25 再構築
俺は、目を見開かざるを得なくなる。
結果的に俺は何ともなかったわけだが、真冬にとっては俺が死んだ、もしくは死に近い状態だと錯覚するには不都合なかったはずだ。そんな中、真冬はその状況をなかったことにする、俺が死んでいない世界線に『再構築』する――。真冬の制御できない無意識下で能力が発動し、刻印によって強制的に抑えつけられた。事の真相は、そんなところだろうか。
「……真冬の能力については、おおよそわかりました。春香さんは、真冬が過去に同じく能力を使おうとして倒れたことがあるって言いましたよね。それはどんな時だったのでしょうか」
目の前で人が死ぬだなんて、早々あることではない。その他の理由で真冬の能力の発動条件が満たされてしまっては、真冬がただ苦しむだけだ。あらかじめ発動条件を推測さえできれば、今後真冬を守れるかもしれない。まあ、今回の元凶となった俺が言っても説得力は微塵もないかもしれないけど。
「滅多に起こる事象ではないのだが……。思い起こせば、余が本神社の神主になる直前。両親が姿を消したことを知った際に、真冬は能力の使用を試みていた」
両親の失踪。鷹司が現れる前に、真冬が言っていたことと合致する。突然両親がいなくなり、祖父の跡を継いだ春香さんは、性格が変わったかのように昔の優しさがなくなってしまった、と。
「真冬は、そのことについていまだに心に深く傷を負っているようです。それに、春香さんの様子が変わってしまったことにも。一体、何が起こったというのですか……?」
部外者である俺が詮索していい話ではないのはわかっている。でも、ここまで来てしまっては引くに引けない。あんなに苦しんでいる真冬の吐露を聞いてしまっては、こんな俺でも何かできることがないかって、考えてしまう。
俺の投げつけた問いは、簡単に一蹴されてしまうかと思った。しかし、春香さんは瞼を伏せ、間をもってから口を開いた。
「仕方のないことだったのじゃ。通常であれば、神主の職は祖父の実子である父が継ぐはずであった。だが、実際にはその祖父の孫である余らが、人類存続審判に関わる能力を秘め生まれ落ちてしまった。何の能力も持たぬ両親に神水神社を継ぐ資格はないと考え、祖父の死期を悟った際にひっそりと姿を消すように海外へと移住したのだ。歴史ある家系ゆえ、跡継ぎ問題で揉めぬようにとな」
真冬は、自分たち姉妹は両親に捨てられたのだと思い込んでいたようだった。それに、海外にいるなんていうのも嘘だとも。それをなかったことにしたい、また両親や姉と仲良く暮らしたい。そう願って、無意識的に能力を使おうとしたのか。本当のところは子どもたちを守るためであって、嘘偽りなくすべて正しかったのに。
「ならなぜ、その事実を真冬に伝えないのですか? 能力と違って、知る権利があるはずです。それに、春香さんの優しさだって……」
仕方のないこと、と春香さんは自分に言い聞かせて言い訳をしているように見える。今からだって遅くはない。そんな感情が先走って俺は声を荒げてしまう。しかし、春香さんはあくまで淡々と自身の感情をその内に抑え込んでいた。
「……伝えたとて、現実は変わらぬ。そして、余は神主であると同時に人類存続審判の管理者であるのだ。実の妹だとしても、情を捨てねばならぬのだ。……中立でなければ、ならぬのだ」
中立、中立と。春香さんは管理者である自身の立場を以前からしきりに主張している。融合した後だから能力の使用に代償はないはずだ。それでも、繰り返し中立という枠に閉じ籠もるのには、何か制約的な理由があるのかもしれないと邪推してしまう。それであれば、管理者として能力を得る前と得た後の、真冬への関わり方、当たり方に違いが出ても辻褄が合う。
中立に拘るなら、それでもいい。管理者としてそれがあるべき姿であるならば、俺は目を瞑ろう。でも、どうして。どうして春香さんは、そんなにも苦しそうな表情をするんだ。扇子で隠そうとしたって無駄だ。どうしたってその苦しみが、真冬へ手を伸ばせない自身の不甲斐なさが。今の春香さんからは滲み出てしまっている。それは、いつもは圧倒的威圧感によってかき消されていたのだとも。
真冬のみならず春香さんも苦しんでいるのであれば何とかしてやりたいと思うのが人の定めだ。だが、俺にはまだ聞いておきたいこと、知っておいてはいけないことが山程ある。これ以上この問題をかき乱しては、永久にそのチャンスは失ってしまうと直感した。だから俺は、話題を変え春香さんの苦しみを一旦他所へと追いやるしかなかった。
「それにしたって、なぜ俺には真冬の能力について教えてくれるんですか? 雨夜がいた時にだって、真冬にだって伝えることはなかったのに」
雨夜はあの時、同じ核として真冬の能力について問い詰めようとしていた。真冬の能力を知りそれを真冬に伝える可能性があったからこそ、あの場では春香さんは何も言わなかったのかもしれない。でも、雨夜はそんな奴ではない。自身の能力は自身で気づくべきだと言われれば、きっちりと守る奴だ。それは春香さんにもわかってもらえていたと思う。
それでも、雨夜がいる場において真冬の能力の正体が明かされることはなかった。俺だけになった途端、情報が解禁された。どうしても、引っかかってならない。春香さんのことだ。気まぐれではなく、何か真意があるとしか思えないんだ。
「ふむ。それはの、汝が真冬の能力を知るに値するからよ」
「俺が、一体なぜ……?」
俺の疑問に春香さんは管理者としての自身を取り戻すと、その瞳を真っ直ぐ俺へと向けてくる。俺の奥底を見透かしているかのような、鋭い眼差し。淀みなく突き刺してくる言葉の投げかけ。ドキリと、心臓が何かを察して冷や汗をかく。
「……汝もまた、真冬の器となる資格があるのだ。朝倉世忍よ」
その瞬間。世界が止まったように思えた。
俺が、真冬の器だって?
真冬の器は、あの真冬狂の鷹司沈来その人だ。そして、俺の核は雨夜現月だ。
それなのに。この人は、人類存続審判の管理者は、俺もまた真冬の器だと。そう言ったのか。
春香さんの重大発言もとい爆弾発言により、俺の脳内はショート寸前だ。いっそのこと思考停止できればどれだけ楽だろうか。
「真冬の器は鷹司のはずです! 俺には雨夜という適合者がいる。それなのに、なぜ……!」
あらゆる感情でグチャ混ぜになった俺は、思うがままに口を走らせる。そんな俺の戸惑いを見ても、春香さんは至って平然としていた。
「汝の認識に誤りはない。通常、器と核は一対しかない。しかし、真冬だけは違うようなのだ。真冬は、汝も鷹司沈来も。どちらも器として適合するのだ」
そんな馬鹿なことがあるのか、と言いたいところだが。強大な能力、ましてや世界を再構築してしまうような秘めた力を持つ真冬ならあり得ないことでもないのかもしれない。そう自分を説き伏せるしか今は手立てがなかった。
そうすると、次の疑問にどうしてもぶち当たってしまう。残酷な、できれば答えを知りたくもない疑問に。
「もし、もしですよ? 俺と真冬が融合するなんてことがあれば……。雨夜や鷹司はどうなるんですか」
「融合しなければ齢十八にしてこの世から存在は消滅する。それは、適合者を失った者も同様である」
まるで、開いた辞書に記された正答をあるがままに読み上げるかの如く、冷静に。春香さんの発した声は、俺にはあまりにも冷酷に突き刺さった。
「鷹司は、このことを……俺もまた真冬の器であることを知っているのですか」
同じ真冬の器としての奴を思い出す。もしや俺を威嚇してきたのには、真冬の適合者となり得る俺という存在を排除したいからなのではないかと思ったからだ。
「さてな。少なくとも、余は伝えてはおらぬ。問われてもいないからの」
だが、あては外れた。ただ単に奴は真冬に歪んだ感情を抱いていただけだ。本当に俺を真冬についた邪魔な虫だとしか認識していないのか。
「で、でも。俺と真冬が融合するなんて事態になったら、融合した後の人間が一人減ってしまうってことですよね? それは、人類存続審判にとって大きな損失になってしまいませんか。人類が存続する条件には、融合者の数が判断基準になるって……」
「それには少し語弊があるのじゃ」
早口で捲し立てる俺に、春香さんが待ったをかける。俺は、どこか逃げ道を探しているのかもしれない。春香さんの言っていることは本当のことだって頭では理解しているのに。何かの誤りだって訂正してほしい自分がいる。
「人類存続審判の鍵を握るのは、真冬なのだ。真冬に、この世の命運がかかっておる」




