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真冬のポニーテール  作者: 山葵わかな


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7 雨夜の能力

「なあ、シノ。回りくどくなっちまうんだけどさ、お前にとっても重要な話だと思うから……オレの過去から話していってもいいか?」

 過去に会ったことがあったとしても、俺にとって雨夜(あまや)はほとんど知らない赤の他人。たまたまクラスが同じになっただけのただのクラスメイトにすぎない。そんな奴なのに、そこまで真剣な眼差しを向けられてしまったらこの俺とてそうやすやすと聞きたくないなんて言えるわけもない。何時間かかるかわからないが、気が済むまで話を聞こうではないか。

「ああ。いいけど、ちゃんと俺の納得する答えを頼むな」

 雨夜の瞳が安堵の色を滲ませたところで、俺はようやく巻きかけのパスタを口に運ぶ。生ぬるくトマトの酸味が口の中に広がっていく。

「オレが昔、このあたりに住んでたって言っただろ? 引っ越したのは小学校上がってすぐだったんだけど、原因はオレの能力にあったんだ」

「雨夜の……能力?」

 さらりと発せられた『能力』という単語。コミュニケーション能力や記憶能力のような一般的に想像できる能力とは文脈的に異なるものではないかと直感する。俺はまさか、とハッとした。

「俺の夢に現れたことと、何か関係があるのか……?」

 恐る恐る告げた疑問は、雨夜の答えがなくとも確証があった。現実的ではない事象と向き合いたくなくてできれば口にしたくはなかったが、真相により早く近づくためには恐れて押し黙っているより何かしら投げつけていかなければ先には進めない。

「そう。オレは『他人の夢に潜り込める』能力がある。……こんなこと、普通に言ったって信じてもらえやしないのはわかっていたから、あの夜お前の夢に現れたんだ」

――他人の夢に潜り込める、能力。

 マンガやアニメの見すぎだろう、ゲームのやりすぎだろうと、鼻で笑ってやりたかった。だが、俺は雨夜らしき人物を夢で見て、その夢を雨夜が知っていた。実際には雨夜が名乗る前に目を覚ましてしまったし、顔も認識できはしなかった。ただ、あの夢で聞いた声音と現在現実で直接耳に入ってくる声音は完全に一致している。雨夜の言うとおり、入学式前夜の夢は不覚にも雨夜の発言の裏づけになり得ていた。否定する余地が一ミリもない。

「……なあ。『他人の夢に潜り込める』能力って簡単には言うけどよ。具体的には何ができるんだ? 他人が見ている夢を自由に作り変えるとかもできるのか?」

 否定する余地がないといえども、能力についてにわかに信じがたいのは事実だ。能力の深堀りによって疑問を一つずつ潰していくしか道がなかった。これまでの話は全部嘘でしたって言うなら今のうちだぞ。今ならまだゲンコツ一発で許してやらんこともない。とびきり重い一撃にはなるがな。

「言葉のとおりだよ。夢の改変なんて大それたことできやしないさ。言うなれば、人様の家に忍び込むようなもんさ。忍び込んだ家を一夜のうちに遊園地へと作り変えられはしない。夢もまた同じ。何者かに追い回されて怖い思いをしていたところを一瞬にして不安も恐怖も一切ないキラキラ輝くテーマパークには変えられないさ。夢でシノの目の前に現れたように、多少の介入くらいはできるけどな」

 不法侵入にも程度ってもんがあるだろ。夢だから罪に問えないだけで、人の家に土足で上がり込むようなことは御免被りたい。

 次に気になってくるのは、いつから能力を使っているのかだ。それは俺が問いかける間もなく雨夜から回顧が始まった。

「オレが他人の夢に潜り込めると気づいたのは、小学校に入学する前。改めて考えてみればシノと初めて出会った少し後のことだった。もちろん最初は何が起こっているのかすらよくわからなかったし、単純に夢だと思っていた。目が覚めても消えない、記憶の一部として鮮明に覚えていられる夢だと」

 雨夜が言うその夢は、まさしく入学式前夜に俺が見た夢の感覚を正しく言語化していた。まるで俺との出会いが能力開花のトリガーだという含みを持たせた口調には引っかかりを覚えてしまうがな。

「……でも、違った。夢を見ていたのはオレじゃなくて、別の誰かだった」

 雨夜は皿に残った最後一つのサンドイッチに視線を落とすと、手をつけることもなくその先を続ける。雨夜の息遣いの一つ一つが、やたらと俺の耳に響く。

「最初は、両親の夢に潜り込んでいた。あんな夢を見ていたよね、こんな夢を見ていたよねって、両親と話すのが楽しかった。知らず知らずのうちに潜り込む頻度は高くなっていって、夢への潜り方や夢の中での動き方は自然とマスターしていった。まるで冒険家にでもなった気分だった」

 雨夜がポツポツと紡ぐ言葉は至って淡々としていた。その単調さが、俺には重く重くのしかかってくる。俺はふと周囲を見渡したが先程までいた階段付近のサラリーマンの男性の姿はもうなく、三階には俺と雨夜の二人だけの空間となっていた。

「徐々に友達や親戚、街中ですれ違った知らない人とか、手当たり次第に潜る対象を広げていったんだ。でも、夢に潜るには代償が必要なことも気づき始めた」

「代償?」

 俺は思わず雨夜の言葉を繰り返す。雨夜の言っている能力が本当であれば、夢に潜るのは楽しそうだし俺もやってみたいと思ってしまう。ただ、雨夜のただならぬ雰囲気からはそんなことは言えなかった。

「といっても大したことじゃないんだけどね。他人の夢に潜り込むには体力が必要なんだ。代償として、体力を消費した分目を覚まさなくなる」

 えっ、と俺は思わず声が出てしまう。

「夢に潜るとその分睡眠時間が長くなるってこと……なのか?」

「うん、そんな認識で合ってる。長く夢に潜っていたり、自身との関わりが薄い人間の夢に入り込んだりすると、余計に体力を消耗するみたいなんだ。気づけば日付が数日経過していることもあったな」

「数日って、お前……」

 飲まず食わずで数日間眠りこけているってことなのか、と背筋が凍り始める。人より睡眠時間が長いくらいで代償だなんて大げさだなと一瞬でも思った俺が馬鹿だった。俺も楽しそうだから夢に潜ってみたいだなんて考えも、前言撤回だ。無邪気な子どもの好奇心ほど恐ろしいものはないようだ。

「まあでも、楽しかったし、眠りこけてるなんて自分ではよくわからなかったし。だけど、両親は違った。オレの言動に疑問を持った。というよりも、気味悪がった、が正しいんだけどさ」

 自分が見ている夢のことをズバリ命中させてくる息子。最初はそれも偶然だろう、子どもの戯れだろうと笑って受け流していたのかもしれない。次第にそれが繰り返され、挙げ句の果てには朝になってもなかなか目覚めなくなった我が子を目の当たりにした親が取った行動は、雨夜の雰囲気から大体察せられた。

「医者に連れて行かれたけど、身体に異常はなし。オレがいくら夢に潜り込めると話しても信じてくれる人もなし。オレに愛想を尽かせた両親は小学校に上がって少ししてから……オレを捨てた」

「雨夜……」

 察せられたとはいえ、直接聞かされては俺も雨夜の名を呟くことしかできなかった。昔この周辺に実家があると話した時の雨夜の遠い目に映る過去が、こんなにも残酷なものだったとは思いも寄らなかった。胸のざわつきが、止まらない。

「はは。そんな顔すんなって、シノ」

 よっぽど俺がお通夜顔をしていたのだろうか、雨夜が笑い飛ばす。俺に気を遣って無理をしているのがバレバレだ。

「オレはその後この土地を去り、親戚の家を転々とした。どこに行っても除け者扱いだったけどさ、最終的に引き取ってくれた遠い親戚のおじさんは、いい人だったよ。過度に干渉してこない人だったから。でも、自分のことは自分でやらないといけないから大変だったけどね」

 ぽつんと取り残されていたサンドイッチを雨夜は取り上げると、端からゆっくりとかじる。

「オレはそれから、他人の夢に潜るのをやめた。オレのこの能力は人を、自分を不幸にするものなんだって思った。でも、確かあれは中学二年の冬だったかな。ある人に出会って、俺はシノを探し始めた」

「ある人って、誰だよ」

 雨夜の突拍子もない話に、俺は頭の整理が追いついていない。そんな中でまた新しい登場人物が出てくるとは聞いていないぞ。

「知らない」

「……は?」

 もうどんな人物でもいいからかかってこいと身構えていた俺に返された、知らないという四文字。言葉尻からして何だか感動的な出会いがあるような匂わせ方をしておいては、そりゃあ俺の深刻な表情もアホ面に変わってしまうってもんだ。

「だから、知らない人なんだって。……でも、オレの能力を知っていた。学校終わりの下校中一人で歩いていたオレの前に突然男が現れて、話しかけられたんだ」

 現在雨夜がここに地に足ついて間違いなく存在しているから大丈夫なのだろうが、どう考えてもそいつは不審者で、拐われてもおかしくなかった状況だったのではないか。聞いているこっちがヒヤヒヤさせられる。

「どんな奴だったんだよ?」

「それがさ、話の内容は鮮明に覚えているのに、風貌はまるっきり覚えてなくって」

 雨夜は顎に手を当て、むむむと唸って脳の奥深くを探っているようだったが、それも徒労のようだった。

 中二の冬といったら今から一年半前くらいだろ。風貌くらいは覚えておけよと言いたいところだったけれど。夢の中だったとはいえ、俺も夢見に立った雨夜の顔をなぜか認識できなかったからあまり強く責められやしない。

「まあ、今はそいつ自身のことはどうでもよくって。話の内容というのが……」

 雨夜が言うには、その男ののたまったこととは次のとおりだった。

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