26 人類存続審判の鍵
真冬が、人類存続審判のキーパーソンだと?
能力も然りだが、その人類存続審判とは真冬にどれだけの負担を強いれば気が済むんだ。
「人類存続審判の鍵を担う者が正しく融合を期限までに行えば、無事人類は滅びず生きながらえる。万が一にもその鍵が融合を拒否、もしくは機会を逸した場合。融合者の数が次の判断基準となる。ただし、その基準は極めて厳しいものなのだ。記録によれば、鍵を担う者以外の全適合者の融合が条件となるようじゃ」
「そんな。無茶な」
思わず俺は声を漏らす。
俺が適合者である雨夜と出会えたのは、雨夜が代償を顧みず能力を駆使して俺を探し出してくれたからだ。雨夜が会ったという謎の男の助言によるものも多い。そんな奇跡のような出会いの中で、適合者のすべてが十八歳までに巡り合い融合を行えるのだろうか。俺個人的な考えを述べよう。そんなの、ほぼ絶望的だとしか思えない。
そうなると、選択肢は一つ。今回の鍵である真冬が融合すること。そのミッションさえクリアすれば、将来は安泰というわけなんだよな。少なくとも真冬の話を聞く限りでは、真冬はどんな事情があれ融合は人類のために果たさなければならない責務だという認識をしていた。だからよっぽどの事象が起きない限り、適合者である器との融合を拒否するなんてことは起こり得ないはずだ。
「そ、それじゃあ。真冬が鷹司と俺、どちらも器となし得る理由は、万が一正規ルートである鷹司との融合を拒否することがあったとしても問題ないように、俺という第二候補がいる、ということでしょうか……?」
我ながら、この推測は自意識過剰にも程があるとは思う。だが、現状俺の拙い頭ではそうとしか考えようがない。本当であれば、雨夜と一緒に話を聞いて考えを聞きたいところだが。そもそも論として、俺はこの話を雨夜に聞かせる勇気を微塵も持ち合わせていない。
「いや。そうではないのだ」
俺の考えなんて、春香さんの前では儚く散ってしまった。何もかも、俺の想像の斜め上どころか、大気圏を突破した突拍子もない内容が降ってくるんだ。もう、何が来てもいいように身構えるしか他ない。
「汝も対面したのであれば、わかったであろう。鷹司沈来の内なる邪悪さに」
鷹司が内包する、悪。
鷹司が俺を刺したナイフは結果的にオモチャだったわけだが、あの隠すつもりのない殺意は本物だった。だが、それは真冬に必要以上に固執しているがゆえのこと。あの時受けた印象はそんなところだった。
でも、実際にはどうだ。春香さんが鷹司の奴を『邪悪』だと表現したことで、話は一変する。管理者が悪というのであれば、今回の人類存続審判における鷹司の果たす役割は悪そのものということになってしまうのだから。
「ただ俺は、手段はどうであれ鷹司はひたすらに純粋に真冬を求めているだけだと思っていました。今春香さんに言われて、鷹司には邪悪な何かを秘めているというのがしっくりきたのもまた事実です。そうなると、俺は新たな疑問の壁にぶつかってしまう」
そう。真冬にとって、いや世界にとって、鷹司沈来という器が『悪』なのであれば。真冬にとってもう一人の器となり得る俺は、何なのか。
「鷹司が『悪』なのであれば……。一体俺は何なのですか」
聞きたくなんてない。だが、ここで聞かなければ後悔する。俺自身だけではなく、人類が、世界の命運が。
「悪の対義となり得るのは、善。ただそれだけだ。つまり、汝……朝倉世忍は。人類の、世界の『善』を担いし者。人類の鍵を握りし者の正統な適合者が悪に落ちてしまった場合の、安全装置たらしめる者」
「俺が、『善』……?」
最高に今、俺は呆けた面をしているに違いない。それもそのはず、何が来てもいいように身構えていたはずが、まったくもって予想を遥かに打ち破り、見事俺は殴られた激しい衝撃で身動きも取れずリングに囚われたへなちょこレスラー以下の存在と化してしまったのだからな。
脳震盪を起こしかけている俺に追撃するように、春香さんは先を続ける。
「真冬の『世界を思うが姿に再生する』能力は、持ち主に依存する。もちろん他の能力を持ちし者たちも同様だが、この能力だけは性質が違うのだ。世界の再構築なぞ、家族が引き裂かれず団らんとした未来を作ったり、人一人が死なずに生き続けたりするような甘ったるいものではない。人類の命運がかかった能力。それは、能力の持ち主によって『悪』にも『善』にもなり得る」
春香さんの続く説明に、俺はハッと現実に戻る。今は呆けている場合ではない。
真冬の能力が及ぼす影響範囲は、限りなく広いということか。頭で思い描く範囲のごく一部の世界ではなく、あらゆる人類に等しく再構築の能力は降り注ぐ。人類存続審判が人類の存続を許したとして、その先には確実に人類を安全に生きながらえさせる保証はないということ。刻印によって真冬の能力が抑制されている以上、融合した器が、世界を破滅へも何にでも導けるということなのか。
俺はようやく、こわごわと春香さんを見る。頭の整理が追いつかず俺の目はひたすらに宙を彷徨い揺らいでいた。そろそろ、春香さんの真意を言外にて感じ取らねばなるまい。
春香さんは、ただただ俺を見つめていた。一瞬たりとも目を逸らすことなく。射抜くようでも試すようでもなく、ただひたすらに。
その瞳が意図するところは、俺にはわからない。しかし、瞳が対峙してから数秒。俺の脳裏にパッと、あの時の春香さんの言葉が再生される。
『……真冬を、よろしく頼む』
その言葉は姉として、真冬を案じたものだと思っていた。管理者として中立でなければならない立場として、素直に妹と接することが叶わない春香さんの悲願も込められているのだと。
その解釈は違ったのだ。中立な立場としては言葉に出すことはできないのかもしれない。でも、春香さんの薄紅の瞳が俺に訴えかけているのは。
――人類存続審判終了後の、人類の未来。
世界は悪の手に落ちるべからず、善によって導かれるべきなのだと。
そして、俺はこうも思うのだ。
人類存続審判とやらは、あまりにも真冬に負荷をかけすぎているのは既知の事実だ。それは神水家に代々伝わる予言が現実となってしまったもの。神水家の人間であればある程度は覚悟していたのかもしれない。
だが、俺はどうだ? 今までは平凡な人間として、大した刺激もなく甘んじて日常を享受し、現代の日本ではおよそ九十九パーセントが進学する高校に例外なく入学した。その結果がこれだ。ザ・凡人の俺が、どうして、こんな。人類存続審判とかいうわけのわからない、俺の人生にはまったくもって無縁だろう事象に巻き込まれなければいけないんだ。それに、世界が悪の手に落ちないためには、俺が取るべき手立ては一つだという。
それは、ある種の裏切り行為も含まれるというのに、か。
「……雨夜……」
そう呟かざるを得なかった。その呟きが春香さんの耳まで届いたかはわからない。外で吹き上げた突風に木々がざわめき、俺のか弱い嘆きを攫っていってしまったから。
人生を投げうってまで俺を真っ直ぐな目で信用し、探し出してくれた雨夜。
人類悪である鷹司との融合を阻止し人類のため世界のため、善によって正しく能力を使うべき真冬。
どちらかをこの手で選べだなんて。そんな酷な選択を、管理者は、春香さんは。迫っているというのか。
「……なに、まだ時間的猶予はある。じっくりと思案し、答えを出すがよい」
パチリ、と。響く春香さんの扇子を閉ざす音が、話の終焉を意味する。
「余に言えることはただ一つじゃ。真冬を……」
「……真冬を、よろしく頼む、ですよね」
俺は春香さんの発言を遮って、言葉を継ぐ。春香さんの話を遮るなんて不敬行為により即刻打ち首にでも処されてしまうんではないだろうかと思うところだけど。そんなくだらないこと、今の俺には到底考えられない。余裕なんか、とっくになくなっている。
「そうじゃ。……ゆめゆめ忘れるでないぞ」
ざわざわと。静かだった風の音が徐々に声量を上げていく。気づけば俺は、室内なのにこちらに向かって吹いてきたとしか思えない風に目を瞑ってしまう。
咄嗟に覆った腕を開放して次に目を開いた時には。春香さんの姿はもう、どこにもなく。季節外れの枝垂れ桜が、以前と変わらず室内を甘く支配しているだけだった。
入口近くに横たえた真冬の姿もどこにもなく。俺は足取り重く神水神社から退散する。
今日はあまりも様々なことが起こりすぎた。この一か月の総集編にふさわしいくらい、様々なことが。まったく、皮肉にも程があるだろ。
よろよろと帰宅した俺は、寝床の吸い込み力に抗える気力もなく。泥のように眠りこけ、脳内整理は睡眠に丸投げすることにした。夢ならば、どれだけいいものか。




