Lesson56 『好感度に寄り添え。』
労働者界隈では冒険者の宿がかなり有名になって来たらしい。
そして信じ難い事なのだが、遂にホワイトタウンから遥々尋ねて来る者まで登場した。
「ははは。
ウォーカーさんだってウチの街で馬車を買ってくれたじゃないですか。」
『いやあ、その節はお世話になりました。』
快活に笑う眼前のグッドマン氏は44歳。
俺が馬車を買った廃材屋で下働きをしていた人物である。
その時は客と従業員の関係だったので、少し挨拶を交わした程度である。
なので俺を尋ねてホワイトタウンからやって来たと聞いて、喜ぶよりもまず驚いたというのが正直な所である。
「ウォーカーさんとお話しをして、自分も冒険者になりたくなりましてな。
貯金を叩いて馬を買い放置車両を頂戴して、仕事を辞めてこっちに参りました。」
『アソコも結構儲かっていたでしょう。
何も退職なさらなくても。』
「ははは、儲かっておりましたね。」
グッドマン氏は、そこで言葉を止めた。
なるほど、節度ある人物である。
状況から見て明らかに、彼は会社が儲かっているのに賃金が上がらないのが不満だったから出奔した。
だが、それを臭わすことすらしない。
前の職場の話を振ってみても悪口一つ言わない。
善人なのか慎重なのか、或いはその両方なのかは不明だったが、好感を持てたので案内は他の者に任せない事にした。
俺は欲しい人材が現れた時には自分の仕事を中断してでも、レクチャー役を買って出る。
クラーク達にも手放したくない旨を伝える。
好みの人材というのは中々得られないものなので、そこまでやる価値はある。
『クラークさん、少しお時間宜しいですか?』
「はい、大丈夫です。」
『先程、冒険者カードを作成したグッドマンさん。
私は長く働いてくれればと考えております。
無論、他の皆さんも掛け替えのない仲間ですが。』
「畏まりました。
いつものようにレオナールにも伝えます。」
『助かります。』
勿論、受付嬢達が俺の想いを知った所で、劇的に待遇が良くなる訳ではない。
ただ、仕事や人間関係で悩む状況に陥らないように、やや気配りをしてくれる。
その些細な差が人材の定着率に繋がる事を俺は体感で知っていた。
そりゃあそうだろ?
俺は冒険者業を開業するまでは、ずっと流れ者だった。
誇張抜きで誰よりも多くの職場を渡り歩き、王国の内外を転々とし続けた。
そんな俺が職場環境に一家言を持ってない訳がない。
「テッドさん。」
『はい?』
「…やはり好感度が基準なんですか?」
『…。』
「テッドさんが、気に掛けてくれと仰る方の基準です。」
『そうですね。
感じの良い方が多い職場は居心地が良くなるので。』
そう。
俺は人間関係が醸し出す居心地には細心の注意を払っている。
良い職場とは良い先輩が多い職場で、悪い職場とは嫌な先輩が1人でも居る職場を指す。
なので、俺は嫌な奴に頭を下げなくていいシステムを作り上げた。
【窓口には可憐な才媛、引率・指導係には人格者、嫌な奴とは関わる必要なし】
試行錯誤はあったが、最近ようやく形になってきた。
労働者の俺に言わせればさ、職場に人を定着させるのは、そこまで難しい事じゃないんだ。
【職場が嫌な奴比べの場になっていないこと】
俺達が求めているのは、これだけなんだ。
社長連中は案外理解してくれないんだけどさ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
冒険者業も随分と人が増えた。
巧妙にカモフラージュしているが、既に【組織】と言っても過言ではない規模である。
近いうちに機能を分散させなくてはならない。
つまり、俺が保有している権能を誰かに部分的に移譲する必要が生じているのだ。
では誰に移すか?
本人達には既に伝えてあるが、最古参のジェフとポーターは駄目だ。
何故なら、あの2人は雰囲気が怖い。
他者より遥かに優秀で強靭、そして根は攻撃的な気性。
気心が知れてくれば、その愛嬌にも気付けるのだが、これだけ組織が大きくなり、かつ流動性を増していると不特定多数に対して好感度を稼げるタイプの人材にポストを与えなくてはならない。
『ジェフ、ゴメンな。』
「何故謝る?」
『普通、こういうのって付き合いの古い順にポストを与えていくものだろ。』
「でもさ。
オマエは普通の職場の嫌な面を無くしたいんだろ?」
『うん。
俺、流れ者だろ?
だから、どこの職場に行っても余所者の新参者でさ。
…嫌な思いの全パターンはコンプリートしてると思う。
だから、その逆をやれば、冒険者業みたいに流動性のある仕事でもストレスなく続けられる。』
「つまり、怖くない奴を前面に出して、新入りが委縮しない雰囲気を作りたいんだな?」
『正確に言えば、古参も新入りもない職場にしたい。
いや、職場ですらある必要もないかな。
ストレスフルな環境を作りたいんだよ。』
「それなら漁師なんて絶対に役職に就けちゃいけないなw
俺達、ガラ悪いし、すぐに威圧するからw」
『ジェフはメタ的に理解してくれてるから助かるんだけどな。』
「冒険者の宿、増やす時期だもんな。
確かに人選は早い方がいい。」
『ミゲル村と大根村でも冒険者の宿を本格稼働させる。
建前は行商人誘致の為の宿泊施設だけど、実態は支部だ。
責任者には村長に就いて貰うが、実務要員はこちらから派遣する必要がある。』
「そいつが実質的な支部長になるってことだな。」
『うん。
その人選で冒険者業界の今後が決まると思う。』
「だよな。
同じ街道沿いとは言え距離はあるから、結果として独立圏だ。
良くも悪くもそいつのカラーに染まるよな。」
『まず大前提として、パワハラ・アルハラ・セクハラは絶対に困る。
これらは論外。』
「みんなテッドのそういう線引きに感謝してたよ。
やっぱり実体験から?」
『ああ、思い出したくもないけどね。
立場上、直視せざるを得ないよ。
トップがハラスメントに鈍感だと、皆の組織への感情がマイナススタートになってしまう。
それだけは絶対に避けたい。
だから、顔が怖いジェフは駄目。』
「はははw
漁師の世界ってイキり比べ荒さ比べだからな。」
『スマン。』
「謝るなって。
俺、オマエが教えてくれる裏話を聞くのが大好きなんだよ。」
この通りジェフには度量がある。
頭の回転も早いし、恐ろしく腕が立つ。
そして、それらの全てが顔に出てしまっている。
つまり雰囲気が怖いのだ。
打ち解けて見ると気の良いお兄さんなのだが、やはり威圧的な第一印象は拭えない。
『だから人選には結構悩んでるんだ。
ほら、こういう荒事込みの職場ってオラついた雰囲気の人が多いじゃない。』
「え?
あの人に決めたんじゃないのか?」
『あの人とは?』
「ほら、ホワイトタウンから来た…
あの優しそうな雰囲気の」
『グッドマンさん?』
「そうそう。
てっきりポストを与える為にスカウトしたのかと思ってたから。」
『で、でもあの人は来たばっかりだぜ?
しかも生まれてこの方、喧嘩1つした事ないって言うし…
そりゃあ、ああいうマイルドな雰囲気の人が仕切ってくれたら俺は助かるけど…』
「ん?
じゃあ、俺がサポートするよ。」
『え?』
「いや、俺ならオマエの好みや事情を知ってるし…
僅かながらにブルータウンの若い衆も動員出来るしな。」
あれよあれよと言う間にジェフはグッドマン氏に挨拶に上がり、話を纏めてしまった。
俺がこの男に畏敬の念を抱くのは、本来幾らでも主役を張れるだけの器でありながら、その場その場で適性の高い者を持ち上げて補佐役に回れる点なのだ。
(勿論、リーダーをやらせてもソツが無い。)
中々出来る事ではない。
「えっと、引率をやれと言われればやりますけど…
私、来たばっかりですよ?」
『難しく考えなくて大丈夫です。
私の伝言を皆に伝えて下さるだけで結構ですので。
勿論、グッドマンさんの負担になってしまうと思いますので、補償として大根村の借家を提供します。』
「おお!
それは助かります。」
勿論、無邪気に喜ぶだけの男ではない。
言外に俺の意図を察してくれたのか、レクチャーの際も対人問題に重点を置いて質問してくれる。
正直、助かる。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺が一番驚いたのは、新参のグッドマンが役職に就いた事に対して誰も異議を唱えなかった点である。
寧ろ、ジェフ同様に新設の役職の為にスカウトされた人材と皆が誤認したほどだ。
理由はシンプル。
グッドマンは親切で人当たりが良く誠実。
そして何より笑顔を絶やさない男だからだ。
話しやすい副支部長(支部長は大根村村長)なので、非常にコミニュケーションが円滑に進む。
後、女が苦手な者が大根村で依頼を請けるケースも散見された。
俺もクラークやレオナールのような才媛と話すのは気後れするのでよく分かる。
『ジェフ、色々ありがとうな。
オマエまで大根村に寝泊まりしてくれるとは思わなかったよ。』
「グッドマンさんは来たばかりだからな。
サポートが無いとしんどいだろう。」
『スマン、オマエには助けられてばかりだよ。』
「謝るなって。
テッドの打つ手は見てて面白い。
だから俺は今の立ち位置に満足している。
そんな事より、グッドマンさんの負担を増やさないように配慮してくれよな。」
大根村はその名の通り根菜を中心にした漬物類という産業を持っている。
なので結構人手も必要だし、冒険者(実質的な日雇い労働者)の需要は大きい。
必然、仕事が多いのだ。
ただ、グッドマンが大根村の村民から好かれているので今の所は齟齬が起きていない。
「ねえ、師匠。」
『んー?』
「グッドマンさんって…
そんなに仕事が出来る人じゃないじゃないですか。
でも、まとめ役なんですね。」
『おいおいおい。
トム君…
失礼な事を言ってはならないよ。』
「勿論、みんなの前じゃこういう話をしませんよ。
ただ、師匠の考えが何となく分かって来たので…」
『んー?』
「師匠の方針の話なんですけど、居心地最優先ってことで合ってます?」
『ふふふー。
トム君は免許皆伝。』
「やっすい免許だなーw」
『それくらいキミが頑張ってくれてるってことさw』
「要するに、イジメやパワハラを意識して根絶するってことですよね?
居心地が良くなるから、多少収入が低くても皆が定着してくれるって言うか…」
『流石だね。
うん、私はそう願っている。』
「俺は何をすればいいですか?」
『え?』
「いやいや、俺は師匠の一番弟子ですよ?
そんな立場の俺が周りに意地悪な態度を取ったら、全てがブチ壊しじゃないですか。」
『…。』
驚いたな。
この歳で、そこまで思い至ってくれるか。
俺が一番トムを侮っていたのかも知れんな。
「雰囲気を良くする為に、俺は何をすれば良いですか?
…勿論、ガキの俺が出しゃばったら、場の雰囲気が悪くなることは自覚してます。」
『…。』
「師匠?」
『あ、ゴメン。
トム君も色々考えてくれてるんだなって驚いてた。』
「もー、そんなの当たり前でしょ。
一番弟子ですよ、俺。」
心のどこかでトムを一番弟子(笑)と認識していたのだが、その鈍い感性を恥じる。
多分、俺ってシニカルなんだろうな。
他人に対して壁を作ってしまう性格は昔から指摘されがちだった。
弟子のトムにすら中々腹を割ってない程なので、まさしく正鵠を射ている。
そういう意味では、フレンドリーなグッドマン氏を中心に据えたのは正解だった。
「で?
俺はどう振舞えばいいですか?」
『うーーん。
じゃあ明朗に挨拶をしよう。』
「は?
何ですかそれ?」
『若い頃の私は、そういうのが本当に苦手だったんだよ。
明るく挨拶したり、誰にでもフランクに振舞うのがさ。
いや、今も本質では変わってないんだろうけど。』
「そうですか?
師匠って人当たりが良い方だと思いますよ。
たまに闇を感じますけど。」
『うん、その点は自覚してる。』
皆が言う俺の人当たり良さって、処世の為に仕方なく身に付けたものだからな。
本音を言えば、俺は人嫌いだ。
見知らぬ相手と付き合うのは本当にストレスなのである。
だが、立場上そんな事は言えない。
だって毎日新規登録者が冒険者の宿を訪ねて来るんだぜ。
「あ、師匠。
向こうから村の皆さんが!」
『よし、爽やかな挨拶だ。』
「はい!」
『「こんにちはー!!」』
「おーう、冒険者さん!」
「お疲れさまー。」
「儲かっとるかー。」
自分が上手く笑えてるか自信は無いのだが、隣に元気少年が居るからな。
何らかのポジティブな補正は掛かってくれるだろう。
結局さ。
人間関係って人当たりが全てだからな。
俺は人気者に向かないと自覚している。
だから、如何にも万人受けしそうなグッドマン氏を抜擢した。
そして、このトムにも資質は感じる。
「あらあ、トムちゃん。
昨日はありがとうね。」
「いえ!
あれくらいお安い御用ですよ!」
「おうトム君。
ちゃんと師匠の面倒見てやれよー。」
「この人、結構難しいんですよww」
「トム、今度俺らのランチ会来いよ。」
「はい! 是非遊びに行かせて貰います。」
若さの所為もあるんだろうが、現時点でも結構人気者だからな。
俺は精々人気者の黒子に徹しよう。
「ウォーカーさーん!」
『はい。』
「またウナギ頼むよ。
オフクロに強請られて困ってるんだよ。」
『ははは、喜んで善処します。』
ほらね。
有用性しか求められてないでしょ。
俺って即物的な人間だからな、周囲もそういう付き合い方を選ぶのだろう。
「あ、ウォーカーさん。」
『はいはい?』
「トムの奴に晩飯喰わせてやろうと思うんだけどさ。
折角だからアンタもついでに来いよ。」
『ははは、御相伴に預かります。』
いや、これって凄いことなんだぜ?
だって今までの人生で晩飯に誘われたことなんて一度も無かったんだから。
俺の名前はテッド・ウォーカー。
最近少しは大人になれた気がする。
Lesson57 『好感度に寄り添え。』
【名前】
テッド・ウォーカー
【職業】
冒険者
ウナギの人
【スキル】
食材鑑定
高速学習
ウナギ捕獲
【資産】
銀貨70枚
鉄貨5枚
【所持品】
折り畳み釣り竿
簡易テント
大型リュック
万能ナイフ
ポートフォリオ
騎士用手袋
トラバサミ
ハンモック
業務用肉醤製造セット
荷馬車
討伐チップ (ウナギ)
ゴブリン漁網
【生産可能品目】
山椒粉
フカヒレ
ラー油
肉醤
ジャガイモ (少量)
ウナ肝
マーガリン
【ポートフォリオ】
ホーンラビット
スライム
サンドシャーク
猪
山椒
ドブネズミ
薬草概要
蝶類概要
風琴鳥
ドワーフ
蛇モグラ
廃棄物処理法
ウナギ
ジャム
【仲間】
リコ・クラーク (司書)
ジェフリー・フィッシャー (漁師)
キース・ポーター (運送業)
レオナ・レオナール (受付嬢)
グスタフ・グリルパルツァー (狩人)
トーマス・トンプソン (ひよこ鑑定師)
ヘレン・ヘイスティング (冒険者)
ノリス・ノーチラス (修理屋)
ハンス・ハックマン (農夫)
マーガレット・リンドバーグ (油脂製品製造業)
グレッグ・グッドマン (支部長)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(あとがき)
最後までお読みいただきありがとうございました。
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ご安全に。




