Lesson60 『越境せよ。』
さて、俺個人の人生はだいぶ好転した。
元は農奴の身であるにも関わらず、今ではゴブリン団子を頬張りながら寝転がって釣り竿を眺める生活。
これまでの過酷な暮らしを振り返れば天国である。
「ねぇ、師匠。」
『んー?』
「戦争が始まるって言うのに、どうして落ち着いてるんですか?」
『気が早いな。
単に王様が休戦協定の延長を否定しただけだよ。』
「それって実質戦争なのでは?」
『まぁ否定はしない。』
毎月行われている王都の定例記者会見にて、王が【帝国との休戦協定延長】を否定した。
それもかなり強い言葉で。
つまり休戦期間が終了次第戦闘が再開される事を意味するし、これまでのケースだと戦闘再開は前倒しになる事がしばしばである。
「どうするつもりなんですか?」
『分かってる癖に聞くなよー。』
「戦争には関わらない、ですよね。」
『うん。
そして、その方法にま辿り着いてしまった。』
そう。
俺達がジワジワと森を拓いて道を伸ばした結果、ついに国境を突破した。
『私の計算では帝国の集落が見える筈だったんだけどねえ…』
「師匠がいつも俺に言ってるでしょ。
【希望的観測で行動するな】って。」
『いやはや面目ない。』
瓢箪池から街道を伸ばせば帝国に続いている筈だった。
だが、見えて来たのはドワーフの砦。
そしてあの外観は恐らく、俺達がフカヒレを卸しているドワーフ達のものである。
前に入城したので間違いない。
つまり、帝国は王国との国境地帯にドワーフを入植させて緩衝帯を作っていたという話。
「ねえ、師匠。」
『んー?』
「何でそんなに嬉しそうなんですか?」
『世界の隙間を見つけたからかな。』
「隙間… ですか…」
『…王侯貴族って言うのは如何に俺達労働者から搾取するかだけを考えているからね。』
「…。」
『あ、ゴメン。
これは危険思想発言だから聞かなかった事にして。』
「…師匠、ひょっとして浮かれてます?」
『ゴメンって。
猛省します。』
「…あの、申し上げにくい事なんですけど
さっきの発言はガキの俺から見てもヤバいので…」
『はい、申し訳御座いません。
以後、深く慎みます。』
「なるほど。
具体的にはどう慎むんですか?」
『うむ、前進。』
「えっと、その判断は…
今日の師匠は、師匠ですか?
それとも反面師匠?」
『悪い手本にして欲しい。』
「了解。」
トムはまだまだ世間知らずだが、俺に関しての知見は深い。
そろそろ内面全てを暴かれてしまうかも知れないな。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おーう、そこのロバ馬車止まれぇ。」
無遠慮に低く響く声。
紛れもなくドワーフだ。
『はい、ちわす。』
「おいテメー。
ここは俺達ブンゴロド族の縄張りだぞ!」
『すみません。』
「スミマセンで済むほど世の中甘くねーんだよ!!
舐めとんかクォラァッ!!」
『あ。
これ、つまらないものですが。』
「うひょっ銀貨♪
やあやあ、よく来てくれたね♪
森の中は蚊が多いから気を付けてね。
ここはブンゴロド族の領土だよ。
ん?
キミは商人かな?
何か商売をしたいの?」
ドワーフは短気で粗暴な連中だが、相手を親分と立てて頭を下げているうちは親切である。
案の定、銀貨袋を渡した途端にニコニコ顔になった。
更に俺がフカヒレ案件に噛んでる事を伝えると破顔して親しげに肩を組んでくる。
どうやら彼らを潤わせているようだった。
『えっと、ここはもう帝国領ですか?』
「違う違う!
皇帝の野郎が俺達にこの土地をくれたんだ。
だから、ここは俺達の領土だ!」
相手の機嫌を損ねないように慎重に話を聞く。
銀貨とフカヒレ話に加えて酒や干し肉を提供したのが功を奏したのか、気前良く内情を教えてくれた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
【聞き取りから推測した事情】
・この地帯は王国・帝国の双方が領有権を主張している。
・但し、両国の前線都市からも離れた森林地帯なので管理が極めて困難。
・帝国は30年前にブンゴロド族をこの地に封建した。
・このブンゴロド支配地は免税特権と引き換えに対王国戦への参戦義務を負っている。
・帝国は毎年1万石の兵糧米をこの地のブンゴロド族に支給している。
・但し帝国はドワーフに借りを作りたくないので、緩衝帯以上の働きをして欲しくない。
・ブンゴロド族は、ドワーフ三大氏族の1つに数えられるほどの名門。
(後の2つは親共和国のギガント族、親首長国のアスガル族)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「で?」
『はい?』
「いや、オメーら王国人だろ?
皇帝の野郎と揉めてるって聞いたぜ。
俺らとドンパチしに来たってことか?」
『いやいやいや!』
「え?」
『私は兵隊ではないので戦争とは関係ないです。』
「本当かー?
オマエ、人間種にしてはガタイがいいじゃねーか。」
『ずっと奴隷労働をさせられてたからですよ。
農奴なんです。
だから軍隊とは関係ない。』
「うーーーん。
農奴にしちゃあ、良い馬車に乗ってないか?
一見ボロく偽装しているが、この車輪…
サスペンションの作りが丁寧だ。」
大雑把で知られるドワーフだが、工芸への知見は頭抜けている。
少し覗き込んだだけで、この馬車の価値が見破られてしまった。
これ以上猜疑されても話が進まないので、服を脱ぎ背中の焼印を見せて奴隷だと信じて貰った。
「まあ、人間種の騎士身分ではなさそうだな。
焼き印もそうだが、顔も貧乏臭ぇ。」
『顔は気にしているので、お手柔らかに。』
さて、ミスったな。
実はドワーフとの接触は俺1人で行う予定だった。
何故なら、俺達がフカヒレをドワーフに卸している話はトムにすら内緒だったからだ。
まさか森を抜けた瞬間に声を掛けられてしまうとは。
『トム君。
この件は後で説明するから。』
「あ、はい。」
『色々ゴメンね。』
「はい、いえ。」
トムが何かを言いたそうな顔で俺を見据えていたので、フカヒレの件をざっくりと説明した。
『重ねてゴメンね。』
「いえ、その引き出しの多さこそが師匠のチカラの源泉なんだと思います。」
…少年に気を遣わせてしまってるなあ。
と言うか、俺が反逆罪で処刑される時はトムも連座させられるだろうなあ。
だから予め謝罪しておくよ、ゴメンね。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おう、久しぶりだなぁ!」
『あ、どもです。』
フカヒレ交渉の時に顔を合わせたドワーフがやって来て場の雰囲気が和む。
「コイツがさあ。
フカヒレを煮込んで喰わせてくれたんだよ。」
「へー。
じゃあ敵じゃないんだな?」
「おう、コイツは金蔓だ。
俺が保証する!」
「そういう大事な事はもっと早く言えよーww」
「わっはっはww」
俺とトムを無視してドワーフ達が好き勝手に騒いでいる。
口と性根は悪いが悪気はない連中である。
「で?
今日はフカヒレは持って来てないのか?」
『スミマセン。
今日は手ぶらです。』
「なーんだ。」
『でも、馬車で運び込めるようになったので、次から直接皆さんの砦にお届け出来ますよ。』
「マジ?
いやあ、それは助かるなぁ。
あの辺地味に遠いから不便だったんだよ。」
『じゃあ、今度から直納品させて頂いて宜しいですね?』
「おいおい、一応念を押しておくが。
買値は絶対に値上げしてやらないからな。
それはOK?」
『ええ、私は問題ありません。』
「バカヤロー!!」
『(ビクッ)な、なんですか。』
「そこはちゃんとゴネろよ!
前も思った事だが、オマエはあっさり引き過ぎ!!
粘ってくれなきゃ、俺達が駆け引きを楽しめねえだろうが!」
『す、すみません。
じゃあ、ちょっとだけゴネます。』
「おうゴネろ。
どうせ、つっぱねるけどな。」
『えっと、仲間も馬車を持ってるんですけど。
この辺でキャンプを張らせて貰ってもいいですか?』
「え?
キャンプ?
え?
価格交渉じゃなくて?」
『あ、いや。
価格はどうせ上げてくれないと思いますので。』
「うん、死んでも上げてやんね。」
『じゃあ、代わりに馬車の停車を許可して貰えたらと思って…』
「え?
勝手に停めたらいんじゃね?」
『え?
いいんですか?
その生活の為に狩猟とか採集とか…
するかも…』
「あー、そういう事ね。
要するに猟区を割り当てて欲しいってこと?」
『あー、帝国にはそういう習慣あるらしいですね。』
「俺じゃあ分からねえから、後で砦に出頭しろ。
カネさえ払うなら長老会議が許可するんじゃね?」
『あ、はい。』
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドワーフ砦の族長広間。
人間種で招かれたのは俺とトム君が初とのこと。
最長老なるブンゴロド族の代表への面会を許され、さらっと流れるように氏族債なる債券を売りつけられる。
「デフォルトしたらゴメンな?
デフォルトしたらゴメンだよ?」
第一声がそれ。
俺の手持ちが殆どないと知ると最長老は笑顔のまま舌打ちしてトムから銀貨100枚を巻き上げてしまった。
聞きしに勝る猛々しさである。
「年利30%! 年利30%!
初年度はデフォルトしない事もあるから安心して!」
結局、最長老は最初から最後までカネの話しかしなかった。
もはや清々しい程である。
「でも、世の中カネじゃん!」
『まあ、はい、いえ、はい。』
「現に異種族同士のワシらが酌み交わしてる訳じゃん!」
『た、確かに。』
「ほんの数百年前までワシらと人間種は骨肉の争いをしとったんじゃよ!?
これって凄いことじゃよ。」
『な、なるほど。
言われてみれば…』
「だから氏族債をもっと買って!」
『えー、そういうオチですかぁ。』
最長老の話によると、ニヴル族なる古豪氏族などは毎年デフォルトして、ドワーフの信用を大きく失墜させているらしい。
(先年王国を追放されて合衆国に逃れたそうだ。)
その点、信義を重んずるブンゴロド族は2年に1度しかデフォルトしないとのこと。
愛弟子の情操教育の為にも、せめて初年度は払ってやって欲しいなぁ…
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「師匠。
俺、少し疲れました。」
『何から何までゴメンな。』
「でも、全て計算通りなんでしょ?」
『うん、勝ち確。
まさか猟区をあんなに安くレンタルさせてくれるなんて思わなかった。』
そう。
ドワーフが提示した猟区の値段はアホみたいに安かった。
(表情から推測するに、彼らとしては吹っ掛けたつもりらしかった。)
話には聞いていたが、人間種とドワーフでは土地に対する価値観があまりに異なっていた。
いや、一番驚いたのは国家観である。
タテマエ上、帝国に属している癖に俺達の到来を帝国側に通報するという発想が絶無なのだ。
毎年1万石も兵糧米を支給されている事に対しての感謝は微塵も持っていないようだった。
ブンゴロド族の中でも義理堅い連中は帝国皇帝の鉱山に技術支援を行っているらしいが、ここに居るのは義理堅くないグループらしかった。
或いは忠誠心が薄いから、左遷的な意味合いで王国との国境に配置されているのかも知れない。
まあ消極的な緩衝帯要員としては丁度良いのかも知れない。
「…師匠。」
『んー?』
「瓢箪池を捨ててブンゴロド領に移るんですか?」
『いや。』
「じゃあ、池に残るんですね?」
『いや。』
「どっちなんですか?」
『ウロウロするんじゃないかな?』
「どうし…」
理由を聞こうとしてトムは黙る。
うん、師の俺としても口には出して欲しくない。
理由はシンプル。
定住したら重税を取られるから、自らを曖昧な存在にしておきたいのだ。
【冒険】などという抽象的な言葉で誤魔化しているが、要は叛逆である。
最初からそのつもりだった。
俺は今、王権に対して挑戦している。
今日、俺は国境を越えた。
それも国家の許可なく越えた。
つまり、ようやく俺の冒険が始まったのだ。
Lesson61 『越境せよ。』
【名前】
テッド・ウォーカー
【職業】
冒険者
ウナギの人
【スキル】
食材鑑定
高速学習
ウナギ捕獲
【資産】
銀貨57枚
鉄貨15枚
【所持品】
折り畳み釣り竿
簡易テント
大型リュック
万能ナイフ
ポートフォリオ
騎士用手袋
トラバサミ
ハンモック
業務用肉醤製造セット
荷馬車
討伐チップ (ウナギ)
ゴブリン漁網
ブンゴロド通行証
【生産可能品目】
山椒粉
フカヒレ
ラー油
肉醤
ジャガイモ (少量)
ウナ肝
マーガリン
【ポートフォリオ】
ホーンラビット
スライム
サンドシャーク
猪
山椒
ドブネズミ
薬草概要
蝶類概要
風琴鳥
ドワーフ
蛇モグラ
廃棄物処理法
ウナギ
ジャム
【仲間】
リコ・クラーク (司書)
ジェフリー・フィッシャー (漁師)
キース・ポーター (運送業)
レオナ・レオナール (受付嬢)
グスタフ・グリルパルツァー (狩人)
トーマス・トンプソン (ひよこ鑑定師)
ヘレン・ヘイスティング (冒険者)
ノリス・ノーチラス (修理屋)
ハンス・ハックマン (農夫)
マーガレット・リンドバーグ (油脂製品製造業)
グレッグ・グッドマン (支部長)
テルマ・テイマー (飼育員)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(あとがき)
最後までお読みいただきありがとうございました。
このLesson(教訓)が有意義であったと感じていただけましたら、冒険の道標としてページ下部の【☆☆☆☆☆】やブックマークで評価して下さると幸いです。
ご安全に。




