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1-14



 第7会議室。時間は朝の8時50分を回ったぐらい。深は机に座っていた。


 昨日は疲れていたらしく、ベッドに入るとすぐに眠ることができた。

 朝もすっきりと目が覚め、深は少し早めに部屋を出る。そして、スーツ姿のサラリーマンに囲まれながら電車に揺られ、局へと到着した。


 自分の席へ向かうと、隣には礼子が座っていた。


「おはようございます」


 後ろから声をかけると、礼子は眠そうな顔のまま振り返った。


「おはようございますぅ……」


 いかにも起きたばかりという返事だった。


「そういえば……あの後、結局どうすることになったんですかぁ?」


 礼子が相変わらず眠たそうな声で尋ねてくる。


「うん。今週は午前中に講義して、午後はトレーニングだって。でも俺、全然霊能力とかないから、みんなとはまだ合流しないらしいよ」

「そうですかぁ。早く合流できるといいですねぇ」

「そうだね。でも、あんなに疲れる訓練も気が進まないけどね」

「あはは……。さて、私もう行きますねぇ。着替えなくちゃ。春さんと瞬さんも行っちゃったし。それじゃあ」

「うん。がんばってね」


 深は自然と穏やかな笑みを浮かべていた。

 どうも礼子という少女は、妹のような雰囲気を持っている。

 実際に妹がいるわけではないのだが、深は彼女と話していると、不思議とそんな感覚になってしまうのだった。


 礼子の背中が見えなくなるのを待ってから、深も会議室へ向かうことにする。



 会議室へ到着すると、深は軽く深呼吸をした。

 長谷川と二人きりになることに緊張しているわけではない。

 これから聞ける話への期待のほうが大きかった。

 しかし、九時を過ぎても長谷川の姿は現れない。


(まぁいいか。あの人も忙しそうだし……)


 結局、九時半を少し過ぎた頃になって、長谷川が爽やかな笑顔を浮かべながら部屋に入ってきた。


「おはよう。遅れてごめんね」

「おはようございます。お構いなくです」

「あら。パソコンも持ってきてくれたのね。昨日、言い忘れてたから、持ってきてなかったら取りに行ってもらわなきゃって思ってたところよ。ありがとね」

「いえ、なんとなく、筆記用具とパソコンあたりは要るかなって思ったんで……」


 長谷川は深の正面に腰を下ろした。


「そこのLANケーブルつないで。サーバーの共有フォルダに資料があるのよ」

「あっ。でも、自分ネットワークにはつなげること出来ないらしいですよ。まだ、アカウントとパスワードもらってないんです」

「あらそう。じゃあ、フラッシュメモリでいいかしら」


 長谷川はセカンドバッグからフラッシュメモリを取り出した。


「じゃあ、始めるわね。最初に……そうねぇ……深君はどれくらい知っているの?」


 急に飛んできた質問に、深は少し困ったような顔をする。

 パソコンにデータを移しながら顔を上げた。


「どれくらいって言われても……そうですね。千年に1度の大詔時代がくるとか……あと、その影響で妖怪がたくさん出現するとか……多元ホールとかいうのも聞きました」


 長谷川は少し考えるように黙り込んでから口を開く。


「そうね……それぐらいしか知らないでしょうね。まぁ、歴史に関しては軽く通すぐらいでいいでしょう。なにぶん時間もないですし。後々、実際の任務がどのように行われるかについてとか、そういうのじっくり教えたほうがよさそうね」


 それから二時間ほど、平安時代から現代に至るまでの歴史について長谷川の講義が続いた。

 その内容は、深にとって驚くことばかりだった。



 前回の大詔時代は平安時代。

 さらにその前――今から二千年前については、日本に文字文化が存在していなかったため、資料はほとんど残っていないらしい。

 しかし平安時代以降、歴史上の名だたる人物たちが霊能士として暗躍していたという。

 その多くは男尊女卑文化の影響もあり、本来は女性であるにもかかわらず男性として歴史に記されているとのことである。


 そして何より深を驚かせたのが、江戸幕府の“大奥”が霊能局の前身組織だったという事実だった。

 その時の長谷川の一言が妙に印象に残る。


「将軍だからって浮気ばっかりしてたら、奥さんに怒られるでしょ」


(そういう問題じゃ……)


 深の中で、日本史が盛大に崩壊していた。

 一通り話し終えると、長谷川が椅子の背もたれに体を預ける。


「さて、少し休憩する? 疲れたでしょ?」

「じゃあ、トイレだけ行ってきます」


 深は軽く伸びをしながら席を立った。

 戻ってくると、長谷川はすぐに次の話題へ入る。


「さて、次行くね。結構飛ばしちゃったから後でよく読んでおいてね」

「はい」

「次は……そうねぇ……妖怪の話でもしましょうか?」

「はい。お願いします。自分もそこはまだ半信半疑なんで」


 ここまで来れば、もはや疑う余地などない。

 それでも“妖怪が実在する”という話を、当たり前のように受け入れている自分に、深は少しだけ妙な気分になっていた。


「うふふ! そうでしょうね。まずね……妖怪っていうのは一般的な名称で、うちらの間では『異界敵性生物』というわ。任務中は略して、『異敵生物』っていうことが多いかしら」

「異敵生物……」

「そういった異敵生物は多元ホールを利用してこちらの世界にやってくるわ。いったいいくつの異世界があるのかは、まだまだ調査中」

「あ、すいません。話それるんですけど……そもそも、多元ホールってどうやって開くんですか?」

「うーん……自然発生することもあるし。これからの大詔時代は、計画的に開くこともできるようになってしまうわ。昨日、結界術士の話はしたわよね?」

「はい。そういえば……」


 深は昨日、長谷川の部屋でサイと長谷川が話していたことを思い出す。

 内容はほとんど理解できなかったが、“結界術”という言葉だけはなんとなく記憶に残っていた。


「A級結界術士が数人集まれば、多元ホールを開くことは可能だわ。1回開いたホールを維持するのはもっと簡単。その後つきっきりで術を使い続けなくてはいけないけどね」

「はぁ……」

「そういうこと。今までは自然発生した多元ホールから少人数の異敵生物が偶発的に侵入してくるだけだったんだけど、これからは人為的に開けた多元ホールから部隊……というか軍隊並の兵力で計画的に侵入してくるのよ。住みやすいこっちの世界に移住する目的でね」

「もしかすると、自分らの祖先も他の世界から侵入してきたのかもしれないっすね……」

「ふふっ! そうかもしれないわね。面白いこと言うわね、あなた」

「あっ、別に……何となくです」


「続けるわね。それで、異世界からの侵入者は、組織を組んでこちらに侵略してくるわ。その中には一般の兵士もいるけど、私らと同じように霊力を駆使できる兵士もいるのよ」

「だから、自分らも霊能士で対抗しなきゃいけなくなるんですね?」

「そういうこと。一般の兵士は、自衛隊の兵器で対抗できるわ。だけどね、霊力を使った敵には有効な手段ではないのよ」

「どういうことっすか?」

「高密度の霊粒子を体の周りにまとった霊能士は、戦車のミサイルでも倒すことができないわ。霊能士のレベルにもよるけどね。それほどの硬度を持つことが出来るの。そうねぇ、瞬ちゃんは知ってる?」

「はい。自分と同じ班の瞬さんですよね?」


「あの子がいい例ね。スピードタイプの戦闘術士で、霊粒子を体の周りに充満させるのが得意だわ。あの子、もうライフルぐらいの弾丸なら簡単にはじき返すわよ」

「まじっすか? すげぇ……ほんとに……? あれ? じゃあ、どうやってそーゆー敵を倒すんですか?」

「対抗手段として、我々も霊粒子をまとった武器を使うの。刀とか槍とか……結局、私たちの戦いは戦国時代みたいな古い戦い方になるわね。他には……礼子ちゃんは手にした武器に霊粒子をまとわせるのが得意ね。破壊力は抜群ね、あの子。春ちゃんは弓矢を使うわ。遠距離攻撃が得意なの」

「はぁ……」


 深は現実味を帯びてきた“戦い”という言葉に、驚きとも不安ともつかないため息を漏らした。



「ん? ちょっといいですか? じゃあ、自衛隊とかで使ってる武器……つーか現代の武器にその……霊粒子……でしたっけ? それを使って戦うことはできないんですか? ほら、マシンガンとか」


 深が率直な疑問をぶつけると、長谷川は「いい質問ね」と小さく笑った。


「そうねぇ。そういったものは刀とか弓に比べて、霊粒子をまとわせることが難しいのよ。小さなねじ1個に至るまで均一に霊粒子を送り込まなくてはいけないわ。弾丸を発射するときにマシンガンの部品の動きに合わせて霊粒子の動きも調整しなきゃいけないし。

 そういうものなの……あっ、でも関西のほうに2、3人、小さな銃を使える人がいるらしいわ。仕組みの簡単な回転式の銃らしいけど」


「はぁ……」


 深は相変わらず同じような相槌を返すしかなかった。

 霊粒子だの異世界だのという話に、ようやく慣れてきたつもりではいたが、今度は「霊粒子をまとわせた武器」という概念まで出てきたのである。理解が追いつかないのも当然だった。


「人それぞれ、武器も違えばスタイルも違うわ。あなたはどういった戦い方をするのか楽しみね」

「今んとこ、なにも想像できないですよ」


 深が苦笑交じりに答えると、長谷川も楽しそうに笑った。


「うふふ。話し戻そうかしらね。異敵生物の話に戻るわよ? 大丈夫?」

「あっ、はい」

「さっき平安時代の時の話で百鬼夜行の話はしたわよね?」

「はい。大丈夫っす。覚えています」


 長谷川はパソコンの画面を指先で軽く示す。

 モニターには、先ほどから平安時代の絵巻物が映し出されていた。


「あの絵画の中に書かれている妖怪は、ほとんどが想像上の生き物よ。他にも、いろんな地方に残っている伝説や言い伝えの生き物もほとんどがそれ。長い年月で話が変わってしまうことはよくあることなんでしょうね」


 深はモニターを見つめる。

 奇妙な姿の妖怪たちが列をなして描かれた絵は、子供の頃に図鑑で見た記憶があった。


「だけどね。中には実際の異敵生物が描かれてたり、語り継がれていたりすることもあるのよ。その前に『進化』の話をしてもいい?」

「はい? 『シンカ』?」

「そう。ダーウィンの進化論の『進化』」

「あ、その『進化』ですか。はい。お願いします」


 急に話題が飛んだので、深は一瞬きょとんとした。

 だが、長谷川の話し方からして、何か重要な説明につながるのだろうということはなんとなく理解できた。


 深がモニターから視線を外し、長谷川の方を見る。

 その視線を受け止めるように、長谷川が静かに話を続けた。


「我々は猿から進化したわよね? でもね、異世界でも同じように猿から進化した生物が生態系の頂点に立つとは限らないのよ」

「つまり?」

「牛から進化したものが二足歩行をして、知能をもったらどんな生物になると思う?」

「牛?」


 深は少し考え込む。


(うし……? つの? ……ガタイはよさそうだな……)


「鬼……みたいなのですか?」


 その答えに、長谷川がぱっと表情を明るくした。


「そう! 勘いいわねッ! その、牛の進化した生き物が多元ホールからこの世界に侵入してきて、『鬼』として人々に恐れられる存在になったのよ」

「なるほど……」


 深は小さくうなずく。


(確かに理にかなっているな……)


 単なる昔話だと思っていたものに、急に現実味が帯びてきた。

 もちろん、にわかには信じがたい話ではある。

 だが、今まで聞かされた内容を踏まえると、むしろ筋が通っているように思えてしまう自分がいた。


「ちょっと無理矢理なのが、ろくろ首。あれはヤモリみたいな爬虫類が進化した形ね。でも人の顔はしていないわ。絵画や言い伝えが間違って伝えられたいい例ね。他にもヨーロッパのほうでは狼男なんてのもいるわね。これはわかりやすい。そのまんまよ」

「なるほど」

「何も二足歩行できた生物のみが知能を持つわけでもないらしいけどね。そんな感じで考えると納得いくでしょ? 妖怪みたいな変な生き物がいるってことも」

「はい。確かに……」


 そこまで説明を終えると、長谷川はふと壁の時計を見上げた。


「そろそろ時間ね。今日はここまでにしましょう。お昼の時間よ。午後は地下に来てね」

「はい。わかりました」


 2人はパソコンを閉じ、席を立つ。

 長時間座りっぱなしだったせいか、深は軽く肩を回しながら会議室を後にした。




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