表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
13/24

1-10



 目の前では、引っ越し業者たちが手際よく段ボールを運び出している。

 その様子をぼんやりと眺めながら、深は部屋の中央に立っていた。


 あれから何度か花南と確認のメールをやり取りしつつ、いよいよ東京へ向かうことになった。

 引っ越し先の住所は聞いているが、どうやらこのまま業者のトラックに同乗して向かえばいいらしい。向こうでは花南が待っていてくれるとのことだ。


 そのおかげで、面倒な引っ越し作業も深の役目はほとんど終わったようなものだった。


 荷物の大半が運び出され、部屋はみるみる殺風景になっていく。

 長く過ごした自室の空気が薄れていくようで、深は少しだけ胸の奥に寂しさを覚えた。


 最後にもう一度ゆっくり外を眺めようと、窓へ視線を向けかけたその時だった。


「すみません。大変お待たせしました。荷物の運び出しのほうが終了しました」


 背後から声をかけられ、深は小さく肩を落とす。


「あぁ、そうですか……ありがとうございました。もう出発しますか?」

「はい。こちらの準備は大丈夫ですので、お客様がよろしければ」


 少しだけ考える。

 だが、このまま部屋に残っていると、いろいろなことを考え込んでしまいそうだった。


 だから深は、すぐに出発を決める。


「はい。じゃあ、ちょっと待ってもらえますか? 大家さんに鍵を渡してきますので、その後、出発ということでお願いします」


 忘れ物がないことを確認し、玄関の鍵を閉める。


 深の荷物を積んだトラックは、午後3時ごろに東京へ到着した。

 東京には何度か遊びに来たことがある。

 だが、『港区』と記された看板のあるこの辺りは初めてだった。


 周囲にはオフィスビルのような建物が立ち並び、その一角へトラックがゆっくりと入っていく。

 敷地の入口には昇降式のゲート。その脇には警備員が立っていた。

 セキュリティだけ見ても、かなり厳重なマンションらしい。


 そして、警備員の手前数メートルの場所には花南の姿。

 トラックに気づいた彼女は、とことこと小走りで近寄ってきた。

 そのままトラックを止めると、後部座席の深に向かって手を振り、今度は警備員の元へ駆けていく。

 何かを説明したあと、侵入を遮っていたゲートがゆっくりと開き始めた。


 花南がこちらへ手招きする。

 トラックは、そのまま敷地内へと入っていった。


「よっ、ひさしぶり!」


 トラックから降りてきた深に、花南が気軽な調子で声をかける。


「うっす」


 ここ数日のメールのやり取りのおかげか、出会った当初のようなぎこちなさはもう薄れていた。

 深も自然と笑みを混ぜながら返事をする。


 そして周囲を見回したあと、花南へ視線を戻した。


「出入り口はここでいいのか?」

「うん、こっから荷物入れてもらって。部屋は2階の205号室。角部屋だよん。はい、これ部屋の鍵とこの建物の入場用のカード。カードはさっきの警備員さんに出してね」


 どうやら、このマンションは住人でもIDカードが必要らしい。

 深は少し面倒そうな顔を浮かべながら鍵とカードを受け取ると、トラック内で待機していた業者へ声をかけた。


「じゃあ、205号室でお願いします。ここから搬入していいらしいんで」


 業者たちがエンジンを止め、搬入作業を始める。

 それに先立ち、花南と深は部屋へ向かった。

 歩きながら、深が口を開く。


「ずいぶん厳重だな、このマンション。家賃はいくらなんだ?」


 花南がくすっと笑う。


「まだ、国会議員が何人か住んでるからじゃない? あ、深君の同僚も何人かここに住んでるよ。今はみんな勤務中だから、ほとんどいないけどね。

 家賃は9万5000円ぐらいだったかな……でも3LDKでこの値段は格安だね。さすが公務員の寮!」

「ちょっとまって! そんなにすんの? 家賃払えねえよ!?」

「うん、大丈夫だよ。あっ、そういえば給与待遇の話してなかったっけ? 余裕だよ。多分その8倍ぐらいもらえるから」

「まじ? ちょ……それ本気か?」

「うん、詳しい話は局に行ってからね。いろいろ書類とか書いてもらうね。そん時にでも詳しく話するね」

「まじかよ……」


 単純計算で70万から80万前後。


 深は思わず吹き出しそうになり、花南に気づかれないよう小さく笑った。


 ――そして同時に、以前花南に言われた言葉を思い出す。


 ……ごめんね。これから、あなたの人生本当に大変なことになっちゃう。それに。死ぬかもしれない……危険な任務もいっぱいあるし……


 つまり、命の危険を伴う仕事。


(だから、それぐらいの給料なのか……)


 複雑な感情が胸の中に広がる。

 そんな思いを抱えながら、深は花南の後を追い、205号室へたどり着いた。


 ドアを開けて中に入ると、ほどなくしてチャイムが鳴る。

 引っ越し業者が荷物を抱えながら部屋へ入ってきた。


 深は荷物の配置を指示し、その間、花南はスマートフォンで電話やメールを忙しなくこなしている。

 おそらく、これから深が所属することになる組織の人間たちと連絡を取っているのだろう。



 花南は深の1つ年上。

 その組織でも若手に分類されるはずだ。

 だが、丁寧な言葉遣いの中にも迷いのないテンポがあり、的確に指示を飛ばしていく姿は妙に格好よかった。


 そんな姿に感心しつつ、深はタイミングを見計らって声をかける。


「花南さん。そういえば、この後俺はどうすればいいんだ?」

「うん、そのことで今メールしてたんだけど、どうする? 今日あたり局のほうにでも行ってみる?」

「まぁ、別にかまわないけど。引っ越しもなんか業者さんが全部やってくれているし。後1時間もしないうちに終わっちゃいそうだよ」


 見知らぬ土地。

 知らない組織。

 分からないことだらけ。


 ひとりでこの部屋に残るより、花南と一緒に動いたほうが不安も減る。

 深はそう考えていた。


 返事を聞いた花南が腕時計を見る。

 時刻は午後3時半を少し回った頃だった。


「そうだね。それなら夕方6時ぐらいには局に行けるね。じゃあ、局に行くってことで」


 そう言うと、花南は再びスマートフォンを操作し始めた。



 それから1時間半後。

 花南と深は、予定より少し早く霊能局へ到着した。


(うぅ……ここか)


 高い塀に囲まれた建物。

 門の脇には『防衛省』と書かれた看板が掲げられていた。


 霊能局の存在はすでに公表されている。

 だが看板がまだ変更されていないあたり、今回の発表は相当に急な決定だったのだろう。


 そんなことを考えながら、深は花南の後について歩く。

 建物の中へ入ると、前を歩いていた花南が振り返った。


「今日はまだIDカード無いから私の後についてきてね。ここのカードはさっきのマンションのカードと違うから気をつけて」


 その先には、駅の改札のようなゲート。

 脇には警備員が立っている。

 花南が事情を説明すると、警備室内の別の警備員がパソコンを操作し、横並びのゲートのひとつが赤から緑へ変わった。

 警備員がOKサインを出し、深はそのゲートを通り抜けた。

 続いて花南が隣のゲートにカードをかざし、静かに通過する。

 それだけの動作なのに、深の頭にはひとつの感想しか浮かばない。


(かっけぇ……)


 思わず小声で漏らしたが、花南には聞こえなかったらしく、そのまま説明を続ける。


「とりあえず私の席に行こうか。書いてもらいたい書類関係があるから渡しとくね。

 それから……地下の訓練場に行くね? もしかするとみんなまだいるかもしれないし。その後、ロッカーとか机の場所とか……パソコンも準備されてるかな……あっ、制服とかはちょっと遅れるって。服のサイズの書類提出してもらってからになるから」

「わかった。ところでトレーニングって何のトレーニングなんだ? 俺もするのか?」


 その質問に、花南が「あっ」と声を上げた。

 手をぽんっと叩き、少し大きめの声で謝る。


「あッ! ごめん! そうだった。言ってないよね?」

「何を?」

「いや、ほら、具体的な仕事内容……」

「うん。ここで働くってことしか……?」


 深は当然のように頷く。

 ここまでほとんど流されるように連れてこられた深だったが、そもそもなぜ自分が選ばれたのかさえ曖昧なままだった。


 だが次の瞬間、花南の表情が曇る。

 それを見た深も、自然と真顔になった。


「実はね、深君は戦闘員としての採用なの。簡単に言うとね。霊力を使って戦う系の仕事」

「戦う系って……」


 霊力だの妖怪だの、もうそこは認めるしかない。

 総理大臣本人が妖怪の存在を肯定していたのだ。

 今さら否定するほうが難しい。


 しかも、命の危険がある仕事だという話も聞いていた。

 ただ深の認識では、“敵と戦う専門部隊”がいて、自分はその周辺に関わる程度――そのくらいだった。

 まさか、自分自身が前線に立つとは思っていなかった。


 そして、もうひとつ重大な問題。


「でも、俺、霊感とかねぇよ。幽霊とか見たことないし」


 だが、その発言に花南は予想以上に驚いた。


「えっ、ホントに? おかしいな。ほかのみんなは最初から多少なりとも霊感あったよ。私はまったくないけどね!」

「まじかよ。どうすんだよ、おれ……」


 試しに右腕に力を込めてみる。


 当然、オーラなど出ない。


 その様子に気づいた花南が、けらけら笑った。


「どうすんだろうね! あははッ! あっ、ここ! この部屋ね」


 深の不安を見事に受け流しながら、花南がドアを開ける。


 深は右腕を見つめたまま後に続いた。


 ――その時。


「おっす、深。久しぶりだな。これからよろしくな」


 横から聞こえた声に振り向く。

 清高だった。


「ちわっす」


 知った顔を見たことで、自然と表情が緩む。

 だが同時に、部屋の中にいた30人近い人間が一斉にこちらを見ていることに気づき、深は思わず後ずさった。

 しかし清高はまるで気にした様子もなく話を続ける。


「もう、お前の噂でもちきりだぞ」

「何がっすか?」

「男の霊能士が入ってきたって」

「何でですか?」


 そこで、妙な静けさが広がった。

 部屋全体が一瞬で静まり返る。

 少ししてから、清高が口を開いた。


「あれ? お前何にも聞いてねぇのか? 霊能士で男なの、お前だけだぞ。数百年に1人の逸材だとさ」


 深は改めて周囲から向けられる視線を感じ取る。


「はぁ? 聞いてないんだけど? ちょッ、花南さん?」


 慌てて振り返ると、花南はすでに自分の机へ向かっており、引き出しから封筒を取り出して戻ってくるところだった。


「んもう、清高さん。せっかくそこだけは内緒にしてたのにぃ」


 残念そうに言ったあと、今度は深を見る。


「そうだよ。深君以外みんな女の子だよ。同期の20人の霊能士も。先輩の霊能士も。

 そうだな。日本中で250人ぐらいかな。今いる霊能士は全部女性。

 せっかく驚かそうと思ったのにぃ。ハーレムだぞう!」


 だが深は額を押さえて崩れ落ちた。


「そんなサプライズいらねぇから……まじかよ……」

「はっはっは。まぁ、気をつけて頑張れよ! 女の集団は恐いぞう。はっはっは」


 清高が肩を叩いてくるが、まるで慰めになっていない。


「わらえねぇっす」


 ハーレムというより、恐怖である。

 男同士より余計に気を遣う未来しか見えない。

 そんな深を、清高は面白そうに見ていた。



 しかし、清高はあくまで後方支援を行うバックアップ職。そして深は、まさに女性たちのど真ん中に放り込まれる立場だった。

 にやにやとうざったい笑みを向けてくる清高の視線を無視しようと決めた深だったが、その時、2人のやり取りを不思議そうに見ていた花南が割って入った。


「そんなことないよう。みんないい子だよぅ。はいこれ、書類ね。見本も一緒に入ってるから、それ参考にして契約書書いてね。あっ、雇用条件の書類も入ってたかも。それ見れば詳しいことわかると思う。どれどれ」


 花南は深に封筒を持たせたまま、中の書類をあさる。数枚を取り出すと、深に向けて広げた。


「これこれ。ほら、基本給17万6000円に危険手当65万。他にもいろいろ書いてあるから確認してね」

「ホントだ……」


 この建物に入ってから驚くことばかりで、そろそろ反応するのにも疲れてきていた。だが、金の話となれば別である。


(まじだ……すげぇ……いや、でも……?)


 それだけ危険だということでもある。

 いつ死ぬかわからない――そんな話が急に現実味を帯び、深は無言で書類を見つめ続けた。

 そんな深を横から眺めていた花南だったが、深が現れて以来、周囲のスタッフたちがずっとこちらに注目していることに気づき、小声で清高に話しかけた。


「やっぱ、ここの人たちにも紹介しといたほうがいいかな?」

「そうだな。一応しとくか。俺がやってやろう」


 清高は周囲を見渡したあと、大きく息を吸う。


「はい、皆さん。ちょっと作業止めてもらっていいですか? 紹介したい人間がいます。ていうか、みんなもうこっち見てたか」


 周囲の人間が笑いながらうなずく。

 一通り笑いが収まったところで、清高は書類を見つめたまま固まっている深の肩をつかみ、少し前に押し出した。


「こいつ。噂になってた例の男の霊能士だ。名前は深。花南のグループ所属予定。ほら深」

「はいッ!?」


 突然始まった紹介に驚きつつ、深が声を上げる。


「この辺にいるのは、お前たちの任務をバックアップするスタッフだ。花南みたいな戦略士もいれば、俺みたいな通信士もいる。備品調達とかしてくれる人間もいるしな。まぁ、一緒に動くグループみたいなもんだ。軽く挨拶しとけ」


 深は姿勢を正し、周囲を見渡しながら口を開いた。


「あ……ただいまご紹介に預かりました、中川深です。よろしくお願いします」


 周囲から拍手が起こる。

 深は少し気恥ずかしさを感じながら頭を下げ、その場をやり過ごした。


「じゃ、次。訓練場のほう行こうか」


 花南に促され、深はうなずきながらその後について行く。

 そんな2人の背中を見送りながら、清高は内心でつぶやいた。


(……なんか犬みてぇだな、あいつ……苦労しそうだな……)




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ