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 扉が閉まる。

 再び席についた花南が、ふぅと息を吐いた。

 そんな彼女とは対照的に、長谷川はまったく変わらない調子で笑う。


「しかし、本当に驚きねぇ。男の子とは……やっぱりこれくらい潰しがいがないと。腕が鳴るわ!」


 満面の笑み。

 だが、サイがいなくなって気が抜けたのか、花南がすかさずツッコミを入れた。


「長谷川さん、それ普通に怖いですよ。壊し屋じゃないんですから……」

「あら? 人は潰れてなんぼでしょ? ねぇ、深君?」


 しかし、地下で見た訓練風景を思い出していた深は、その問いに笑えなかった。


「あの……長谷川さん。他のメンバーって、今どんな訓練してるんです?」

「あら? まだ詳しく聞いてなかったの?」

「さっき地下には行ってきました。みんなヘトヘトでしたけど……」


 深が本気で不安そうな顔をすると、それが面白かったのか、長谷川がくすりと笑う。


「今は実戦訓練の第二段階ね。私相手に、全員で自由にかかってきなさいって感じかしら」

「はっ!? 全員相手に戦ってるんですか?」

「まぁね。あの子たち、まだ二時間くらいしか持たないけど。チームワークもまだまだだし」

「二時間ずっと……?」

「やっぱり長谷川さんって、すごいんですね……」


 深が引きつった顔で言うと、花南が感心したように続ける。


「長谷川さん、昔はB級霊能士だったんだよ」

「左手こんなになっちゃったけど、まだD級の新人には負けてられないわ」

「その、BとかDって?」


 長谷川が説明を始める。


「新人は基本D級。そこからC、B、Aって上がっていくの。

 戦闘術士なら戦闘能力、占術士なら占いの精度とかね。ちなみにサイさんはA級よ。日本に十人もいないわ」

「はぁ……」


(占術士……?)


 初めて聞く単語ばかりだ。

 深は結局、また曖昧にうなずくしかなかった。


「まぁ、詳しくは明日から教えるわ。……あ、ちょっと待ってね。会議室空いてるか確認するから」


 長谷川は窓際の机へ移動し、パソコンを操作し始める。

 しばらくしてから、こちらを振り返った。


「明日から朝九時、第七会議室ね。今週いっぱい予約取れたわ」

「あ、はい」


 深は湯呑を持ち上げかけていた手を止め、先に返事をしてからお茶を飲んだ。


「午前中は講義、午後は筋トレ。筆記用具とジャージ、運動靴を持ってきてね」

「通勤時の服ってスーツですか?」


 今度は花南が答える。


「ううん。私たちはスーツだけど、深君たちは私服で大丈夫」

「あぁ、わかった」

「まぁ、花南ちゃんのほうでも用事あるでしょうし。深君を借りる時はメールしてちょうだいね」

「はい。わかりました」


 長谷川が席へ戻り、三人はそろってお茶をすすった。



 その後もしばらく雑談を交わしたあと、深は花南に連れられて自分の席へ案内された。

 部屋の中には、四~五台ごとに区切られた机が二十組ほど並んでいる。

 ここが『戦闘術士』たちの部屋らしい。

 もっとも、今はほとんど無人だった。

 地下で会ったD級戦闘術士たちはすでに帰宅しているらしい。


「ここ。深君の席ね。隣と前の席二つが、さっきの三人の席」


 深の机にはノートパソコンが一台だけ置かれている。

 対して周囲の席には書類や筆記用具、可愛らしい小物や写真などが並び、いかにも女の子らしい雰囲気だった。


「このパソコンも?」

「うん。深君の。パソコン得意?」

「まぁ、それなりに」

「じゃあ大丈夫だね。あとでメールアドレスとか、ネットワークのパスワード教えるよ」

「あぁ、了解」

「じゃ、次」


 花南は再び深を促した。

 廊下へ出たところで、彼女が腕を組む。


「あと案内してないの……ロッカーか」


 そうして二人は男子更衣室へ向かった。

 同じ階だったため、すぐに到着する。


「ここが男子ロッカールーム。着替えはここね。多分もう“中川”って札ついてると思う。シャワーもあるよ」

「至れり尽くせりだな……準備早すぎだろ」

「本来、霊能士は一般職と別なんだけどね。深君、男一人だから一般職側なの。残念だったねぇ、春さんたちと一緒に着替えられなくて」

「あぁ、そうだな。実に残念――」


 言い終わる前に、ふくらはぎへ鋭い痛みが走った。


「っってぇ!? 何すんだよ!」


 どうやら蹴られたらしい。


(いや普通に痛ぇよ!? あんた回し蹴りで俺吹っ飛ばしたこと忘れてねぇだろ……)


 しかし花南は、氷みたいに冷たい声で言う。


「別に。……じゃ、次」


 そのまま歩き出す花南の後を、深は黙ってついていく。


「あと食堂くらいかな。一階ね」

「……はいはい」


 なぜか花南の背中からも、サイに似た妙な圧を感じる気がして。

 深はできるだけ余計なことを言わないようにした。


(マジでまだ痛ぇ……)


 その後、食堂の場所まで案内されたところで、本日の見学は終了となった。


「じゃ、今日はこのくらいかな。ごめんね、遅くなっちゃって」

「いや、こっちこそありがとな」

「あたし、まだ仕事残ってるから」

「俺も帰って書類書くわ。じゃ、また明日」

「うん。おやすみ」

 そうして二人は別れた。



 2時間後。

 アパートへ戻った深は、書類を書き終えると、そのままベッドへ倒れ込んだ。

 今日一日で、いろいろなことを知った。

 そして同時に、自分がとんでもない場所へ足を踏み入れてしまったことも実感していた。


 部屋の電気を消し、何となく夜空を見たくなってカーテンを開ける。

 だが窓の外には高層ビルが並び、空などほとんど見えなかった。


「……ちっ」


 小さく舌打ちし、深は再びカーテンを閉める。

 そのまま布団へ潜り込むと、疲労に引きずられるように、ゆっくり目を閉じた。




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