Lesson85 『遺言は日常で済ませておけ。』
さて、長く苦しい無為の日々が終わった。
ここからは俺個人のクエストを達成するだけの話だ。
「せめて事情を聞かせてくれよ。」
『スマンが話せない。』
「オマエの事だ。
私利私欲の下らない理由ではないと分かっているが…」
『いや、買い被りだよ。
下らない私事だ。』
去るにあたってジェフだけには引継ぎを済ませておきたかった。
身勝手な話で申し訳ないが、この男になら安心して全てを託せると考えている。
「分かった。
詮索はしない。
…なあ、テッド。
戻って来るんだよな?」
『…約束は出来ない。』
「冒険者達はどうする!?
オマエを慕って集まったんだぞアイツらは!」
『ジェフ。
それは違うよ。
皆が集まったのは、冒険者の宿が得だったからだ。
一緒にシステムを設計したオマエなら分かっている筈だ。』
「なあ、分かってるんだろ?
皆、生活が懸かってるんだぞ。」
『俺の利権を全てやる。
それで食い繋いでくれ。』
「利権?」
『フカヒレやら何やらあるだろう。
というか、冒険者の宿は誰でも運営出来るように作った。
俺とオマエとでだ。』
「…分かった。
カネの話はいいよ。」
『ありがとう。』
「だが、リコちゃんはどうする?」
『え?
どうするって?』
「いや、オマエに惚れてるだろ。」
『…ああ、そういう。』
「どうする?」
『故郷に帰って良縁を探すように伝えておいてくれ。』
「おい、ちょっと待てよ。
この話、リコちゃんにはしてないのか?」
『当たり前だ。
相棒のオマエを差し置いて女なんかに話す事じゃないだろう。』
「お、おう。
そこまで買ってくれてたんだな。
いや、少し驚いた。」
しばらく間があり、クールダウンしたジェフと盃を交わす。
どうやら俺に戻る気が無いことも察してくれたらしい。
互いに言葉が浮かばず無言の乾杯。
最高の相棒だった。
下らない人生だったが、最後に人に恵まれた。
俺は幸せ者だ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝は事務。
俺が長旅に出る事が冒険者仲間に共有される。
動揺を防ぐ為、軍からの特殊要請をふんわり匂わせる。
今の俺は軍隊との遣り取りが多いからな。
それっぽく受け止めて貰えた。
むろん、ケヴィンやグッドマンなど近しい人達には通用しない。
皆を混乱させない為、特に掘り下げては来ないが…
軍隊とは関係が無いことくらい見抜いてくるよな。
「テッド。
少しいいか?」
『ん?
ああ、どうぞ。』
昨夜の事など無かったような態度。
俺がジェフ・フィッシャーを信頼し尊敬する理由である。
「ヘルマン・マイヤー大佐が表に来ている。」
『大佐が…?
もう帝国軍の応対は一段落した筈だが…』
「少し様子がおかしいんだ。
部下を連れて来ていない。」
『いや、そんな筈はない。
帝国の指揮官クラスが単騎で…
まあいい、会うよ。』
少し考えてから、誰にも代わりが務まらない事を思い知る。
うん、俺が居る限りはコネの類は俺が独占してしまうな。
問題無い。
何故なら俺が帰らないからだ。
「やあ、テッド・ウォーカー。」
『御無沙汰しておりました、大佐殿。』
ヘルマン・マイヤー。
数多の武功を挙げてきた叩き上げの猛将。
帝国軍内ではかなりの評価を受けているようだが、俺の眼には愚人と映っている。
「もう大佐ではなくなった。
今朝、ようやく退職届が受理されたのでね。
早速だが、冒険者登録を申請させてくれないだろうか。」
ほーらね。
呆れる程に馬鹿だろ?
『…私の記憶違いでなければ、大佐は今年度末で退役資格を取得されるという話ではありませんでしたか?
恩給が支給されると伺ってますよ。』
「ああ、相違ない。
我が国の佐官が満期退役した場合は年間300万ウェンの軍人恩給と退役者住宅が下賜される。」
『今、前倒しで退役しても貰えるのですか?』
「まさか?
軍隊がそんなイレギュラーを許す訳がないだろう。
戦地で退職を申し出る将校など逃亡兵にも劣る卑怯者だ。」
『ええ、ですよね。
…よく退職届が受理されましたね?』
「そりゃあ、受理すれば私に支払う退職金や恩給が丸々浮くからね。
戦友から侮蔑される反面、経理部は大喜びさ。」
『…。』
「本題に入らせて欲しい。
冒険者登録は帝国人でも出来るかね?」
『ええ、まあ。
現時点で国籍条項は設けておりません。』
「おお、それは助かる。
では、早速冒険者登録をさせてくれないか。
力仕事くらいしか能のない男だが、誠心誠意努めるつもりだ。」
『いえいえ。
大佐、落ち着いて下さい。
冷静に話をしましょう。』
「いや、もう軍籍にはないのでマイヤーと呼び捨ててくれると助かるのだが。」
『いやいやいや!
帝国では軍人さんは非常に尊敬されていると聞いてます。
ましてや将校は社会から尊崇されるそうじゃないですか?
一方、一方ですよ?
冒険者なんて言ってしまえば浮浪者じゃないですか?
底辺仕事ですよ。
もう天と地ほどの差がある。
今からでも遅くありません。
退職届の撤回が出来ないか問い合わせるべきです!』
「ふふふ。」
『何がおかしいんですか?』
「遠くない未来。
全ての若者が軍人ではなく冒険者に憧れるようになるよ。
本屋では軍人ではなく冒険者の活躍を描いた絵巻物が溢れかえるに違いない。」
なーにを言っとるんだ、コイツは?
冒険者が若者の憧れ?
そんな訳あるか馬鹿。
古今東西、青少年というものは軍人として武功を挙げ立身出世を夢見る生き物なのだ。
そう、貴方のように。
「へー。
色々な仕事があるものなんだなー。」
『ええ、そりゃあもう。
おかげ様で。』
「陣地前の瓦礫撤去作業、日当銀貨30枚。
うん、この仕事をやらせてくれないか?」
『いやいやいや!
貴方、何を言っているんですか!!
依頼書にある陣地って帝国陣地のことですよ?
そこで下士官連中に怒鳴られながらの肉体労働です!
昨日まで大佐だった人にそんな仕事をさせられる訳ないでしょう!』
「そうは言われても【急募クエスト】のスタンプが押されているじゃないか?」
『いや、それは。
瓦礫撤去なんて、ただでさえ重労働ですし…
兵隊の目の届く範囲での作業なんて誰だって嫌ですよ。
アイツら、立場の弱い者をイビッて日頃の鬱憤を晴らそうとするから。』
「ああ、それは済まないことをしたなあ。
或いはその玉突きの上流に私が居たかも知れない。」
『…貴方の部下は、みな誇らし気でした。
貴方の下に配属されたことを心から喜んでいた。
何人かと雑談しましたが、異動に怯えてました。』
「どうかな。
平民出身の将校は貴族からは疎まれ、平民からは妬まれる。
私に悪感情を持っていた者は少なくない筈だ。」
だから。
貴族から見ても平民から見ても、そういう自省的な将校はありがたい存在なんだよ。
だから組織がアンタを大佐まで出世させたんだろ?
言われなきゃ分からないのか?
馬鹿じゃないか、コイツ。
『…兎に角、現場が混乱するので瓦礫除去は諦めて下さい。』
「そうか、すまない。」
『最初は目立たない仕事をお勧めします。
何か特技はありませんか?』
「…特技も何も、私は軍隊しか知らないからなあ。
10歳で雑用夫に志願したんだ。
最初はずーっと荷運びや武具修繕ばっかりしてたなあ。」
『…そうですか。』
聞けば、このヘルマン・マイヤー。
戦災孤児の身から奴隷同然の待遇で軍隊に潜り込み、各地で伝説的な武功を挙げて大佐まで昇進したらしい。
…参ったな、多分コイツの冒険者適性は他の誰よりも高い。
この男を主役にした絵巻物なら題材が冒険者でも売れるかもな。
『じゃあ、弓の修繕は出来ますか?』
「ん?
そりゃあ出来るも何も、最初に配属されたのが弓隊だったから。
最初の1年は毎日弓を調整していたが。」
俺は溜息を吐きながら、一枚の依頼書を指さす。
【廃棄戦弓の修繕 一張 銀貨50枚】
『貴軍からの依頼を押し付けられて困ってます。
最初は戦場での鹵獲弓を押し売りされそうになりました。
頑張って差し戻して、故障した弓を修繕するという趣旨にずらしました。』
「ふむ、押し売りとは酷いことをする。」
帝国は建国以来もっと酷いことを絶え間なく続けている無法者国家なのだが、話が長くなるので口には出さない。
『大佐。
ここにある弓を直す事を強いられてるんですよ。』
「ふーむ、これは廃棄弓だな。
あー、本来は焼却処分する筈のものを駄目元でキミ達に販売しようとしたのか。」
『世間ではそれを押し売りというのですがね。』
「済まないな。
それは軍隊では賞賛される行為なんだ。
部隊財政の健全化には皆が頭を悩ませているから。」
『それは奇遇ですね。
全ての人民が軍人さんのタカリ行為に頭を悩ませております。』
「請けるよ。」
『は?』
「恐らく民兵団への支給に転用するのだろう。
ここにある半数なら、実用水準まで修繕可能だ。」
『いや、半数は言い過ぎでしょ。
この弓なんて、完全にグリップが砕けてますよ?』
「ああ、こういうのは全部ニコイチだ。
ほら、隣の弓。
グリップは無事だが、リムが反ってしまっているだろう?」
『あ、はい。』
「じゃあ、ここをねじって。
一旦、二張を分解。
こちらからグリップだけ拝借。
あ、そこの木槌を借りるよ?」
『あ、はい。』
「懐かしいなぁ。
朝から晩まで大人達に殴られながら、こんな風に弓の修繕を…
はい、出来た。
えっと、キミに納品すればいいの?」
『あ、いえ。
冒険者には何人か軍隊経験のある者がおりまして。
軍隊からの依頼の際にアドバイザーになって貰っております。
彼らをワンクッションとしてから、依頼者である帝国軍にチェックをお願いする形ですね。』
「ああ、軍人上がりが講師役ということ?」
『いえ、あくまで軍務に関してはの話です。
狩猟依頼であれば猟師がアドバイザーを務めますし、伐採依頼であれば皆が杣人に従います。
誰だって自分の専門分野は人に伝えられますからね。』
「ふーん。
随分機能的な組織だ。
きっと軍隊も本来はそうあるべきなんだろうな。」
『退役直後の軍隊批判はお控え下さい。』
「それは失礼。」
愚にも付かない遣り取りをしながらマイヤーはもう二張の弓を修繕してしまう。
『これは直ってるのですか?』
「兵隊さん達に殴られずに済む程度には。」
『なるほど。』
最後の仕事にしては珍妙な物になってしまったが、ヘルマン・マイヤーの冒険者カードを発行してやる。
そんな義理があるかは不明だが、署名をしてコイツの保証人となる。
『じゃあ、大佐のスキルは【弓修繕】と記載しておきますね。』
「スキルという程、大層なものだろうか?
子供の頃から兵隊達に叩き込まれれば誰でも覚えられるものだぞ?」
『誰だってそんな子供時代を過ごしたくないので、十分貴重です。』
「なるほど。」
そう。
真面目に働いていれば何らかの技能・ノウハウは身に付く。
上手く他人に説明出来ないだけで、一芸は誰もが持っているのだ。
俺は、それを気づかせてやりたかった。
オマエの人生は無意味なんかじゃなかったぞ、と認めてやりたかったのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
マイヤーと木箱一杯の弓を運ぶ。
荷物の持ち上げ方を見て分かった。
この男は本当に長い下積みを真面目にこなして来ている。
俺は老将校が冒険者になる事には勿論反対だが、マイヤーに限っては通用すると確信した。
まあ、この男にも色々あったようだし勘弁してやるか。
「許されることではありませんよ!」
眼前で厳しく俺を睨み付けているのはトム君。
どうやら俺は勘弁して貰えないらしい。
そりゃあね、師匠が突然組織を放り出して旅に出るなんて言い出したらね。
『怒ってますか?』
「貴方の無責任を糾弾しに来ました!」
『…。』
思わず首をすくめる。
若者に怒られるのって凹むんだよなあ。
『すまな…』
「ですが、最後まで黙々と業務をこなされている師匠を見て…
無責任なのは依存していた自分だと気付きました。」
最初に出会った頃は、本当にどこにでも居る少年だった。
平均よりもやや軽率だったかも知れない。
だが、今はすっかり別人だ。
『トム君、私は…』
「受領確認をします!」
『はい?』
「師匠は今日中に出立されるんですよね?
なら、その【廃棄戦弓の修繕クエスト】の確認作業は貴方以外の誰かがやらねばならない。」
『…はい、そうなります。』
「そちらの方は確か帝国の?」
『ええマイヤー大佐です。
本日付をもって退役されたとのことで、冒険者登録を受け付けました。』
「…帝国軍はその申請を知っているのですか?」
『いえ、まだです。』
「分かりました。
至急、帝国軍に退役者の登録についての可否を問い合わせます。
折角ですので王国側にも同様の問い合わせをしておきます。
両軍が競合している今でしか引き出せない条件はありそうですから。」
『…ええ、お願いします。』
トムの口ぶりがあまりに淡々と普段通りなので、つい俺もつられてしまう。
きっと今生の別れなのだ。
最後に何か若者に残して行くべきではないだろうか。
何か、何か。
何か伝えようとするのだが、言葉が浮かばない。
頑張って別離の義理を果たそうとすればするほど、俺の会話は日常事務になってしまう。
「ではマイヤーさん。
午後から新規登録者説明会を行いますので、会場である胡桃亭に案内します。」
「承知した…
もとい、承知しました。
案内に感謝します。」
「師匠。
昨夜小耳に挟んだのですが、説明会の茶菓子はケヴィンさんが自腹で出していたそうです。」
『え!?
それは駄目だよ。
誰かの犠牲を前提とした組織運営は健全ではない。』
「ですね。
ただ、リラックス効果がある事も確かなんです。
やはりスタート時は皆さん緊張しておられますから。」
『とりあえず、ケヴィンさんに今までの代金を補償しなきゃ。
まずはこれで建て替えておいて。』
慌てて差し出そうとしたコイン袋は少年の手に押し返される。
小さいが、力強く固い手だ。
…いつの間にか、男の手になった。
「それは駄目です。
誰かの犠牲を前提とした組織運営は健全ではありません。
なので、皆で話し合います。
より健全な方法を。
単に茶菓子のみならず、皆で話し合います。
より良いものを作り出す為に。」
『…はい、賛成です。』
そうか。
きっとこれが俺達なりの離別なのだ。
きっと彼なりに師弟生活の成果を見せてくれているのだ。
不覚にも安堵してしまった。
トムには持てる全てを伝えたと断言出来る。
もうとっくに…
この少年は、いやこの男は。
俺なんかよりずっと高みに登っていた。
もうキミに教えることは何もない。
皆伝。
Lesson85 『遺言は日常で済ませておけ。』
【名前】
テッド・ウォーカー
【職業】
冒険者
【スキル】
特殊清掃
食材鑑定
高速学習
ウナギ捕獲
【資産】
銀貨0枚
鉄貨59枚
【所持品】
折り畳み釣り竿
簡易テント
大型リュック
万能ナイフ
*ポートフォリオ
騎士用手袋
*トラバサミ
ハンモック
*業務用肉醤製造セット
荷馬車
*討伐チップ (ウナギ)
ゴブリン漁網
ブンゴロド通行証
*ドワーフ式の軍用テント
*グリーン図書館蔵書 (2万2918冊)
帝国通行証
身分証明証
*は所有権を放棄した物品。
【生産可能品目】
山椒粉
フカヒレ
ラー油
肉醤
ジャガイモ (少量)
ウナ肝
マーガリン
墓穴
【ポートフォリオ】 (冒険者の宿に寄贈済)
ホーンラビット
スライム
サンドシャーク
猪
山椒
ドブネズミ
薬草概要
蝶類概要
風琴鳥
ドワーフ
蛇モグラ
廃棄物処理法
ウナギ
ジャム
バター
共和制
対ゴブリン史
【仲間】
ジェフリー・フィッシャー (漁師)
キース・ポーター (運送業)
レオナ・レオナール (受付嬢)
グスタフ・グリルパルツァー (狩人)
トーマス・トンプソン (バディ)
ヘレン・ヘイスティング (冒険者)
ノリス・ノーチラス (修理屋)
ハンス・ハックマン (農夫)
マーガレット・リンドバーグ (油脂製品製造業)
グレッグ・グッドマン (支部長)
テルマ・テイマー (飼育員)
^7@7@:;++ (先導者)
ブルース・ボブソン (漬物職人)
クロード・クーパー (田舎支部長)
ケヴィン・コリンズ (宿屋の入婿)
ジム・スウィーパー (清掃員)
パット・グーニー (雑用夫)
ヘルマン・マイヤー (新人冒険者)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(あとがき)
最後までお読みいただきありがとうございました。
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ご安全に。




