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Lesson82 『この世で最も高く売れるのは大義名分である。』

慰霊碑の1件で帝国軍にも王国軍にも知己が増えた。

もっとも、だからと言って帝国や王国に特に居場所がある訳でもない。

なので、色々と疲弊した俺は一昨日から古戦場村の丘でテントを張って暮らしている。

眼下にはグリーンタウン。


王国・帝国共に撤兵の気配はない。

それどころかジワジワと増員が続いている。

城内には続々と外交官が送り込まれ、城の外周には騎兵が遊弋している。



『最長老。

アレは何を意味しているのですか?』



「決まってるだろ?

戦争と外交の中心がグリーンタウンに移ってるんだよ。」



『あそこは典型的な辺境都市だと思っておりました。』



「先週まではな。」



『…。』



「どこかの誰かさんが意味と可能性を与えてしまった。

ふふふ、困った奴だぜww」



最長老が俺の顔を冗談めかして覗き込みながら笑う。



『私は…

皆の依頼に応えただけです。』



「…。」



『…。』



「オマエは話の持って行き方が上手いな。

周りとぶつかり続けたワシと真逆だ。」



最長老がブンゴロド印の酒瓶を俺の手元に置いた。



「なあ、1個教えてくれよ。」



『?』



「ワシらブンゴロドがここから最大利益を得る方法を考えて欲しい。

王国側と帝国側が拮抗し過ぎてる所為かなぁ…

戦闘も交渉も全然進まんのだよ。

状況が動かないと、茶々の入れようがなくてなー。」



確かにそうだ。

博打的な戦闘や派手な奇策を好むドワーフにとっては、グリーンタウンの拮抗状態にはメリットがない。

それどころか、和戦いずれかにせよ状況が動いてくれなければ、買い込んだ兵糧が無駄になる。



『いいじゃないですか。

皇帝陛下の旗を下賜されたんですよね?』



「いや、それだけじゃあ駄目だ。

ここから手柄を立てて恩賞式典に喰いこまなくては…

無理に無理を重ねた意味がなくなってしまう。」



普段陽気で掴みどころのない最長老が眉間に皺を寄せて歯ぎしりをしている。

どうやら読みが完全に外れてしまったらしい。

この老人の見立てではグリーンタウンを舞台にして帝国VS王国の大会戦が何度も起こる筈だった。

いや起こって貰わねば困るのだ。

その大会戦に参戦して帝国軍が認めざるを得ない戦功を挙げる予定だったのだから。

租借地を正式な領土に格上げする。

それだけがこの老人の望み。



『最長老。』



「んー?」



『貴方は願望が顔に出過ぎてます。

思考が読まれてるから邪魔されるんですよ。』



「ふっw

仕方あるめえw

ドワーフって莫迦の集まりなんだからよ。」



『ブンゴロドの皆さんと出逢う前は、私もそういう偏見を持ってました。』



「はァー。

オメーは本当に如才がないなあ。

優等生クンかよ!」



『…。』



「なあウォーカー。

オマエは何を企んでる?」



『表に出しても仕方ないでしょう。

思考が読まれたら邪魔されるだけですし。』



俺の思想や理念は冒険者仲間に広がりつつあるが、具体的な構想や目的は誰にも悟られていない筈だ。

いや、クラークには全部見透かされてるだろうな。

あの女とは知識の売買だけで済ませるべきだった。

切ろうにも俺の方の借りが明らかに大きい。

…完全に失敗だったな。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



いつから立っていたのだろう。

古戦場村の入り口に長い孤影。



『マイヤー大佐。

わざわざお越しになられなくとも、お呼びつけ頂ければ駆け付けましたのに。』



「…。」



『大佐?』



「私如き卑官が名士を呼び付ける訳にはいかない。」



『名士?

私のことですか?』



「ああ、それも世界的な。」



マイヤーは懐から取り出した新聞紙を俺に手渡す。

帝国語? いや違う、この這う様な字体は帝国の物でも王国の物でもない。



「おめでとう。

キミは英雄になった。

特に合衆国人からの支持は高い。」



『合衆国?

いや、話が読めません。

私は一度も同国に足を踏み入れたことがないのです。』



「合衆国も王国と戦争している件は知っているな?」



『ええ、北部戦線でもかなりの死者が出ているらしいですね。』



「あそこは小国だ。

単独で王国に勝つ国力は無い。

だから、溜飲を下げる日を待ち望んでいた。」



マイヤーは静かに俺の眼を見つめている。



「名もなき黒鍬者が王国の将官を差し置いて慰霊を取り仕切ってしまった。

しかも振る舞いが極めてスマートだ。

それが彼らの琴線に触れたのだろうな。」



『理解しかねます。』



無論、理解出来る。

俺が合衆国人であっても、俺を称えただろうからな。



「キミはよくやってくれた。

感謝している。

散っていった戦友達も浮かばれるだろう。」



『…。』



「望みはあるか?」



直訳:魂胆を白状せよ。



『…日常が戻れば嬉しいですね。

出来れば自分一人が恩恵を被るのではなく、皆様の御生活も回復すれば幸いです。』



「…。」



『…。』



「もう一段階だけ言葉を選んだ方がいいな。

まるで王国も帝国も去れと言っているようだ。」



『…なるほど、無学なので気付きませんでした。

確かにそのような誤解を受けかねないですね。

大佐殿にはいつも大切な事を教わります。』



「なあ、テッド・ウォーカー君。」



『はい。』



「皇帝陛下がグリーンタウンから撤兵したがっている事は分かるな?」



『ええ、まあ。

想像以上に実利的な方でしたから。』



【王国に母を侮辱されて怒り狂っている】

そんな風評を聞いていたので、情緒的な君主を想像していたのだが、実物の帝国皇帝は極めて理知的な青年に見えた。

無論、俺如きに腹の底を読ませる程浅くはないだけなのだろうが。

少なくとも母を魔女呼ばわりされた事に関しては一度も話題に出されていない。



「我が軍は長年シュタインブルク城を最前線と想定して来た。

その前提で人事や土木は計画されて来たんだよ。」



俺はあの途方もない巨城を思い出す。

確かに、あれだけの規模の防衛拠点があるのに、僅か先のグリーンタウンに防衛隊を駐屯させるのは無駄だと思う。

何せこのグリーンタウンは標高の高いレッドタウンから様子が丸見えであり、戦闘に発展すれば逆落しに駆けて来る王国軍を防がねばならない。



「だが属国や属州の手前、手土産なしでグリーンタウンから退去する事は不可能だ。

そんな事をすれば帝国が敗戦したかのような印象を国際社会に与えてしまうからな。」



『…確かに。

帝国が去れば王国軍が街の全接収を宣言するでしょうし。

まるで追い出されたように見えますね。』



「我が国としてはそんな事態は到底容認出来ない。

せめて王国も同時に退去してくれなければ面子が保てない。」



…そんなムシの良い話があるのだろうか?

どちらが先に退去すれば、残った方は嬉々として勝利宣言を発表し領有実務に取り掛かるだろう。



「そう、あり得ない。

だから皇帝陛下もお困りなんだょ。

グリーンタウンを放棄するとしても…

何らかの手土産がなくては、な。」



『どうしてそれを私に?』



「他の者に尋ねても仕方ないだろう?」



『要は皇帝陛下の面子を立たせる方法を考えろと?』



「命令じゃあない、友人としてのお願いだよ。」



直訳:オマエの自己責任でこちらの為に働け。



『…。』



「…。」



参ったな。

帝国に撤兵されると、この一帯が王国軍に再領有されてしまう。

…年貢の件は絶対に蒸し返されるな。



『仮に皇帝陛下の面子を立てたとして、恩賞には何が貰えますか?』



「どうだろう。

そもそも帝位にあるという事は世界屈指の大富豪である事を意味するからね。

私如きでは陛下の金銭感覚を推し量る事は不可能だ。」



…それもそうか。

帝国皇帝は無数の金山や宝石鉱山を私有している。

そのアガリだけでも洒落にならない額らしいからな。

嘘か真か純金で作った馬車すら保有しているという噂まであるくらいだ。



『まず皇帝陛下への手土産について。

これに関しては腹案があります。』



「ほう。

やはりキミに相談して正解だったな。」



驚いたフリをしてやがる。

白々しい男だ。



『…。』



「…で?」



『私にも要求を出せと?』



「どうせ陛下からも御下問されるだろうからな。」



『年貢の免除とか、そのあたりになるんじゃないですか?』



「妥当な線だな。

もしもキミが領内の人間であれば、あっさり認められたかも知れん。

いや、皇帝陛下はウォーカー君を気に入ってるから、年貢免除の上に旗本への取り立てもあり得たか。」



『…でもこの辺が王国領になったら、意味ないですよね?』



「流石に王国の年貢は王国の徴税当局と話し合って欲しいな。」



『でしょうね。』



「…何?

王国軍を追い出して欲しいの?」



『大抵の農民はそうでしょう。』



「OK。

取引成立だ。」



『?』



「要するに年貢を払いたくないんだろう?

王国にも我が国にも。」



『まあ大抵の農民は…』



「一般論の話はしてないよ。」



『…。』



「皇帝陛下はこういう思考実験が大好きな方だから。

キミとは相性が良い。

だが、この世の大抵の軍人や役人は陛下のようには考えないと肝に銘ずるべきだ。

この忠言をもってキミへの返礼とさせてくれ。」



『大佐に貸しなんかありませんよ。』



「あるさ。

私だけじゃない。

本当は全ての将兵がキミに感謝し自らを恥ずるべきなのだ。」



相変わらず愚かな男だ。

俺なんかに肩入れしてどうする?

アンタの果たせなかった夢や届かなかった理想を叶えるとでも思っているのか?

俺の事を何も知らない癖に。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



さて、手土産とやらを先払いしてやるか。

俺ばかりが支払わされている気もするが、相手は皇帝で俺は奴隷。

後払いが許される力関係ではない。



『皇帝陛下がシュタインブルク城に居られるなんて知りませんでした。』



「勿論オフレコで頼むよ。

陛下が帝都で指揮を執っていることにしておかないと蒙昧な共和国人達が勘違いをしてしまうからね。」



『…。』



「陛下は前線をシュタインブルクに戻したいとお考えだ。

それも外交的勝利と共にね。

その区切りがつくまでは、帝都に戻りたくても戻れないんだ。」



皇帝は帝都に帰還したくて仕方ない。

対共和国・対首長国の総指揮を執らなければならないからだ。

だが、王国との国境問題に区切りを付けておかなければ、今回の戦勝を無駄にしてしまう。

それが皇帝が前線のシュタインブルク城に極秘在陣している理由。



「さて、キミの提案。

皇帝陛下が大そうお喜びでね。

ですよね、ケーニッヒ卿。」



「私も喜んでおりますよ大佐。」



ここはグリーンタウン内の帝国軍司令部。

部屋には俺・マイヤー大佐・ケーニッヒ卿の3名だけ。

と言うより参謀本部付の作戦将校が席を外したタイミングで急ぎこの話題となった。

帝国にも色々派閥があるらしい。

(特に貴族勢力と軍務省は利権が微妙に相反しているとのこと。)



『では、皇帝陛下に土産を献上しますので…

私達の身柄を守って下さいね。』



大佐と伯爵は力強く笑って頷き、金縁眼鏡の足音が聞こえるとさり気なく話題を神聖娼館のそれに変えた。

これくらいの腹芸が出来なければ軍隊では生き残れないのだろうな。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「テッドさんが私を頼ってくれるなんて初めてです♥」



『そうでしょうか?

前からクラークさんの事は頼りにしておりましたよ?』



「いいえ!

テッドさんが対価なしに私を求めて下さるのは初めてです♥」



…そうだっただろうか?

この女に借りを作ることを潜在的に恐れていたからかな?

それともこの女に限らず皆に対してそうしていたのかな、俺は。



『日常会話程度でしたら問題はないのですが…

政治的な話題を齟齬なく翻訳する自信はありません。』



「本当はあるのでしょう?」



『ええ、ありますよ。

でも自信だけあっても仕方ない。

学術的な裏付けの無い自信なんて妄想や狂気にも劣ります。』



俺の構想は至ってシンプル。

【ゴブリンを帝国皇帝に謁見させ忠誠宣言を提出させる。】

奇異な案だが、帝国にとって旨味の大きい提案なので多分通ると思っていた。



1、他種族からの服属宣言は必ず帝国の権威を高らしめる。

2、ブンゴロド牽制の駒として活用可能。

3、王国に対して戦略的・文化的に優位に立てる。



地図を見る限り、ゴブリンの生息域は王国に近い。

にも関わらず、王国ではなく帝国に忠誠宣言を提出したら国際社会はどう思うだろうか?

間違いなく帝国優勢に映る。

これほどの外交材料はない。


問題はゴブリン側の利害と尊厳である。

俺の見立てでは、正確に情勢さえ伝える事が出来れば、彼らの性格であれば賛同してくれる。

だが、俺達は挨拶や簡単な取引がやっとの関係である。

果たして国家間条約(いや種族間条約だな。)を説明する事は可能だろうか?


ゴブリン語を一番話せるのは俺で間違いないのだが、政治教養が絶無だからな。

異種族に対して状況を説明する自信がない。



『まずクラークさんに謝罪したい。』



「え?」



『必要な時だけ頼ってしまいます。

あまりにムシが良い。

好ましくない態度であるとは自覚しております。』



クラークはそれには何も答えずにコロコロ笑う。

もはや【何がおかしい】などと問う気はない。

この女は今、人生を堪能しているのだ。



「でも困りました。

ゴブリンの皆さんはテッドさんしか信用しないと思いますよ。」



『…まさか。』



だろうな。

少なくとも俺がゴブリンの立場ならテッド・ウォーカー以外とは目も合わせたくない。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



【ゴブリンの返答】


・基本的には人間種と争う気がない。

・原則的に相互不干渉が希望。

・交易を認めてくれれば助かる。

・ドワーフの侵食を防いで欲しい。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



どこまで意思疎通が出来ているのか不安だが、概ねこんな感じ。

向こうも俺と出逢った日から、この事態を予見はしていたらしい。

【人間種は何らかの要求をしてくるだろう。】

それが上下関係を含む地位協定であることもゴブリン達は歴史的体験で知っていた。

俺達を通じて人間種の言語を学んでいたのは、少しでも不利益を軽減する為。

なので、彼らにとっても人間領への出頭は想定内であり、むしろ避けて通る気はないらしい。

族長の5@#9>2^^以下30名が皇帝への謁見に臨む事を即答する。


俺は感謝の印として鉄塊を贈ろうとするも、それについては謝絶される。

代わりに身内を人質として残す事を要求された。

(かなり婉曲な表現ではあったが。)



『参りました。

私は天涯孤独の身です。』



「参る必要はありません♥

テッドさんには私が居るじゃありませんか♪」



『いえ、ゴブリン側は一族を出せと要求しております。』



「うふふ♥」



クラークは先日帝国を訪れた際の査証を俺に見せつけてくる。



【先触+ケーニッヒ家の保証印を確認した為、通行を許可した。

乗員はテッド・ウォーカーとその妻リコの2名。

荷台検査するも異常なし。】



この女、まだ持ってたのか…



(ズイッ)【テッド・ウォーカーとその妻リコ】



『いや、それは現場の担当が誤認しただけであって…』



(ズイッ)【テッド・ウォーカーとその妻リコ】



『いやいや、戸籍上は関係がないですし。

それに私の身分の事は何度も説明したでしょう。

王国法では私は婚姻出来ないのです。』



(ズイッ)【テッド・ウォーカーとその妻リコ】



なーんで、この女は嬉しそうなのかね。

左右の少女ゴブリンとクスクス笑い合っているし。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



そこから先は通訳作業に徹した。

俺の使命は余分な摩擦を避けること。

ゴブリン達が不安にならないように側に張り付きながら帝国・ゴブリン双方の疑義に応え続ける。

必死に平静を装っているが、ケーニッヒも5@#9>2^^も俺も皇帝さえも相当な緊張を持って臨んでいる。

クラークが相当念入りに調べたのだが、ゴブリン種と人間種が外交接触を行ったという前例はとうとう見つからなかった。

史書を紐解いても彼らの記述は【○○匹のゴブリンを討伐した!】だの【ゴブリンが棲息していた土地を無事に確保した!】だのといったものばかり。

そりゃあゴブリン側も警戒するだろう。



「2@@@?*{~<j9 (はじめまして、どうも)」



『偉大な王にお目に掛かれて身に余る光栄、と申しております。』



「77@[]k21-.,[@。 (害意はありません。)

g?>]gaklfc9s]de@:?%& (そっとしておいて下さい。)」



『皇帝陛下の威徳に感銘を受けました。

せめて一言だけでも挨拶したいと思い参上した次第です。』



「@;:13}{~4@ (用事が済んだら帰っていいんですよね?)」



『人間種の代表である皇帝陛下に謁見出来たこと

子々孫々まで誉れとして語り継ぎます。

帝国万歳!』



まあ大体こんな感じ。

皇帝も侍従長も馬鹿ではないので何となくゴブリン達の本心は読んでいる。

従軍記者達も良い大学を出ているので同様なのだろうが、彼らは読者を心の底から侮蔑しているので、大衆向けにセンセーショナルな意訳を行おうと試みて侍従長に譴責されていた。



「@?@><*-^2@ (我々も生活が苦しいんで)

00@:1>?_}{ (要らないなら返して下さいね)」



ゴブリンがハンモックやら革細工やらを皇帝に献上。

ぶっちゃけ彼らだって帝国がこんなものを喜ぶわけが無いと知っている。



「おお素晴らしい!!

こんな心のこもった贈り物を受け取るのは生まれて初めてだよ。

余は猛烈に感動している!

今日は即位以来最も素晴らしい日になった。

いやあ、この鞄? 財布?

素敵な縫製だねえ。

帝室の家宝とすることを約束するよ。」



生母の身分が低く即位後も相当苦労しているだけあって、皇帝はリップサービスに余念がない。

近臣たちの制止を振り切ってゴブリン側に笑顔で握手を求める。

しかもわざわざ手袋を外してだ。

流石に覚悟が伝わったのだろう。

ゴブリン達も誠実な表情でこれに応えた。

一瞬だけ気難しい表情になった侍従長が口を開く。



「それでは!

ゴブリン諸兄の忠勤に応えて!

皇帝陛下から下賜品が贈られます!」



「ああ、記者諸君。

侍従長は下賜品と表現したが、あれは原稿ミスだ。

余から友人への親愛の気持ちを込めたプレゼントだよ。」



皇帝はにこやかに訂正。

一見、寛容な態度に見えるが実は違う。

【皇帝からの下賜品】だと帝国とゴブリンの間に正式な国交が発生してしまうが、【余から友人への親愛の気持ちを込めたプレゼント】だと、今上皇帝とゴブリン有志との個人的な関係で収まる。

即ち、帝国にとって都合が悪ければ代替わりの際に好意を更新しなければ良いだけなのだ。



「いやあ、今日は人生最良の日だ!」



そう言って皇帝は金銀や穀物の満載された大きな荷馬車を指さす。

しかも5台!!

流石のゴブリンもここまでの返礼は予想していなかったのか、改めて驚愕の表情となり平伏した。

しかも心からの畏敬を込めて。

うーーーん、最後は結局財力だよな。

人間種の俺ですら荷馬車に積まれた絹布や鉄塊や米俵を見て圧倒されたのだから。

小生意気な従軍記者達も度肝を抜かれて口をポカンと開けている。



「これからも是非!

我が国と誼を続けて下さい!!」



皇帝は最後に平伏している族長に歩み寄ると、片膝をついて両手で握手をした。

そして固唾を呑んで見守る配下・群衆に笑顔で手を振る。

沸き起こる歓呼!!


あくまで後になって振り返ればの話であるが…

グリーンタウン攻防戦の決着がいつ付いたのかのと問われれば、まさしくこの瞬間だったのだろう。

無論、王国には膨大な予備兵力と攻城兵器があり、かつ外交的にも親帝国諸国を切り崩し続けていた。

だが、この日皇帝がゴブリンからの忠誠宣言を受け取ったことで、国際世論が帝国側に軍配を上げてしまったのだ。



「やあ、ウォーカー君。

まずは礼を述べさせて欲しい。」



『皇帝陛下。

勿体ないお言葉です。』



「これで全ての区切りは付いた。

やっと帝都に帰還出来る。」



『え?

そうなんですか?』



「王国側がグリーンタウンを保持する事は困難になったからね。」



言いながら皇帝は勢力地図を指し示す。

今まで【山林】とのみ書かれていた箇所にゴブリンから贈られた赤瑪瑙をコトンと置く。

そしてその隣の【租借地】と記されている箇所に苦笑しながらドワーフにとっての至宝であるラピスラズリを置く。

そう、あの租借地の一部はブンゴロド領になった。

そんな義理があるのかは知らないが、俺はブンゴロドへの信義を通した。

無論、彼らにはこれからゴブリンへの義理を通して貰うが。



「地図の上では、シュタインブルク城とブンゴロド領・ゴブリン領でグリーンタウンを包囲した形になる。」



『あ?

あ、いや。

お言葉ですが、あの辺は山野で大軍の通行は困難だと思いますが。』



「そう、実務の上では難しいんだ。

さっきも参謀連中から警告を受けたばかりだしね。」



『ええ。』



「だが、世界中の大半の者が現地を知らない。

この勢力地図よりもっと大雑把な略図を眺めながら、あっちが強いこっちが優勢と語り合っているのが現状だ。」



『…確かに。』



「大切なことは。

いいかい大切なことは、現地を知らない属国・属州・各傭兵団・投資ファンドは、単純化された略図を見て立ち振る舞いを決定している点なんだ。」



『あ!』



「そう。

素人が見れば帝国の勢いが増し、王国が追い詰められたように見える。

いや王国人であっても略図だけ見ていれば、そういう錯覚に陥るんじゃないかな?

机上の上では我が軍はいつでもグリーンタウンを挟撃出来るのだからね。」



実際はそんな簡単な話ではない。

幾ら街道が繋がったとは言え他種族の支配地を行軍することには途方もない心理的負荷が伴うのだから。

通る方も通られる方も苦痛極まりないことは事実。

だが略図を見る限り、すんなり帝国の大軍がブンゴロド領や瓢箪池を通ってグリーンタウンまで一直線に進軍出来るかのように思える。



「投資家連中はね。

多分、王国の国債を売ったカネで我が国の国債を買ってくれるよ。」



『そういうものなのですか?』



「残念ながらそういうことだ。

そして国際投資家が最も多く住んでいるのが、我が仇敵の共和国。」



『…。』



「あそこは分かりやすい金権政治だから。

財界が内閣に我が国との和平を呼びかけて着地するよ。」



皇帝はソファーに深く腰掛けたまま、疲れ切った表情で背筋を伸ばした。



「ケーニッヒ先輩から概要は聞いている。

褒美もちゃんと支払う。」



この時初めて知った事だが、ケーニッヒ卿は皇帝の士官学校時代の1期先輩とのこと。

表情から推し量るに色々と青春ドラマがあったらしい。



「ではそろそろ望みを言ってくれ。」



『…。』



「…聞かせて欲しいな。

義務感と好奇心が両方とも私にそう言っている。」



『…共和制というのをやってみたいのですが。』



皇帝があまりに優しい声色で問いかけたので思わず口が滑った。

しまったなあ、封建君主が一番嫌がる回答だぞ。

現に皇帝親衛隊達が恐ろしい形相で俺を睨み付けている。



「おいおーい。

我が国の主敵が共和国なんだよー。」



『そうですよね。

じゃあ、帝国寄りの共和都市を作っていいですか?』



「おいおーい。

とって付けた様な提案だな。

それ絶対思い付きで喋ってるだろうww」



笑ながらも皇帝は顎に手をやり【帝国寄りの共和都市】に思いを馳せている。



「ウォーカー君。

キミは自分を無学だと称しているが、随分高度な提案をしてくるね。

どうして共和制なんかに惹かれたの?」



『共和制に惹かれるような人生を歩んで来たからだと思います。』



その回答を聞いた皇帝は腹を抱えて笑ってから、呆然としている親衛隊士達に「今のは彼一流の皮肉だぞーw」と軽口を叩いた。



「いいね。

どのみち王国さんにはグリーンタウンから退去して貰う予定だった。

そうか、共和都市かぁ。

いいよ、今のパワーバランスなら多分落とし込めるわ。

多分、もう一戦あると思うけど…

その合戦に勝った後の講和条約で、そっちの方向に話を持って行くわ。」



皇帝は目を閉じて問う。



「キミは帝国寄りの共和都市って言うけどさ。

具体的には我が国に何をしてくれるの?」



『仮に法律に口を出せる立場であれば…

税金を下げるんじゃないでしょうか?』



「ふむ、前から言っていたものな。

だが減税が我が国をどうやって潤す?」



『あ、いや。

今もレッドタウンからこっそり労働者を引き抜き続けてるんです。』



「え!?

そうなの!?」



『ゴミ収集員や下水清掃員を高給で引き抜いてます。

王国軍は大軍ですし、相当苦しんでると思いますよ。

だから、普通に税率を下げて、引き続き基幹労働者をピンポイントでスカウトし続けたら…

王国はレッドタウンの保持も難しくなるんじゃないでしょうか?』



「言ってよ!」



『え?』



「そういう壮大な作戦を実行してるなら先に言ってよ!!」



『あ、すみません。』



「キミ怖いよ!」



『あ、本当にすみません。』



「分かった。

キミの構想に乗るわ。

ただ、減税攻撃をされて困るのは我が国もなんだけど。

そこはどう考える?」



『じゃあ、帝国人には私から声を掛けないという事でどうでしょう?』



「それだけじゃ弱いから我が国も減税を進めるわ。」



『あ、はい。』



「どうせ、そこまでがキミの狙いなんだろうけどさ。」



『…。』



認めたくはないが、世の中の仕組みは理解出来た。

この世で最も高く売れるのは、やはり大義名分なのだ。

幾ら俺が下層民でも、政治的パフォーマンスにパッケージングして持って行けば為政者は高く買ってくれる。

だってそうだろう?

為政者はありもしない正当性を誇示したくて堪らないのだから。


今回のゴブリンパフォーマンスで俺は強く再認識した。

汗水垂らして働いたり、長年誠実に仕えたり、真面目に研鑽し続る者よりも。

小手先の詐術で実績をでっち上げるハッタリ屋を為政者達は重宝してしまうのだ。


…所詮世界ってこんなモンだ。

俺のような卑劣なハッタリ屋が、俺のように最下層で重労働に強いられ続けた労働者よりも遥かに評価されるのだ。


なあ、オマエら。

こんな世界で満足か?

こんな世界を愛せるのか?

そんな自分に胸を張れるのか?


…俺は嫌だ。





Lesson82 『この世で最も高く売れるのは大義名分である。』

【名前】


テッド・ウォーカー



【職業】


神聖教団代表

冒険者

フカヒレの人

ウナギの人

黒鍬者



【スキル】


特殊清掃

食材鑑定

高速学習

ウナギ捕獲



【資産】


銀貨11枚

鉄貨59枚



【所持品】


折り畳み釣り竿

簡易テント

大型リュック

万能ナイフ

ポートフォリオ

騎士用手袋

トラバサミ

ハンモック

業務用肉醤製造セット

荷馬車

討伐チップ (ウナギ)

ゴブリン漁網

ブンゴロド通行証

ドワーフ式の軍用テント

グリーン図書館蔵書 (2万2918冊)

帝国通行証

身分証明証



【生産可能品目】


山椒粉

フカヒレ

ラー油

肉醤

ジャガイモ (少量)

ウナ肝

マーガリン

墓穴



【ポートフォリオ】


ホーンラビット

スライム

サンドシャーク

山椒

ドブネズミ

薬草概要

蝶類概要

風琴鳥

ドワーフ

蛇モグラ

廃棄物処理法

ウナギ

ジャム

バター

共和制

対ゴブリン史




【仲間】


ジェフリー・フィッシャー  (漁師)

キース・ポーター      (運送業)

レオナ・レオナール     (受付嬢)

グスタフ・グリルパルツァー (狩人)

トーマス・トンプソン    (バディ)

ヘレン・ヘイスティング   (冒険者)

ノリス・ノーチラス     (修理屋)

ハンス・ハックマン     (農夫)

マーガレット・リンドバーグ (油脂製品製造業)

グレッグ・グッドマン    (支部長)

テルマ・テイマー      (飼育員)

^7@7@:;++         (先導者)

ブルース・ボブソン     (漬物職人)

クロード・クーパー     (田舎支部長)

ケヴィン・コリンズ     (宿屋の入婿)



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



(あとがき)


最後までお読みいただきありがとうございました。

このLesson(教訓)が有意義であったと感じていただけましたら、冒険の道標としてページ下部の【☆☆☆☆☆】やブックマークで評価して下さると幸いです。


ご安全に。

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大義名分と対になるのが民意だから、共和政を導入するにはプロパガンダが必須だろうね
>為政者はありもしない正当性を誇示したくて堪らない そうだった。 正当性なんてものは基本的に存在しないんだったわ。
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