯を貫いた。



「……な……なんだ……?」



 立っていることすら難しくなり、深はとっさに近くの壁へ手をつく。


 荒くなる呼吸の中、ふと顔を上げると、ガラスの向こうでは20人近いメンバーたちが武器を手にし、一斉に長谷川へ向かって走り出していた。


「……始まった……これが……でも……この感じは……」


 まともに立っていられない。


(なんだ……この感じは……)


 ガラス越しに見える長谷川が、5人ほどを相手に木刀を振るう。

 次の瞬間、そのうち4人が一気に吹き飛ばされ、5メートルほど先に着地した。


(これは……そう……昨日、サイとかいうばあさんから感じたあの気配……でも、もっと気持ち悪い……どこから? いや、何となくわかる。あのガラスからだ。ガラスの向こう……)


 深は薄れゆく意識の中で理解する。

 長谷川が、自分を隣の部屋へ追いやった理由を。



 ガラスの向こう側……多分……



 多分、俺にとっての……地獄だ……



     ◇



「深君……深君……」


 肩を揺さぶられ、深はゆっくりと目を開けた。

 まぶしさに思わず目を細める。

 ぼやけた視界の中に、長谷川の顔があった。


「起きた。大丈夫?」


 さらにその隣には礼子の顔もある。


「……はい……俺は……?」


 どうやら気を失っていたらしい。

 先ほどまでの気持ち悪さは消えていたが、深はまだ床に横になったままだった。


「ごめんね。早く気づいてあげられなくて」


 長谷川が申し訳なさそうに言う。

 だが深は、その言葉の別の部分に引っかかった。


「……早く……?」


 深はぼんやりしたまま周囲を見回し、壁の時計へ視線を向ける。

 時刻はすでに4時半を回っていた。

 つまり、自分は3時間以上も気を失っていたことになる。


「まさか気を失うとはね。大丈夫? 気持ち悪くない?」


 長谷川は本気で心配しているようだった。


「はい。大丈夫っす。でも……俺……」

「深君、私たちの霊粒子の影響で気持ち悪くなったのよ。ほんとうにごめんね。まさかここまで影響受けるとは……この部屋は結界術の呪符で守られているはずなのに……」

「敏感肌ってやつですかねぇ!」


 礼子が笑いながら口を挟む。

 しかし、そのさらに後ろから春の呆れた声が飛んだ。


「……礼子……笑えないわよ……」


 深は体を起こしながら、ようやく春と瞬もそこにいることに気づいた。

 2人とも、どこか心配そうな表情をしている。


「治療室行く?」

「いえ、大丈夫っす……」


 深は首を振った。

 まだ少し体は重かったが、徐々に感覚が戻ってきており、特に異常はなさそうだった。


「よかったわ。でも考えなきゃいけないわね……このままだと、ここでのトレーニングすらままならないわ」

「これって……あんまりよくないことなんですか?」

「いえ……逆に深君に能力があるってことは証明されたわ。普通の人には何も感じないものだから、むしろ喜ばしいことよ。あっちの部屋にいたら、多少つらいかなって思って……みんなが戦闘態勢入る前にこっち来させたの……でもまさか、ガラス越しでもここまで影響受けるなんて。本当にごめんね」


 長谷川は何度も謝っていた。

 本気で心配してくれているのが伝わってくる。

 それに気づいた深は立ち上がり、自分の無事を示すように軽く肩を回してみせた。


「いえ、本当に大丈夫っす。こっちこそ心配かけてすみません」

「でもどういうことなんですか? 深君、霊力もほとんどないし。それなのに……」


 春が首をかしげながら尋ねる。

 だが、質問された長谷川も困ったように首を傾けるだけだった。


(あぁ……俺ってやっぱ特殊なんだ……)


 そう思いながらも、深自身にも理由などわかるはずがない。


「うん。ちょっとサイさんに報告する必要あるわね。私もう部屋に戻るわ。深君? 何かわかったらメール入れとくわ」

「でも、俺まだアカウントもらってないですよ?」

「そうだったっけ。じゃあ、花南ちゃん経由で連絡するわ。それだったら大丈夫?」

「大丈夫っす」

「じゃあ、後よろしくね」


 そう言うと、長谷川は振り返って出口へ向かった。


「お疲れ様です」


 4人が声をそろえる。

 ガラス越しに向こうの部屋にいたメンバーたちも、長谷川へ軽く頭を下げていた。





「でも、びっくりしました……トレーニング終ってこっちの部屋に来たら深さん倒れてるんだもん。まさか……死んじゃったかなって……」


 長谷川の姿が見えなくなった途端、礼子がトレーニング器具に腰かけながら言った。


(勝手に殺すな……)


「俺もびっくりした。みんなが……戦い……なのかな……? あれ始めた途端、気持ち悪くなって」

「じゃあ、うちらが戦ってたのは見れなかったんだ」


 瞬が汗を拭きながら聞いてくる。


「はい。多分……30秒も……あっ、そういえば今日はどうだったんですか?」

「昨日と大して変わらないわ。長谷川さんには全く敵わない」


 春が髪をかき上げながら答えた。


「でも……なんとなく、チームプレーっていうか。誰がどう動こうとしてるかとかわかってきたような気がしない?」

「まぁ、確かに……攻撃のタイミングとかね……」


 瞬が天井を見上げる。

 しかし礼子は、ふてくされたように口を尖らせた。


「私はそんなの全然わかんないですぅ」

「礼子は突進型だからね。何も考えずに攻め続ければいいんじゃない? イノシシみたいに!」

「瞬さんひどいッ!」


 さらに不満げな顔になる礼子。

 その様子に、その場の3人が吹き出した。


 笑い声が落ち着いた頃を見計らって、深が口を開く。


「今日はもう終わりなの?」

「はい。もう終わりですぅ。本来は自主トレってことになってる時間なんですけど、体がついて行かない今は休んでていいって長谷川さんが。あっちの部屋にいるみんなもそろそろこっちの部屋に来ますよ。こっちで一息ついてから、帰るんです」


 礼子は、初めて会った時と同じように机へ突っ伏すようにうなだれた。

 その向こうでは、隣の部屋から続々とメンバーたちが戻ってきている。


 その後、一同はしばらく談笑し、5時半頃になると、メンバーたちは少しずつ帰宅していった。




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