Lesson63 『敵は素知らぬ顔で刺せ。』
実は地下通路は既に開通しているのだが、それはゴブリン勢の助力の賜物。
人間種がこんなに早く地下掘削を成功させたとなると世間の猜疑を買ってしまう。
故にずっと仕事をしているフリをしていた。
様子を見に来た役人達には、顔や服をわざとらしく土まみれにして面会する。
案の定彼らは無邪気に喜んでくれる。
盗んだ税金で納税者に汗水を掻かせるのが彼らにとって無上の喜びだからである。
「師匠、いよいよ明後日ですね。」
『ああ、そうだね。
流石に茶番も疲れた。』
役所の都合を逆算して明後日に地下通路が開通する事になっている。
このアホらしい茶番からようやく解放されると思うと感慨ひとしおである。
一段落をしたら、当面は瓢箪池で息を潜めよう。
公共事業は儲かるが、戦争が始まるまでにグリーンタウンから距離を取っておきたい。
「ウォーカーさん。
今、大丈夫か?」
『あ、はい。
空いてますよ。』
「上でリコちゃんが呼んでるぜ。」
『え?
クラークさんが?』
何を考えてる?
と喉まで出掛かったが堪える。
女が来るような場所ではないのだが…
「テッドさん♪
しばらくぶりです♪」
『…あ、どうも。』
参ったなぁ。
ここ下水区画脇の飯場だぞ。
断じて大学出のお嬢さんが来ていい場所ではないのだが…
「一大事なので報告に上がりました♪」
『え?
一大事?
その割に嬉しそうですね。』
「だって、問題でも起こらない限りテッドさんに逢いに来れませんから。」
『なるほど…
ただ、幾ら問題が発生したからと言って、御婦人がこんな場所に来てはなりませんよ。
この辺は治安が良くありませんし、地下道にはモンスターも居るんです。』
俺はムシロに並べてあるアリゲーターの死骸を指差す。
何が嬉しいのかキャーキャー騒いでいるので、女というのは不思議な生き物だ。
『それで、問題と言いますと?』
「商業ギルドから告訴されてしまいました♪」
あまりにクラークの声色が明るかったので、事態を急には飲み込めない。
『え?告訴?
え?え?え?』
「はい、テッドさんが告訴されてしまったのです♪」
『そ、それは困りましたね。』
「ええ、商業ギルドの強引さには困ったものです♪」
いや、俺が困惑しているのはオマエの表情がやけに晴れ晴れしている点なのだが…
まあ、いっか。
『では、上に戻りますので…
道中詳しい話を聞かせて下さい。』
「はい♪」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【告訴状】
テッド・ウォーカーなる無宿人が専売品のバターを密造し、社会秩序を大いに乱している。
これは準叛乱行為である。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
『えー、叛乱ですかー。
それは、また…』
バターの密造?
そんなことしたかなあ?
ってか俺って、冒険者だ何だと名乗っても社会的には所詮は無宿人なんだよな。
久々に自分の実態を突き付けられ思わず苦笑してしまう。
『っぷw
いかんいかんw』
「流石テッドさんです♪」
『え?』
「商業ギルドに告訴されて、笑えるのってテッドさんくらいのですよ♪」
『あ、いや。
別に笑ってる訳では…
っぷw ふふふw』
「ほらぁ♪
笑ってるじゃないですかー♪」
『いやいや、笑っているつもりはないんですけどw』
「ほら、笑ってますよーw」
「『あっはっははw』」
笑いながら街中に戻った事がマズかったらしい。
いきなり怒り狂っている商人達に取り囲まれてしまう。
「あーーー!!!
その薄汚い風体!!
キサマがウォーカーだな!!!
何をヘラヘラ笑っているんだ!!!」
大店の御隠居っぽい身なり。
恐らくは商業ギルドの理事クラスだなぁ。
『あ、こんにちは。
ええ、私がウォーカーです。』
「この悪党ッ!!」
『え?』
おいおい、初対面の人間をいきなり悪党呼ばわりとは酷いな。
そこまで言われる筋合いは…
*国境破り
*隠し田造成
*ゴブリン種との結託
*ドワーフ種との結託
あ、ゴメン。
そっちの言い分が正しいわ。
「局長!
早く彼を逮捕して下さい!!
大犯罪者ですよ!!」
御隠居達は側に立っている上級官服の男にまくし立てている。
確か俺達に隠し通路を掘らせている部署のトップだ。
「うーーーん。
犯罪者と言ってもねえ。
ウォーカー氏は公共事業も頑張ってくれてるし…」
「局長!!
専売破りですよ! 専売破り!!
国王陛下の御威信に挑戦する重罪です!!」
「うーーーん。
そうは言われてもねぇ。」
局長氏が困ったように俺をチラ見する。
流石の市政局長も商業ギルドは無下に出来ないらしい。
「ウォーカー!!
この悪党ッ!!
黙ってないで何とか言ってみたらどうなんだ!!」
『はあ、バターの密造と仰られましても…
心当たりが無いと申しましょうか。』
「この期に及んでシラを切るか!!
証拠は挙がっているんだぞ!!
アレを見てもまだ惚けるか!!!」
御隠居が指さす方向は、屋台?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「らっしゃいらっしゃい!
バタートーストあるよー。」
「お、丁度小腹がすいてたんだ。
オヤジ、1個買うよ。」
「あいよ!
バタートースト一丁!!」
「ねえ店主さん、バター2パック持ち帰りでお願いするわ。」
「あいよ!
バター2パックテイクアウトねー!!」
ああ、なるほど。
そういう事か。
マーガレット嬢の卸しているマーガリンがグリーンタウンで大流行している。
それもバターの代用品という形で広がったので、人々はそれをマーガリンと知りつつ【バター】と呼称しているという訳か…
ああ、そりゃあ商業ギルドの主観からすれば…
営業妨害もいい所だよなあ。
「おいウォーカー!!
あの屋台に積み上げている箱の文字が読めるよなぁ!!」
『はあ、見えますねえ。』
「冒険者の宿って明記されてるじゃないか!!
ほら!
マーガレット・リンドバーグと書かれた下!!
動かぬ証拠だよ!!」
え、マジ?
誰だよ、箱にそんな文言入れたの。
ってか【冒険者の宿】ってこんな綴りだったんだな。
「局長!!
これが証拠です!!
動かぬ証拠ォッ!
このテッド・ウォーカーはバターを密造して売り捌いている大悪人です!!
早く逮捕状を発行して下さい!!」
「えっと、ウォーカー氏。
ギルド側はこの様に仰ってるのだけど…
貴殿からコメントはある?」
『あ、いや。
アレはバターではなくマーガリンなので…』
「それは偽バターの商標だろ!!!
バターと混同している者も多いんだぞ!!
おかげで商業ギルドは大打撃を受けているんだ!!!」
相変わらず大袈裟な連中だな、と思いながら話を聞いてみたのだが、意外にヤバい状況らしい。
戦時景気を見込んだ商業ギルドはアホみたいな額の専売手数料を財務省に納めて、バターの大規模生産&大規模値上げに踏み切った。
対帝国戦が再開すれば各部隊からバター発注が来る筈だし、それを消費者に対しての暴値の論拠にする予定だった。
バター値上げ計画は実はかなり以前から綿密に練られており、今回の値上げ額を消費者が受け入れれば、利益率が140%増する計算だった。
「そこにキサマの偽バターだ!!!」
『な、なるほど。』
「バターは生モノなんだぞ!!
消費期限があるんだよ!!!」
『あ、あるでしょうねえ。』
「どこの支部も予算枠上限まで使って目一杯バター在庫を積み上げてるんだ!!!
保管料だって馬鹿にならないんだぞ!!!」
『な、ならないでしょうねえ。』
まあ要するに。
戦争に便乗した値上げで儲けようと画策していたタイミングでマーガリンが登場してしまった訳だ。
それで在庫を抱えている商業ギルドの各支部、それも特にマーガリン製造地に近いグリーンタウン支部がパニックになっているとのこと。
「テッドさん、バターの賞味期限は
氷魔法貯蔵でも半年が限度です。」
背後からクラーク女史が耳打ちする。
なるほど、半年か…
あれ?
じゃあコイツら詰んでないか?
「ちなみにマーガリンは1年です、うふ♪」
アレ?
マーガリンってそんなに日持ちするんだ。
じゃあ、バター業界ヤバくね?
『えっと、そんなに在庫に困っておられるのなら安く売れば良いのでは?
私個人としては前の値段で売って下されば助かるのですが。』
「他人事みたいに言うなよ!!
前の値段なんて無理無理!!!
こっちが損をするじゃないか!!!
今回の価格吊り上げ工作に我々がどれだけ予算を掛けたと思ってるの!!」
『はあ、そうですか。』
商業ギルドの連中は最後には騎士団まで連れて来たのだが、各屋台の領収書には【マーガリン】としか書かれてないし、成分表示も正直に【猪脂/菜種油/その他添加物】と明記されているそうだ。
よって騎士団は現行犯逮捕を拒否。
そもそも専売関連は王室案件。
1騎士団では判断のしようがないので、どうしても解決したいなら王都に差し止め請求を申請するしかないだろう、との回答。
「それでは間に合わないんですよ!!!」
ギルド員達が絶叫するが、役所も騎士団員も困ったような表情で黙り込んでいる。
ぶっちゃけ、公務員だってバターを決まった給料の中から買っているし、それが値上がりするのは苦しかったのだ。
法執行官としての騎士は俺の行為の合法性を判断しなければならないが、消費者としての騎士にとっての関心は【いつバターが値下がりするか?】しかない。
「おっかしいでしょ!!!!
そんなのおっかしいでしょ!!!!」
リーダーらしき御隠居が咆哮するが、騎士達は小さく会釈して去ってしまった。
まあ、彼らにも退勤時間はあるからな。
去り際に何人かの騎士が「私もマーガリンに替えたよ。」と耳打ちして行ったので、俺が想定している以上にマーガリンは出回っているらしい。
そう言えば、最近余った猪脂は全部古戦場村に回してるよなー。
大根村や竹細工村も人員を派遣してくれているし…
まあ、俺もたまにマーガレット嬢に手伝わされるが、量産し易い品目ではあるものな。
『まあまあ、私も出来るだけバターが売れるように計らいますから。』
「お!?
言ったな!? 言ったな!?
じゃあ偽バターの製造を直ちに中止するってことだな!?」
『いやあ、お客様からの発注には応えますけど。』
「それじゃあ意味がないんだよ!!」
『あのー。
お客様から寄せられるコメントなんですけど。
バターの価格が戻ったら、マーガリンへの代替を打ち切るそうですよ?』
「それじゃあ大損なんだよ!!!
融資で買い込んだメンバーも多いんだぞ!!
みんな破産してしまうッ!」
後でクラーク女史が説明してくれたのだが、今回のバター高騰は商業ギルドが一丸となって仕掛けていた計略らしい。
その為、普段乳製品を扱わない事業者までもが、倉庫や資金をギルドに提供する形で関与していたらしい。
戦争への便乗だから絶対に儲かる筈だった。
絶対に儲かるのだから融資を受けて大規模に、と考えた連中がマーガリンの出現によって悲惨な目に遭っているとのこと。
アホらしくて突っ込む気にもなれない。
「みなさーーん!!!
聞いて下さーーい!!!
マーガリンを称する偽バターはッ!!!
何と獣の脂身を使った下賤な食材なんです!!
グリーン大学のパウエル博士(有名な提灯学者)も安全性に疑問を呈されておられますよー!!
身体に毒なんですよーー!!!!」
お客さん「マーガリンください」
お客さん「マーガリンください」
お客さん「マーガリンください」
堪りかねたのか、商業ギルドは丁稚を総動員して夕方の市場で反マーガリン運動を開始する。
辻々に立って、マーガリンの有害性を叫ぶのだ。
「皆さーん!!!
騙されてはいけません!!!
アレは偽バターなんです!!
今すぐ規制すべきです!!
税金も掛けなくてはなりません!!」
お客さん「マーガリンください」
お客さん「マーガリンください」
お客さん「マーガリンください」
個人的にはマーガリンを禁止してくれた方が助かるんだけどな。
(製造を手伝わされるし)
大体、マーガリンなんてゲテモノじゃん。
やっぱり食べるならバターを食べたいよな。
だが…
商業ギルドをこれ以上刺激したくなかったので、理事達に愛想笑いを振りまきながら、如何に自分がバターと既存秩序を愛しているかを力説。
敵意の無いアピールに徹する。
そして嘘の埋め合わせとして帰りにバターを買ってやろうと思ったのだが…
うっそ、今こんなに高いのか?
あれ、前って幾らだった?
え、嘘? たっか!
俺「…マーガリン下さい。」
まあ、消費者としての俺も価格には勝てなかったよ。
飯場の連中には申し訳ないが、差し入れにバタートーストを振舞うのは断念してマーガリンサンドを選ぶ、
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌月、乳製品大手のスノーシンボル乳業が経営破綻した。
言わずと知れたグリーンタウン経済界の雄であり、同社会長は商業ギルドの理事を長年務める程の重鎮だったので、世間は大いに驚いた。
後で人から聞いた話なのだが、あの時に俺を告発しようとした御隠居が会長本人だったらしい。
御隠居もかなり経営再建に奔走したのだが、同時期にホワイトタウンの大手牧場連合がマーガリンへの参入を表明したことにより各金融機関から見放されてしまったとのことだ。
『マーガレットちゃん。
本当に良かったの?
マーガリンの製造レシピを一般公開しちゃって。』
「いいの。
だって商業ギルドの奴ら、パパの料理を毒呼ばわりしたんだから!
仕返ししてやらなきゃ気が済まないわ!!」
商業ギルドにマーガリンを否定されたマーガレット嬢に泣きつかれたのだ。
何とかして報復する方法を考えて欲しいと。
まあ、彼女にとっては亡父との絆の象徴だからな。
毒扱いされたら腹も立つよな。
製法公開するにあたってマーガレット嬢が提示した条件はたったの一つ。
【同製品には必ずマーガリンの名称を用いること】
家名を世に残し、敵に打撃を与えることが、きっと彼女なりの供養なのだろう。
まあ、そう誘導したのは俺なんだけどな。
Lesson64 『敵は素知らぬ顔で刺せ。』
【名前】
テッド・ウォーカー
【職業】
冒険者
ウナギの人
【スキル】
食材鑑定
高速学習
ウナギ捕獲
【資産】
銀貨49枚
鉄貨15枚
【所持品】
折り畳み釣り竿
簡易テント
大型リュック
万能ナイフ
ポートフォリオ
騎士用手袋
トラバサミ
ハンモック
業務用肉醤製造セット
荷馬車
討伐チップ (ウナギ)
ゴブリン漁網
ブンゴロド通行証
【生産可能品目】
山椒粉
フカヒレ
ラー油
肉醤
ジャガイモ (少量)
ウナ肝
マーガリン
【ポートフォリオ】
ホーンラビット
スライム
サンドシャーク
猪
山椒
ドブネズミ
薬草概要
蝶類概要
風琴鳥
ドワーフ
蛇モグラ
廃棄物処理法
ウナギ
ジャム
バター
【仲間】
リコ・クラーク (司書)
ジェフリー・フィッシャー (漁師)
キース・ポーター (運送業)
レオナ・レオナール (受付嬢)
グスタフ・グリルパルツァー (狩人)
トーマス・トンプソン (ひよこ鑑定師)
ヘレン・ヘイスティング (冒険者)
ノリス・ノーチラス (修理屋)
ハンス・ハックマン (農夫)
マーガレット・リンドバーグ (油脂製品製造業)
グレッグ・グッドマン (支部長)
テルマ・テイマー (飼育員)
^7@7@:;++ (先導者)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(あとがき)
最後までお読みいただきありがとうございました。
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ご安全に。




