Lesson69 『盤面はオマエが握れ!』
皆を瓢箪池に下がらせた。
合図があり次第、ポーターの指揮で全車両がブンゴロド砦に入城する。
俺とハンスはグリーンタウンに最も近い馬借村の作業小屋にて役人の到来を待つ。
「…ウォーカー、少し休め。」
『いえ、俺は…
今は大丈夫です。』
互いに神経が張っている。
年貢の不正が発覚した場合、首謀者は必ず処刑されるからである。
少なくとも俺とハンスは確実に縛り首だ。
「ウォーカー。
最後になるかも知れないから伝えておく。」
『え?』
「オマエが来てくれて本当に良かったよ。
感謝している。
村のこと、トムのこと。
色々と助けてくれてありがとう。」
『いえ、俺もハンスさんに会えて嬉しかったです。
流れ者人生だったので、本百姓の方からは警戒されてばかりでしたから…』
縁起でも無いのだが、まるで遺言交換である。
いや、冗談抜きで今日殺されてもおかしくない状況だからな。
俺とハンスはポツポツと今までの出来事を振り返り静かに笑い合う。
良き友を得た。
その一事で冒険者になって良かったと断言出来る。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
異常事態だ。
夕方になっても役人は来ない。
何故だ?
収穫を確保するのがオマエらの仕事だろ?
『…ハンスさん。』
「分かっている。
明らかに異常だ。
何か尋常で無い事が起こっているとしか言いようがない。」
ハンス曰く、無申告早刈りはボーダーを超えた違反行為である。
翌夕まで何の指摘もなされないなんて絶対にあり得ないのだ。
「分からん。
役人が事態を把握してないのか?
いや、そんな事はありえん。」
『戦争が激化しているから、監視漏れしてしまったとか?』
「いや、逆だよ。
激化しているなら兵糧は平時より多めに確保しなきゃならないんだ。
眼前の年貢米に目が行かないなんて絶対にあり得ない。」
だよな。
軍隊を動かす為には莫大な兵糧が必要になる。
なら、本来は俺達に命令してグリーンタウンに運び込ませようとするのが筋合いではないか?
だって、放置すれば万が一帝国がこの一帯を占領した場合に、彼らの兵糧になってしまうからだ。
俺は軍事の素人なので偉そうな事は言えないが、最前線の年貢米なんて1番重要な物資なのではないだろうか。
『日が暮れてしまいましたね。』
「…だな。」
『…。』
「ウォーカー、オマエも仮眠を取れ。」
『ですね。
少し横にならせて貰います。』
そう言って目を閉じてすぐだった。
ハンスから起こされるよりも先に大地から響く煮沸音に身体が反応する。
煮沸音?
馬鹿か俺は!
馬蹄音以外に有り得ないだろ!
『ハンスさん!』
「分かってる!
方角南方!」
馬蹄音は一騎や二騎から生まれる振動ではなかった。
素人の俺でも分かる、最低でも100騎。
部隊としての騎兵だった。
灯りは点けない。
手筈通りに無言で疾走し、更に後方の丘に逃げ込む。
見張り台代わりの仮設テントには既にジェフが帰還しており、闇夜の中で水筒を渡してくれた。
『帝国かな?』
「そんな気がする。」
俺もハンスも緊張の限界にあったが、仲間の顔を見て少し余裕が湧く。
水筒の茶を半分飲み干すと、残りの半分で握り飯を流し込んだ。
不覚にも飲食を忘れていたようだ。
自らの小心に思わず苦笑する。
「ハンスさんの判断は正しかったですね。
あれは帝国の斥候騎兵団ですよ。」
「フィッシャー君は何故そう思うんだい?」
「ほら、逆茂木をどんどん引き倒している。」
「ああ、本当だ。
王国軍なら川に逆茂木は捨てないよな。」
ジェフが俺に「ウナギが減るかもな。」と軽口を叩く。
少し笑って…
自分の精神が平常に戻りつつある事を自覚した。
『帝国側が騎兵だけで来たと言うことは、前線は完全に破られてるよな?』
「ああ、そして今…
うん、信号弾が上がった。
恐らくは後方の本体に何らかの合図を送ったのだろう。」
俺達3人は無言で馬蹄音の方角を睨みつける。
目というのは不思議なもので、月や星の光にいつの間にか適応してくれていた。
単なる斥候部隊ではない。
帝国が誇る羽根胸甲騎兵だ。
どうして決戦兵科がこんな所に?
野戦の弾みで突出した?
大将斥候の護衛?
帝国では斥候も華美?
いや、馬鹿か俺は。
既にここが最前線なんだよ。
頭を切り替えろ、もう平時ではない。
馬群から2騎が離れて、大根村の入り口に迫る。
一瞬、村落への攻撃かと緊張するが、数分間入り口でゴソゴソすると走り去る。
『彼ら、一体何を…』
「立て札だな。」
ジェフが断言する。
俺には見えなかったのだが、ジェフは騎兵が数本の立て札を背負っていた事を確認したとのこと。
『立て札って?』
「決まってるだろ。
侵攻側が村落に制札を出すとしたら1つだ。」
そう。
これが国家戦争である以上、布告は領有権主張に他ならない。
要するに《今日からここは帝国領だから帝国に従え。》という趣旨だろう。
そんな制札まで準備済ということは、帝国はグリーンタウン一帯を領有化する為の事前準備を整えていたのかも知れないな。
まぁ、王国にしたって帝国の村落に立てる為の制札を準備していたのだろうが…
『2人共、この音が聞こえる?』
ふと、耳鳴りがしたので声を上げる。
「本隊の歩兵師団に決まってるだろ、一々言わせるな。」
『だよなー。』
そりゃあね。
騎兵が安全を確認したら本隊が前進するよね。
そのうち、ハッキリと攻城梯子が見えてくる。
あ、完全にグリーンタウンを落としに来てるな。
「落城確定だなー。」
『そっすねー。』
普通なら敵部隊を取り付かせない為に迎撃部隊が街道に展開していなければならない。
が、一向に城門が開く気配がない。
俺達が呆然と眺めている間に帝国の歩兵が大量にやって来てグリーンタウンを手際良く包囲してしまった。
「あー、これは日の出と共に一斉攻撃パターンだな。」
『どうなるんですかね?』
「いやぁ、ここまでビッシリと囲まれたら…
一瞬だろ。」
『ですよねー。』
結果論だが、ハンスの早刈り判断は正しかった。
明日にはこの一帯は帝国領だ。
あの立て札に何と書いているのか不明だが、年貢米を隠しておくに越した事はないだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
日が完全に昇った。
帝国軍は形式的に降伏勧告を行うと、グリーンタウンの城壁のあちこちに攻城梯子を掛けて軽快に駆け上がって行った。
何人かの王国兵が壁上から弩を撃っていたが、すぐに斬り伏せられてしまった。
1時間も掛からないうちに尖塔の王国旗が投げ捨てられて帝国旗が翻った。
しばらくして帝国語の勝ち鬨が上がったので、グリーンタウンが完全に落ちた事を俺でも理解出来た。
「テッド、どうする?」
『村々に残ってる者で希望者は瓢箪池まで送迎してくれ。』
「分かった。
もっとも、大半の者が裏山伝いに逃げて行ったけどな。」
まぁ、この辺は国境際だからな、余所者の俺なんかより昔から住んでる連中の方が危機感は高いか…
残ったのは百姓に偽装して空き家に暮らしている冒険者だけ。
両国の軍隊を刺激しない為にも顔付きの柔和な者を選抜してある。
『帝国軍は村に入って来ませんね。』
「向こうも不用意に民意を刺激したくないんだろう。
…あー、でも双眼鏡で村の様子を監視してはいるなあ。」
『どうなるんですかね?』
「うーん。
村落占領とかの場合は政治将校が仕切るからなあ。
多分、アイツらには民間人と接触する許可が与えられてないんじゃないか?」
ハンスの見立てでは、帝国はグリーンタウン一帯を自領に編入する為に入念に準備を行っていたフシがある。
「まあ、ブンゴロド族への租借も含めて、だ。
計画自体はずっとあったんだろう。
それが今回、初戦で大勝したからGOサインが降りたんじゃないかな。」
かなりの数の帝国兵が川沿いを行軍しているが、村に立ち入る気配は感じない。
やはり事前に色々と準備を済ませていたのだろう。
「…師匠。」
突然背後から声を掛けられたので動転する。
『トム!
逃げろと言っただろう!』
「いやあ、俺も怖いんですけどね。」
『見れば分かるだろう。
戦争なんだ。
子供の来る場所じゃない!』
「俺、子供である前に師匠の一番弟子なんで。
ね、ハンス叔父さん。」
「あんまりウォーカーに心配掛けるな。
オマエのこと、実の親みたいに
心配してくれてるんだぞ。」
「え?
師匠そうなんすか?」
『…。』
「で?
用件はなんだ?」
「ブンゴロド長老からの極秘依頼です。」
『!?』
「!?」
「グリーンタウン周辺の動向を逐一報告して欲しいとのことです。」
『…。』
「…。」
ブンゴロド族の魂胆は明白である。
人間種同士の争いに乗じて利権を拡大したいのだ。
特に彼らは帝国に恩を売りたがっているにも関わらず、肝心の帝国から進軍を許可されていない。
当然だろう。
ドワーフは傲岸で粗暴な種族である。
帝国人としても、これ以上増長されたら困るのだろう。
手柄を立てて権利主張したいブンゴロド族と、何としてもそれを阻止したい帝国サイド。
俺も彼らの遣り取りを一度見た事があるが、かなり緊張感を孕んだ関係だった。
「師匠、叔父さん、どうしますか?」
『トム君。』
「はい。」
『ブンゴロドは瓢箪池には侵入していないのだな?』
「あ、はい。
俺も意外だったんですけど、案外あの人達律儀ですよね。
一歩も入って来ないんです。」
律儀?
違うよ。
帝国からの【租借地】を【領土】に格上げする為に、彼らなりに入念に手続きを踏んでいるんだよ。
敢えて王国領との境界を国境に見立てることで、まずは王国人にあの土地を自分達の領土であると認識させようとしている。
帝国側が恐れる気持ちも分かる。
『それにしてもブンゴロド族は見事ですね。
彼らには驚かされっぱなしです。
完全に盤面を支配してますね。』
そう言った時だった。
ジェフが静かに俺の肩に手を置く。
「テッド。
それは違うぞ。」
『え?』
「盤面はオマエが握れ!」
『…。』
「俺は…
俺達はオマエの描いた絵に未来を感じたから付いて来たんだ。」
『…。』
「盤面はオマエが握れ。」
『…俺。』
「うん。」
『働けば働くほど、みんなが貧乏になっていくのをずっと見てて…』
「うん。」
『それは、間違ってるんじゃないかって…
ずっと思ってた。
子供の頃からずと。』
「うん。」
『もう答えは出ているんだ。
皆の苦境の原因は時代でも国際情勢でもない。』
「うん。」
『王国が悪政を敷いているのが原因だ。』
「…俺もそう思う。
オマエの意見に賛成だ。
最初からずっと賛成だ。」
『俺は無学だから、思考や展望を上手く言語化出来ない。
ただ、今回の戦争はチャンスだと思う。
もしも戦争が無難に収まれば…
この国は損害を補填する為に、更に税率を上げるだろう。』
「だな。」
『トム君。
ブンゴロドに走って最長老をこの丘に招待してくれないか。』
「ええ、承知しました。」
『異種族を領内に…』
「師匠!
すぐに話を付けて来ます。
相手が随員を希望した場合、どうしますか?」
『合計4人。
俺達が4人しか居ないと言ったら…
彼の性格なら笑って合わせてくれるよ。』
トムは力強く頷く。
出逢った頃は子供だと思っていたが、すっかり男の貌になっている。
『トム君、ちょっと待って。』
「はい。」
『3人共聞いてくれ。』
「「「…。」」」
『国は売らない。
但し、奪われて来たものは取り返す。』
無言で駆けだしたトムを見守った俺達は再度グリーンタウンを振り返る。
落城直後にしては煙の量は極端に少ない。
きっと軍も行政府もさっさと退避したのだろう。
それも俺達に一言の勧告もなく。
Lesson69 『盤面はオマエが握れ!』
【名前】
テッド・ウォーカー
【職業】
冒険者
ウナギの人
【スキル】
食材鑑定
高速学習
ウナギ捕獲
【資産】
銀貨28枚
鉄貨62枚
【所持品】
折り畳み釣り竿
簡易テント
大型リュック
万能ナイフ
ポートフォリオ
騎士用手袋
トラバサミ
ハンモック
業務用肉醤製造セット
荷馬車
討伐チップ (ウナギ)
ゴブリン漁網
ブンゴロド通行証
ドワーフ式の軍用テント
【生産可能品目】
山椒粉
フカヒレ
ラー油
肉醤
ジャガイモ (少量)
ウナ肝
マーガリン
【ポートフォリオ】
ホーンラビット
スライム
サンドシャーク
猪
山椒
ドブネズミ
薬草概要
蝶類概要
風琴鳥
ドワーフ
蛇モグラ
廃棄物処理法
ウナギ
ジャム
バター
【仲間】
リコ・クラーク (司書)
ジェフリー・フィッシャー (漁師)
キース・ポーター (運送業)
レオナ・レオナール (受付嬢)
グスタフ・グリルパルツァー (狩人)
トーマス・トンプソン (バディ)
ヘレン・ヘイスティング (冒険者)
ノリス・ノーチラス (修理屋)
ハンス・ハックマン (農夫)
マーガレット・リンドバーグ (油脂製品製造業)
グレッグ・グッドマン (支部長)
テルマ・テイマー (飼育員)
^7@7@:;++ (先導者)
ブルース・ボブソン (漬物職人)
クロード・クーパー (田舎支部長)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(あとがき)
最後までお読みいただきありがとうございました。
このLesson(教訓)が有意義であったと感じていただけましたら、冒険の道標としてページ下部の【☆☆☆☆☆】やブックマークで評価して下さると幸いです。
ご安全に。




