第8話 人の戦い
気づいた瞬間、俺は感動のあまり眼が潤んだ。この一手は最善からは程遠い。この後先手が最善手を続けるなら、一瞬後手玉が危うくなるくらいには。しかし、この瞬間、この一手は、この角は、詰めろを解除しつつ自玉に迫る龍を排除してみせたのだ。
計算され尽くした2ニ金より、俺はこの1五角にこそ感動を覚えた。
…………まぁ、演算能力が弾き出した一手より、美宇の指した一手のほうが好きだと言うだけの話かもしれないが。そう考えると、なんか途端に恥ずかしくなってきたな。
「~~♪」
美宇の機嫌が上昇するのが分かる。背後にくっついている俺の姿は美宇から見えるはずもない。しかし、背中から伝わる動きや体温の上昇で俺の内心をある程度察しているのかもしれん。
集中しろ、という思い込めて頭を撫でた。
「~~~~♪♪」
……………………何やってんだろ、俺。
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それから先手は一分程時間を消費し、2八金打。
一分消費したのは龍が死ぬのを回避する手段を模索していたのだろう。
この1五角で龍が死ぬのは、2八金打、3七角成に
同龍と応じなければならないからだ。
もし、同金と応じれば、角がいなくなるので当然後手玉に掛かる詰めろが復活する。
しかし2八金打、
同玉、3九銀打で、
これは玉がどこに逃げても金打ちまで。つまり同金と応じれば先手玉が先に詰んでしまうのだ。
では、そもそも1五角打に2八金以外はないかと言うと、2六銀打などでは、やはり3八金打がある。
3七同銀が成立していたのはそれが後手玉の詰めろになっていたから。しかし、2六銀打は、角に当たってはいるものの、詰めろにはならないので手番が握れない。
唯一の受けとして、3九歩打、同龍、2八金打なんて受けもあるが、
同金、同銀、3一龍と龍が抜かれて終わりだ。
一応1五銀で角が取れるが、後手玉に迫る方法に乏しい上に3八金打からの詰めろが解けず、受け続ければその先には詰みがある。
よって、1五角には2八金打しかない。
美宇は間を空けず、3七角成、同龍、3五香打。
ここでまた、先手の手が止まる。速度計算の時間だろう。この3五香を3六歩打で問題ないなら何も考えなくて済むが、3六歩打、2五桂打、で受けが難しい上にもう反撃のチャンスは巡ってこない。
具体的に言うと、2六龍なら3七金打で先程と同じ手順で詰めろ。これを同金なら2八歩打だ。
同金のところを同龍でも、結局同桂成に同金では2八歩打なので、同桂成に3八金打と無理やり受けるくらいだが、
これは先手の駒損が酷い上に攻めが続いているので、この攻めが途切れることなく先手玉は詰んでしまう。
よって2八歩打を防ぐため、2五桂打には4八龍しかない。
これなら3七金打が詰めろになっていないので、1五桂打からの攻め合いで難しい展開にできるのだ。
ただ、3七金打に変えて3九銀打の展開だと、将来的にこれを同龍でしか取れないので先手は相当キツイ。こんな先手にとって危ない手順を、わざわざ選ぶということはないだろう。詰めろが掛かっていない瞬間に攻め合いを挑むとするなら、
今ここで攻め合えばいい。
3七香成は詰めろだし、3一角打、3七香成、1五桂打で詰めろでは形作りにしかならないが、
3一角打を省いて1五桂打も詰めろなのだ。
無視して3七香成なら、
2三桂、2ニ玉、3一角打
ここでは2三玉、3三玉、3ニ玉がある。
3三玉なら簡単で、5一角で合い利かず。
2三玉と逃げれば2四金打、3ニ玉、4ニ角成なので、
3四玉と逃げるが、2五銀打と捨てればわかりやすい。
同玉に2六銀打、3四玉、2四金打と並べ詰め。
次に、2三玉と逃げる手があるが、
3ニ銀打と捨てる手がぴったりだ。
ここで逃げてしまえば適当に王手をかけ続けるだけでも詰んでしまうので、同玉しかないが、4一角打が決め手。
どちらの角を取っても頭金までなので、3三玉と逃げるしかないのだが、2ニ角成、
これも取れば2三金と頭を抑えて詰んでしまうので2四玉、後はやはり金駒を叩きつけて行けば終わりだ。具体的には2五金打、同玉、2六銀打。
後ろに下がれば2三馬まで、3六玉なら3八金まで。
最後に、3ニ玉と逃げる手は、4一銀打から銀を押し売りすれば先程の変化に合流する。
2三玉に3ニ銀だ。
よって、1五桂打と放たれたこの局面、
既に後手玉に詰めろが掛かっているのだ。3五香打が詰めろになっていないので、攻守逆転である。
現在先手は1五桂打から後手玉が詰んでいるかどうかを調べていることだろう。先手が自身の玉に受けなしと読み切れたのであれば相手の玉が詰むかどうか読みきれずとも1五桂打と打つしかない局面だが、先程の3五香打に3六歩打、2五桂打、4八龍の局面で、
先手に受け続ける選択肢があるかどうかは読み切れていないのだろう。だからこそ1五桂打で詰むのであれば1五桂打、詰まないのであれば3六歩打から受けに走るつもりのはず。
それから先手の考慮時間が2分程経過した所で、美宇がなにかに気づいたように自玉と相手の駒台をチラチラと目で追い始める。
…………どうやら美宇はこの2分、4八龍以下相手の玉をどう寄せるかを考えていたようだ。ただ、あまりにも先手が時間を掛けるので、自玉の詰めろを探すことにシフトしたらしい。
それから30秒後、若干美宇から焦りが感じられた。
「ぅん~?」
1五桂打で自身の玉に19手詰めが発生するのを見つけたのかもしれない。
それとほぼ同時に、先手が駒を叩きつけた。
1五桂打だ。
並べ詰めの類とはいえ、実践で長手数の詰みを見抜くのは相当に難しいと聞く。演算能力が見つけてくれる俺や、記憶を忘れない事で頭の中の将棋盤が完璧に機能する美宇ならともかく、先手はよくあの詰みを見切ったものだ。…………もしかしたら読みきれなくても指したのかもしれないが。
美宇は撫でられていたときとは打って変わって、盤面を食い入るように見つめていた。
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これってー、もしかして結構あぶない?
3五香打から抑え込んであっしょう! ってよていだったのにー……。
相手の持ち駒はけっこうほうふ。金が避けるとー、2三銀打で簡単に詰めろが掛かっちゃう。
3七香成で詰めろをかければー、2ニ銀成、同玉、2三銀打、3三玉、5一角打、4ニ銀打、3四金打。
これで詰み。それと、
ここで3一銀打なんて受ければ普通に千日手ー。だから、ここで受けるくらいなら、
この局面で受けるほうが良いー。
2ニ金打なら3一銀打は詰めろ? ……じゃなさそう。
だからそこで3七香成の詰めろで、
同金は2八銀打、同玉、3六桂打、同金、5八飛打、3八歩打、3級龍、同玉、4八金打。
これで即詰み。
……だけど、ここで一旦2三桂不成を入れると、
同金、3七金で、
これは即詰みにはならないんだ。
先程と同じように、2八銀打、同玉、3六桂打、同金、5八飛打に3八金打がある。
さっきは横に効く合駒がなかったから、3九龍、同玉、4八金打で詰んでいたけどー、今回は2四桂不成で金を補充してるから、合駒に3八金打と使われて4八金打を同金で払えてしまう。
【6:04】
ただ、
この局面は後手に詰めろが掛かってない。適当に飛車を下ろして詰めろをかけ続ければ勝てそうー。ぐたいてきにはー、7八飛打。
これが2八金打までの詰めろ。受けるならー、3八金打くらい。2八金打じゃあ、同飛車成、同玉、3九銀打で簡単に詰んじゃう。
でもー、3八金打には、2八歩打がまた詰めろー。
同金じゃあ、さっきと一緒で即詰みー。だから、3九銀打で飛車道を遮断するくらい。
つづけてー、2九歩成、同玉、4九金は詰めろけいぞくー。
手順はー、2六香打なら3九金、同金、2八銀打。
だから、2八角打と受けるけど、2五桂打がまた詰めろー。
2六香打なら、3七桂不成、同角、
3九金、同金、同龍、同玉、3八金打で詰み。
ならー、
ここで受けなきゃいけないんだけど、たぶんこれ受けがないねー。
2六角打じゃあ、適当に精算するだけでおわりー。
たとえばー、2六角打、3七桂不成、同角引き、3九金、同角、
3八飛成、同玉、4九銀打、4八玉、5八金打、4七玉、3八銀打、3六玉、3五金打。
頭金まで。
よってー、
この局面は私の勝ちー。
【5:11】
つまりー、
この3一銀打の時点で私の勝ち。
だから、相手にできるのは、
ここで受けの一手を指すことー。
いちばんありそうなのはー、3六歩打。
これに対してはー、2五桂打、4八龍、3九銀打!
これは当初の予定通りに龍を抑え込んで勝ち。
この先受けの手は広そうだけど、私の玉に詰めろが掛からないから、どうやっても勝ちそー。
時間もあと5分だし、具体的な読みはー…………いらないかな。
全部、最後まで読み切るのは、さすがに間に合わなさそー。
「うん!」
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美宇が声を上げて、2ニ金打。
2分ちょいの長考だったな。
それでもまだ時間で2分以上美宇が勝ってる。それに、19手詰めを2ニ金で正確に受けて、局面は美宇勝ちのままだ。
そこからは両者ノータイムで進んでいく。
3六歩打、4八龍、3九銀打!
ここまでは攻めも受けも一本道だからな。特に受けはコレ以外だと一瞬で潰れる。もちろんこの筋でも遠からず潰れるが、これはまだ粘れる形。特に持ち時間が短い将棋ではこういった受けができるかどうかは勝率に影響しそうだ。なにせ、局面がいくら優勢だろうが残り時間で読みきれないような勝負形を作り出せる限り、逆転の目は残るのだから。
先手はここで20秒ほど考慮した後、3一銀打!
どうやら先手はここが勝負所だと判断したらしい。確かにこの局面、後手が4八銀成と龍を拾えばそれが詰めろでも何でも無いので2三桂不成り、同金、3ニ角で後手玉に詰めろが掛かってこれは先手勝ちだ。
手順としては3七桂打、2ニ角打、同金、同銀、2三金打。
これでどこに逃げても金打ちまで。もちろん、
ここで受けの手を指せばまだまだ勝負は続くが、どうやっても詰めろが解けないのでこの局面は先手の勝ちと演算能力は言っている。
しかし、美宇は迷わず2八銀成。
それが正解だ。一応3ニ金打と受けても良いのだが、その場合先手の攻めも後手の受けも広くなる。そういった展開を望まないのはこれまでの美宇の指し方を見ていても明らかだ。
俺との対局の際、手が広い局面を原因として敗北することが多々あるので自然と身に着けたのだろう。これは時間が短い将棋にも適した戦い方のように思える。
さて、2八銀成に同龍と同玉があるが、同龍では3七金打の詰めろからこれは簡単に寄っている。
同桂が効かず、3九銀などで千日手を狙いに行っても、3七金、同銀、3六香が詰めろで入るのが致命的だ。
一応、3七金打の詰めろに、非常手段として2三桂不成りと金を王手で補充する手段がある。
これで同金、3九金打とすれば同じように2八金、同金と進んだ時、3六香が詰めろにならない。
よって、これは3ニ角打で後手玉に詰めろを掛けて先手の勝ち。ただ、ここれでは3六香に変えて3七金打ともう一度金を叩きつける一手がある。
今度は3九に駒の効きが無いので3九金打で千日手は狙えない。仕方なく、3八金打と千日手を狙いにいいくと、
同金、同金、2九龍!
これが決め手だ。
同玉しかないが、5九飛打、3九金打、3七桂打、
玉が逃げれば2九金打、同金、同飛成までなので、3七桂打には同金しか無いが、2八歩打。
1九玉ではやはり2九金打から詰むので、2八歩打にはどう玉か3八玉だが、どちらにしても3七桂成、同玉、2五桂打、
これに4八玉と下に逃げれば適当に金を打ち付けていけば詰み。一番速い手順なら、4七金打。
同玉と取れば3七金打までだし、5九玉なら5八金打まで頭金だ。よって、2五桂打には2六玉と上がるが、1五金打。
同玉しか無いが、1四金、2六玉、1五金打まで。
歩さえ使い切った美しい積み上がり。一手差になっている所もポイント高いな。
と、言うことで
ここで同龍は綺麗に先手負け。
しかし、先手もノータイムで同玉。先程の20秒は2八銀成に同玉で詰まないかどうかを考えていたのだろう。その結果が3一銀打。20秒で読み切れるほど、ここからの受け、攻めは狭くない。が、だからこそこの局面に賭けたのだろう。自身が読みきれないということは相手が読み切れていないかもしれないということ。
ここが最後の勝負所だ――
「うん」
――先手にとっては。
美宇は考慮することもなく、3六香。
先手がいつでも後手玉に詰めろを掛けることができるこの状況での、ノータイムだ。読み切っているという宣言にも、相手を間違わせるためのノータイムにも見える。だが、この場合は後手玉に詰めろを掛けられても受けがあるために、3六香が詰めろかどうか考える必要すらない。
ここで大変なのは先手の方だ。逆転するためには、隙ができた一瞬を捉える必要がある。もちろん美宇がミスをしなければその隙も生まれないのだが、仮に隙ができたとしても見逃してはどうしようもない。当然一手ごとに確認していく必要に迫られるだろう。それが具体的な読みによるものか、大局観とやらによるものかはさておいて。
どちらにせよ持ち時間2分30秒では相当キツイはず。後手がノータイムを続けるなら尚の事。
そして、10秒後に3八歩打。
3六香は詰めろなので受けるのは正しい。しかし美宇もすかさず3七歩打。
やはりコレも詰めろ。同歩、同香成、同桂、3六歩打で先手の手が止まる。
ここで3八歩打と受ければ2九金打までなので受けるなら、3九香打や2六銀打、3八銀打など。しかし、どれを選んでも長手数だが即詰みがある。一つ一つ確認して行こうというのなら先手は時間を使い切った挙げ句、詰みまでの考慮時間を美宇に与えることになるだろう。……とはいえ、適当に受け続けたところで4分以上の残り時間に加え、切れても一手30秒あることを鑑みれば美宇のミスを期待することも難しい。
これは終わったか――
「きた」
――2三桂不成?
最後の無理攻め…………いや、これはもう少し別の狙いも秘めているのか。
もちろん美宇が最短で勝てる手順を選べれば、それまで。俺の演算能力が指し示さないくらいに、ただの無理攻め。しかし、これは手が広い。美宇がきたと呟いた以上、この局面が来ることは予想していたようだが、コレを読み切れているかは非常に怪しい。
これは、一波乱あるかもな。
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「きた」
私が読みきれなかった局面。
けど、ここをしのげば私の勝ち。
同金、2ニ銀打、
同金、2ニ銀成、同玉
王手らっしゅで、無理やり玉を引っ張り出されるてじゅん。
ただ、この局面左の空間が広いし、拠点も無いから詰むようには見えない。でも、これ2五の桂馬を抜く筋がありそうー。
先手は、ここで迷わず2四香打。
私は、ここで2三銀や2三金で玉のあたまを叩くてじゅんがあって、読みきれないと判断したー。それを迷わずってことは、たぶん時間がないから勘で決めてそー。
この場合はー…………例えば、順当に2三歩と合駒すると、
同香成、同玉、4一角。
とりあえずこれは3ニ銀で合駒。
コレに対して3四銀打ちでー、
避けると詰んじゃうから、同玉、3ニ角成では
先手玉の詰めろが解けていないから、3九銀打から勝ち。
具体的にはー、3九銀打、
これを同龍ならー、1九銀打。
当然同玉だと3九龍と走られてー、2九金打に2八金打までー。
だからといって、1九銀打に同龍だと3七桂成まで。
でもー、3九銀打を
同龍と取れないんじゃ、4八銀成と王手を駆けながら龍を抜かれて、これじゃ詰まないわけがないー。
だから、
ここで3ニ角成じゃなくて、3五歩。
同玉だと2六金打から2五の桂馬を抜かれて、先手玉の詰めろが消える。……だけじゃなくて、これ私の玉詰みまでありそー。だから、3五歩に同銀しかないけど、そこで4五金打。
…………これ、どこに逃げてもまずいー?
2三玉だと、3四角打で2五の桂馬が抜かれるからだめ。
3三玉だと2五桂と飛ばれる。
一応3七の地点に空間ができるから、詰めろは掛かったままだけどー、これはこっちの玉が詰んじゃってる。4ニ玉なら5一角から、2四玉なら3四金から、2ニ玉なら3四桂からで簡単だ。
【4:00】
ならー、
この2三歩がもうだめー。
だから、2四香に3ニ玉?
これで2三香成として、同玉だとさっきと同じ事になっちゃうから、ここから4一玉か4ニ玉。
4一玉だと、3ニ角打から、
王手を続けて4三角成から2五桂馬が抜かれそうー。
なら、4ニ玉。
3一角打がすじー。
5ニ玉と逃げて、
……これ意外に危ない? 5三の地点に銀が効いてるし、2五の桂も抜かれなさそーだと思ったけど、5三銀打、同銀、同角成、同玉に4五桂跳ねがぴったりー?
6ニ玉と落ちると、5一角打から詰んでそー。
取れば、同玉、5ニ金打、同玉、5三銀打、6一玉、6ニ金打でかんたんー。
取らなくても、7一玉、7ニ銀打、8ニ玉、7三金打、9ニ玉、8ニ金打でおわりー。
だから、6四玉だけど、8ニ角打、
合駒したら6五金打まで。
だから、7五玉、7六歩打、同玉、
これも…………詰んでる?
6五銀打、8七玉、9八金打。
同龍、同龍、8六玉、7六金打、9五玉、9七飛打まで。
きれいな詰みー…………あれ?
【3:30】
じゃー、どうするの?
…………最初から考え直そう。
ここで、3ニ玉じゃなくて、3一玉とするとー、
2一香成、
これは、同玉と取れない。
取ると、2五の桂が抜かれる……どころかー、これも詰んでる。
同玉に2ニ金打、同玉に3四桂打。
3ニ玉だと4一角から、3一玉だと4ニ金から、3三玉だと4ニ角から簡単に詰むから、2三玉しかないけど、それも2ニ金打、3四玉、
2三角打、2四玉、1五角打、同玉、1六銀打。
2四玉、2五銀、3三玉、3ニ角成までー。
だから、
ここで4一玉。4ニ玉は1五角から3七の地点に足されるから…………いや、これは3四桂打から詰んでる?
5一玉だと、7三角打、6ニ金打、4ニ角打、6一玉、7ニ銀打、
同金、5一角右成、7一玉、6一金打、8一玉、9九金打まで。
戻って5ニ玉でも、4一角打、6ニ玉では5一角打で前の詰み筋と合流。
5ニ玉、4一角打に6一玉としても5ニ角打、7一玉、7ニ金打から簡単に詰み。
8三玉、7四馬、8ニ玉、7三銀打、9一玉、8ニ金打まで。
だからー、
ここは4一玉。
だけどー、これ相当広い?
【3:00】
例えば、3一成香と捨てに来られると、どこに逃げても詰み。だから取るしか無いけど、同玉、2ニ角打とされて、
これを取ると詰み。だから逃げるしか無いんだけど、拠点作られて相手の駒が豊富だからすごく読みづらい。残り三分掛けて、もし読み切れたとしても、
ここから3ニ銀打なんて手もありそうー。同玉、2ニ成香、
これを同玉だと3四桂打から詰み。
だから4一玉と逃げると、やっぱり拠点ができちゃう。
両方読み切る? そもそもこれ以外に拠点を作る方法があるかもしれない。例え読み切ったとしても、どうしても2五の桂馬を抜かれて、まだ少し対局が続くかもしれない。ここで時間を使い切ったら、もっと簡単な無理攻めをされても、一手間違うと終わりの局面で、30秒じゃあ読みきれないかもしれない。
なら、私のするべきは――
=========================
【3:40】
3一玉か。
大分捻った手を繰り出してきたな。
ここでは単純に3ニ玉、2三香成り、4一玉、3ニ角打、
これでよかった。
5一玉でも5ニ玉でも2五の桂が抜かれて詰めろが消えるように見えるが、5ニ玉なら2五桂を抜かれても先手玉に掛かった詰めろが消えないのだ。
具体的には、5ニ玉、6一銀打、同玉、4三角成、
5ニ桂打、2五馬と手順に桂が抜けるように見えるが、この瞬間3九銀打から詰んでいる。
同龍、1九銀打、3八玉、
3九龍、同玉、5九飛、4九銀打、2八金打、4八玉、5七金打、
5九玉、6八銀打まで。
歩以外すべて使った詰み上がりであるものの、忘れるという事がない美宇なら十分読める詰みだった。但し、今回は考慮に使える時間が短い。故に、どこかで読みを切り上げる必要がある。美宇はその基準を2五の桂が抜かれないことと設定してしまったのだろう。だから、気づかなかったのだ。2五の桂を抜くために銀を一枚渡してしまったら、詰めろが消えないという事実を。
その結果ひねり出したのが3一玉という一手。
相手は時間を開けずに2一香成。美宇もすぐに4一玉と返す。
そこで、先手の手が止まった。
後手玉の逃げ道は広い。この状況、残り時間、ここから勝負形に持ち込むだけでも相当難しいだろうな。特に美宇が時間を掛けて捻り出した手が、3一玉なのも効いてそうだ。美宇が考慮していた時間、先手も考えていただろうが、3一玉を考慮していたかと言うと怪しい。
30秒ほど経過し、既に先手の持ち時間は2分を切った。
「ん」
3一成香。
ここに来て先手の手が冴え渡ってるな。どこまで読み切っての3一成香かは知らないかが、少なくともこの一手、逃げれば即詰み、取れば2ニ角打だ。
これがまた取れば3四桂打から即詰み。だから逃げるしか無いが、4ニ玉と逃げれば、2四角打から詰んでしまっている。
合駒は何をしても変わらないが、3三香打、同角下成、同銀、同角成、同玉に4五桂。
この桂跳ねがぴったりだ。下に逃げても上に逃げても金と銀でゴリ押せば簡単に詰んでしまう。
よって、
この局面、4一玉と躱すしか無いが、追い打ちの3ニ角打。
これも取れば同じように3三銀打から同銀、同角成、同玉で先ほどと同じように4五桂跳ねに繋がってしまう。
よって逃げるしか無い。
さて、
美宇は、ここからノータイムで同玉。先の考慮時間中に考えていた分と先手の30秒の考慮時間でまだ何手か美宇はノータイムだろうな。
先手は2ニ角打。4一玉、3ニ角打と両者ノータイムが続いていく。ここで美宇の手が止まった。5一玉か、5ニ玉か、4ニ玉か。
ここでの正解は5一玉のみだ。5ニ玉、4ニ玉は同じ手順で29手詰み。先手がそれを指せるかどうかはともかく、形勢は逆転する。29手詰みなんて読めるかと思うかもしれんが、この場合は5ニ玉に4三角成があると気づけば回避することもできるだろう。
同玉に4四角成は当然同玉だが、4五歩で明らかに後手玉が危ない。
具体的に詰み筋が読みきれるかどうかはともかく、わざわざ危ない局面に後手から突っ込むことはない。
美宇も気づいたのか、5一玉。
残り2分30秒。
持ち時間差は30秒と少しだが、局面はもう読みきれるかどうかの勝負。先手の指し手は、6一金打。
ここでは5ニ玉も、同玉も成立する。
俺は、美宇が長考に入ったのを気配で察した。
ここからなら、2分30秒ですべてを読み切れると判断したのだろう。
美宇は目を瞑り、思考の渦へと潜り込んでいく。一度見れば忘れない美宇にとって、画面に映る将棋盤を見るより、目を瞑って頭の中で思考するほうがより速く答えに辿り着ける。
=================
広い。
5ニ玉で詰まないように見えるけど、全パターン網羅するのも難しい……。かといって、同玉では4三角成、5ニ銀打、2五馬で桂馬が抜かれる。
…………ん?
これって――
【1:30】
=================
「――うん!」
同玉。
そうか。今更ながら、気づいたか。2五の桂馬が抜かれても、詰めろは消えないと。もう、桂馬を抜かれずに勝てる直前まで来てるのだから、そちらを読み切っても良かった気もするが。
先手としては主張が通った形なので、すぐに4三角成。5ニ銀打、そこで6ニ銀打。
取れば4四角成なので、7ニ玉と逃げる。ただ、これも取ろうが取らまいが正確に指せば負けることはない。だから、この逃げは相手の選択肢を狭めるためのものなんだろうな。7三金に8一玉、そこでようやく2五馬。
この手が7一銀成からの詰めろになっているし、3七歩成からの11手詰めを消している。一見詰めろ逃れの詰めろで逆転したようにも見える。が、美宇も間違わなかった。
3九銀打。
一瞬だけ止まって、先手は
同龍、同龍、同玉、5九飛。
4九桂、3八金打。
同玉、5八飛成、
ここで先手が投了。以下、4八桂打、4七金打、
2九玉、4九龍、3九歩、3八金、1九玉、2八金まで。
『ありがとうございました』
『ありがとうございました』
「終わったー!」
「お疲れ様」
結局勝ってしまったな。
時間の使い方も完璧だった。美宇は初めて将棋を触った時から、先を読む事ができた天才だ。初めてのルールに適応してみせる、この要領の良さも美宇の才能の一つ、か。美宇が天才たる所以、そして美宇が排斥される理由。……美宇も、人に合わせようとすれば、出来ないってことはないだろう。これだけ適応できる力があれば。ただ、しないだろうなぁ。俺がいる限りする必要もないし、幼稚園児が自分を抑えて友達を作るというのも不健全だよな。いつでも出来るなら今する必要もない。
「んー?」
そんな事を考えていると、美宇が俺の方に振り向く。
「…………美宇はすごいなーって」
「えへへー」
照れ笑いする美宇かわいい。
ナデナデしながら、考える。
美宇が優勝するための棋力的な問題は、もう解決したと見て良い。後は美宇が対応できない局面をどうなくすか、くらいだ。
しかし、それが難しい。美宇が対応できない局面というのは基本的に規則性に乏しい局面だ。俺の演算能力はすべてを読み切るからこそ対応できるのであって、手筋を覚えればなんとかなるという話ではないはず。テレビの中のプロ棋士達は大局観だの第一感だの言っているが、俺にそれはわからない。わからないものは教えようがない。
「弦くんのがすごいよぉー」
…………いや、可能か?
演算能力は、俺が見聞きした情報をすべて入力できて、その答えをすべて出力できるんだから。
だから、俺が見てきた美宇の情報全てから今美宇に必要なモノを演算能力に答えさせればいい。
「ああ、俺はすごいな」
「弦くんが壊れたー」
壊れてないから。
ほっぺ引っ張るのはやめなさい。
……美宇に弄られるのは悪い気分じゃないけども。
「弦くんが壊れてたー」
おい。
『どこが悪かった?』
「かんそうせんー!」
そう言って美宇はパソコンに戻る。
逃げたな。
…………この相手、ですます口調でないということは、子供……なのかな?
とりあえず、先程考えていた今美宇に必要なものについて演算を試す。
しばらく試行錯誤していると、
「ねー」
「ん?」
「なんか、棋力さぎだーって言ってるー」
それはおかしな話だな。
先手もレート1510、つまりアマニ段相当で、美宇と互角だというなら、美宇の棋力もアマ二段だろうに。
「ふしぎー」
この後、美宇も何度か他の相手と対局したが、すべて快勝。苦戦したのは最初の一局だけだったため、10戦以内ならレートを登録し直せる機能を使ってレートを調整することになった。
「さいしょのひとー、棋力さぎー」
そういうことだった。




