Lesson51 『損得勘定は誰にも悟られるな。』
《満月草高価買取!!》
突然、街中でキャンペーンが開始された。
言うまでもなく満月草は軍用ポーションの素材である。
…つまり、また戦争が始まるというシグナル。
相手は帝国?それとも共和国?いや領海策定で揉めている合衆国だろうか?
いずれにせよ、あまり良い流れではない。
キャンペーンの音頭を取っているのは言うまでもなく商業ギルド。
王族や軍OBを理事会に天下りさせている彼らの大規模キャンペーンは、つまりは準国策である。
これこそ、王国が戦争準備を始めたと考えられる根拠。
勿論、商業ギルドが勝手に始めたキャンペーンなので、休戦条約に明記されている再軍拡停止条項には抵触していない。
(行政が集めてたらアウト)
仮に満月草の使用用途が軍用ポーション以外の何かであったとしても(そんな事は絶対あり得ないが)、周辺国が牧歌的に解釈してくれる筈もない。
少なくとも帝国や共和国の諜報員は、既に本国に《王国が戦時体制に移行した》との急報を届け終わったことだろう。
当然、彼らだって応戦態勢を整える、それも事前に知っていたかのような速度で。
「師匠!
どこの店に聞いても満月草は1本銀貨4枚の買取額でした!」
『4枚かぁ…
そんな高値での買取は聞いたこともないねぇ。
通例では3本で1枚なんだけど…』
「毎週末に満月草専用の買い取りカウンターが開くそうです。」
ああ、これは商業ギルドが各店舗にキャンペーン協力を強要しているパターンだな。
もしも満月草の買取が各店舗の儲けになるなら、通常業務の合間に行うはずだ。
それをせずに受付を週末に絞ったと言う事は、買取にさしたる利益がないことを意味する。
『店主達はどうだった?』
「え?」
『ああ、満月草の買取に積極的だったかい?』
「あ、いえ。
俺が買値を問い合わせたら、どこも面倒臭そうに。」
ああ、決まりだな。
完全に商業ギルドの主導企画。
軍から予算は降りている筈だが、各店舗にまでは回って来ていない。
やれやれ、だからギルドって嫌いなんだよ。
あんな物をありがたがる人間の気が知れないね。
「それで師匠!
どうします?」
『え?
どうするって?』
「満月草ですよ。
ゴブリンの集落にいっぱい生えてるのを見ました!」
『ああ、集めたいってこと?』
「やり方次第で大金が掴めると思うんです!
今回は冒険者以外もかなり乗り気ですから!」
『…あ、うん。
じゃあ、依頼があれば頑張ろうか。』
「あれ?
師匠は気が進みませんか?」
『あ、いや。
水を差したようで済まなかったね。
ただ、戦争は嫌だなぁって思ってさ。』
「す、すみません。
そこまで気が回りませんでした。」
『いやいや。
別にトム君を叱責している訳じゃなからね。
冒険者の宿に戻ったら、皆に意見を聞いてみよう。』
「はい!」
いや、俺だって知ってるよ。
戦争特需はカネになることくらいはさ。
ましてや、今の俺の【冒険者】というポジションなら、さぞかし稼げるだろう。
だが、流石に俺もこの歳だ。
世間様の戦争に対しての感慨も知っている。
戦争で儲ける奴が周囲からどんな目で見られるかもな。
トムはまだ幼い。
そういう道理を俺が責任を持って教えて行かなくては。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「満月草ですか…」
案の定、クラーク女史が目を伏せる。
ほーらね。
御婦人は戦争が嫌いなんだよ。
そして、冒険者及びバックオフィスの女性比率は案外多い。
なら、俺がどういう表情を作るべきかは考えるまでもない。
『ええ、人は何故争うのでしょう…』
我ながら抽象的な返答だが、女を相手にする時はこれくらいフワっとしている方が良い。
後は沈痛そうな顔をしていれば、どれだけ儲けても恨みは買いにくい。
はっきり言おう。
この満月草買取キャンペーンは絶好の商機だ。
普通にやっても儲かるだろう。
だからこそ、乗り気である事を周囲に悟られてはならない。
だってそうだろう?
もしも戦争が激化して戦死者が増えればどうなる?
戦場にも行かず軍需で儲けた奴は嫌われるに決まってるのだ。
カネは欲しいが、恨みは買いたくない。
誰だってそうだ、俺もそうだ。
だから、こういう場面では言動に細心の注意を払う。
帰路、トムにもある程度は遠回しに言い含めてある。
「帝国との休戦条約が結ばれた時は、これで終わりかと安心したものですが…」
レオナール女史の表情も暗い。
彼女の実家は武門の家柄なので親族に職業軍人が多い。
いつも明朗な彼女もキャンペーンの報を聞いてからはやや陰鬱である。
『何事も無ければいいのですが。』
俺はこの案件に絡むとも絡まないとも言わない。
世の中には恨みを買う決断もあるからだ。
こういう時は素知らぬ顔をして、周りが何かを決めたら驚いたような表情を作って乗っかればいい。
「ねえ、ウォーカーさん。
宿では幾らで買い取ってくれるの?」
1人の冒険者が奥のテーブルから叫んだ。
彼に悪気はない。
寧ろ、日頃から勤勉なことで知られる男である。
『いやあ、まだ誰からも依頼が来てないですからねえ。』
「あのさ!
ウォーカーさんには申し訳ないけど…」
『はい?』
「グリーンタウンの満月草の買取キャンペーンに参加して来ても構わないかな?
いや、ゴメンゴメンw
今のは忘れて。
冒険者の宿を裏切るつもりはないからさ。」
『え?
いや、別に私は構いませんが。』
「え?
そうなの?
他団体の案件請けても怒られないの?」
『いやいやいや。
皆さんには皆さんの生活がありますから。』
「え!?マジ!?
いやー、ウォーカーさんのトコは自由にやらせて貰えると思ってたけど。
ここまでフリーハンドでやらせて貰えると、逆に後ろめたいなあ。」
『いえいえ。
冒険が自由であるように、冒険者も自由であるべきだと思います。』
「おー、名言だねーw
冒険者は自由か…
じゃ、悪いけどさ。
しばらく満月草に専念させて貰うね。」
『ええ、御幸運を祈っております。』
その会話はすぐに広まり、多くの冒険者が満月草探しに向かった。
俺は意識していなかったのだが、冒険者達は他団体の依頼を請ける事で俺から干されるのではないかと怯えていたらしい。
他にも何人か同様の質問があったので、クラーク女史と語らって宿則に注意書きを増やして貰った。
※他団体の依頼を請ける事にペナルティなし。
※掛け持ちOK。
「師匠。」
『んー?』
「寛容過ぎませんか?」
『そうかな?』
「普通は掛け持ちなんて絶対にNGですよ。
厳しいギルドなんかは部外者と雑談をするだけで怒られたりしますから。」
『ははは、私がギルドを嫌う理由がまさしくそれなんだけどね。
ウチの案件を請けてくれる人には、息苦しい思いをして欲しくないなあ。』
「甘いですよ!!
ちゃんと囲い込まなきゃ!
折角登録してくれた冒険者が商業ギルドや職人ギルドに取られちゃいますよ!!」
『ははは、それは大変だねえ。
でも、人生は皆さんそれぞれの物だから。』
「まったく、師匠はお人よしなんだから。」
流石にトムの年齢ではまだ分らんか。
俺が寛容に振舞っていることこそが、最大の囲い込み策だという事に。
考えてもみてごらんよ。
資金力・コネ・組織規模・権威性。
俺みたいな浮浪者がギルドに敵う訳がないじゃないか。
囲い込みってのは、それ相応の力量があるから出来る行為なのだ。
対抗する意味がない。
だから俺は意識して優位性を作った。
それが【自由】だ。
冒険者の宿は貧しい田舎の何でも屋に過ぎないが、自由度なら最高だ。
規則だの序列だのゴチャゴチャ言わないし、依頼が溜まってる状態で他団体のキャンペーンに参加しても叱責一つされない。
勿論俺にも焦りはあるよ。
でも、それ以上に確信がある。
人間は最終的に楽をしたい生き物であると。
人間は結局楽しさを求める生き物であると。
俺は意識して【冒険者】というラベルに楽しさと気楽さを塗りこめ続けてきた。
これは確信だ。
結局、皆はここに戻って来る。
…無論、それを口に出すほど馬鹿ではないがな。
だって、所詮は冒険者の頭数=俺の利益だもの。
だからこそ、俺は冒険者の数に拘っているような素振りを見せてはならないのだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
満月草のキャンペーンは俺が想像していた以上に大規模だった。
商業ギルドのスタンプが押されたポスターや看板が街中に掲げられ、普段採集に関心の無い連中までが籠を背負ってこの辺をウロウロするようになった。
結果、稼働状態の冒険者は半数以下に落ち込んでしまった。
「師匠…
こんなの初めてですよ。
とうとう冒険者の宿に空き室が出ちゃいました。」
『ははは、トム君のネグラが出来たね。
たまにはベッドで寝て御覧。』
「俺は真面目に言ってるんです!
早く皆を呼び戻さなきゃ!
この数日、冒険者依頼が全然消化されてないんですよ!」
『ははは、それは困ったねw
じゃあ、私が頑張らないと。』
「もー!
そういうことじゃなくて!」
若いなぁ。
トムのこういうひた向きさが羨ましい。
でもさ。
実は逆なんだよねー。
あんなに大規模なキャンペーンが催されているのに、あえて半数近くがそれを無視して宿に集まってくれるいるんだぜ。
これって凄いことなんだけど、頭に血が上ってる若者には気づかないか…
『チェスターさん。
採集名人の貴方はキャンペーンには参加しないんですか?』
トムに気づかせる為、俺は宿に集まってくれた冒険者に話し掛けていく。
「いや、キノコ類の依頼を請けてる最中だからねえ。
ついでに満月草を見つけたらキープはしてるけど。
カネ儲けは仕事をきっちり済ませてからだねえ。」
『ありがとうございます!』
「ははは、俺は約束を守ってるだけさ。
別にウォーカー君が感謝する筋合いはないよ。」
俺は深々と頭を下げながらトムの表情を盗み見る。
うーん、まだヒントが足らんか。
仕方ないなあ。
『ヘレンさん。
貴女は満月草を探さないんですか?』
女性冒険者第一号のヘレン婆さんにも話を振ってみる。
「通り道にあったら摘んでるよ。
銀貨3枚で若い子に売りつけてるw」
『ははは、相変わらず器用なお人だ。
山を登ればもっと多く摘めるのではないですか?』
「アタシも歳が歳だからねえ。
ルーチンを崩したくない。
ほら、討伐したロングホーンラビット。」
『うわっ!
こんなに!?』
「まだまだあるよーん (ドサドサー)」
『ちょ!!
鑑定台に乗り切らない!!』
「ははははww
草を摘んでも手応えがないからねww」
この婆さん。
殺生が趣味なのだ。
好きでやってる事なので上達が早いし、楽しんで取り組んでいるので成果も大きい。
『…いや、このロングホーンラビット。
で、デカい。
多分、最大記録だと思います。』
「あっはっはww
アタシも中々のモンだろうw
まだまだ若い子には負けないよーww」
ヘレン婆さんはレオナール嬢から受け取った討伐チップを自慢気に見せびらかしている。
先だった旦那に冥途の土産が出来たようで何よりだ。
最近気づいた事なのだが、実は冒険者稼業は最も気軽に殺生に挑める業種だ。
そして女や老人にも門戸を開いているのは俺だけ。
しかもウチはギャングとの接点を全力で断っている。
(ダサさを上手く演出すれば彼らの方から敬遠してくれる。)
なので健全に殺生を楽しみたい連中は損得を抜きにして俺の周囲に集まってくれる。
「じゃあ、テッドちゃん!!
また来るよー!!!」
『息子さんに心配かけちゃ駄目ですよー。』
さて、トム君はこういう本質を理解してくれているかなー?
キミの師匠はボンクラなりにちゃんと考えて動いてるんだよー。
(チラッ)
あ、目が合った。
考え込むような表情で俺を見つめている。
あー、多分思考を半分くらい読まれてるなぁ。
存外、まだまだ若いのは俺なのかも知れんな。
「…師匠。」
『ん?
何だい?』
「師匠があんまり考えを明かしてくれないのは…
俺がまだまだ未熟だからですか?」
コイツは本当にストレートだなあ。
そりゃあ職場で先輩と喧嘩するわ。
『キミが未熟だとは思わないし、上手く考えを伝えられないのは私が未熟だからさ。』
「…むう。」
トムは釈然としない表情で唇を噛んでいる。
でも、納得出来ないながらも思考を整理しようとしてくれているのは頼もしい。
『トム君。』
「はい?」
『竹細工村の古井戸にスライムが湧いたらしい。
私は駆除に向かうが、キミはどうする?』
「俺は一番弟子です!!」
七つ道具を背負うとトムは勢いよく馬車へと駆け出した。
ただただ、あの愚直さが眩しい。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「…俺、今の今まで気づきませんでした。」
『んー?』
「どうして今まで気づかなかったんだろう…
もしかして師匠って…
御自身では単価の低い依頼から優先してこなしてませんか?」
ほう。
そこに着目したか。
『さあ、どうだろう。
私は計算が苦手だから、そういう傾向になってしまっているのかも知れないね。』
「…師匠が計算が出来ない事は無いと思います。」
そりゃあね。
全部計算づくだよ。
当たり前だろ、大人なんだから。
「満月草キャンペーンに参加するより、安いスライム駆除を請け負った方が得だと判断されたんですよね?」
『ああ、どうだろう。
ゴメンね。
私は無学だから、損とか得とかよく分かってないんだ。
ただ、いつも仲良くしてくれる竹細工村の人達が喜んでくれたら嬉しいねえ。』
「…。」
トムは必死で考えている。
そう、俺は師として知り得る限りベストの言動をトムに授けているのだ。
《損得勘定を顔にも口にも出さないこと、例え相手が誰であっても。》
愛弟子に贈るウォーカー流の奥義だ。
出逢ってこの方、俺はキミに一切本音を漏らした事がない。
だがキミだけには言外に伝え続けている。
この在り方こそが俺の処世術なのだと。
少年よ。
俺のようになれとは言わない。
ただ、こういうアプローチがあるという事実を知っておいて欲しい。
Lesson51 『損得勘定は誰にも悟られるな。』
【名前】
テッド・ウォーカー
【職業】
冒険者
ウナギの人
【スキル】
食材鑑定
高速学習
ウナギ捕獲
【資産】
銀貨341枚
鉄貨5枚
【所持品】
折り畳み釣り竿
簡易テント
大型リュック
万能ナイフ
ポートフォリオ
騎士用手袋
トラバサミ
ハンモック
業務用肉醤製造セット
荷馬車
討伐チップ (ウナギ)
ゴブリン漁網
【生産可能品目】
山椒粉
フカヒレ
ラー油
肉醤
ジャガイモ (少量)
ウナ肝
【ポートフォリオ】
ホーンラビット
スライム
サンドシャーク
猪
山椒
ドブネズミ
薬草概要
蝶類概要
風琴鳥
ドワーフ
蛇モグラ
廃棄物処理法
ウナギ
【仲間】
リコ・クラーク (司書)
ジェフリー・フィッシャー (漁師)
キース・ポーター (運送業)
レオナ・レオナール (受付嬢)
グスタフ・グリルパルツァー (狩人)
トーマス・トンプソン (弟子)
ヘレン・ヘイスティング (冒険者)
ノリス・ノーチラス (修理屋)
ハンス・ハックマン (農夫)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(あとがき)
最後までお読みいただきありがとうございました。
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ご安全に。




