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時間は十七時少し前。
花南は組織の建物内にあるエレベーターに乗っていた。
向かう先は、あらかじめ予約しておいた第五会議室。
本来ならミーティング開始は十七時ちょうどだが、訓練カリキュラムが変更になった以上、他のメンバーはまだ到着していないだろう。
今日から始まった新しい訓練。
かなり厳しいことで有名らしく、終了予定時刻は十六時半。その後に着替えや片付けを済ませれば、会議室に来るのは少し遅れるはずだ。
花南はエレベーターの天井を見上げながら、訓練で疲れ果てた部下たちの姿を想像する。
(たぶん十分とか二十分くらい遅れるかなぁ)
そんな予想を立てていた。
やがてエレベーターが目的の階へ到着し、花南は廊下へ出る。
第五会議室の扉の前に立ち、そのままドアを開けた。
――しかし。
「あれ? もう来てたの?」
花南の予想に反し、そこにはすでに三人の女性が座っていた。
黒いロングヘアーの女性が、不思議そうに首を傾げる。
「え?っ だって17時からでしょ?」
「いえ、今日から新しい実戦訓練らしいじゃないですか? 16時半まででしょ? ヘトヘトだったらちょっと遅れるかなって思ってた。えへへ、礼子ちゃんはヘトヘトだね」
「花南さん、ひさしぶりです。私もうヘトヘトですぅ」
机に突っ伏していた礼子が、力なく顔を上げながら答える。
「礼子と瞬は近距離タイプだからね。ずっと動きっぱなしだったし」
再びロングヘアーの女性――春が口を開く。
すると、最後の一人も続けた。
「春さんだってずっと撃ちしっぱなしだったじゃないですか。礼子はまだちょっと体力が足りないのよ。すごい霊粒子出してたんだから、体のほうのトレーニングしなきゃ」
「はいぃ。でも、疲れちゃうしぃ。瞬さんいいなぁ……体力あってぇ……」
礼子は完全にぐったりした様子だった。
そんな彼女を見て、花南は思わず吹き出す。
「あははッ! ほんとに礼子ちゃんヘトヘトだね。それで、どんなカリキュラムだったんですか?」
質問に答えたのは春だった。
「どうもこうもないわよ。長谷川さんっているでしょ? あの人相手に今年の新人20人近く全員で攻撃するのよ。午後の1時から時間無制限。ずっと攻撃しっぱなし……」
「すごいですね。それ……それで、結果は?」
今度は瞬が肩をすくめる。
「私たち20人がかりでもまったく歯ぁ立たなかったわ。自信なくしちゃうわよね。いくら相手がC級だからって、こんなにレベル違うとは思わなかったわ」
「ほら、あの人もともとB級だったらしいじゃない。片手なくしてC級になったらしいけど……でも……まさか右腕1本で私たちの攻撃全部はじくとは……」
春が補足し、その直後、礼子がうつむいたままぼそりと呟く。
「私なんて1時間で倒れてました」
花南は感心したように目を丸くした。
「すごいね、それ。長谷川さんってそんなにすごい人だったんだぁ」
「結局私たち全員3時ぐらいには疲れて倒れちゃって。それで今日は終わり。そのあとちょっと反省会っていうか、そんなのやって、4時ぐらいには終了したわ。明日からもしばらくそんな感じの訓練なんだって」
春の説明を聞きながら、花南は腕を組む。
その表情が少し真剣なものへ変わった。
「ほんとすごい……3時って……それ多分、長谷川さん倒せるようになるまで続けるんですよね?」
「多分ね……」
瞬が答えたあと、一瞬だけ沈黙が流れる。
やがて春が思い出したように口を開いた。
「ところで、花南ちゃん? なんか話があるんじゃなかったの?」
「あっ、そうそう。そういう話でしたね。うーんとですね。まぁ、清高さんがここ来れなくなったから、これで全員です。始めちゃいますね」
三人の視線が花南へ集まる。
だが、その空気はどこか緩い。
春は机に肘をついたまま。瞬は椅子の背もたれにゆったり寄りかかり、礼子に至っては半分机に倒れ込んでいた。
「昨日、急遽サイさんの指示で1人勧誘しに行ったのね。それで……その子が来週から新しくこの班に入ることになったからその報告」
「うそッ! ほんとにッ!? ずいぶん急ね。ってことは戦闘術士ってこと?」
瞬が勢いよく身を乗り出す。
礼子まで反応して顔を上げた。
「はい。本来だったらみんなとおんなじように4月1日採用なんだろうけど……ほらっ、昨日からのごたごたで。中途採用みたいな感じかな。
それでですね。その子が……」
「その子がどうしたの? なんか問題でもあるの?」
花南の言いにくそうな様子に気づき、春が落ち着いた声で尋ねる。
そして次の瞬間。
「なんつーか……男の子で……」
「はっ?」
三人の声が綺麗に重なった。
礼子に至っては、飲みかけていたスポーツドリンクを危うく吹き出しかける。
数秒の沈黙。
やがて最初に口を開いたのは、やはり春だった。
「だって、霊能士って……?」
そこからは一気だった。
「サイさんの占いで? それで男の子って?」
「その人、歳いくつですか? 顔は何系?」
最後の質問だけ妙に方向性が違ったが、礼子は真顔だった。
「私も最初はなんかの補助職かと思ってたんですけど。昨日の夜にサイさんからそう言われて。何度占っても結果は一緒だったって。
あっ、歳は22歳。結構なイケ面だったぞう」
サイの名前が出た瞬間、三人の空気がわずかに変わる。
それだけ、この組織におけるサイという存在は特別なのだ。
だが、花南自身は他の三人よりサイと接する機会が多い。
そのためか、どこか親しみを込めた調子で名前を出していた。
「いや、花南ちゃん。ふざけないでちゃんと聞かせて」
瞬にたしなめられ、花南は「あはは、ごめんごめん」と笑いながら、昨日の出来事について説明を始めた。
しかしいざ詳しい説明が始まると、春たちは黙って花南の説明を聞くことしかできず、すべての説明が終わった後も3人は言葉を失ったまま。
花南以外の全員が考え込んでしまい、この雰囲気に耐えられなくなった花南がとってつけたように言う。
「とゆーわけで、月曜日から来る予定だからみんなもよろしくしてあげてください。時間みつくろって、みんなとも顔合わせしなきゃね」
3人がうなずいた。
「最初からみんなと同じカリキュラムになるともわからないから、そこら辺は私から長谷川さんと相談してみます」
「えぇ、頼むわね……でも……そう……男って……どういうこと…?」
最後に春が全員の気持ちを代弁したように小さくつぶやき、10分ほど他愛もない会話をした後、4人は会議室を後にした。




