Lesson44 『背を預ける相手も居ない奴は世界に服従せよ。』
ヤバい橋を渡っている自覚はある。
発覚したら多分死刑だろうな。
俺は今、かつてミゲル村が廃村手続きをを終えた瓢箪池周辺を勝手に使っている。
しかも馬車19台を率いて。
古戦場村に割り当てられたヤードから森を縫って進めば、90分程で辿り着くことが判明したのだ。
勿論、馬車の轍を隠す工夫はちゃんとしている。
『ハンスさん。
これって完全にアウトですよね?』
「いや、一応合法ではある。
タテマエ上、害獣駆除の為に森の奥に入っているだけだからな。
見ようによっては、農業に熱心とも言えなくもない…」
『…。』
「但し、ここに田畑を作ってしまったら完全にアウト。
俺・オマエ・村長は死刑確定。
流石にそれくらいは分かるよな?」
『はい、王国領土は全て国王陛下の所有物であり。
それを無断で耕すという事は王権への挑戦であるからです。』
「うん。
分かっていればいい。
狩猟だけなら、村の田畑を荒らすモンスターを駆除する為と強弁出来る。
やや苦しいけどな。」
『農耕は王権に帰す。
よって勝手は許さない。
そうですね?』
「ああ、間違いない。
後、水利権もノータッチで頼むぞ?
特に水門・水車には触れてはならない。
俺達だって、村の水車にちゃんと水車税を払ってるから。
そこはきっちり理解しておいてくれよ?」
『はい。』
「問題は狩猟だ。
百姓が田畑を守る為に害獣駆除を行う事は一般的に美徳とされる。」
『…ええ。』
「実際、猟の上手い百姓が当局から顕彰される事は多い。
そりゃあそうだよな。
税金を取る側からすれば、インフラ整備も全て納税者サイドに負担させたいのだから。」
『駆除って本来は騎士の仕事なんですよね?』
「まあな。
騎士は農民を守る為に危険を冒してモンスターと戦う。
だから農民は年貢を納める義務がある。
そんなロジックだ。」
『騎士が農村を守ってる場面なんて一度も見た事がありません。』
「守ってるらしいよ、書類上では。」
『税金も書類の上だけで勘弁して欲しいですw』
「違ぇねぇw」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
繰り返す。
俺は予防線は張りつつもグレーゾーンを踏み越えようとしている。
かつて、この瓢箪池の周辺は瓢箪村というミゲル村の分村だった。
税負担に耐えられず廃村手続きを行ったので、本来この土地は使ってはならない。
土地の無断使用は王権への冒涜に他ならないからだ。
但し害獣駆除で放棄地に入り込むのは無問題である。
寧ろ、農地の積極保全として当局も推奨している。
役人達が恐れているのは帳簿通りの年貢を回収出来ない事だ。
お役所社会は出世競争が激しく、一度無能のレッテルを張られたら、絶対に浮かび上がれない仕組みになっているそうだ。
特に年貢の徴収漏れは一発アウト。
そりゃあそうだろう。
王が役人達に俸給を支払っているのは、税を徴収させる為なのだから。
なので、役人達は獣害を酷く嫌う。
しばしば村々に布告を出して駆除をさせようとする。
「凡そ百姓たるもの、畑仕事さえしていれば良いという事はない。
時間が余ったのならば、自主的に害獣を駆除するなどして、いっそうの生産力向上に励まねばならない。」
こういう定型文があるらしい。
まあ、要するに働き続けろという意味である。
「つまり、俺達がここでやっている事が害獣駆除であると認定されれば褒められる。
逆に、産業の一環だと解釈されてしまえば高い確率で殺される。」
『まさしく大博打ですね。』
「ばーか、博打なんかじゃねーよ。
オマエがやってるんだから冒険に決まってるだろw」
『ははは、一本取られてしまいました。』
冒険などと云う生易しいものでは無い。
身の破滅を賭けた大冒険である。
『…この先は帝国ですか?』
「…ああ帝国だ。」
あくまで地図上の話ではあるが、瓢箪池の奥に広がる森の向こうは帝国領である。
その観点も含めると二重の意味で大冒険である。
無論、帝国にしたって税は重いのだが…
こういう人目に付かない場所は旨味があるような気がするのだ。
俺は労働者階級として色々な職場で酷使されたり使い潰されたりしてきた。
その過程で、搾取にも度合いがあって、やり方次第では、よりマシな搾取を選ぶことが朧気に見えて来ている。
「ウォーカーの意見に賛成だ。」
『随分即答しますね。』
「理由は明白。
俺は百姓という逃げようの無い身分だからだ。
だから土地に縛られるデメリットはよく知っている。」
『でも自作農の皆さんには安定があります。
何より代々住める家がある。』
「家ごとに税金が掛からないなら頷けるのだがな。」
ハンスは毎年徴収される家屋税を教えてくれる。
…俺が想像していたより高い。
「しかも六公四民の四から支払わされるんだ。
酷いと思わないか?」
『じゃあ実質的には。』
「うん。
実質的な七公三民だと俺は認識している。
口に出せないだけで、この想いは村人全員同じだ。」
『…。』
「正直に言う。
オマエが来てくれて本当に良かった。
俺は無学だから上手くは言えんが…
ウォーカーと最初出逢った時、生活を改善する糸口に見えた。」
『過大評価ですよ。』
「でも、随分助かってるんだぜ。
ホーンラビットに猪、実績を挙げてくれた。
スライムで使えなくなってた溜池を復旧させてくれたことにも感謝してる。
何より、出来の悪い甥っ子の面倒を見てくれているしな。」
『…。』
「…。」
ここ最近のハンスは思いつめたような表情をする事が多かった。
なので、何を言いたいのかは何となく予想がついていた。
「農地を放棄しようと思う。」
『…折角相続した財産をですか?』
「いや…
これはもはや負債だ。」
『やはり採算は採れませんか。』
「せめて五公五民なら、貯蓄も出来るのだが…
このままでは身動きが出来ん。
ジリ貧だ。」
『放棄して…
どうするんですか?』
「…決まってるだろ。」
まあな。
流石にそれが分からないほど鈍感じゃないよ。
冒険者なんて所詮は浮浪者なのだが…
現在の税制なら、こっちの方がマシなのだ。
いや、国が税率を下げる訳がないので、こっちが当たりだな。
「建設的な話をさせてくれ。」
『はい。』
「離農と言ってもすぐに田畑を放り出すつもりはない。
村の皆に迷惑が掛かるからな。」
『…。』
「だが、道筋は早めに立てておくに越した事はない。」
『そんな事をしたら、村の皆さんからハンスさんが悪く言われるのではないですか?』
「これは村の総意なんだ。」
『え?』
「俺の親世代くらいから秘かに逃散は検討されていた。
ただ、その頃は具体的な方法論が見出せなかった。」
ハンスは焚き火に一枝を投げ入れる。
枝は僅かに弾けたが、何事も無かったように静かに燃える。
『では穏便に逃散する方法を考えておきます。』
「うん、頼む。
流石に俺も疲れたからな。」
想像以上に安く入手出来た馬車。
これが村人達の意識を劇的に変えたらしい。
「オマエを見て皆が気付いた。
やり方次第で、遠くまで行けるんじゃないかってな。」
『馬車の荷台で暮らすなんて正気の沙汰じゃありませんよ?』
「オマエに逢うまでは全員そう考えていた。」
ハンスはゆっくり立ち上がる。
「誰もが冒険者に憧れる時代が来る。
それも極めて近いうちに。」
『流石に…
幾らなんでも…』
「じゃあオマエは本百姓と冒険者、選べるならどっちを選ぶ?」
『普通に農地が欲しいです。
常識的な税率なら、絶対にそっちを選びます。』
「税率が上がる事はあっても下がる事はない。」
『ええ、仰る通りです。』
「下がるとすれば、敵国を調略する時だけだ。」
そこまで言ってハンスは意味ありげに俺を見据える。
そうかぁ、農奴の俺から見れば本百姓なんて羨望の対象でしか無かったが、彼らには彼らの苦労があるんな。
『では!
ここからは明るく建設的に話しましょう!』
「おう!」
努めて明朗を心掛ける。
暗い表情で政治の話をすると、大抵変な方向に行っちゃうからね。
『ここに田畑と牧場は作っちゃ駄目。
家を建てるのも論外。
そうですね?』
「ああ、無許可でやったら確実に処刑される。」
『じゃあテント泊は?』
「狩猟目的ならオッケー。」
『じゃあ車中泊は?』
「狩猟目的ならオッケー。」
よし、ここまでは合法。
(現場の警吏がどう判断するかは疑問だが。)
『採集は合法?』
「基本的には咎められない。
徴税サイドの理屈だと、百姓が主穀以外を食べてくれるのは歓迎らしいからな。」
『田畑跡での採集は流石に不味いですね?』
「うん、世間一般ではそれを農耕と呼ぶ。」
『野山での採集は?』
「それは合法。
と言うより推奨行為。
要は徴税対象である主穀に手を付けるか否かの話だから。」
『前に物見に行った時にジャガイモが自生している斜面を発見したんです。
ほら、これ。
ショボいけど、ちゃんと成ってるでしょ?』
「オイオイ。
普通、ジャガイモは山には成らないだろ。」
『ええ。
なので驚きました。
まさか素人の私が植えても自生するなんて。
大自然は偉大ですねぇ。』
「…危ない橋は渡るな。」
『勿論、この行動の危険性は理解はしております。』
「違う。
他人に話すなと言っているんだ。
俺が密告者ならどうする?」
『…申し訳ありません。』
ハンスは俺から小さなジャガイモを引ったくると事もなげに口に入れた。
土が付いたまま咀嚼し飲み込む。
「これで俺も共犯だ。
絞首台でも宜しくな。」
『先の話となる事を願いましょう。』
2人で小高い丘を登り、ジャガイモを植えた斜面を見せる。
『法律的には隠し田に該当しないと思うんですよ。』
「あのなあ。
法律にさえ違反してなきゃ殺されないなんてナイーヴな考えは捨てろ。」
『ですよねー。』
「いいかウォーカー。
山で耕作する奴が居ないのはな?」
『はい。』
「平地耕作の何十倍の労力が掛かるかからだ。
そもそも水が引けない。」
『ですよねー。』
「そして何より耕作ボリューム。
この斜面全てにジャガイモを植えたとしても、養えるのは1人か2人だ。
当然、合法農地と異なり収穫物は一切現金化出来ない。」
『駄目駄目尽くしですよねー。』
「でも、今の税率を鑑みれば…
全くの駄目とは言い切れない。」
ハンスは本職の農家だけあって、土質を見れば大抵の品種の作付け予想は出来るらしい。
「棚田を開けば数年でペイ出来るよ。
この土なら。」
『おお。』
「勿論、そんな事はしない。
見られた時に言い逃れ出来ないからな。」
『ですよねー。』
「バラける様にネギでも植えるか。
後、反対側の斜面にはキビが適してるな。
3カ月で育つぞ。」
『あんな急坂に?』
「ふふふ。
3カ月後の収穫の時に、改めて感想を聞かせてくれよ。」
俺は小走りで反対側の斜面まで回り込む。
幾らキビとは言え、こんな角度のある所で育つものなのだろうか。
ただ、生真面目なハンスがいい加減な事を言うとは思えないので託す。
「オマエが冒険者の宿を立ち上げた時から、ずっと考えてた。
隠し田の隠れ蓑に使えるなって。」
『言われてみれば、カモフラージュになりますね。
私は全然思い至りませんでした。』
「百姓には百姓の視点があるんだろうよ。」
いつかはこうなると予想していた。
所詮、冒険者なんて明日をも知れぬ犯罪者予備軍だからな。
結局、隠し田と言う死刑不可避な冒険に踏み出す羽目になった。
『発覚したら私に強要されたと証言して下さい。』
「バレたら俺が勝手にやったと言え。」
同時に口を出していた。
しばらく真顔で見つめ合ってから、互いに苦笑。
どうせこんな俺だしな。
友達の為に死ねるのなら充分幸せさ。
Lesson44 『背を預ける相手も居ない奴は世界に服従せよ。』
【名前】
テッド・ウォーカー
【職業】
冒険者
ウナギの人
【スキル】
食材鑑定
高速学習
ウナギ捕獲
【資産】
銀貨125枚
【所持品】
折り畳み釣り竿
簡易テント
大型リュック
万能ナイフ
ポートフォリオ
騎士用手袋
トラバサミ
ハンモック
業務用肉醤製造セット
荷馬車
討伐チップ (ウナギ)
【生産可能品目】
山椒粉
フカヒレ
ラー油
肉醤
ジャガイモ (少量)
【ポートフォリオ】
ホーンラビット
スライム
サンドシャーク
猪
山椒
ドブネズミ
薬草概要
蝶類概要
風琴鳥
ドワーフ
蛇モグラ
廃棄物処理法
【仲間】
リコ・クラーク (司書)
ジェフリー・フィッシャー (漁師)
キース・ポーター (運送業)
レオナ・レオナール (受付嬢)
グスタフ・グリルパルツァー (狩人)
トーマス・トンプソン (弟子)
ヘレン・ヘイスティング (冒険者)
ノリス・ノーチラス (修理屋)
ハンス・ハックマン (農夫)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(あとがき)
最後までお読みいただきありがとうございました。
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