第7話 美宇の一手
先手は後手が飛車を打ち下ろさず、3六歩と突いたのを見て10秒ほど固まった。予想外だったのだろう。しかし、先手は持ち駒がないし、角を攻めに使うにしても手数がかかりすぎる。
よって8一飛成と桂を補充していく。
後手も6九飛と今度こそ飛車を打ち下ろし、9一竜、8九飛成とお互いに駒を補充していく。
先手はここでまた考慮に入った。
すでに先手の持ち時間は9分を切っているが、桂と香を使った攻めは手が広く、ここは時間を使うべき盤面だろう。一応持ち時間とは別に、切れたら一手30秒使用できるので、自玉が安全で相手の受けが無い局面にさえ持っていければ、持ち時間は必要なくなる。逆にそんな状況に持っていかれないためにも、この辺りをサクサク指していくのは非常に怖い。
まず、この場面で見えるのは桂か香で直接大駒か金駒を狙っていく手。
3四桂か2六香だろう。
ここから直接3四桂なら、3三銀と躱されるが、そこで2六香とすると、
銀が角の逃げ道を塞いで角が詰んでいる。ただ、これには一応返し技がある。それが3四銀だ。
角は取られるが、2四香、同歩で
終わってみると角と桂香の二枚替え。後手の守りは若干離れているものの、金銀四枚で固く、先手の攻め駒は竜と角だけ。しかも、5五、6六辺りに角を打てないので角がうまく機能しない盤面。これは先手失敗。
但し、演算能力の判断はそも後手勝ちなのでこの手順で間違わせる自信があるなら別にありだ。もちろん、先手良いはずと思っているだろう先手がこの手順を選ぶはずはないが。
よってここは単に2六香が怖い一着だ。
もし4ニ角などと逃げてしまうと3四桂で両取りが掛かるので、逃げるなら3三角だが、やはり3四桂が痛い。
銀が逃げられないので後手は桂銀交換を呑むしかない。後手ができるのは9九竜と香を補充するくらいだが、2ニ桂成、ここで同金寄では3一の金が竜に抜かれてしまうので、同金上、3一銀打、同金、同龍。
後手の守りが薄いながらも先手の攻めは細い。
先手が攻めきれるか、後手が攻めを切らすかの勝負だ。
結論を言うとこれは後手受けきれない。
よって2六香に3三角は後手負けなのだ。
「きた」
美宇がボソリと呟く。
先手の手は2六香。
美宇の読み筋だったらしい。
先手の持ち時間は一分ほど削れて8分を切っている。
そこで美宇は、迷わず4六角。
これが正着だ。
使いにくい角を守るくらいなら、いっそ自分から渡してしまえばいい。これで手番も握れる。
先手は当然同歩。
ここで美宇は手が止まる。
2六香を読んでいたのに4六角、同歩で手が止まるということは、4六角の先に良くなる変化を見つけたのでなく、4六角以外の手を先手よしだと判断したのだろう。もしくはここで何か別の手を考えついたか、読んでいた手に悪くなる変化があったという可能性もある。
さて、ここで分かりやすい攻めの手は3七桂打と4九銀打だろう。
3七桂打から精算し、歩で攻めていくやり方は一番リスクが低そうに見える。
もし、相手が受け続けてくれるなら、同桂、同歩成、同銀、と進んで、3六歩打だ。
同銀、もう一度3五歩と叩いて4七銀と避けて、3六桂打。
角が逃げると4八銀打、同角、同桂成が金で取れないのでこれは後手勝ち。取ったら3九竜から先手玉が詰むからだ。だからといって3六桂を同銀で取れば同歩の後、先手が受け続けるのであれば2九桂打ぐらいだが、3七銀打、同桂、同歩成、同角、3六銀で後手の攻めは切れることがない。
4八銀と千日手を狙う手も、3七銀成、同銀、5七角で潰れている。
受けるなら4八銀と合駒するぐらいだが、同角成、同銀、3六桂打。
これを銀が避ければ4八銀、同銀、同桂成はやはり成桂が取れずに後手勝ち。
しかし、この後手の攻めは先手が受け続けてくれることが前提の攻め。一見後手は固く、攻め合い勝ちを見込めそうにないが、2六の香と9一の竜が効いているこの形は後手の持ち駒に金が無いこともあって桂と角で2三の地点を狙う手が非常に早い。
つまり、
この瞬間、1五桂打の攻め合いで先手勝ちなのだ。
1四銀打と受けても、次の3四角打で2三の地点が受からない。
では3四銀打と受ければどうかというと、
一旦3七桂、と手を戻されて、同歩成、同銀のとき
ここで次の1六角打からの後手の攻めを防ぐのが厳しい。1四歩と攻めを催促すると、1六角打で
これを3三歩打と受ける事はできない。その場合3四角、同歩と角銀交換されて2四の地点が受からない。だから、3三銀ぐらいしか無いが、
2三香成、同銀上、2三桂成、同銀と今度は2三の地点で精算し、
3五桂打でしつこく2三の地点を狙う。
これを3四銀と2三の地点に効きを残したまま躱せば、同角とやはり角を切って一気に終局だ。
この後は同銀、3三歩打、同桂、4ニ銀で受けなしである。
同金寄では3一飛成から簡単に詰み。かと言って攻め合っても先手陣はまだ固い。
よって、攻めの催促1四歩は攻めが間に合うので意味なし。1六角打を防ぐ手として2四桂打があるにはあるが、
今度は同香、同歩、2六桂打が酷い。
銀2五などに逃げれば2三桂打、同銀、同桂、同金、3一龍、
龍を弾く金駒もないのでやはり受けなし。
よって、
この局面、後手に受けなし。
ならば、1五桂打には
2九桂成と攻め合いに活路を見出すしかないが、同金、3七桂打、
これは放っておけば2九桂成までの詰めろなので、同角、同歩成、同銀に攻め合うなら3六歩だが、
そこで2三香成が詰めろになってしまう。無視して3七歩成なら
1ニ成香、同玉、2四桂打。
これで1一玉、1ニ香打まで。
よって2三香成は受け無くてはならないが、同銀なら、同桂不成、同金、1五桂打がまた詰めろ。
手順は、3七歩成、2三桂不成り、2ニ玉、3一竜、2三玉、3四銀打、1四玉、2五金打まで。
2三香成に同金も同様。
よって2三香成は取れないのだ。
一応ここで3四角打ちならまだ粘れるが、
1ニ成香、同角、2四桂打、2三銀打、
持ち駒を殆ど受けに使った上、このまま1ニ桂成で桂角交換の駒損。
そのまま3六銀と手を戻しておくくらいで後手は攻めが切れている。
これも先手勝ち。
だから、
3七桂打の攻めは1五桂打で成立せず。
――ピッ!
その音に、美宇がぴくっと反応し、時間に目をやる。美宇の時間が10分を切った音だった。
「んぅー」
唸る美宇の様子を見ると、まだ読みきれてないらしい。
それでも美宇は手持ちの駒をクリックして、祈るように叩きつけた。
4九銀打。
打ち込んだ後も美宇は盤面を見て、読み続けているのが分かる。時間に追われた一手だ。 まだ二分程時間でも勝っているとはいえ、これ以上使うのは危ないと感じたらしい。
ただ、美宇の顔に不安はない。恐らくこの4九銀が正着だということは分かっているのだろう。この先が読み切れないだけで。
勝っている側の正着が一つとは限らない。正着の中でも自身が読み切れる手順に入るのが最善だが、美宇は時間に追われて読みきれない変化に飛び込んだのだ。実際には4九銀しか正着がなかったので、結果的にはそれで正解だが。
読み切れない先を必死に読み続ける美宇の体が発熱する。暖かい。後ろから引っ付いていると顔が正面から見えないのが難点だ。横顔も綺麗でいいけど。
いつものポヤポヤしている表情も、ジト目で見つめてくる美宇も好きだけど、真剣な表情で必死になる美宇も好きだ。触れがたい愛らしさがある。
だいたいこんな感じで美宇を見てると、普段なら睨まれてしまうけど、こういう時はさすがに別だな。
ここから先手が1分ほど消費して、1五桂打。
4九の銀を同金とは取らなかったか。もし、同金と取った場合、同龍に、
これを3九金で弾ければ良いのだが、3九金には同龍という強手がある。
同銀に4七桂打で
これを2八銀では3八金で終わり。
よって、受けきれないのが見えているので、4九銀打には1五桂打で攻め合うしかない。
恐らくこの一分の考慮時間は同金から龍を弾けるかを考えていたのだろう。アレで弾けるのなら、相手の手を受けつつ手番を握れて先手がよくなるのだから。
そして、美宇が見えなかったのもこの先。このまま後手が攻めきって勝てるのなら話が早いが、そうはならない。美宇が見えなかったように、後手が攻めきる手は存在しない。理由は1五桂打による攻めが早すぎるからだ。手順は先程説明した通り。
そして、今の所2三の地点を受けることが出来ないので、美宇も受けるための駒を補充しに行く3八銀成、同金
ここで3三金打なら先手の攻めが受かっている格好だが、後手も攻め駒がなくなる。よって受けきりからの攻め駒を攻める手順にシフトする必要に迫られるだろう。具体的には局面が収まった後に1五の桂を狙って1四歩だな。もちろん、先手はその前に必死に暴れてくるだろうが。
しかし、3三金打を放つことなく、美宇はそこから三分を消費し…………3七桂打!
なるほど。
これは美宇らしい手だな。
まず、この手は2九桂成までの詰めろなので無視できない。そしてこの瞬間は角、金、銀三枚の効きが桂に当たっているので手が広いが、この先は少々違う。恐らく先程から読み続けていたのは、この桂をどれで取られるかだろう。
結論から言えば、同角以外は全部緩手だ。
そして、同角で取れば、同歩成、同銀、3四角打という攻防の一着が落ちている。
この3四角を無視して攻めることは出来ない。2三香成では数が足りないし、2三の地点に駒の効きを足す方法がない。だからといって、2五銀、5六角、3四角などで突破しようとすれば、
これを同角と取ってくれるなら同銀で2三の地点を攻めきれて先手勝ち。
しかし、3四角打には3八角成がある。
これは詰めろだが、一見8九角と龍を抜かれて後手の攻撃が失敗しているように見える。
ただ、少し考えれば3七馬、同桂、3八金打が受けなしだとわかるだろう。
では2五銀打、5六角の際、
4七桂打など受けれるかというとそれは同角成と角を切って、
同金、3八金打でやはり受けなし。
以下、どう受けようと角を切って金打ちの筋で先手の玉に受けはない。
故に、
3四角打の攻防の一着には受けの手を返す必要がある。
ただ、ここで受けに手を入れる必要があると先手が読み切れば、先手に逆転のチャンスが訪れる。この場面、先手は4七角や2八銀など正確に受けることができれば後手は攻め方が難しい。美宇はそういう漠然とした盤面を苦手とするので尚更だ。
さて、盤面を戻そう。
お互い持ち時間は7分。
先手はここで同銀、同金、同角どれも考える事はできるが、時間を使ってしまえば先の3四角打の盤面が現れた際に持ち時間が切れることは必死。もちろん、ここで同角以外を選んでも厳しいことになるが。
「ん!」
先手が僅か数秒で同角という正着を選んだ。
この場で先を読んでという一手ではないな。穴熊には角より金という格言があるように、この局面では金銀のほうが大事のはずと、半ば勘で角を切ったのだろう。単純に角が使いにくい局面であることも拍車をかけたと思われる。ついでに言えばこの先が7分で読み切れるような局面ではないから大局観で判断するしか無いというのは間違いではない。
実際正着だしな。
続いて同歩成、同金、
同銀ではなく同金か。ここは同銀でも同金でも後手がミスしない限り複雑な局面に向かっていく。相手を間違わせようとするならどちらもあり得るか。この場合でも3四角の受けは当然ある。
しかし、美宇の一手は
3六歩打!
……なるほど。
これは美宇の読み筋だな。
読んだのは恐らくあの3分の間。先手が数秒で同角と決断したように、角で取ってくると決めつけてここまで読んでいたのかもしれない。でなければ、3四角打を捨てて3六歩打の攻め合いは選べないだろう。つまり、美宇は3六桂打からの3分でこの局面、3六歩打からどちらの玉が早く詰むかを考えていたわけだ。恐らく、3六歩打で負けるなら3四角打で妥協していただろう。その場合美宇の苦手な煩雑とした局面が現れていたわけだ。
ちなみに、3六歩打は間違っていない。3四角打から正着を続けられるなら大差で勝利できるが、その自信がないなら3六歩打から紙一重で勝利を目指すほうがずっといい。
もちろん、自身の勝ちを読み切れていることが大前提だが。
「――――」
今も必死で読み続けているところを見るに、読み切れているのではなく、大局観でこの展開なら勝ち切れると判断しているだけだろうな。それが良いのかどうかは大局観がない俺には分からんが。
相手はここで一分程消費し、2三桂不成り。
受けずにここで攻めに転じたか。
どの道どこかで攻めに転じなければならないが、一応ここでも受けに手を入れるのはありだった。
受けと言っても、3六歩打に同金はない。
3八金打が痛すぎるからだ。
詰めろなので3九に駒を打って受けなければならないが、3九銀打では同金でタダ取りされた挙げ句詰めろが続くので、3九歩打くらい。
そのまま2八金、同玉5七角打でまた詰めろ。
この後は3八金打で受けても4九銀打が詰めろ。以下受け方は色々あるが、詰めろが解けることなく続いていくのでこれは先手負け。
よって、
ここで受けるなら3八金と引く一手。
ただ、これには2九龍と切る筋が見えて指しにくい。
恐らく先手はこの筋があるからこのタイミングで攻めに転じたのだろう。
但し、この局面に置いてはこの攻めで後手一息に攻めきることができない。
先を見てみると、同玉に3七桂、
玉が逃げると金打ちまでなので、取るしか無いが平凡に同銀、同歩成、同金、
守りを完全に剥がされるし、先手有利になるわけではないが、あの場面で攻めに転じるより先手、後手共に選択肢が広がる。よってこれが俺と美宇の将棋なら、こちらのほうが先手逆転しやすいと読む。しかし、これは先手この状況で渡したら詰む駒を計算しつつ逆転を目指すのは相当難しい。先手からすれば、ここまで見えていてもこの展開を選ばない選択も十分にありだ。
だが、
俺からすれば、この攻め合う局面こそ美宇の得意とする所。先手は無理をしてでも金を引いて選択肢を増やすべきだっただろうな。
「うん!」
美宇も笑顔だ。
同銀、同香成、同金、3一龍
後手からすれば、自身の玉が詰んでいないか心配になる局面だが、美宇は迷わず3七歩成。
美宇はここで自身の玉が詰んでいないことを読み切っているのだ。でなければ3七歩成はできない。そして、先手はここで手が止まった。恐らく2九龍の筋を嫌って2三香成と攻めに転じただけで、その後の詰みを読んでいたわけではないのだろう。この形ならやれそうだとは思ったのかもしれないが。
30秒程して、同銀。
先手も後手玉に詰みはないと判断したらしい。正解だ。ここで同龍もあったが、それは攻めを捨てて守りに入る、自分のほうが形勢が悪いと思っていなければやらない手だ。つまり、先手は攻めあってやれると思っているらしい。
確かに、この局面、一見すると3八金打で先手玉に先程の読み筋と似たキツイ詰めろがかかるが、
この瞬間、今度こそ美宇の玉が詰んでいる。
先程の3七歩成の状態では詰んでいないのに3八金打の状態で積んでいるのは3七に銀が移動したことが原因だ。
具体的には2ニ銀打から
同金、同龍、同玉、3四桂打
ここは玉の逃げ場所が広い。
3ニ玉と逃げると4一角打がピッタリの一手。
同玉なら4ニ金打で一手詰めなので、3三玉と躱すが、2三金打、3四玉、2四金打、3五玉、2六銀打で並べ詰めだ。
そして、この局面を見るとわかるように、最後玉が3六の地点へ逃げられないのは3七に銀がいるからだ。これは、3ニ玉を2三玉と逃げても同じことで、
2ニ金打、3四玉、2三角打、
3三玉、3ニ角成、、2四玉、2三馬、3五玉、2六金打。
と、同じく3七に銀がいるからこそ、4六へ玉が逃げられずにしっかりと後手玉が詰んでいる。
つまり、
この平凡な3七同銀が2九龍からの詰めろを防ぎつつ、1一にいる後手玉に詰めろを掛ける、詰めろ逃れの詰めろになっているわけだ。
そして、美宇がそれを分かっていないということはないだろう。3七歩成をする際に、玉が詰んでいないことを読み切ったのとほぼ同じ読み筋で、自身の玉が詰むのだから。3七歩成をする際に同銀が詰めろになる所までついでに読んでいてもおかしくない。
そうすると、ここで無難な一手は2ニ金と手を戻すことだ。
相手に手番を渡すようだが、先手は次に来るであろう3八金打を見過ごせば先程の3八金打と似たような筋で先手玉は潰れるし、
だからと言って2八金打と受けても、
次の3六歩打が厳しい。
これ自体は詰めろでも何でも無いが、先手にはそれ以上に速い攻め、後手玉に詰めろを掛ける方法が無い。2八金打で詰めろをかけられることを防ぎ、一手稼げてはいるものの、この展開はひたすら先手が受け続ける展開で、先手にチャンスが来ない。
一例を上げると、ここで同龍なら3五香打で先手の攻めの拠点が消されてどうしようもないので、
受けるなら同銀となるが、3九角打、3七銀打、2八角成、
同銀ではやはり3八金打の詰めろが掛かる。3九銀打の受けで若干長く続くが、受け続けられないのは明白だ。
よって同玉とするが、
ここで3ニ金打が決め手だ。
3一龍を切れば攻めの拠点がなくなるが、4一龍と躱してしまえば
後手玉が固くなった分2四桂打からの攻めが間に合ってしまう。銀が2五に避ければ3六香打、
同銀、同桂、同銀、7八龍。
合駒しても3九銀打が同玉と取れば4八金打から詰んでいるので、
逃げるしか無いが、3七玉、3八金打、2六玉、2四金で分かりやすく終わりだ。
よって、先手の玉に受けはない。特にあのタイミングでの3ニ玉で先手は無理攻めすら封じられる。
ちなみに、
このタイミングでの3ニ金打は先程のように決まらない。
同龍、同金、4一銀打で後手玉が非常に危ない。演算能力は後手勝利には変わらないと言うが複雑な攻防を延々と続ける必要があるので互角に戻ると言って良いだろう。
ついでに、
ここで同龍、同金、4一銀打は3九飛打で後手勝ちだ。
この詰めろは3八角打では受けられない。同龍、同玉、4九角打、
4七玉なら5七金打、同玉、5九龍までだし、
2八玉なら3八金打、1九玉、3七金で受けなし。
だから、先手が仕掛けるなら3ニ金打が成立する以前しか無いが、演算能力はどれも無理攻めと断じている。
先手に残された選択は、後手の持ち時間7分では受けきれないような無理攻めを選択するくらいだろう。
さて、局面を戻す。
後手の玉に詰めろが掛かっているのでどう受けるかというところだ。
美宇はここで迷いなく手を動かす。
先の3分で3七銀が詰めろ逃れの詰めろになっていることまで読み切り、3七銀と動かすまでの30秒で答えを出していたのだろう。
ここまでは一直線だからな。
そして、
1五角、打?
うん?
反射的にチラッと美宇の顔を伺ってしまう。
そこには美宇の得意げな顔があった。
ふんっ!
ってな声が聞こえてきそうなドヤ顔だ。
かわいいけども……。
俺の困惑と同時に、相手の手も止まる。長考するか。
この一手の意味は分かる。
まず、2ニ銀打からの詰めろを防いでいる。
具体的に言うと、先程と同じように、2ニ銀打、同金、同龍、同玉、3四桂打とすると、今回は3ニ玉がある。
これには2ニ金打に4一玉、4ニ金打には
同角があって詰まないのだ。
だからと言って、3ニ金などの詰めろで飛車の道を遮断してしまうと、
3七角成を取ることができず、
2八銀打と合駒しても、2九龍、同玉、3八金から詰んでいる。
よって、1五角打は詰めろを逃れつつ攻める、攻防の一着。……なのだが、先手が2八金打と受けるくらいで、
この後、演算能力は複雑な展開が長く続くので最善とは程遠いと言っている。これでも後手勝ちなのに変わりはないけど。しかし、美宇が珍しくドヤってるのだからと俺は演算能力に具体的な読み筋をいくつも表示させ――
「っ!?」
――戦慄した。
これ、竜が死んでる?




