2 小国の姫
アルフレードはそのまま庭の散策を続けた。
緑豊かな庭だった。荒れ放題な魔物の住処よりは整っているが、人間の庭よりは手が入っていない。緑が望むままに生えている。
アルフレードはその庭をのんびりと歩いていた。遅めの昼食を済ませ、その後にする散歩はアルフレードの楽しみのひとつだった。明るい陽射しの中、花をながめたり、木に生っている実を食べたり。仕事の合間の息抜きになっていた。
たまに配下の者たちの言葉も聞こえてくるが、悪いことばかりでもない。たしかにモンスターたちに比べたら、アルフレードはひょろひょろでへなへなかもしれない。
戦うことは好まないし菜食主義だが、それで部下たちに迷惑をかけたことはないと思っていた。痩せて見えるが、アルフレードはしなやかな強さがあった。どんな屈強なモンスターよりも強い魔族だった。
団体行動を好まない魔物の中で、アルフレードは異質な存在だった。人型をしていたが、人間ではない。進化の途中で魔法が使えるようになった人間なのかもしれない。
ただ、頼りない外見は魔物からは好まれない。けれど、アルフレードはそんなことはどうでもよかった。魔物は自分は自分、他人は他人と考えていることが多い。
だから、どんなに美味しいと言われても、人間を食べようとは思わない。他に食べ物がないわけではない。アルフレードはリスクを背負ってまで食べたいと思わない。
人間は魔物にとって迷惑な存在だった。狩っても狩っても後から湧いてくるし、牙も力もないくせに、知恵を使って魔物狩りをしてくる。どんなに強い魔物も、大勢で襲ってくる人間には敵わない。
だからアルフレードは魔物を集めてひっそりと暮らす集落を作った。面倒くさい人間と関わりを持たない集団。来る者は拒まないし、去る者も追わない。人間と関わらなければ、魔物もゆったりと過ごすことができた。
アルフレードは緑の中で、深呼吸した。
「なんで、さっき人間の話したんだ?」
「いや、なんか、人間の匂いがして……」
「そういえば、匂うな」
そう言って、クンクンと匂いを嗅ぐ音が聞こえてくる。
先ほどのモンスターたちだった。アルフレードは魔物の中でも耳がいい。
彼らが人間を食べていたのはもうずっと昔のはずだった。アルフレードの館に来てからずいぶんと経ったモンスターたちだった。
(そう言えば、人間の匂いがするような気がする)
アルフレードは庭の中をゆっくりと歩く。
そして、人間の匂いが強く匂っている菜園まで来た。
「よっ、ふん。んっ」
若そうな女の声がする。
原因を確かめるために、アルフレードは声がする方に向かった。
「んっ!」
という掛け声と共に、ドサっと何かが倒れる音がした。
「あいたたたた……」
そう言って、掘りたてのジャガイモの苗を持った黒髪の少女がしりもちをついていた。アルフレードは見たこともない少女が自分の庭にいるのを見て言葉を失っていた。人間の匂いはその少女からしている。
黒髪を短く切りそろえた、愛らしい少女だった。魔法など使えない、人間の若い娘だった。
フリルの多い流行の服。アルメリアの花のような淡いピンクのスカートをはいた少女が、アルフレードを見てすっと手を差し出す。
「ちょうどよかったわ。起こしてくださらない?」
物怖じもせずにアルフレードに笑いかける。差し出した反対の手には、アルフレードの庭で育ったジャガイモが握られていた。
アルフレードは少女の手を握る。
陽の光を集めたような温かい手だった。
「よいしょっ」
クリっとした髪と同じ色をした瞳の少女は、アルフレードの手に力を入れて起き上がる。少女の体重が手に乗り、アルフレードは慌てて力を入れた。
「きゃあ」
思っていた以上に身体が起こされ、少女は声を上げる。
アルフレードも少女の軽さに驚いた。
ジャガイモを持った少女はアルフレードの胸に飛び込んできた。
軽くて柔らかい手触り。
人間を捕獲して食したことがなかったアルフレードは面食らった。
「ねえ……」
抱きしめられた少女は、声をかける。
「このジャガイモが食べたいので、調理してくださる?」
少女の手には枯れた葉が握られていて、その先の根の部分に大きく実ったジャガイモがついていた。
そのジャガイモは、アルフレードの庭にできたジャガイモで、もちろん少女に捧げるために作られていたわけではない。アルフレードが少女を見つめると、少女はお日様のような笑顔を向けた。
よくわからなかったが、アルフレードは言われた通りにしなければいけないような気がした。




