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1-07


 青いカーテンの隙間から、やわらかな朝日が差し込んでいる。

 東京・品川にある五階建てマンション。その三階の一室――小綺麗に整えられた部屋の隅に置かれたベッドで、花南はまだ眠りの中にいた。


 昨日は埼玉から戻った後、そのまま報告書をまとめて提出。さらに、メールで新たに組織の全メンバーへ展開された各種マニュアルにも目を通さなければならず、帰宅した頃にはすでに午前二時を回っていた。


 さすがに疲れ切っていたのだろう。部屋に入るなりベッドへ倒れ込み、そのまま眠ってしまった。


 今日は土曜日。本来であれば休日だ。

 休日出勤の当番でもない限り、花南のような公務員にとって土日は貴重な休みである。


 しかし、昨日からの状況の変化によって、花南も今日から通常通り出勤となっていた。


 午前十時を回った頃、不意にスマートフォンが鳴る。

 花南は布団に顔を埋めたまま、のろのろと腕を伸ばした。

 目を閉じたままテーブルの上を探ること数秒。ようやく目的のスマートフォンを掴み取る。


 眠そうに薄く目を開き、画面を確認する。

 相手は清高だった。


「はいもしもし。おはようごじぁうぃます……」

「『ごじぁうぃます』じゃあねえだろ。起こして悪かったな。ところで、花南? お前今日出勤するって言ってなかったか? どーすんだ? 午後からにするのか?」


 花南は一瞬きょとんとした顔を浮かべたあと、寝ぼけた声のまま答える。


「え? そうだよ。出勤だよ。まぁそうだねぇ……うちのメンバーとのミーティング、1時からだからあんまり早く行ってもしょうがないから。私は10時から出勤ってことにしてるよ。準備もあるし」

「そうだよな? お前、今日は10時出勤って言ってたよな? じゃあ、今すぐ時計見ろ。もう、10時過ぎたぞ。ほーら大変だぁ。急げっ、急げ!」

「うそっ! まじで? ちょっ、やば……とりあえず切るね。ありがと」


 電話の向こうから清高の笑い声が聞こえてきたが、花南はそのまま通話を切り、慌ててベッドから飛び起きた。



          ◇



 一方、深は夢を見ていた。


 眼下に広がる東京の夜景。

 高層ビル群がまるで宝石のように光り輝き、その中心に自分が立っている。


 どうやらどこかのビルの屋上らしい。

 これほどの高さともなると、一瞬東京タワーかと錯覚するほどだったが、遠くにそれらしき姿が見えているため、どうやら違うらしい。


 周囲を見回してみても、場所の見当はまるでつかなかった。


 だが、深自身はそんなことをどうでもいいと思っていた。


(何故だ? 風がすごく気持ちいい……)


 深は子供のように両手を広げ、大きく息を吸い込む。


 頬を撫でる風が心地よい。

 深呼吸の途中でふと空を見上げると、そこには月が浮かんでいた。

 昨日、河川敷で見上げた月と同じ月。


 深はしばらく動かず、その風と月明かりに身を委ねていた。



 ――どれほど時間が経ったのだろう。



 不意に風の流れが変わる。

 先ほどまで優しく吹いていた風が、急に荒々しく渦を巻き始め、深の身体を激しく通り過ぎていった。


(ん?)


 だが、深は驚かない。

 この感覚には覚えがあった。

 幼い頃から何度も見てきた夢。何度も体験した流れ。


 そう――このまま風が渦を巻き始めて……



「く、苦しい……」


 深は乱れた呼吸とともに目を覚ました。


(今回は……いつもより苦しかったな……昨日のあれで疲れてんのかな?)


 夢の内容自体は、今さら珍しいものではない。

 この夢を見るたび、いつも息苦しさとともに目覚める。


 そのため深も特に驚くことなく、ゆっくりと身体を起こした。

 呼吸を整えながら、自分がかなり汗をかいていることに気づく。

 Tシャツを脱ぎ捨て、顔の汗を手の甲で拭った。


(ふう。あっちいな。何時だ?)


 エアコンはつけていなかった。

 部屋では扇風機だけが健気に首を振り、熱気をかき混ぜ続けている。


 そのことに少し後悔しながら時計を見る。

 時刻は午前十一時。かなり寝ていたらしい。

 だが、昨日の出来事を考えれば疲れていて当然だろう――そう自分を納得させ、深は特に気にしなかった。

 カーテンの向こうからは、今日も外が灼熱地獄になっているであろう気配が伝わってくる。

 深はそのままベッドの上でぼんやりと天井を眺めた。



 最近よく見る夢。

 風が気持ちよく、そして最後には苦しくなる夢。



「まぁいいか」


 独り言を漏らし、再びぼんやりする。

 そのまま思考を巡らせていると、ふと何かを思い出した。


(何かすることがあったような……)


 そして数秒後、はっとしたようにスマートフォンを手に取る。

 昨夜の着信履歴。

 そこには、花南という女の名前が残っていた。


(そう、引っ越しのことだ)


 いや、それ以外にも聞きたいことは山ほどある。


「かけてみるか」


 小さく呟き、発信ボタンを押した。


 呼び出し音が十数秒ほど鳴り続け――


「つながんねーのかよッ!」


 深は部屋でひとり叫び、そのまま再びベッドへ倒れ込んだ。


(……どうしよう……)


 天井を見上げながら、またぼんやりする。

 そのまま無意識にテレビのリモコンへ手を伸ばし、電源を入れた。

 テレビでは、どのチャンネルも昨日の発表について報じている。


 やはり夢ではなかったらしい。

 深は横になったまま、耳だけをテレビへ向けた。

 しばらく聞いているうちに、昨日とは報道内容が微妙に変わっていることに気づく。


 どうやら日本だけではないらしい。

 世界各国でも同様の発表が行われ、大統領、首相、国王――そういった各国の権力者たちが次々に会見を開いている様子が映し出されていた。


「やっぱりかぁ……」


 今さらのような呟きが、静かな部屋にぽつりと落ちた。




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