Lesson49 『聞かれてマズい発言は抽象的にボカせ。』
一睡も出来なかった。
きっと心身が寝ている場合ではないとでも判断したのだろう。
「テッドさん。
到着しました。」
『ごめんなさいね。
急に呼び出しちゃって。』
「いえ。
声を掛けて頂いて…
嬉しいです。」
ゴブリン水汲み事件の翌朝。
クラーク女史を呼び出した。
そりゃあ、そうだろう。
自分が何をやったかは俺自身が理解している。
そもそも論として、王国はモンスターの脅威から人民を守る為に建国された国家なのだ。
(嘘だぞ徴税の為の方便だぞ。)
なのでゴブリンは駆除対象に過ぎない。
そのゴブリンとこうやって慣れ合うこと自体が万死に値する危険思想なのだ。
「…道中、トム君から概要は伺いました。」
『クラークさん。
まずは毎度の軽率な言動を謝罪します。
ここで退職して王都に戻って貰っても構わないし、今までの謝礼金も支払うつもりです。
貴方は危ない橋を渡る必要はありませんから。
どうか堅実に生きて下さい。』
「…。」
『…。』
「では本題に入りましょう。」
『え?』
何事も無かったようにクラーク女史は正面に座る。
そして俺に見せつけるように冒険者カードをポートフォリオの上に置いた。
「この瓢箪池はしばらく廃村になっていたとの事ですが、ゴブリンが水汲みに来ていたと。
彼らが定住している形跡は見られなかったのですね?」
『…ええ。
最初に来た時に、かなり綿密に歩き回りました。
その時から昨夜までゴブリンの形跡は全く感知出来ませんでした。
私が鈍感なだけである可能性もありますが。』
「昨夜ゴブリンの集落を見られたと伺ってますが、彼らの集落に人工物はありましたか?」
『ええ、それは勿論。
干し肉台やハンモック、大型のツリーハウスに水瓶らしき物もありました。』
「なるほど。
干し肉台は初耳ですが、それ以外は文献通りですね。」
『…。』
「となると、疑問が湧きます。」
『はい。』
「こんな水辺の近くの一等地にゴブリンが建築物を建てた形跡がない。
水桶を持って池に来たと言う事は、この場所の存在は認識している筈なのに。
ですよね?」
流石は大学を出ているだけあって話が早い。
俺はその部分を知っておきたいのだ。
何故なら、大抵の戦争はテリトリーの認識齟齬によって始まるから。
なので早急に知らねばならない。
【ここは彼らのテリトリーなのか?】
俺は彼らと戦う意志がない。
そうならない方法を知りたい。
2人で額を寄せてゴブリンに仮説を出し合う。
1,人間の気配を察知した瞬間に痕跡を残さず総退去可能な移住特化種族だから。
2,人間を恐れ嫌っているから廃村にさえ近づきたくない。
3,その両方。
『2を想定しておくべきでしょうね。』
「…。」
『クラークさん?』
「王都の図書館には児童書も多く置かれております。」
『え、ええ。』
「男の子が夢中になるのは決まって騎士物語。」
『ま、まあそういう物でしょうね。
現に士官学校の競争倍率は凄いと聞いた事がありますし。』
「物語は決まって攫われたお姫様を正義の騎士様が助けるという内容です。」
『え、ええ。
そういう演目の劇も多いそうですね。』
この女、突然何を言い出すのだ?
「…攫うのは、いつだって悪いゴブリン。」
『…。』
「私、テッドさんに会うまで、物語に違和感を持てなかったんです。」
『あ、いや。
まあ、書籍ってそういうものだと聞いてます。』
「社会や世界にもです。」
『クラークさん?』
「私、子供の頃から本を読むのが好きだったんです。
でも、結局私が世界だと思い込んでいたのは文化局が検閲した後の…」
『クラークさん!!!』
慌てて肩を掴んで黙らせる。
『それ以上の発言はおやめ下さい!!
貴女ともあろう人が軽率ですよ!!!』
「…うふふ。
怒られちゃいました。」
『うふふ、じゃありません!!!
人の耳と言うのはどこにあるのか分からないものなのです!
もっと思慮深くですねえ!!』
今、クラーク女史は明らかに一線を越えようとした。
いや脳内では恐らく飛び越えている。
体制批判をしたorしていると思われた女の末路なんて誰でも知っている。
もう少し利口な女だと思っていたが、俺の見込み違いか。
「くすくすくす。」
『笑いごとではなーい!!!』
「あはははは。
ごめんなさいごめんなさいw
反省してます。
ちゃんとテッドさんの言いつけを守ります。」
言葉とは裏腹に身体をくねらせて笑っている。
何なんだこの女は。
「はい、反省終わりました。
さあ、本題に戻りましょう。」
その割に嬉しそうな表情でクラーク女史が勝手に仕切り出す。
この女、絶対反省してないよな。
「テッドさんは元祖冒険者ですから、そこらの自称冒険者とはスケールが違うと思います。
きっと誰も観た事の無い景色に辿り着くことでしょう。」
言葉選びは抽象的だがクラーク女史の目線は、真っ直ぐに道なき道の先の帝国を捉えている。
当然理解しているのだ、俺の未だ形ならざる構想を。
「途中に住んでいるゴブリンとは争わないという事ですね?」
『特に誰とも争う気はないですし争う必要もありません。』
「ええ。」
『…人間の目的とは獲得と生存であって、闘争はその為の手段の一つでしかありませんから。』
「…。」
『…。』
「ではゴブリンともドワーフとも争わない方向で話を進めましょう。」
『はい、ありがとうございます。』
「この森の先には帝国と共和国がありますが、その両国とも争うつもりはないのですね?」
『ええ、仰る通りです。
彼らに恨みはありませんから。』
「王国とも?」
『ッ。』
何か答えようとしたのだが、完全に言葉が停まってしまう。
真っ当な返答をしなくてはならないと頭だけは理解してくれていたのだが…
「テッドさん。
人の耳と言うのはどこにあるのか分からないものです。
もう少しだけ思慮深く振舞って下さいね♪」
何がおかしいのか、この女はまた笑い始めた。
正気の沙汰ではない。
もう実家に帰した方がこの女の為なのだろうな。
「あの丘にゴブリンが居たんですね。」
『ええ、松明を持っていました。』
「トム君から聞きましたよ。
テッドさん、ゴブリンの言葉で挨拶をしたんですって?
流石はスキル【高速学習】ですね♪」
『からかわないで下さい。
私もトラブル回避の為に必死だったのですから。』
「あはは。
ゴメンナサイ♪」
あれ?
この子って幾つだったか?
こんなに無邪気に笑う子だったかなあ。
「ねえ、テッドさん。」
『はい?』
「ゴブリンの言葉で挨拶って何て言うんですか?」
『え?』
「ほら、テッドさんが昨夜覚えたゴブリン語。」
『あ、いや。
【@>9-&7】が彼らにとっての挨拶言葉なのだと推測します。
あくまで推測ですからね!』
クラーク女史は俺に背を向け肩を揺すっている。
箸が転がっても動じない年頃だったとは思うんだけどなあ。
「@>9-&7~ッ!!!」
突然、クラークが丘に向かって明朗に叫んだ。
『ちょ!!
貴女、何をやってるんですか!!』
「えへへ、冒険です♪」
『軽率を戒めるのが貴女の仕事でしょう!!』
「ふふっ、また怒られてしまいました。」
クラークは悪戯っぽく笑うと俺から少し距離を取り、再度丘に叫んだ。
『貴女はもっと理知的な人だと思っておりました。』
「はい!
実は私もそう認識しておりました!」
もはや返す言葉も無い。
「ほら!
テッドさん!
あの子なんですよね?」
満面の笑みのクラーク女史が指さす方向には…
間違いない、昨日のゴブリン少女だ。
『一つ、教えて下さい。』
「はい?」
『何故、あの少女が同じ場所に居ると分かったんですか?』
「くすくす。」
『…。』
「知りたいですか?」
『そりゃあ、私はこのキャンプ場の責任者ですから。
把握する義務があります。』
クラーク女史は再び身体を小気味よく揺する。
この女はこんなに笑う女だったのだろうか。
もはや俺には何も分からない。
「私があの子でも絶対そうします。」
『え?
いや、それは答えになってないでしょう。』
「あははは、テッドさんはこっちの冒険はまだまだですね♪」
『え?え?え?
こっちとは?』
「大丈夫、私と一緒に少しずつ冒険して行きましょう。」
『え? あ、はい。』
クラーク女史はゆっくりと丘に向かって歩きながら開いた左手を天に突きあげた。
丘の上の少女も同じ動作で答える。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、頭を切り替えよう。
これはきっと広義の政治だ。
ゴブリンと揉めずにここを通る方法…
それも後々問題にならない手法がいいな。
まあ、まずは意思疎通の可能性を探るか。
と言っても悲観は必要ない。
何故か談笑してるクラーク女史とゴブリン少女を見て、最終的にはコミュニケーションが成立する確信を得る。
俺に仕事があるとすれば全体方針を決める事なのだ。
『皆さん、申し訳ありません。』
冒険者全員を集めた俺はまず謝罪する。
「オイオイ、ウォーカーさんよお。
どうしていきなり謝るんだ。」
『昨夜の件です。
独断でゴブリンの水汲みを手伝ってしまいました。』
一同が突然笑いだす。
『え?
皆さん?』
「アンタはもっとヤバい独断ばっかりしてるだろーww」
「何をいまさらww」
「このキャンプ場が一番ヤバいっつーのww」
なるほど。
皆から見れば、俺は既にヤバいリーダーだったか。
『あ、あの。
ヤバい橋ついでに…
ゴブリンの水汲みを許可したいんですけど…』
更に一同笑。
「俺はいいぜ。」
異口同音に皆がそう言った。
口元は柔和だったが、眼差しは真摯だった。
『…ありがとうございます。
ゴブリンの水汲み等を許可する方向で話を進めます。
但し、皆さんにも決して不利益を生じさせないように調整します!』
冒険者達は静かに頷く。
そして最後に最年長者のマック・オーウェルが優しい口調で語り掛けて来た。
「なあ、ウォーカー君。
キミは何故、そう決めたんだい?」
『私は…。』
一瞬、戦略構想の話をしそうになって慌てて止める。
違う、そうじゃない。
皆が俺を危惧し俺に求めていることを考えろって事だろ。
『皆が笑顔で暮らせるように持って行きたいだけなのです。』
誰も何も言わない。
きっとこの場に馬鹿が居ない所為だろう。
皆は静かな笑顔で拍手をしてから、ゴブリンの少女の為に水を汲みロバで坂の上まで運んでやる事までした。
Lesson49 『聞かれてマズい発言は抽象的にボカせ。』
【名前】
テッド・ウォーカー
【職業】
冒険者
ウナギの人
【スキル】
食材鑑定
高速学習
ウナギ捕獲
【資産】
銀貨384枚
鉄貨5枚
【所持品】
折り畳み釣り竿
簡易テント
大型リュック
万能ナイフ
ポートフォリオ
騎士用手袋
トラバサミ
ハンモック
業務用肉醤製造セット
荷馬車
討伐チップ (ウナギ)
【生産可能品目】
山椒粉
フカヒレ
ラー油
肉醤
ジャガイモ (少量)
ウナ肝
【ポートフォリオ】
ホーンラビット
スライム
サンドシャーク
猪
山椒
ドブネズミ
薬草概要
蝶類概要
風琴鳥
ドワーフ
蛇モグラ
廃棄物処理法
ウナギ
【仲間】
リコ・クラーク (司書)
ジェフリー・フィッシャー (漁師)
キース・ポーター (運送業)
レオナ・レオナール (受付嬢)
グスタフ・グリルパルツァー (狩人)
トーマス・トンプソン (弟子)
ヘレン・ヘイスティング (冒険者)
ノリス・ノーチラス (修理屋)
ハンス・ハックマン (農夫)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(あとがき)
最後までお読みいただきありがとうございました。
このLesson(教訓)が有意義であったと感じていただけましたら、冒険の道標としてページ下部の【☆☆☆☆☆】やブックマークで評価して下さると幸いです。
ご安全に。




