Lesson43 『ニッチの一番を獲れ。』
農奴の俺にとって、幼少期に良い思い出など一つもない。
変わり映えのしない地獄。
毎日奴隷頭に殴られ飢えと疲労が日常だった。
今でも、ふとした瞬間に過去の苦痛がフラッシュバックする。
街で喧嘩やリンチを目撃した時や、割れた食器が視界に入った時。
夜風が冷たい時や、鎖がジャラジャラ鳴る音もスイッチ足り得る。
そして最も過去を強烈に想起させるものが…
「テッドさん。
どうしました?」
『…。』
「テッドさん、大丈夫ですか?」
『いや失礼。
…ウナギの大量発生ですか。』
「ええ、川から魚が減ってしまって…
ウナギばかりが泳いでるんです。
私も図鑑では知っていたのですが、実物は初めて見ました。」
『…。』
「あの、顔色が悪いですけれど。
やはりお疲れなのではないですか?」
クラーク女史が俺の顔を覗き込む。
まあ、この人に言っても分からないだろうな。
『いえ、私は問題ありません。
要は、私がレッドタウンに行っていた間にウナギが大量発生したのですね?』
「はい。
村の皆さん曰く、こんな事例は初めてとの事です。
今、ポーシャに過去に類似事例が無かったかを調べさせています。」
『そうですか。』
「村の人も困ってるんです。
ウナギが大量に手に入ったのですけど。
確か毒があるんですよね?」
『ええ、ウナギの血と体液には毒が含まれています。
絶対に生食だけはしないように。
火を通さないと食べられませんからね。』
「あら。
テッドさんはお詳しいのですか?
食べ方までご存じだなんて。」
『…いえ、子供の頃に何度か食べた経験がありまして。』
話の流れで思い出したくもない記憶が鮮明に蘇る。
参ったな、よりによって一番辛い思い出だ。
「丁度良かったかも知れません。
村の皆さんが食べ方を調べて欲しいと仰っておられまして。
御詳しいのでしたらレクチャーをお願い出来ませんか?」
当然、断らねばならない。
これ以上踏み込めば心が壊れてしまう。
『ええ、構いませんよ。』
思わず耳を疑う。
俺は今、何と言ったのだ?
「ああ、良かった。
調理法に関する資料が見当たらなくて。
諦め掛けていたんです。」
『…そうですか。』
俺は平静を装って川べりへと歩いて行く。
そして視界に入ったのは川を埋め尽くすウナギ。
なるほど、そりゃあ食べ方を模索しようという機運も高まるよな。
結論から言うとウナギを食べる方法は存在する。
何度となく食べる事で命を繋いだ俺が言うのだから間違いない。
もっとも、その所為で父さんが殺されたのだが…
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「うおおお!!
師匠すげえ!!
そんな特技まで持ってたんすね!!」
『ははは、特技って程じゃないよ。
コツを掴めば誰だって出来るさ。』
まあな。
ウナギは粘液で身を守っているからな。
いきなり手掴みにするのは相当難しいだろう。
不思議と俺は20年前と同じようにウナギを掴む事が出来た。
そして20年前同様に捌くことまで出来てしまった。
…そうか、もう20年が経ったか。
何も成し遂げず、月日だけを無為に浪費してしまったようだ。
『あくまで我流なのですが、余った釘などで目を刺すんですよ。
後ろの方、見えますかー?』
「おう! 見えてる見えてる。」
「ウォーカー君は本当に多芸だねえ。」
「ウナギって気持ち悪いよな。」
「本当にそんなの食べれるのー?」
『では、今から捌いていきまーす。』
見物人が湧く。
まさかウナギを再び扱う日が来るなんて思いもよらなかった。
時間が傷を癒したのだろうか?
それとも単に俺の心が摩耗し尽くしたのだろうか?
分からない。
ただ、ヘラヘラと笑っている自分が信じられない。
『基本的には魚と同じ要領なんですけどね。
尻尾まで、ツイーーーーーーーーっと開いて行きます。』
「「「おおおお!!!」」」
実は驚きたいのは俺の方なのだ。
どうして昨日のことのようにあの頃の記憶が蘇るのだろう。
いや、理由は当然分かっているのだ。
あの日々に決着を付けない限り、俺の人生は始まらないからなのだ。
『ふふっ。』
何故か笑ってしまい、それを皆に冷やかされる。
可笑しいから笑ったのではない。
無理にでも笑顔を装わないと壊れてしまいそうだだからそうしたのだ。
「おっ、ウォーカー君。
機嫌いいじゃなーい。
手際も良いし、さてはキミ!
ウナギが好物だったんだなー?」
『…ははは。』
冗談ではない。
仮にも親の仇だぞ。
『さあ、皆さーん。
ここから大事な所なのでちゅうもーく。
焼かなきゃウナギは食べれないんですけど。
長すぎて火に通すのが大変なので、串に刺すんですよ。』
「流石はウォーカーさんだぜ。
何でも詳しいよなあ。」
『…ははは、恐縮です。』
今、思えば。
あの何もない環境で、よくもウナギを捕まえて食べるところまで持って行けたものだ。
まあ、食べなければ確実に飢え死にしていただけの話なのだがな…
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ウナギなんておぞましい姿の毒魚だ。
断じて食べて旨いものではない。
一過性のものだと思った。
みんな一口食べて辟易してくれると思った。
笑い話で終わる予定だった。
だから捌き方を教えてやったのだが…
案外、粘り強い。
みんな試行錯誤する。
…そうか、彼らは冒険者だったな。
食材一つとっても意欲を持って開拓するのだ。
「ウォーカー君!
ちょっと来てくれ!!」
『はい?』
「いいからいから!
ポーシャちゃんがウナギの食べ方を発見したかも知れない!!」
…相変わらず余計なことをする女だ。
「あ、ウォーカーさん。
丁度良かったです、フヒヒ。」
最近、少しだけ村に馴染んだポーシャ嬢が胸を反らせて勝ち誇っている。
「じゃーん!
つ、つ、つ、ついに!
ウナギをまともに食べる方法を発見しちゃいましたー。」
『…そうですか。』
「じゃーん!!
答えはラー油でした!!!
この山椒の風味とウナギの脂っ濃さが案外相性がいいんですよ。」
『…。』
「ウォーカーさん考案のラー油!!
そしてウォーカーさんが捕まえたウナギ!!
もう大手柄なんてものじゃありませんよ!
貴方は英雄です!!」
『…。』
「これを!!
ソーセージの代用としてホットドッグの具にしまーす!!
名付けてウナギドッグ!!
ははは、ちょっと発音しにくいですね。」
「ポーシャ姉ちゃん!!
もうウナドンでいいじゃん!!」
「あ!
トム君、たまには良いこと言うじゃないですか!!
ウォーカーさん!!
この料理名はウナドンってことで!!!」
「たまにって何だよー!」
一同笑。
悪い夢でも見ているようだった。
ウナギの開発はトントン拍子に進み、それから一週間もしないうちにブルータウンで乾燥ウナギの量産方法が確立され、それにラー油を塗って食べる事が流行した。
そして、ソーセージ価格の吊り上げに苦しんでいた食堂や屋台が、ブルータウンや俺達からウナギを仕入れるようになった。
気が付くとホットドッグに代わり、ウナドンがジャンクフードの主役に踊り出ていた。
満面の笑みでウナドンを貪る大衆を俺は呆然と眺めることしか出来なかった。
…そして皆は俺をウナギの第一人者であると褒め称えた。
「テッドさん。
申し訳ありません。」
『ん?
何故クラークさんが謝るのですか?』
「…テッドさんって本当はウナギがお嫌いなんですよね?」
『ははは、食材に好きも嫌いもありませんよ。
皆さんが気に入って下さったようですし、栄養価も高いんでしょう?
じゃあ、良い事づくめではありませんか。
あっはっは。』
「テッドさん!」
『…。』
「これ以上、ご無理をなさらないで下さい。
見ていて、とても辛いです。」
『…。』
「あの!
もしも私で力になれる事がありましたら!!」
『いや、ないな。』
「…そうですか。
出過ぎた発言申し訳ありませんでした。」
『…。』
当時。
俺が、俺達が農奴としてあの農園で酷使されていた当時。
労働時間は徐々に伸び、であるにも関わらず配給は日々減らされ続けていた。
理由はシンプル。
若き放蕩者の農園オーナーが遊興費を捻出する為に、搾取度合いを強めていたからだ。
そう、俺の背に刻印した男。
命の危機を感じるレベルで食事を減らされ、労働量を増やされた。
俺達は緩やかに殺され掛けていた。
俺達の農園で毒魚と呼ばれていたウナギを捕まえてこっそり食べるようになったのは必然だった。
飢餓が成し得たのだろう。
子供の頃の俺は器用にウナギを捕まえ削った石で捌いた。
農奴仲間の中に鮮魚加工工場で働いていた老人がおり、彼の指示に従い内臓を捨ててこっそり炙って食べた。
農園の死角で味の無いウナギを貪った。
農奴の俺からしてもマズかったが、それを食べなければ死ぬことは子供心に理解出来ていた。
おかげで俺達は生き延びたが、たまたま視察に来た農園オーナーには気に入らなかったらしい。
「おい!
この農場の農奴はやけに血色が良いではないか。
余の保有する他の農場の農奴共はバタバタ死んでいるのに。
きっと作物を盗み食いしているに違いない!!
全員百叩きの刑にせよ!!」
滅茶苦茶な言い掛かりだったが、俺達は農園オーナーの私物だった。
生殺与奪はあの驕慢な顔つきのあの男が握っていた。
かくして百叩きは実行された。
普通、打擲刑などは程ほどに手加減されるものなのだが、その時は本当に殴られた。
それも木の棒で厳密に100発ずつ殴られた。
農園オーナーが奴隷頭に笑いながら言ったのだ。
「おい刑罰係!
余を楽しませる程に強く打ち据えれたら、銀貨を恵んでやるぞ。
あ、そろそろ年季だったか。
では名を名乗る事も許してやろう。」
奴隷頭は元々底意地の悪い乱暴者だったが、舞い上がって俺達を嬉々として殴り切った。
確か50人ほど居たから、計5000発のフルスイングだ。
後半はかなりバテていたが、それでも鬼の形相で殴り切った。
恵まれたのは銀貨どころか金貨だった。
それくらい激しい打擲だった。
農園オーナーは手をパンパン叩きながら笑い転げていた。
刑場で半数以上が死んだ。
翌朝にはその更に半数が冷たくなっており、夜には父さんも死んだ。
俺が生き残ったのは強かったからではない。
皆が俺を庇い、打擲が後回しになるように取り計らってくれたのだ。
前半に叩かれた者は全員死んだ。
生き残ったとは言え俺も生死の境を彷徨っていた。
「やあやあ、諸君。
ご機嫌如何かな?」
俺達が転がされている土間にやって来たのは奴隷頭だった。
それまでに見た事もない上機嫌な表情だった。
「ふふふふふ。
俺様、この度解放されたから♪
別れの挨拶に来ましたーーーwwwww
いやあ、やっぱり心証って大事だよねえええwww
偉い人には気に入られてナンボだよねええwwww」
『…く、くぅ。』
「おやおや、生意気小僧君じゃないかww
お互い色々あったけど、どうやらお別れのようだww
何故なら俺様は気合の入った懲罰棒捌きのお陰で自由人身分を手に入れ!!
そしてオマエはもうじき死ぬ。
良かったなあww
あの偽善者のショッボイ親父とあの世で再会出来るぞーww」
『…こ、ころしてやる。』
「ギャハハハwwwww
コイツ全然懲りてねええええwwwww
まあ、今となっちゃあどうでもいいけどなww
だって俺様ってば自由人身分だしwwww」
『…。ぐ、ぐぅ。』
「まあ、精々地獄から俺様の洋々たる前途を見守っていてくれよ。
この〇◆☆▽様の前途をなああwwww
ギャハハハハハハハwwww」
俺は奴隷頭の名を頭に刻み込んでから意識を失った。
皆から死んだと思われた俺だが、奇跡的に息を吹き返した。
そして何事もなかったように重労働を強いられる日々が戻った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ふと我に返ると眼前にはポーシャ・ポゥ。
クラーク女史は思い詰めたような表情で奥から俺達を見守っている。
「いやあ、ウォーカーさん。
調べれば調べるほど、ウナギは薬効が高いですよ!」
『…そうなんだ。』
「はい!!
滋養強壮、疲労回復、免疫向上!!
そして精力回復デュフフww」
成程な。
俺が生き延びたのもウナギのお陰なのかもな。
だが、出来れば効能は父さんに現れて欲しかった…
「はい、どうぞ!」
『え?
討伐チップ?』
「ウナギ!!
討伐難易度D!!」
『…いやいやDは言い過ぎでしょう。
たかが毒魚ですよ?』
「でも、手で捕まえられるのはウォーカーさんだけですし。
それに、あんなに見事に捌けないですよ。」
『あんなの慣れれば誰でも出来ますよ。』
「それでも感謝の気持ちを伝えたかったんです。」
『感謝?』
「ウナギだけじゃないですよ。
ウォーカーさんが生きる術を教えてくれるから。
私達、毎日がすごく潤ってるんです!」
思えば、この少女も最初は暗く沈んだ表情だった。
だが活躍の場が出来た所為か、今は瞳に力がある。
「だから受け取って下さい。
みんながウォーカーさんに感謝してます。
これはその証なんです。」
俺は無言で討伐チップを手に取る。
あれだけ忌避したウナギだが…
ポゥ女史のコミカルなデザインだと幾分嫌悪が和らぐな。
『ポゥさん。』
「はい?」
『貰ってみると案外悪い気はしないですね。』
「あははは。
ウォーカーさんはいつも贈るばっかりだから。」
いや、違うな。
俺の命は父さんや皆から託されたものだ。
既に俺は贈られ終わってるんだよ。
キミ達にはそれを還元しているだけさ。
「ねえねえウォーカーさん。
グリーンタウンではウナドンが流行してるんですよ!
今度みんなで食べに行きましょうよ!」
『ははは、私は…』
一瞬、クラーク女史と目が合う。
唇は真一文字に結ばれ、拳は震えているようにすら見えた。
『…。』
「…。」
『そうですね。
ポゥさんにもたまには何かご馳走してあげないと。』
「やったー♪」
『クラークさんも是非ご一緒しましょう。』
それに対して彼女は何も答えず、ただ不自然な笑顔を作っただけだった。
まるで啜り泣いているような、見た事もない感情だった。
遥か首長国の方まで行けば食する文化はあるらしいのだが、王国人にとってウナギ食は未知の文化である。
なので、その食事方法を開拓した俺はそれまで冒険者に冷淡だった人々からも一目置かれるようになった。
俺は冒険者というより、【ウナギの人】という珍妙な認識で覚えられる事の方が増えた。
何人かの友人からは「オマエが喰いっぱぐれたらウナギ屋を出させてやるよ。」と声を掛けて貰えた。
残念ながら、あの毒魚からは結局逃れられないのかも知れない。
父さんや皆は、大して進歩のない俺に呆れてしまうかもな。
Lesson43 『ニッチの一番を獲れ。』
【名前】
テッド・ウォーカー
【職業】
冒険者
ウナギの人
【スキル】
食材鑑定
高速学習
ウナギ捕獲
【資産】
銀貨131枚
【所持品】
折り畳み釣り竿
簡易テント
大型リュック
万能ナイフ
ポートフォリオ
騎士用手袋
トラバサミ
ハンモック
業務用肉醤製造セット
荷馬車
討伐チップ (ウナギ)
【生産可能品目】
山椒粉
フカヒレ
ラー油
肉醤
【ポートフォリオ】
ホーンラビット
スライム
サンドシャーク
猪
山椒
ドブネズミ
薬草概要
蝶類概要
風琴鳥
ドワーフ
蛇モグラ
廃棄物処理法
【仲間】
リコ・クラーク (司書)
ジェフリー・フィッシャー (漁師)
キース・ポーター (運送業)
レオナ・レオナール (受付嬢)
グスタフ・グリルパルツァー (狩人)
トーマス・トンプソン (弟子)
ヘレン・ヘイスティング (冒険者)
ノリス・ノーチラス (修理屋)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
(あとがき)
最後までお読みいただきありがとうございました。
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ご安全に。




