3 ローゼッタ姫
少女は銀髪で赤い目のアルフレードを見ても、慌てたり怖がったりしていなかった。
「国名は言えませんが、私はある国の姫、ローゼッタ」
少女はそう名乗り、持っていたジャガイモをアルフレードに渡した。アルフレードはジャガイモを受け取り、じっとローゼッタを見つめる。
ローゼッタは凛とした眼差しで見返した。アルフレードよりもずっと背が低い、可憐な少女だった。ショートボブの愛らしい姫は、人間ならとても美しいと判断するが、魔物からすると貧相な小娘と言われてしまう。
けれど、彼女は生まれながらの姫だった。魔族が尊敬する強さなど持ち合わせてはいない。それなのに、柔らかく微笑む姿は気品があり、彼女に危害を加えようという気にはならない。
アルフレードも荷物持ちにさせられたが、思わず従ってしまった。一瞬でローゼッタが主、アルフレードが従に決まってしまった。
彼女には他者を従える力があった。
アルフレードは隣の小国、リアリル王国の姫の名前がローゼッタであることを知識として知っていた。一人娘だったが、大国に嫁入りすることが決まっていたはずだった。
そんな姫がなぜ、こんなところにいるのか。
ここはアルフレードが人間や乱暴なモンスターの目に触れないようにしてある土地だった。
ことを荒立てないように、ローゼッタは丁重に隣国に返さなければならないとアルフレードは思った。
けれど、つやつやな白い肌は美味しそうに見えた。きっと柔らかでジューシーだろう。菜食主義のアルフレードでさえ、この姫は美味しそうだと思ってしまった。生まれてからずっと野菜ばかり食べていたから身体は受け付けないだろうが、いい栄養になりそうだった。
モンスターたちに言われたことがアルフレードの脳裏をよぎる。
―― もっとしっかり人間を食べればいいのに。
(食べれば多少はひょろひょろではなくなるのか?)
少女を見て、そんなことを思ってしまった。
「お腹が空きました。それを調理してくださらないかしら」
自分が一部の魔物たちの食糧であるという意識がないのか、ローゼッタはまっすぐにアルフレードを見てそう言った。
アルフレードも慌てて自分の思考を打ち消した。
姫が帰らなければ、国王は国を挙げて探しまくるだろう。そして、ここに来たことがわかれば、大軍で押し寄せてくるに違いない。そんなことになったら一大事だ。
「ほくほくのジャガイモに、バターがあるといいわ」
アルフレードが何も言っていないのに、ローゼッタはひとりでペラペラとしゃべっていた。
「バターはないよ」
人間の食料にバターがあることは知っていたが、モンスターはバターを食べない。
「あら、残念ね。じゃあ、お塩はあるかしら」
ローゼッタはそう言って首を傾げる。
「……塩なら」
困惑しつつ、アルフレードは答えた。
「そう。それなら、ゆでてお塩ね。楽しみだわ。あのお屋敷に行けばいいかしら」
ローゼッタは嬉しそうに言い、アルフレードの豪華な邸宅を指さした。
「ああ、まあ……」
アルフレードには人間の娘がどうして自分の屋敷に来たがっているのかわからなかった。
「じゃあ、早く行きましょう」
行き先がわかったローゼッタは、スタスタと歩き出す。ローゼッタが前を歩き、根にジャガイモがたくさん生った苗を持ったアルフレードがその後ろに続いた。
しばらく歩いていると、
「あなたはこんなところに一人で暮らしているの?」
と、ローゼッタがアルフレードに聞いた。
「いや、ひとりではない」
アルフレードはポツンと答える。どうして自分がこんな貧弱な人間の娘に従っているのかわからなかった。でも、答えていた。
「奥さんと?」
不安そうな顔で振り向くと、ローゼッタは言った。
「いや……、配下の者たちと暮らしている……」
しどろもどろに言うと、ローゼッタはパッと顔を輝かせた。
「まあ、そうなの?!」
と言った。アルフレードが引くほどの勢いだった。
「あら、あら、あら」
ニコニコとローゼッタは言い、スキップでもするように歩いた。
またしばらく歩いていると、
「あなたは貴族なのかしら」
と、ローゼッタは言った。
「こんなにモンスターがたくさんいる場所で家臣を従えて住んでいるなんて、よっぽど強いのね」
それを聞いて、アルフレードはローゼッタが自分を人間だと勘違いしていることに気がついた。
「私は魔族だよ」
と、アルフレードは優しく、でもはっきりと言った。
「え?」
ローゼッタは立ち止ってアルフレードを見つめる。その歩みに合わせてアルフレードも立ち止る。
「魔族のアルフレード」
淋しそうな瞳で微笑み、アルフレードは言った。
「あなた、魔族だったの?」
アルフレードはうなずいた。
自分が魔族だとわかれば、人間の姫など去っていくだろう。
どうしてもっと早く自分が魔族だと言わなかったのだろうとアルフレードは思った。
「そう、……魔族」
ローゼッタは何かを考え込んでいた。
人間と魔族は似た姿をしているけれど、相容れない。
人間は魔族を嫌っているし、魔族もそうだ。
魔族は強い魔力を持ち、人間はそれを恐れる。
恐れた人間は、武器を持ち、魔族に襲い掛かる。
お互いのために、出会わない方がいい。
「ここは魔物がたくさんいる場所だ。あなたは早く帰りなさい。途中まで送っていこう」
アルフレードはそう言ってローゼッタの肩を抱き、屋敷とは反対方向に行こうとした。
すると、ローゼッタがその手をゆっくりと払う。
落ち着いた姫はアルフレードをじっと見上げた。
「それを聞いて、なおさらあなたのお屋敷に行くことにしました」
生まれながらの姫は、凛とした眼差しでアルフレードに言い放つ。
アルフレードは意味がわからなかった。
はじめに魔物を拒んだのは、人間の方だった。
人間は自分にない力を持つ魔族を嫌い、攻撃してきた。
対話することもなく、姿を見るだけで人間から攻撃してくる。攻撃的で人間を食する魔物もいないことはないが、人間はそういう魔物とそうでない魔物を区別することなく攻撃してきた。
自分からアルフレードの屋敷に来たいなどという人間はいなかった。この姫は、魔族である自分と対話しようとしているのか? とアルフレードは思ったが、そういう感じにも見えない。
「早くしなさい。私は空腹なのです」
凛として空腹を訴える姫。
ただの空腹だとアルフレードは思った。もしかすると、ずっとしゃべっていたのは腹の虫をアルフレードに聞かせないためだったのかもしれない。
アルフレードが望もうと望まなかろうと、ローゼッタは来るのだろう。
小さくため息をつくと、アルフレードは姫を屋敷に連れていくことにした。




